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 藤田は出来上がったばかりの原稿に目を落としながら、思案顔に

なっていた。真っ暗な表情には、テーブルの上の冷めたインスタン

トコーヒーが映るほど、疲れがありありと浮かんでいた。

 藤田の頭には、たくさんの情報が飛来してき、混乱は進む一方だ

った。

 そもそも、警察の発表以前の加熱した報道合戦はいったい何だっ

たのだろう。多くの目撃情報も、今や水泡に帰した。数百を超す記

者の中には、誰も、誰ひとり、少年が犯人だと気づいたものはいな

かった。その証拠に、どの新聞社のどの記事を確認しても、それを

匂わすような記事すらなかった。あの警察の少年逮捕の発表まで

は……。


 こんなことがあり得るのだろうか。報道規制を敷かれていたわけ

ではない。誰も気づかなかったのだ。不審な少年の目撃例などなか

ったのだから。

 改めて少年の周辺を洗ってみても、思い込み、明らかな嘘、無駄

な情報などを除いては、事件に直接につながっていそうなものは見

当たらなかった。浮き彫りになっていく少年の性格や環境などの周

辺情報を書きこんだメモを見ても、何ひとつピンとこない。


 こんな普通の中学生が史上稀にみる大それた事件を起こすだろう

か?誰にも目撃されずに?物的証拠を何ひとつ残さずに?


 H少年の遺体の首の第一目撃者は、80歳を超えたお婆さんだった。

あまりの首の様子の奇妙さから、人形の首だと思っていたそうだ。

首は、目が十字に傷つけられ、頬を真っ赤に染めて、通りの方を向

いて置かれていた。正門の上に置かれ、通りを見つめる状態は、老

人でなくても、人形か何かだと思うだろう。口には丸められた紙片

がはさまっていた。

 ところが、第二の目撃証言では、首は正門の前の地面に置かれ、

紙の形状も変わっていた。筒のように丸められた状態から、封筒サ

イズに折りたたまれて、口にくわえられていた。

 第一の目撃は5時30分、第二の目撃は6時30分、そして第三

の目撃のときに警察に通報された。第二の目撃とほとんど様子が変

わらなかったことから、第三の目撃直前には首が動いていなかった

ことになる。


 首の目撃と同時に、不審な男と不審な乗用車が正門の前に停まっ

ていたことが目撃された。真っ黒の乗用車はブルーバードとみられ

ている。不審な男は30歳代くらいで、短髪であり、黒いビニール袋

を持ちながら校門前でうろうろしていた。このときの神戸では、黒

いビニール袋は販売されておらず、3年前から市の指定のビニール

袋しか購入することができなくなっていた。


 ところで、平の自供によると、母が起き出す5時前に、つまり、1

時から3時の間に首を正門の前に置きに行ったことになっている。

しかも、門の上に置いたことはないと断言している。



 遺体の目撃証言と、平の自供はこんなにも食い違っている。こんな

に異様な事件がかつてあっただろうか。細かいところは違っても、

犯行の方法が違ったり、目撃情報が錯綜したりすることがあるにはあ

る。しかし、目撃証言がほぼ一致しているにも関わらず、犯人の自供

だけが、夢の中を彷徨っているように一致しない。犯行を認め、自

供をしているにも関わらずに、だ。


 我々は魔術にでもかかっているのだ。そうでなければ、こんなおか

しなことは認められない。藤田は眠気と格闘しながら、ぼんやりと

頭を動かした。


 目撃といえば、平がH少年を殺したとされる時刻、首を遺体から分

離した時刻、これらの時刻には、警察、周辺住民、学校の生徒たちに

よる400人を超える大捜索隊が周辺の捜索を行っていたにも関わらず、

平は誰にも、誰ひとりにも目撃されなかった。彼はまるで幽霊のよ

うにこれらの人々の目をすり抜け、誰の印象にも残らず、音も立てず、

遺体の首を切断したというのだ。これらの所業が事実とすれば、一

流のマジシャンはみんな廃業しなければならない。


 そんなバカな。こんなバカな結論が許されるのだろうか。我々は法

治国家に住んでいるのだ。無辜な少年が逮捕され、真犯人が野放し

にされる。これでは法治国家ではない。藤田は自分の無力さに肩を

落とすと、目の前の原稿を破り捨てた。ビリビリに引き裂かれた原稿

は悲痛のうめきをあげた。 


 こんな三文記事を書いている場合ではない。藤田はすっくと立ち上

がると、外へ行くためにジャケットを羽織った。


 目撃証言をもう一度洗うんや。記事を書くんや。記者の正義はここ

にある。


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