第14話 転機
伏線になるか………?
ちょっと長くなってしまったかも。
■アセリアート南地区、冒険者ギルド。
門が閉まる前にアセリアートまでなんとか戻れたので、冒険者ギルドに依頼完了の報告をした。目標数の3倍を討伐した所為か、冒険者ギルドの職員達に結構驚かれた。
「では依頼完了で10ポイント、ゴブリン15匹討伐で45ポイントの獲得となります。合計55ポイント、表記ミスが無いか確認してください」
「ーーーうん。ありがとう」
魔法で書き込まれた数字を確認して、受付嬢に渡していた冒険者証を受け取る。それと依頼報酬である銀貨2枚を受け取ったのでサーシャの鞄に入れておいた。
街のすぐ近くの森だったためか、ゴブリン以外の魔物に遭遇する事はなかった。ゴブリンでは連携も何も取れないので今度はもう少し深い場所に行くことも考えておくべきか。ヴィヴィアのウサ耳の所為で取り逃がした《不死の処刑人》なんかは丁度良い相手かもしれない。
これからの事を相談する為に一旦冒険者ギルドを出る。と、サーシャが期待に満ちた目で銀貨を取り出した。
「ネアさん。これで何を買いますか? 私達の初めて貰った報酬ですよ!」
胸の前で大事そうに銀貨を抱え込むサーシャ。やはり初めて達成した依頼で得た、初めての報酬の使い所は悩みたい年頃らしい。
「嬉しいのは分かったから。こんな往来で銀貨を見せびらかさないの」
現に数人の目が光っている気がする。ここはギルドの正面だからまだ大丈夫だろうが、『蜂蜜亭』までの道のりは気をつけた方が良いかもしれない。
「ーーーだろうが! …ーー野郎が‼︎」
ギルドから少し離れた所にある広場で何やら揉め事の気配がする。野次馬の所為でよく見えないが喧嘩か何かだろう。
「何でしょうかね?」
「きっと喧嘩よ。街に入ればよく見る光景だからあまり気にしてもしょうがないから」
よっぽど治安の良い街でもなければ騒ぎの起こらない街など存在しない。此処まで大きな街なら1日に十数件以上喧嘩は起きているはずだ。
「いや。ネア、ちょっと見に行ってみようぜ」
しかし、少し野次馬の集まりを見ていたアレンが笑顔で誘ってくる。その笑顔には何か含みがある。
「ーーーはあ。分かったわ。サーシャ、ウィア。悪いけど先に宿に戻っていてくれない? くれぐれもスリには注意してね」
「え? あ、はい」
「………気をつけるぴょん」
ヴィヴィアの言葉は自らに言ったのかこちらに言ったのか、おそらく後者だろうなと思いながら2人とはその場で別れる。
「それで、どうしたの? ただの喧嘩に乱入するなら今じゃなくてもいつでも出来るよ?」
どこの街でも散歩すればほぼ確実に遭遇するから。
「片方が女の子2人の場合でも?」
「あー。珍しくはないけど、それは喧嘩じゃないわね」
そういうことかと納得する。転生者やら転移者はそーゆー事が好きみたいだな。
野次馬の頭上を飛び越えて輪の中に入ったアレンを追いかけーーー追従はせずに人混みの中を掻き分けたがーーー騒ぎの渦中に割って入る。
(? アレンてあんな身体能力高かったっけ?)
少なくともエラブと戦った時はスキル無しにあの高さまで跳べなかったはずなのだが。
「ほう? 俺の前に立つってことがどういうことか分かってるのか?」
血に濡れた両刃剣を肩に担ぎ直した茶髪の男が嗤っているのを横目に、辺りを見回して状況を確認するが結構面倒なことになっているな。
確かに少女が二人地べたに座って怯えているのだが、その手前には血塗れになって倒れている男性がいた。ーーーかなり酷い傷だ。右肩から左の脇腹まで一直線に斬られている。
「知らねえよ。お前みたいなやつは」
「へえ? 見たところ新人みたいだしな。身の程を弁えないってやつか」
アレンはまだ自制しているらしく、剣を握ってはいない。半身になって構えているが。
「ーーー《癒しの風》」
アレンと男が睨み合っている間に治癒魔法を使う。苦手な部類には入るのだが、風魔法との複合魔法にして使えば何とかなる。開発した当初はリリアナに「本当に人外ね」と不本意な評価を貰った。
死にかけていた男性の裂傷が瞬く間に塞がっていく。心なしか治癒の速度が早い。
『癒しの風』はある程度の範囲にまで治癒の影響を及ぼす。といっても無作為に回復する訳ではなく、敵対者と中立者には回復効果を及ぼさない。
つまりは大型の魔物と接敵している場合でも複数の味方に治癒魔法を掛けられる利点がある。
勇者パーティーの時は神官が専門職の仲間がいなかったので重宝していたが、今回はサーシャがいるのでお蔵入りするかと思っていた。
「す、すごい………」
感嘆の声を漏らしたの姉妹の姉と思われる少女だ。姉妹共に顔立ちは良いのだが、服がボロ切れのようなものを着ているせいで翳っていて非常に勿体無い。
そして二人の首には鈍く光る首輪が付けられていた、
(奴隷、ね………)
なんとなくだがこの騒動の原因が分かった。おそらく奴隷を欲した男が少女達の所有権を持つ男性に難癖でもつけて決闘に持ち込んだのだろう。フードで顔を隠させなかった男性が悪いと言われても仕方ないとは思う。
「いいぜ。その喧嘩のってやる。お前が勝ったらそいつらを諦めてやるよ。その代わり俺が勝ったらーーー
男は醜悪な笑みを浮かべてこちらを指差してきた。
「そこの女を貰うぜ。勿論奴隷に落とした上でな!」
下卑た笑みに思わず首を傾げ、男の気味の悪い視線で今の姿が少女であることを思い出す。いくら美少女とはいえ未発達の身体を求めるとは趣味が悪いなー。
ていうか身体は女でも、まだ心は男なので男と交わるのは嫌だ。
「ネア………」
「別に良いわよ? だけどーーー」
アレンの耳に背伸びして口を近づけて囁く。
「条件としてあなたの本気を見せて。見せないなら賭けとか関係なしにあなたの元を去るから」
「………中々厳しいこと言うなぁ。殺さない程度の全力なら良いだろ?」
最初の方は小声で、後はわざと男に聞こえるように言って笑う。明らかに相手の殺気が膨れ上がった。周りの野次馬が後ずさる程の殺気を放って両刃剣を構えた。
「頑張って」
「おう」
野次馬が取り巻く円の端の方まで後退して決闘を見守る。騒ぎを聞きつけたらしい衛兵が詰所を出たようだが、戦う時間は十分にある。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
両刃剣を下段で構えた男が重心を前に傾けながら名を尋ねている。分かりやすい隙の作り方だ。
「………アレンだ」
「そうか、ならくたばれ! アレン‼︎」
アレンが口を閉じるよりも速くアレンの目の前に到達する。《瞬歩》を使うとは、思ってた以上に遣り手だったようだ。重量のある両刃剣も正確にアレンの首筋を狙っている。
ギィィン‼︎ ガスッッッ‼︎!
「………なぬ」
一瞬の交錯で起きた結末に、思わず驚きの声を漏らしてしまった。
「な、に………?」
鳩尾に膝蹴りを入れられた男が吹き飛び、野次馬の壁にぶつかってぼとりと地面に落ちた。その手には、半ばで砕かれた両刃剣の残骸を握っている。
僅かに意識は残っていたようだが、一歩も動かずに佇んでいるアレンを睨みつけて、気を失った。
『………マスター』
「ああ。拳で剣を砕いたな。今のを理解出来たやつはいるんだろうか?」
スルトが驚きを隠せない声音で語りかけてきたので頷く。鋼鉄の剣を拳で砕く。魔力で強化しているのなら兎も角、ただの素手で破壊するとは、本当に転生者の底は知れない。
一撃で勝負が決まったことが信じられないのか、野次馬達はしん、と静まり返っている。
「ほらほら、決着が着いたんだからお前ら解散しろ! 往来のど真ん中で道を塞いでるんじゃない! あと当事者はギルドに出頭しろよ。連れも含めてだ!」
静寂を切り裂いた声は、ギルドの方からだ。見れば、金属鎧を着込んだ無精髭のおっさんが戦斧片手に野次馬達を追い払っている。
「どうする?」
「どうするもなにも、行くべきでしょうね………」
困ったような苦笑を浮かべたアレンに、溜息をついて答える。この場合、衛兵のお世話にならなくて済んだと言うべきか。
■冒険者ギルド、所長室。
「で、あんたらが『ガラガラ蛇』を倒した奴ってわけかい」
「私は見てただけですけどね」
「治癒魔法とはいえ中級魔法を街中で使ったんだ。当事者として同行は当然だよ」
無精髭のおっさんーーーロームリーグに連行された場所はギルドの所長室だった。室内は広めの間取りとなっており、壁際にぴったりと並べられた本棚には書籍や書類が所狭しと並べられている。
その中央に置かれた執務机にーーー家具の配置はどこも同じようなものだーーー羊皮紙の山を築き上げた60代くらいの老婆が座っていた。傍に杖を置いているしきっと魔法使いなのだろう。
「え? 《癒しの風》って中級魔法なの? てっきり初級魔法だとばかり………」
「複数の魔法を同時に行使するアレが初級のわけがあるものか。ーーー自己紹介が遅れたね。わたしゃバシュラ。ここのギルドの長を務めているよ」
「アレンです」
「ネアよ」
自己紹介を済ませたバシュラは興味深そうに俺たちのことを見回す。値踏みをしているのだろうが、目線がどことなくいやらしい気がする。
「………うむ。合格さね。お前さん達、剣闘会に出てみるつもりはないかい?」
「「剣闘会?」」
ハモりながら尋ね返す。確か門番の兵士も言っていたような気がするが、魔法使いが出るようなものでもないだろうに。
「冒険者ギルドと街の領主が共同主催する大会だよ。剣闘会という名だけど別に魔法の使用も許可されているさね。無詠唱で中級魔法を使える小娘なら十分勝算はあるんじゃないかい?」
んな無茶な。もし俺が戦士で相手が魔法使いだったら、開戦距離にもよるが一対一なら一撃で仕留められる自信がある。無詠唱でも攻撃の間隔を縮めるのは至難の技だし。
「私は出ませんよ。アレン一人でも十分優勝出来るでしょうし」
一応本音だ。いくら大きな街とはいえ、鋼鉄の剣を砕く動体視力と腕力を持つアレンに勝てるやつがいるとは思えない。皇都の聖騎士筆頭とかなら戦えるかもしれないが、それほどの実力を持つ相手がそうそういるとは思えない。
「そうかい? なら、今回の野良試合での弁償の件についてなんだけどねぇ………?」
ひひひと不気味な笑みを浮かべたギルド長は一枚の請求書を渡してくる。
「……………」
『弁償費・金貨10枚』と書かれたそれを無言で見つめ、冷や汗をかきながら返す。
「ねえ、決闘に負けた相手が修理費とかって払うんじゃなかったかしら?」
「その分も引いているに決まってるじゃないか。あいつを奴隷化してもあと金貨10枚足りないさね」
「……つまり、どうしろと?」
なんとなくこのババ……ギルド長の意図が読めたので顔を顰めて聞き返す。脅しとは中々酷い婆さんだ。見世物の技は持ち合わせていないのだが。
「そりゃあ勿論大会に出ればいいさね。準決勝まで進めば賞金が出るから、どちらかが勝ち抜けばその金で後払いでも構わないさね。2人出ないなら即金払いしか許さないさね」
(ネア、今の手持ちって幾らあるんだ?)
アレンが耳打ちしてくるので懐の巾着の中身を思い出しながら計算する。
(金貨5枚。一応まだ宝石は数個だけ残ってるけど、相場によっては届かないかもしれない。さらにそれを言えばあのババアが邪魔してくるに違いないわ)
「誰がババアさね‼︎」
一瞬今の小声の会話を聞き取れていたのかと思ったが、ババアの単語に反応しただけらしい。不機嫌な表情を浮かべて睨みつけてくるだけだ。
ああ、こんな時に勇者パーティーにだけ与えられた、『英雄の首飾り』があれば国が全額負担してくれるのに。アクセサリーを着けるのが嫌だからって荷物袋に入れたままだったのが拙かったか。
「仕方ないか………。婆さん、俺たちはその大会に参加する。それでチャラにしてくれるなら安いもんだしな」
「はあ………、面倒だなぁ………」
「ひひひ。まあせいぜい頑張れよ小僧に小娘。これでマンネリした大会にも火薬が入る。楽しみにしてるさね」
してやったりといった哄笑を背中に受けながら所長室を出る。おのれ、後で必ず痛い目に遭わせてやる。元勇者パーティー第2位の問題児である俺の実力を見せてやるよ。
ガラの悪いやつに絡まれたり絡んだりする頻度が高いなぁ………しかも一瞬で打ち勝ってしまうような小物相手の。
大会には強いやつが出て欲しいですね。