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平幸四郎は自分の境遇に泣き笑いをしていた。
警察の苛烈な取り調べに身も心も引き裂かれそうだった。どうして
こうなった。どうしてこうなったんや。夢にも思わなかった一週間だ
った。僕は何か悪いことをしたんやろうか。自分の心に問いかけてみ
ても、何も答えはなかった。
消灯時間が過ぎても、留置場の臭い枕に顔を埋めて、泣き暮らす日
々だった。自分の悲しい未来を想像すると、涙は少しも止まる気配は
なかった。夢でも泣き、起きても泣き、寝る前に泣く。警察官の前で
泣くことは、ほとんどなかった。彼の母親の厳しいしつけから、人前
で泣くことは憚られた。
しかし、涙が止まらない。どうしたらええのんや。さっさと楽にな
りたい。取り調べから解放されたい。そう思って、何度も自分の罪を
認めたのに、刑事はまだ調べたいことがあると言って、なかなか彼を
解放しなかった。
証拠が合わんとか、動機が分からんとか、平にとってはどうでもい
いことだった。適当な返事をしていると怒鳴られるし、殴りかかられ
そうになったことも一度や二度ではない。
平は事件の二週間程まえから学校に登校せず、児童相談所に通うよ
うになっていた。平の不登校は、友人とのケンカが原因だった。大事
にしていた時計を右手にはめ、友人の顔を殴り、前歯を折っていた。
そのときは、ナイフを所持していたにも関わらず、ナイフで友人を襲
うようなことはしなかった。ケンカの原因は些細なことだった。学校
の生徒指導室に、親子ともども呼び出されて、友人親子への謝罪を要
求された。平の父は、こちらの事情を一切聞かず、一方的な謝罪の要
求をしてくる学校側に腹を立て、息子の無期限の不登校を宣言した。
子どものケンカに大人が入るとろくなことにならない。さきの事件は
それを表わしていた。
さて、不登校になった平だったが、当時の問題を解決するために児
童相談所に通い、相談員の指導を受けていた。三度目の相談のときだ
った。5月27日、午後12時ごろ、例の児童の頭部が見つかった報
道が、児童相談所の待合室のTVで流されていた。平の母親は、彼の相
談が終わるのを報道を見ながら待っていた。母親はTVを見ながらブル
ブルと震えていた。こんなにも恐ろしい事件が身近に起こるなんて。
ウチの息子と同じ学年の子、いや、被害者は友達のHくんやないの。平
の家には彼の下にも息子が二人いる。何ともいえない恐れは、母の脳
を占拠していた。
相談を終えた幸四郎が、いつの間にか一緒にTVを見ていた。
「怖いなあ」
真剣なまなざしで、TVを見つめながら、幸四郎は答えた。
「はよ帰ろ帰ろ」
家に帰る途中、母は事件のことを思いながら、彼にまた尋ねた。
「ほんまに怖いことが起こるんやなぁ」
息子はごく普通の調子で、母親の目を見つめながら返答した。
「そやなぁ、すごいなぁ」
極めて自然な受け答えに、母親は、自分の息子が逮捕されるとは夢
にも思わなかった。いや今でも信じられないだろう。大事件を起こし
て、家族の前で知らないふりをできるほど、彼はペテン師の才能に恵
まれてはいなかった。友人を殴って、あっさりと罪を認めるほどだ。
事件発覚からひと月も日常生活を送れるほど、役者ではないだろう。
事件の重大性を鑑みて、また、少年事件ということもあり、留置場
では一人部屋だった。どんなに押し殺しても、漏れ出てしまう泣き声
に答える声はなかった。肩を抱きしめる優しい腕もなかった。たった
一人、耐えていかなければならない。自分の犯した罪と闘いながら。




