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第01話 少年と少女

 モノレールが空を横切っていく。


 懸垂ランゲル式であるそれは夏の青空をあみだくじのように縫う線路の下に沿って進み、ぼ〜っと見上げる少年の視界から消えていった————と思ったらまったく同じ型のモノレールが視界に入り、また消えていった。超科学国家ならではのその光景は何度も繰り返され、回り灯籠を見ているのではないかと錯覚してしまう。


 だが所詮は錯覚。この回り灯籠の火はすぐに消えることだろう。


「最期に見る、光景まで……鉄臭いニオイが、しやがるな……クソッタレ……」


 路地裏の壁に寄りかかって座り込む少年————虹野にじの照光テルミツは空に向けて笑みを飛ばす。


 ニシシ、という一見して無邪気さに彩られたそれの端々には怒りや憎しみ、妬みの感情を覗かせていることに、照光自身は気づくことがなかった。


「なんでだろ……夏だってのに、やけに寒いじゃねえか……」


 上空から自分の身体に視線を移すと、そこにはゴミ袋とトングを持った手、力なく投げ出された脚、血で真っ赤に染め上がった学生服とがある。その顔に張り付いている錯雑の笑みを考慮しなければ今すぐ死体認定を受けてもおかしくない状態だ。


「そっか……。俺、無能狩りに遭ったんだ……」


 ニシシ、ともう一度ニキビっ面を笑わせる。


 天才や超能力者を集めるこの国————高天原たかまがはらで希少な無能である照光は、ついさっき袋叩きにされた挙句にナイフで腹をメッタ刺しにされたことを思い出す。おそらく『資金援助を受けているはずの高天原の学生がゴミ掃除をしている』ところを見て無能だと認識されたからだろう。


「……無能だから働かなきゃなんねえのに……それすら許されねえのかよ……ッ!!」


 照光は今こうして死に目に遭っていることになんら疑問を抱いていない。むしろ単に寿命が来ただけだと達観的に捉えて納得すらしていた。


 ただ一つ、無能狩りの餌食となり無能であることを裏付けられた事実だけが照光の歯を食い縛らせ、瞳から涙を零れさせた。


「うっ、うぐっ、うっ、うぅうぅぅうぅ…………」


 死に瀕する照光を馬鹿にするように晴れ渡った空を嗚咽混じりに睨みつけ、それを引きずり下ろさんばかりに右手を突き上げる。だが手袋と袖の隙間から覗かせる人ならざる腕が太陽光を反射して網膜を焼き、それすらも阻んでいるかのようだった。


「なんで俺は……こんなクソッタレな手脚を持ってんだよ……クソッタレ……」


 鮮血を滴らせるその口で怨嗟を吐く。


 そう、すべては自分が悪い。どれだけ努力しても何もできない全無能であり、人に軽蔑される穢れた手脚を持つ自分が悪いのだ。今みたいに天才様のオモチャにされて野たれ死ぬのも、きっと無い無い尽くしの人間未満にはお似合いの最期なのだろう。


 何もかも原因は自分にあることを思い知らされたことにより、渦巻く感情が行き先を見失い胸の内を掻き乱すことしかできない。


「クソッタレ……クソッタレ……クソッタレぇぇぇぇぇぇ…………」


 照光は自分を見下す人類と自分をヒエラルキーの最下位に位置付けた世界が嫌いだった。


 そしてそれ以上に、こんなにも苦しくて悔しい思いをしているというのにその気持ちを偽るようにヘラヘラと笑う道化師ピエロな自分が、大っ嫌いだった。


 視界が霞んできた。この不明瞭さこそがこの生き地獄から抜け出す鍵なのだと悟った照光は、抵抗もためらいもなくそれに身を委ねることにした。


 ——無能らしく生きて、無能らしく死ぬ。

 ——これがきっと、運命ってヤツなんだろうな。

 ——……俺の夢、叶えられなかったなあ……。


 ニシシ、と自嘲一色の笑みを浮かべて目を閉じた————その直後だった。






 ヒタリ、と誰かの手が照光の頬に触れた。






 ——なんだ? 悪魔が俺を迎えにでも来たか?


 人間の手とは思えない冷たさを秘めたそれから悪魔を思い浮かべた照光は、もはやそれを確認するのも億劫になり目を開けすらしなかった。


 だが直後、悪魔の所業とは思えぬ奇跡が照光の身に起こった。


「…………ッ!? 痛みが、なくなった……!?」


 いや、痛みどころじゃない。死に際の寒さや全身をぬめらせる冷や汗、制服についた赤血に裂け目すらなくなっていた。まるで今までのすべてが幻の如く消え去っていたのだ。

 

 信じられないといった風に口を開けて自分の身体を眺めていると、


「大丈夫そうで、何よりです」


 鈴の音のように柔らかく優しい声が降り注がれた。


 茫然と顔を持ち上げた照光は、その奇跡を施した正体を見て身体が動かなくなってしまう。






 銀世界を体現したような白い髪と肌。聖女だけが着れるような白いワンピース。氷河のように冷たく、しかし天使のように優しい顔立ち。


 そのすべてが少女という枠組みに納まっており、照光の心を奪う美しさを誇っていたからだ。






「出し抜けにすみません。ちょっとお聞き、したいのですが、この路地裏からどうやって、抜けることができますか?」


 白い少女が照光の頬から手を離してそんなことを聞く。特に変わった質問でもないのだが、悪魔と勘違いしたことを恥ずかしく思えるほどの美しさに見惚れて固まる照光に、答えられる道理がなかった。


 もし神様が本気で人間作りを手掛けたら間違いなくこの白い少女ができるだろう。そう思えるほどの魔性の存在感を放つ白い少女は、心ここに在らずな照光を見て不思議そうに首を傾げる。


「どうか、しましたか?」

「えっ!? あ、いや、その、えと、おう、あの、あ、あり、ありが」

「答えられないのなら、無理をしなくても、結構ですよ。お手を煩わせて、申し訳ありません」


 ぺこり、と頭を下げた白い少女は照光が制止する間もなく照光の許から離れていった。


 遠くへ行ってなお色褪せることも霞むこともない白い少女の後ろ姿を、照光は見つめ続ける。


 ——そっちだと路地裏の奥に行っちゃうんだけど、大丈夫なのかな。

 ——……さすがに無視はできねえか。 


 まだお礼も言ってないしな、と後付けして照光は白い少女の後を追いかけることにした。








 運命の出会いを果たした二人の少年少女————虹野にじの照光テルミツ空井うつろい白心ハコ


 この出会いが二人の笑顔を探す物語の始まりであることを、二人はまだ知らない。


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