第35話 狂笑する少年
「そっちは終わったか」
『うむ、とうの昔にな。この程度の仕事、桶狭間流の真髄を見せるまでもない』
『こっちもおんなじだ。戦車をレールガンの要領でぶっ放しただけだが疲れちまったよ♫』
未来道ビル南出入口付近から西通りを覗き込むと、生身の人間はもとより金属製の兵器まで細切れで、通りを挟む建物にも多くの爪痕が刻まれていたのが見える。まるで刃の竜巻が通り過ぎたようでここまで鉄臭いニオイが届いた。
今度は東通りを覗くが、こちらに至ってはあるところを始点とした東側が飲み込まれたかのようになくなっていて、わずかに残ったビルや地面からは未だに煙を吹いていた。もはや何が起こったのかさっぱりな状態だ。
『ほれ、これで分かったじゃろう照光。ワシはあの時本気を出してはおらん。もし本気を出せばうぬの命など蝋燭の火も同然で楽しめなかったからな』
『ついでに言うと俺もだかんな♬』
「勝手に言ってろクソッタレ」
この二人に勝てたのは本気を出す前に倒したからであって、真っ向から衝突すれば勝機はなかったのだろう。無運枠の勝利がすべてぬか喜びものだと思い知らされ、二人には聞こえないように小さく舌打ちする。
『して、これからどうするのじゃ。相手方に援軍は来ないようだが』
「そうだな、お前らは腐っても俺の試験に付き合ってくれたから一ついいことを教えてやるよ」
『さっさとしてくれよ。俺ァもう電力切れそうだから早く帰って寝てーんだよ』
「お前らにはこれから死んでもらう」
『あァ?』
『ほう?』
ゾグンッ! とインカム越しにも分かる破壊と殺意の感情に当てられ、背骨に氷柱が刺さったような悪寒を覚えるが、それでも照光は平然と続ける。
「俺は試験が始まる前にあるものを起動した。……『グングニル』、というものだ」
『!?!?!?』
『?』
反応から察するに武器への造詣が深い戦兵衛だけは自分の置かれた状況を理解したようだ。
『きっ、貴様ッ! 何故そのようなことをッ!?』
「んなモン俺の夢のために決まってんだろ」
『場所は!?』
「ここから南へ3キロ先」
そう言って照光は目の上に手のひらをかざし、おおよその落下地点を眺める。
『なんだよべーやんさっきからせわしねーな。誰か詳しく説明してくんね?』
計の当然の質問に戦兵衛が疲労のため息をつきながら答える。
『単純な話ぞ。この莫迦は運動エネルギー爆撃を実行しておったのだ』
『へー』
『「へー」で終わるものか。それは金属の棒を低軌道上から射出するだけなのだが、地表に着く時にはその速度は時速一万キロにまで達して核にも匹敵する破壊をもたらすものなのだぞ』
『マジか。じゃこの辺一帯が更地になるってことか』
「であろうな。して、うぬらはどうするつもりだ。ワシはここで腹を括るつもりだが、できる限り遠くへ逃げでもするのか?」
『やなこった♫ 俺ァここで圧倒的な破壊劇を見させてもらうよ♬ 死ぬ前に見たいと思ってた光景が死ぬ直前に見れるかもしんねーんだ、逃す手はねーぜ♫』
クカカカカッ! といつもより跳ねるような調子で言う計に、此奴の性癖を忘れておった……、と戦兵衛がもう一度深くため息をつく。
「どいつもこいつもイかれておる。何故そのように命を投げ捨てられるのだ。それは生きているうちの最後に楽しむものであろうが」
またため息をつく戦兵衛に、イカれてるのはお前らだけだ、と照光は心の中でつぶやく。
死ぬ直前まで『破壊』という性癖を満たそうとする計がおかしいのは言わずもがなで、死ぬことを恐れているように思える戦兵衛も実際は自分の愛する『殺し』を味わえなくなること、そして『自分を殺す』という経験が思ったより早かったことを残念がっているだけだ。
つまりこの二人の死生観や価値観、人生観は自分たちにも当てはまっていて、今回のように降って湧いた死の危険を前にしても自分のままであり続けられる。そんな道理に外れた精神を持つ人間が普通と呼べるわけがなかった。
……そんな自分を貫ける強さを持つ二人を、実は羨ましく思っているというのは内緒である。
『んでテルミ、なんでテメェはわざわざこんなことをしたんだ? 自殺にしちゃやけに手が込んでるし、まるで道連れにしてーみてーじゃねーか』
「それもあるだろうな。けどそれはお前らのことではないし、何より俺の本当の目的はもっと別なところにあるんだよ」
『『???』』
おそらくインカムの向こうで怪訝な顔をしている二人を他所に、照光は夜空に向けて大きく腕を広げる。
その姿はまるで落ちてくる流れ星を歓迎している祈祷師のようでもあり、無事にフィナーレを迎えたことに歓喜する道化師のようでもあった。
「俺は、この辺一帯の電力供給をストップさせたいんだ」
『奇異なことを言うのう。たしかに「グングニル」の威力なら周囲百キロの電柱、電線路、電波塔、それに空中鉄道を破壊するのもわけないであろう。だが、そのようなことをしてもこのY地区が暗闇に包まれるだけじゃ。よもやそのためとは言うまいな』
「まさにそのためだよ」
『……テメェまさか!?』
何かを察したように計の声が緊張に染まる。そういえばこいつにはしゃべってたっけ、と思いながら照光は一つの表情を夜空に向ける。
それは笑顔だった。照光が取り返したいと願った笑顔だった。
だが果たしてそれは本当に笑顔と呼んでいいものなのだろうか。
それは過去に照光が浮かべた笑顔の中でも類を見ないほど外道で千々で歪曲で崩壊で混沌で狂騒で滅亡で絶望で、おぞましいという表現も生ぬるく思えるものだった。
しかし同時に星のように悠大な輝きを湛えたそれは、万物を引き寄せる引力のような妖しく危険な魅力があり、それこそたとえ世界を破滅に導く凶星だろうとお構いなしに引き寄せるほどに、美しかった。
ちょうどこの時、その笑顔に引き寄せられたように、一条の閃光がこの地球に降り落ちようとしていた。
歓喜に震える照光は、その流れ星に向けて叫ぶ。
「見てるか白心。あれはお前だけに捧げる一番星だッ!!」
直後、Y地区が一瞬にして光の絶望に包まれる。
しかしそんな中でも、照光は壊れた人形のように————笑っていた。




