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「お前がやったんやろ?Hを殺して、ふざけた作文を書いたんはお前

 や。違うか?」

 田中はかなり威圧的に繰り出した。その口調には断定の兆しも見ら

れる。目の前に座っている少年は首を振って否定した。

「ふざけんな。僕はやってない。誰が言ったんや。そないなこと」

「やったんやろ?お前の顔に書いてあるわ」

 少年はびくっと顔を引きつらせた。強ばる表情には、ありありと恐

怖が浮かび上がっていた。田中の不敵な笑みから視線をそらし、そっ

ぽを向いた。

「僕と違う。僕は知らん」

「お前が知らんいうてもな、ちゃーんと見た人がおるんやで。ほれ、

 お前の友人の岡くんもそうや言うとる」

「岡が……。なんでそんなん言うねん」

 バン、と机を蹴飛ばすと上にあったデスクランプが揺れた。

「ほらな。お前の粗暴性はこっちでも調べ済みやで」

 挑発的にささやくと、田中はふんぞり返るようにパイプ椅子に座り

なおした。

「僕と違う。確かに、岡とはケンカしてたけど。やけど、そやけど、

 僕はやってない」

「証拠があってもか?」

 少年は目を見開き、心底驚いたようだ。その表情には、演技では

ない、真に迫った驚愕があった。

「証拠……?」

「お前がやったいう証拠や」

「そんなもんあれへん!僕がやってへん言うのが証拠や!」

 田中は傍らの若い刑事に目配せをすると、若い刑事はさも大事そう

に封筒から書類の束を取り出した。貴重な宝が隠されているかのよう

に、慎重な手つきだ。その右手は少し震えている。

 少年はその様子を見逃すまいと、ずっと視線を追わせていた。視線

を遮るように田中が腕を出して、書類の束を指した。

「これが証拠や。ここにはお前の作文の筆跡と犯行声明の筆跡とが一

 致した、書いてあるんや。ほれ見てみい。ほれここじゃ」

 若い刑事がパラパラとめくって見せるのを、田中は指で示した。が、

少年の目には字面を追うのがやっとで、頭で理解するのは不可能だっ

た。そもそもこの少年は、漢字が苦手だった。

「あんなふざけた文、書きくさって。わしらも頭きとんのや。警察な

 めとるとブタ箱行くいうのんもわかる年頃やろ」

 田中はギラリとした目を少年に投げつける。怒りが沸々と湧き上が

るのか、額に青筋を立てている。

「ホンマに……、ホンマに僕の筆跡と一致したの」

 少年は、おどおどと視線を泳がす。

「愚鈍な警察諸君とはよく言ったものや。こうやって捕まってる方が

 よっぽど愚鈍やな」

 田中はカンカンカンとペン尻を机に叩きつける。まだ任意出頭の段

階だが、田中の態度は、この少年を犯人だと決めつけている。少年も

また、事情を聞かれるだけだと思っていたためか、自分が犯人だと言

われて焦りを隠せないようでいる。

「なあ、認めようか。認めればお前の安全は保証したる」

「安全?どういうことですか?僕は危険なんか?」

「まあ、日本中が騒いどる事件の犯人が釈放されたなったとするわな。

 お前の家にはぎょうさん脅迫状が届くはずや。人殺しってな。家族

 や弟たちも総スカンやで。通り歩けば、石が飛んでくる、卵が飛ん

 でくる。突然ブン殴られるかもしれん。今認めてしまえば、お前は

 年少(少年院)の中でゆったり悠々自適の生活や。しかも少年事件だ

 からマスコミはお前を実名報道でけん。ほいで年少から出たら、晴

 れて自由の身ぃや。家族も守られるで。

 どっちがええねん」

 少年はじっくりと考えるように下を向き、両手を握った。まだ年端

もいかず、思考能力が発達していない少年のことだ。老獪な刑事の誘

導尋問に引っかかるのも時間の問題だった。

「僕が認めれば、家族に迷惑かからん?」

「そういうこっちゃ」

「ホンマに筆跡が一致したん?」

「しつこいの。そういう鑑定結果やて」



 三須刑事は平幸四郎(たいらこうしろう)の様子をつぶさに観察して

いた。どこか幼さの残るこの少年に犯行は可能だったのだろうか。ど

んな捜査にも先入観や予断は許されない。まさかの人間が犯人である

ことも往々にしてあることだ。

 しかし、あまりにもこの少年は無邪気だ。怒りの発動も不安の衝動

も焦りもすべて言動に表れている。田中の卑劣な誘導尋問にも、今ひ

っかかろうとしている。精神的にもかなり幼いように見てとれる。最

近ずっと押し殺してきた疑問が頭をもたげた。

 本当に彼が犯人なのだろうか。この少年が。

 三須は、彼がやったものと思い込んでいた。平の級友たちに聞き込

んできた情報によると、彼で間違いなさそうだった。「猫殺し」「被

害児童へのいじめ」など、犯人たりえる証言は多く、彼が残忍な表情

で猫を殺したのを目撃した、という有力な情報も得られた。

 兵庫県警では、この情報を重く見て、そして犯行声明文の「身勝手

さ、幼稚性、ゲームの始まりなどの表現」から犯人は中学生と目星を

つけていた。また、自由が丘中学校の正門に首を放置したこと、義務

教育に対する恨みなどの表現から自由が丘中学校の生徒が犯人である

と推論づけた。先の女子児童通り魔殺傷事件の、被害児童の目撃証言

も自由が丘中学校の生徒だと見られていた。そこまで一致が認められ

たから、極秘で中学校の周辺の捜査が行われたのだった。

 しかし、三須は思う。冷静に考えてみると、女子児童通り魔事件と

今回の事件との犯行の態様は違うように見える。通り魔事件は、衝動

的で、暴力的で、なんらのメッセージ性も感じられない。対して、自

由が丘中学校の事件はどうだろう。計画的で、極めて冷静で、メッセ

ージ性が強い。この犯行を通して、犯人が何らかの欲求を満たそうと

しているのを感じられた。

 これが同一犯だとしたら、こんなに恐ろしい人間がいるだろうか。

こんなに分離した人間がいるだろうか。

 簡単に言えば、犯罪者というのは同じような犯罪行動、犯罪傾向を

繰り返す。どんなに知能的な犯罪者であれ、自転車窃盗であれ、万引

き犯であれ、同じだ。警察が犯行を発見できるのは、大半の犯行が再

犯であるからだ。一度捕まったものが、刑期を終えても、同じ犯行を

繰り返すから再度犯人を特定することができるのだ。警察が逮捕でき

るのは、前科者の行動類型を把握しているからだと言える。

 三須から見れば、平はただの“普通の”少年であり、綿密な殺人計

画を練ったり、気まぐれに女子児童を襲ったりしそうにない。まして

や、何食わぬ顔をして双方を成し遂げたりしそうにない。残念だが、

この少年には、微塵も頭のよさは感じられない。本当に頭のよい犯人

であれば、捕まっても堂々としているし、鑑定結果の確認にこだわる

はずだ。少年は、三須が見せた唯一の犯行の“証明”に、よく目を通

すこともせずに、犯行を認めようとしている。

 何かがおかしい。何かが狂っている。


 取調室に来たときの少年に、三須は缶のお茶を差し出した。平は震

えていた。おびえていた。三須は彼と接触するのは初めてだった。小

さな少年は、小さな「ありがとう」を言った。


「認めるか?ほんならここにサイン、そうや、漢字でや」

 三須が気づくと、田中刑事は、少年に供述書へのサインを求めてい

た。

「三須ぅ、逮捕や。申請。はよせいや」


 夕闇が近づくころ、三須刑事は捜査本部に向かい走った。


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