表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『生存の配分 ── 上田合戦:徳川・真田、闇の合意』 第五章  作者: あっちゅ寝太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

「なぜ史上最大の激戦・関ヶ原の裏で、上田合戦の死傷者は極端に少なかったのか? 真田の存続と、徳川秀忠の『遅参』。そこには家康と本多正信が描いた、武の時代を終わらせるための冷徹な国家設計図があった。」

第五章:放射状の蜘蛛の糸(1600年・盛夏)

1. 闇に躍る筆先

慶長五年、初夏。伏見の徳川屋敷の一室は、外の眩い日差しを拒絶するように、昼なお暗い。

行灯の頼りない光に浮かび上がるのは、本多正信の、岩肌のように刻まれた深い皺であった。その指先には、三河の泥の中で培われた執念が、一本の筆となって握られている。

机上に広げられた巨大な日本地図。そこには、ただの大名の名ではなく、正信にしか見えぬ「数字」が書き込まれていた。所領の石高、米の備蓄、そして当主の「心の穴」である。

「弥八郎、墨を惜しむな。全大名の『弱み』と『望み』を、その腹の底まで書き出せ」

背後の闇から、家康の声が響く。その声には、天下を獲る者の冷徹なまでの静寂が宿っていた。

「心得ております。人は正論では動きませぬが、己の『穴』を突かれれば、這いつくばってでもこちらへ参りまする。こやつは金、こやつは領地、そしてこやつは……ただ、死を恐れておりまする」

正信の筆が、地図の中央から放射状に線を引く。その墨の跡は、さながら獲物を絡め取る蜘蛛の糸。北は津軽、南は島津。その糸の先には、すでに正信の言葉という名の「毒」が染み込んだ密書が、闇に紛れて飛び交っていた。

2. 犬伏の密議:真田の血脈

同年七月二十一日、下野国・犬伏。

激しい雨が、薬師堂の屋根を打ち鳴らしていた。世にいう「真田の親子別れ」の夜。信繁を遠ざけた奥室で、昌幸と信幸(信之)、そして正信が密かに放った「影」が、蝋燭の火を挟んで対峙していた。

昌幸は、湿り気を帯びた空気を深く吸い込み、不敵に笑った。

「信幸は徳川へ、わしは西軍へ……か。弥八郎め、相変わらず胸の悪くなるような策を書きおるわ」

「信幸様を徳川のくさびとし、昌幸様を上田の檻とする。これこそが、真田の血を残し、徳川の精鋭を無傷で残す、唯一の設計図にござります」

影の囁きに、信幸は苦渋を滲ませて拳を握った。だが、昌幸はすでにその「未来」を味わうように目を細めている。その眼窩の奥に宿っていたのは、単なる勝敗ではない。かつて海野平うんのたいらの合戦で領土を追われ、泥を噛みながら耐え忍んだ父・幸隆以来の、一族の悲願。海野の血に流れる、「家名を不滅にする」という狂おしいまでの生存本能であった。

3. 不気味な誓約

武田を使い、織田を使い、上杉を欺いてまで繋いできた「真田」という灯火。家康が描く「徳川の平和」という箱舟に、一族を片足ずつ乗せる。それは昌幸にとって、家康を利用してまで達成すべき戦略であった。

「家康に伝えろ。わしが精一杯の『血糊』を用意し、上田で秀忠を足止めしてやる。誰もが『徳川の無能な二代目』と信じ込むほどの、極上の芝居をな」

昌幸の唇が、嘲るように、あるいは悦びに震えるように歪む。

「真田は『檻』の中で、徳川が朽ち果てるその日まで生き延びてやる。家門を未来永劫残すための『維持費』としては、上田の汚名など安いものよ」

四者――家康、正信、秀忠、昌幸。

歴史の表舞台からは決して見えぬ、四人の設計者による「不気味な誓約」が、雨音の中で結ばれた瞬間であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ