第11話 偽りの姿
今回キリが良いところがなくて長くなってしまった………
「あら、私達の連れに何か用かしら?」
「あん? おメェもこのガキ共の仲間なノか?」
独特のイントネーションで話す大男はアレン達から視線を外してこちらに向かってくる。ヴィヴィアは俺の後ろに怯えたように隠れてしまう。
大男は虎族だった様で、鋭い瞳と爪が威圧感を放っているが、山の様な大きさの竜種と度々殴り合いをしてきた俺としてはむしろ可愛く見える。感覚がイカれてるね。
「丁度良い。てメェが持ってるポーションも寄越せ。おメェらが持ってるより俺様が持ってたほうが遥かに役ニ立つ」
「そうかしら? でもお店から盗まないのは殊勝な心掛けね」
そう適当に切り返しつつ視線をもう一度巡らせる。アレン達の近くにいるやつらがこの虎男の取り巻きだろう。といってもそこそこの実力は有りそうだが。
「良イからさっさとよこしやガれ‼︎」
掴みかかろうとしてきた虎男の腕をヴィヴィアを抱えて軽く躱す。少しだけ前に体重が乗った虎男の勢いを利用して転ばせ、扉に激突させた。魔力はまだ使う必要はなさそうだな。
「ぐっ⁉︎ てメェ………‼︎」
「お客様、お店は壊さないようお願いいたします」
「あら、ごめんなさい」
店長と思われる男性に窘められたので素直に謝る。酒場の端に積み上げられた椅子から見て恒常的に喧嘩が起きているものだと思っていたのだが。
「うちは壊したものについてはしっかり弁償して貰いますから。………負けた方に」
成る程。この店主は事態を余計に悪化させたいらしい。
「それなら大丈夫よ。頭を扉に擦り付けている虎男さんが払ってくれるから」
そして俺もヒートアップさせようとするなし。
「っ! くそガアッ!⁉︎」
完全にキレてしまった虎男は勢い良く立ち上がると同時に、人間のそれであった顔を《獣化解放》によって獣の貌へと変化させて咆哮を上げる。声だけで巻き起こった風圧から顔を庇いつつ、ポーションの入っている袋をヴィヴィアに預けて両手を開ける。
掴みかかってきた虎男の腕を《淵源の護手》によって現れた魔法障壁で真正面から受け止める。勢いが止まるのを見届ける前に虎男の側面へと回り込み、魔力で強化された脚力で力任せに右脚を蹴りつけた。
「ガアァアアッ⁉︎」
バキッと骨が砕ける音がした気がしたものの、躊躇わずに床に倒れこんだ虎男の尻尾を思いっきり踏みつけた。
「キャン!⁉︎」
まるで子犬の様な悲鳴を上げて虎男はのたうちまわる。まあ敏感な尻尾を踏みつけられたらそりゃあ痛いよな。
「あ、あの『猛虎の狂戦士』・ガルルグが一瞬でいなされたぞ………‼︎」
「ミノタウルスをたった一人で倒したあいつが………、あの少女、何者なんだ⁉︎」
店内にいた客達のざわめきが心地良い。やはりこう、大番狂わせを起こすのは非常に楽しいものがある。
取り巻きの男達は目の前で起きたことが信じられず口をパクパクしてしまっている。
「これ以上やる? 次はその可愛らしいお髭を抜いてあげるけど?」
周りから見たらきっと嗜虐心に満ち溢れた表情をしていると言われるだろう笑みを浮かべて虎男・ガルルグを見下ろす。
ガルルグは獣の貌であるため表情を読み取ることは出来ないが、ガチガチと歯を震えさせて怯えているのは判った。右脚を引き摺って酒場から転げるように逃げていった。
「キャウーーーン」
だから何故犬なんだよ。
「ま、待ってくだせぇ、兄貴⁉︎」
取り巻き連中も慌てたように酒場から出て行った。あ、慌て過ぎて転んでるし。少しは落ち着いて行動しろよ………
酒場の入り口辺りで腰に手を当て、呆れたように溜息をつく。すると、それが引き金だったかのように万雷の歓声が沸き起こった。
「すげぇ! すげぇよお嬢さん‼︎ あいつを苦もなくあしらうなんてよ!」
「ガルルグの泣きっ面が見れたのは傑作だったな! 酒が美味くなるぜ。ありがとよ!」
「あいつの横暴はこっちではかなり厄介だったからな。これで暫くは静かになるだろうよ‼︎」
皆、ガルルグが負けたことが嬉しいようだ。どれだけ嫌われてるんだ、あいつ。
「ウィア、取り敢えず席に座りましょ?」
「そ、そうだったぴょん。朝ご飯すら食べてなかったぴょん」
酒場に入る時点ではすでに太陽が中央まで昇っていた。今の運動で腹の虫が鳴ってしまいそうだ。
「遅くなってごめん。サーシャ、怪我はない?」
パッと見た様子では特に怪我をしているようには見えないが、一応念の為だ。
「う、うん。アレンが守ってくれたから」
「そっか。アレン偉い。その調子で私達女の子を守ってね?」
精神が削れるのにも構わずに女っぽく頼んでみる。背後から「虎を格闘で倒す女の子なんて聞いたことがないぴょん………」という声が聞こえた気がしたが、気の所為にする事にした。
「虎を倒せる女の子よりも強くか………。わかった。もっと強くなってみせる」
アレンはアレンで真に受けてるし。まあ、虎を倒すぐらい冒険者としては普通に出来なくては困るのだが。
■
ガルルグは相当嫌われていたようで、酒場の常連客達が感謝の言葉と一緒に店の料理を奢ってくれた。お陰でそこそこの額のお金を消費せずに済んだ。
「じゃあ君らは山を越えてここに来たのかい?」
「はい。アセリアートで腕を磨いたら色んな国を旅してみたいと思ってます」
サーシャが果実酒をちょびちょびと飲みながら答える。この辺りでは一般的な飲み物であるらしく、常連客は水より飲む量が多いと冗談交じりに言っていた。
ちなみに村内で消費するレベルの醸造では、俺が酔うことはまずない。勇者パーティーの時ドワーフとやった酒盛りの時ですら………うっ、頭が………。
どうしてかトラウマを刺激されたかのように思い出そうとする意思が拒否されてしまう。何故だろう、思い出してはいけない気がする………
「どうしたんだネア?」
「ううん、何でもないよ。それよりあいつって前からこの酒場にのさばってたの?」
思い出せない記憶を後回しにして今回の横暴についての原因を探る。ああいうやつは治安の良い南地区なら淘汰されるものなのだが………
「あー、それなんだけどよ。5日後に剣闘会って名前の強さを競う大会の予選があるんだ。それでこの街の周辺から大会に出ようっていう田舎者達が続々と来てるのさ」
「それでガラの悪い虎なんかも来てるんだぴょん?」
壁側の席に座って野菜を齧っていたヴィヴィアが興味を惹かれたようにウサ耳を「??」にする。
「そうさ。いつもなら『翡翠』のメンバーがこの酒場にいるからあんな横暴なやつらは出入りしないんだけどさ、今はダンジョンに篭っちまってるからな………。ほんと嬢ちゃん達が来てくれて助かったぜ!」
『翡翠』というのはおそらくパーティー、もしくはギルドの名前だろう。
冒険者ギルドとの違いがややこしいが、集団で結託して作るギルドは冒険者ギルドに申請して作られる組織、言ってしまえば下部組織なのだが、冒険者ギルドより規模が大きいギルドは往々にしてよくあるものだ。
「ここの近くにダンジョンがあるんですか?」
今まで口数の少なかったアレンも興味が湧いたらしく、少し身を乗り出して尋ねている。余程力試しがしたいのだろうか?
「おう。北地区の門から出て黒樫の森の奥に深めの迷宮遺跡があるんだよ。この街で活動するなら5ランクから入るとちょうど良いかもな」
今のダンジョン難易度は分からないが、一層に出てくるミノタウルスを倒せれば良いくらいだろうか?5ランクでそれなら結構緩い気がするな。
「さあさあ真面目な話はしてないで飲もうぜ! 今日は飲んだくれるぞーーー‼︎!」
「「「おーーー‼︎」」」
全く知らないおっさんがジョッキを突き上げて音頭を取る。いや、別に良いけどさ。明日の仕事に響かなければ良いんだが………。
■アセリアート、『蜂蜜亭』。
「ふー。果実酒とはいえ結構飲んじゃったなぁ………」
ネアは機嫌良く自分の個室のベッドに倒れこむ。安宿では味わえない柔らかな布団の感触に心地良く身を預ける。
昼食を奢ってもらっていたらいつの間にか日が暮れていた。別に今日は道具の準備と黒樫の森の下見だけのつもりだったので問題はない。
(朝早めに起きて下見に行くかな。連携に問題なければそのままゴブリン狩っちゃうか)
戦闘力の心配はおそらく必要ない。確認したいのは息の合った行動が出来るかどうかだ。出来ればアレンとヴィヴィアのギクシャクした関係は解消したい。
「ーーーん?」
ふと気になる魔力の波を感じ取った。アレンが気配を消して宿を出ようとしている。地味にこの『魔力感知』は便利な技法だ。俺の場合、南地区ぐらいの広さの範囲内なら誰がどの場所にいるのかを知覚できる為、人探しにはかなり便利だ。
こっそりと窓を開けて下を覗き見れば、アレンが装備を整えて歩き出すところだった。はじめは街に遊びに行くだけかと思ったが、あの長剣を背負っているところを見るにそれだけではないか。
(他の二人は………もう寝ちゃってるし)
薄い部屋の仕切りの板から寝息が漏れてくる。宿に帰る時には少し足が覚束ない様子だったので仕方ない。一応「街で遊んでくる」という書き置きを残して窓から外へと飛び出す。
宿の向かい側の屋根に飛び乗ってアレンの後を尾行する。所々で道を聞いていることからして目的地は決まっているようだ。
南地区の端の方で乗合馬車に乗ってしまったので、屋根の上を小走りで追いかけて行く。
蛇足だがアセリアートの街は屋根の上も道だったようで、屋根の上にいるのは俺だけではなかった。
俊敏に駆けていく猫族や荷物を担いで走る兎族、更には吸血鬼なんかも翼を広げて空を飛んでいたりする。
10年前に魔王が討伐された後、とある事情から彼方此方で人間界に残った魔族との和解が為されている。その為魔族だから嫌われることはあっても、害をなす意思を持たない魔族を一方的に虐殺しようという風潮は薄れていた。勿論神殿の総本山があるラスマール皇国では排除されることがほとんどであるが。
南地区の人口比率にしても、人族4割、獣人族全体3割、妖精族1割、魔族2割といったところだ。エルフやドワーフは偶然かは分からないが南地区にはほとんど見られない。
魔族と共存する街の人達を嬉しく思いながら眺めていたら、いつの間にか北地区の広場まで来てしまっていた。
馬車を降りたアレンは広場から真っ直ぐ続く中央通りを歩いて北門へと向かっている。どうやら外に出るつもりらしい。
ダンジョンからの夜帰りに備えて北門は開いている。詰所で手続きをしているのを見て俺も屋根から裏路地へと飛び降り、アレンの手続きが終わるのを見計らってから門の詰所に向かう。
入る時と違い、身分証があったので簡単に手続きは終わり、少し離れてしまった距離を走って取り戻すことにした。
「………《暗視》」
(アレンは夜目が利いてるのか?)
街の内とは違いひっそりと静まり返った街道をランプも無しにすたすたと歩いている。俺は暗視の魔法をこっそり使ってから、森の中を進んで気付かれないように努める。
アレンは時々下を見るかのような仕草を繰り返しながら森の中へと踏み入って行く。首を傾げながらもそれに続いて行くと、やがて『魔力感知』があるものを知らせてきた。
(………ダンジョン。どうして場所が分かったんだ?)
酒場で聞いた迷宮遺跡の方へと迷いなく進んでいる。やがて入り口に焚かれた篝火が見えてきたので間違いないだろう。
力の無い者が近づくことが無いように道を造っていないのだろうが、割と街から近い場所にあったな。お陰で魔物とかに遭遇する事も無かったが。
街の近くの迷宮なのに管理されていないのか、見張りなどがいる様子はない。他のダンジョンには兵士がいたので違和感を覚えたが、規模が小さいのだろうかと首を傾げつつ、中へと進んでいったアレンの後に続いて入った。
■迷宮遺跡、一層。
ダンジョン内は不思議なことに、薄暗くはあるが《暗視》を使わなければ全く見えないという訳ではない。通路の端までなんとか見える程度の光量が確保されている。
その入り組んだ石造りの通路を、何処か目的地でもあるのかアレンは迷いなく進んでいる。目印になる物も、後ろを一度も振り返ることもなくだ。
(やっぱり、これ気付かれてるよな………)
森の中からなんとなく感じていたのだが、どうしてか尾行がばれている。隠密が得意なフィアナ程ではないが、俺もそこそこ尾行には自信があったのだが。
自分から出て行くのも締まりが悪いのと、特に何も言われないのでそのまま尾行を続けていると、アレンが通路の途中で立ち止まった。
遂に話し掛けてくるのかと身構えていると、こちらをチラリと見てから通路の壁に手を当てる。その手が壁を透き通るのを確認してから勢い良く飛び込んでいった。
(隠し部屋か………)
ダンジョンではよくある隠し部屋だが、幻影を看破出来る魔法使いか空気の流れを感じ取る獣人族でないと入り口を見つけられない物であるはずだったが。
完全に見られたことだし開き直って小走りに通路を進んで透明な壁を通った。僅かな抵抗を抜けると通路よりも明るい大部屋に辿り着いた。
「む………、狂化したミノタウルスが一層にいるなんて………」
縦長に造られた大部屋の最奥を見て思わず呟いてしまう。その場から動く気は無い様子の、牛頭の魔物が斧を構えて立ちはだかっていた。
「ネア、なんでついて来たんだよ?」
アレンが少し不機嫌そうな表情を浮かべている。剣を抜いているところを見るにやる気らしい。
「それは勿論1人で何処か行こうとしてるアレンがいたから? あれ、狂化してるから危ないよ?」
こちらも悪びれることなく返す。それにアレン1人で倒すには少し厳しい相手だ。窘めるのも年長者の役目だろう。
「問題ねえよ。ま、そこで見てな」
しかしアレンは自信満々の表情を浮かべると、狂化したミノタウルスへと進んでいく。これは何を言っても無駄だと直感し、溜息をつく。
「まったく………、《炎の恩恵》」
取り敢えずアレンの武器に炎の魔法を付与する。エラブの時は意味が無かったので使わ無かったが、防具に付与する魔法よりもずっと楽な手順だ。火力が上がり、炎による追加攻撃が可能になる一般的な魔法だ。
アレンは紅蓮に染まった長剣を見て驚いた表情を浮かべたが、すぐに不敵な笑みをこちらに向けてくる。
「サンキューな、ネア」
「斧に当たると痛いから気をつけてね」
手を振ってから、危なくなったらいつでも援護出来る位置に陣取る。無謀な突撃さえしなければ大丈夫だとは思うが………
(………ん? サンキュー………?)
ふとアレンの言葉に引っかかりを感じる。意味のわからない言葉だったが、何処かで聞いた気が………
『モオオオオォォォオオ‼︎!』
ミノタウルスが雄叫びを上げて突進してきた。違和感は一旦無視することにして杖を構え、アレンの動向に注意を払う。
「よっと」
突進を軽く躱してすれ違い様に胴体を斬りつける。一目巨人戦でも見た鮮やかな斬撃はミノタウルスの身体に深い傷を残す。
『グモオオオオォォォオオオ‼︎!』
怒りの雄叫びを上げたミノタウルスの身体は黒く染まり、『狂化』の呪いに侵される。こちらの攻撃で怯むことが無くなるのでかなり厄介な呪いだ。
「はっ、しゃらくせえっ‼︎」
「なっ⁉︎」
思わず素の声を上げてしまう。大斧による薙ぎ払いに対して真正面から長剣をぶつけた。あの長剣が折れなかったのも聖剣なら納得だが、驚いたのはそこではない。
『グモオオォ⁉︎』
真っ向からぶつかり合い、ミノタウルスの大斧を弾き返したのだ。
いくらネアの威力が増加している《炎の恩恵》であったとしても、ミノタウルスの攻撃を弾き返すほどではない。ミノタウルスの大斧を弾き返す力を持っているのはレイだった頃の自分か、勇者、後はドワーフの頭領位のものだろう。今まで村を出たことすらなかった少年に出せる膂力では無いだろう。
(いや………、まさか⁉︎)
エラブとの戦いの時よりも鮮やかな剣捌きで狂化ミノタウルスを翻弄し、縦横無尽に斬り裂いていく。その光景を見て確信する。
「転生者、なのか………?」
小声で呟いた筈だが、高速で動くアレンが驚いたような表情を浮かべた、気がした。
純ファンタジーよ、何処へ行く。
6/13 少し修正・追加しました。