ステレオタイプ的アメリカ人とステレオタイプ的ツンデレのお話
しなやかな黒髪をまっすぐ下ろしたロングヘア。薄橙の清潔な肌に黒っぽい茶色の瞳、そして四角いレンズの黒ぶち眼鏡。着ている制服は黒いセーラー服で、スカートはちゃんと膝丈まである。黒い靴下と真っ白い上履きを履き、しっかりと脚をそろえて、その女子は椅子に座っていた。
教室に集まる生徒たちの中でも、ひときわ優等生オーラを漂わせるその女子生徒は、しかしその外見に似つかわしくないものを持っていた。
それは、赤いラベルの大きなペットボトル。その中の黒く泡立つ液体は、2Lのコーラだ。女子生徒は両手で丁寧にボトルを支え、すました表情のまま、ぐびぐびとのどを鳴らしながら、急速にコーラを飲み込んでいた。そして、500mlほど飲み終えると、「ぷはぁ~」と気の抜けた声を出しながら、ゆっくりと机にボトルを置く。やけに真剣なきりっとした目つきが、
周囲の生徒たちのなかには、コーラをがぶ飲みしている者は一人もいない。また、制服を着ている者もいない。この学校では、重要な式典でもなければ制服を着る必要も習慣もないのだ。それだけに、先述の女子生徒は浮いていた。
「おはよう」
件の女子生徒の前に、青いワンピースを着た別の女子が座る。愛嬌のある茶色いツインテールが目立つ人物だ。呼ばれた女子生徒は、元気に挨拶を返す。
「おはようございます、雨宮さん」
「またコーラ飲んでるの?」
「いやあ、日本っぽくないのは分かってるんですけれど、これだけはやめられなくて」
「これだけじゃないわよね?」
セーラー服の女子は眉と肩をぴくっと震わせた。
「聞いたわよ、制服姿でショットガンを持ってるところを見られてちょっとした騒ぎになったって」
「あれは“無可動実銃"ですよ!だからなんの問題も......」
「いや、どう考えても誤解を生むって分かるでしょ」
「うう、だって、他の生徒さんに、見せてくれって頼まれたんですよ......」
頭をかき、困ったように笑いながら弁明する。
「あんまり素直すぎるのも良くないわよ。もっとよく考えて行動しないと」
「分かりました。では本当に信頼できる人の指示にのみ従います、貴方のように!」
純粋な瞳で見つめられた雨宮は、そっぽを向いて腕を組み、頬を膨らませながら答えた。
「な、なによ。急にそんなこと言ったって、何も出ないわよ」
口ではそう言ったものの、ゆらゆらと泳ぐ目線が、彼女の心に満ち溢れる喜びを代弁していた。
この二人の生徒の日常が始まったのは、1週間ほど前。2学期が始まったばかりのことだった。
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残暑の厳しい9月上旬。夏休み明けの私立萩原学園高等学校には、妙な熱気が漂っていた。2年1組に女子の転校生が来るという噂が立っていたのだ。
「ねえねえ、雨宮さんもあの話を聞いた?」
「ええ、転校生らしいわね。別に興味ないけど」
件のクラス所属の女子高生、雨宮明も、顔には出さないが、茶髪のツインテールをいじりながら、(どんな子だろ。可愛くて優しい子だといいな。仲良くできるかな......)などと思考を巡らせていた。彼女が転校生を気にしているのには理由がある。今朝登校したら、自分のすぐ後ろに新しい席が追加されていたのだ。転校生が座るのは、恐らくそこである。
もしかすると、転校生は新しい友達になるかもしれない。他人につんけんした態度をとりがちで友達の少ない雨宮にとっては、数少ないチャンスなのだ。
チャイムが鳴ると、奈須本宇子という名の担任の女性教師が、低い声でクラス中に呼びかける。いつも着ている白いライン入りの黒いジャージが、金髪と白い肌を引き立てている。その美貌に似合わない不機嫌そうなくらい表情もまた、いつも通りだ。
「はい、静かに。じゃあ、もう皆大体知ってるようだけど、今日はクラスに新しいメンバーが加わることになった。じゃあ、入ってきてくれ!」
その声と同時に、教室前方の出入り口が開き、クラス中の視線が集まる。
ゆっくりと教室に入ってきたその人物は、非常に整った顔つきをした少女だった。美しい黒髪をおろしたロングヘアで、肌は薄橙色、暗い茶色の瞳をもっていた。メガネはしていない。
そして、その服装は白いリボンのついた黒いセーラー服。学校指定の制服だが、重要な式典でもなければここの生徒は制服を着ないものだ。雨宮も、今は可愛らしい青のワンピースを着ている。
だから、転校生の服装は、その綺麗な容姿と合わせて、凛とした『優等生っぽいオーラ』を放っていた。明は(結構可愛い!)と思ったし、他の生徒たちもそうだった。
「じゃあ、自己紹介を頼む」
教師が指示すると、その転校生は少しだけ目を伏せ、軽く深呼吸したのち、歌うような綺麗な声で話し始めた。
「はじめまして。今日からこのクラスでお世話になります。少し時間はかかるかもしれませんが、どうか皆さんの一員として、仲良く楽しく過ごせればいいなと思っています。まだ分からないことも多いし、授業についていけるかとか、いろいろと不安はありますが、頑張ります。よろしくお願いします」
そういって、彼女はお辞儀をする。少しの間ののち、教師が再び口を開く。
「えーと、自己紹介だから名前を言ってほしいんだが」
転校生は肩をびくっと震わせた。
「ああ、それと、こういう時は黒板に名前を書いてもらうのが慣例なんだ。一応確認しておきたいから、最初から最後まで全部書いてくれ」
そういって、奈須本は転校生にチョークを手渡す。転校生は、数秒間だけ、まるで泣きそうなほど悲し気な目つきで渡されたチョークを見つめ、その後、なぜか黒板の、生徒たちから見て左の端へ向かった。
(名前を言うのがそんなに嫌なのかしら?それになんで端っこに?)
明は一連の彼女の行動を不思議に思った。それは他の生徒も同じだったようで、教室内にかすかなざわめきが広がる。
転校生は小さなため息をつくと、黒板に大きく文字を書き始めた。最初の文字は、『M』。
「英語?」
「いや、英語とは限らないけど」
「外国人……?」
「え~そうは見えなくない?」
教室内のざわめきが大きくなる中、彼女は『a』『x』『i』と、文字を書き連ねていく。最後に彼女がチョークを置いたとき、黒板には、以下のような文字列があった。
Maxine Duplex Armstrong
「と、いうわけで彼女は、えーっと......すまないが英語はさっぱりでな。なんて読むんだこれ?」
奈須本が困り顔でそう頼むと、転校生は唇をかんで目を泳がせたのち、あきらめたように言った。
「私の名前は、マキシーン・デュープレックス・アームストロング、です......」
明らかな作り笑顔をする彼女をよそに、教室内は一層騒がしくなる。
「うわ、外国人だ!」
「転校生って外国からだったの!?」
「どこの人?先生の知り合い?」
「ってか名前ごついな」
「あの見た目でアームストロングって、ギャップあるよな~」
「っていうか、どう見ても日本人じゃね?」
雨宮もまた驚きつつ、(なるほど。横書きだから左端から書いたのね)と納得した。
「はい、静かに。えーと、私から一つ言っておくが、アームストロングは転校生というより留学生。彼女は日系アメリカ人とのことだ。そうだな、アームストロング?」
「はい、私は日系テキサス人です。あと、一応向こうではマックスという呼び名があったんですけど......」
「できるだけ生徒は苗字で呼ぶようにしているんだが」
「マックスのほうがマシ......じゃなくて、マックスでお願いします」
丁寧な、しかし今までで一番強い口調で、マックスは言った。
「......まあいいか。そういうわけで皆、マックスをあたたかく迎えてほしい。じゃあ、あの青い服の子の後ろに席があるから、そこに座ってくれ」
教師に促されて、彼女は荷物をもって歩き出そうとする。だが一瞬立ち止まり、こう言った。
「私はアメリカ育ちですが、日本語も頑張って勉強して、それなりにはうまくなったと思いますし、寿司とか日本食も好きですし、その、日本人の一員になれるようにしますから、お願いします!」
そうして頭を下げた後、雨宮の後ろに歩いてきて着席する。その表情には不安が浮かんでいた。
その後、休み時間になると、マックスは他の生徒から次々と質問を浴びせられる。
「銃が普通に買えるって本当?っていうか使ったことある?」「寝るとき靴脱がないの?」「そもそもテキサスってどこ?」など、大体似たような質問をクラス中の、そして他のクラスの、ときにはほかの学年の生徒たちがした。
マックスは笑顔で応対していたが、雨宮は、彼女があまり嬉しくはなさそうだと気づいた。観察力があるからではなく、マックスに話しかける勇気が出ずに傍観する側にまわっていたからだが。
昼休み、マックスが弁当箱と一緒に箸を取り出した。するとそれを見た生徒たちはまたマックスのもとに寄ってきた。
「マックスってお箸使えるの?」
マックスは、一瞬悲しそうに目を伏せた後、笑顔をつくって答えた。
「あなた方が思っているよりも箸を使えるアメリカ人は多いですよ。中華料理を食べるときとか、よく使いますから」
「中華料理好きなの?」
「ええ、結構好きですよ、オレンジチキンとか」
「オレンジチキン......?」
「はい。ほら、文字通り鶏肉とオレンジの......」
「あー!あの白い箱に入ってる中華料理のことね。アメリカの作品だとよく出てくるやつ」
「えっ......」
マックスは一瞬、『しまった!』と言わんばかりに目を見開き、息をのむ。それを見て、雨宮は確信した。(きっと、彼女はアメリカ人として扱われることを望んでいないのね。自己紹介のときも日本人の一員が云々って言ってたし)
マックスの周囲から皆が立ち去ったのを見計らい、雨宮は意を決して、マックスに話しかける。自分は彼女を過剰にアメリカ人扱いしなければ、もしかすると仲良くなれるのでは、という少々打算的な感情を抱きながら。
「マックス!ちょっといいかしら!」
「は、はいっ!」
「私の名前は雨宮明。あ、あなたが望むなら、一緒に昼ご飯を食べてあげてもいいわよ(バカバカ私のバカ!なんでいっつもこんな話し方しかできないのよ!)」
雨宮は心の中で苦悶する。生み出された一瞬の沈黙は耐え難いものだったが、その沈黙はマックスによって無事破られた。
「はい、是非お願いします」
その表情には、かすかな期待がこもっていた。
校舎裏、人目につかないところで、二人は弁当箱を開いた。雨宮の弁当は二段になっていて、ゆかりご飯、卵焼き、ホウレンソウの胡麻和え、ミニトマトが入っている。そしてもう一つ別の入れ物にマスカットが入っていた。
一方、マックスの弁当は一段で、メニューとしては白いご飯に梅干しとごま塩、冷凍食品のハンバーグと、申し訳程度の野菜としてたくあんを詰め込んだ簡単なものだった。ただ、弁当箱のサイズが異様に大きいことと、ハンバーグにケチャップが大量にかかっている点が特徴的である。
「いただきます!」
大げさに手を合わせてそう言うと、マックスは食べ始める。雨宮はというと、やたらと大きい弁当箱を思わず見つめてしまっていた。その視線に気づいたマックスは、目を泳がせつつ言う。
「えっと、やっぱり多いですよね」
「え、ああ、まあ、別にそれでもいいと思うわよ」
「でもやっぱり日本人からすると変ですよね。こんなにケチャップが多いのって、ちょっとアメリカ人っぽすぎますよね......」
「いや、そこじゃなくて(それも思ったけど)、単純に全体的に量が多くないかしら?」
マックスは一瞬ぽかんとした顔になったあと、ようやく雨宮の言葉を飲み込んだ。
「ああ、まあ、あれですよ。テキサスでは何でも大きい(Everything is bigger in Texas)っていう......」
と、そこまで言うと、マックスは突然青ざめ、両手で顔を覆い、叫ぶように口走る。
「うわあああ!ごめんなさい!テキサス人であることを言い訳にしてしまいましたああ!」
「え、いや、謝られても困るっていうか、ちょっと落ち着きなさい!」
「す、すみません、日本人の一員になるって言ったのに......こんな......」
頭を抱えながら、マックスはなお震えている。
「もう、だからなんで謝るのよ。っていうか、なんで日本人らしくみられたいわけ?」
「それは、えっと、若干時間がかかるかもしれないので、食べながらでいいですか?」
雨宮はゆかりご飯を口元に運びながら言った。
「いいわ。あなたのために時間を割いてあげる(ほかに話し相手がいないだけだけど)」
マックスはケチャップまみれのハンバーグと白米を口に放り込みながら、語り始めた。
「私は、テキサスの文化のなかで育った人間です。でも、見た目はアジア人のそれです。この不一致のせいで、どこに行っても時々変な目で見られるし、自分自身でも違和感を感じるんです。なんだか、ゲームソフトのパッケージに入っている音楽のCDみたいな、そんな気分で。だから、日本に来て日本人として暮らせれば、自分のDNAと一致する文化圏で、真の居場所が見つかるのかなって、思ったんです。でも......」
そこまで言って、マックスはいつの間にやら空になっていた弁当箱の蓋を閉じた。(食べるのはやっ!)と思った雨宮をよそに、マックスは続ける。
「やっぱり、そう簡単にはいかないですよね。名前の件といい、中華料理の件といい、今の弁当といい、さすがに日本人の文化には合わせにくいです」
「......(どうしよう、けっこう重大な自己開示をしてくれているきがするけど、何か言うと傷つけそう!)」
ご飯を食べる余裕もなく、ただただ聞く姿勢を貫くことしかできない雨宮。だが、それが逆に良かったようで、マックスは少々落ち着いた様子になった。
「あの、明さん、一つお願いしたいんですけれど」
マックスは、顔を雨宮に近づけ、一途な視線を向ける。明は驚き、若干赤面するも、向こうはそれに気づかずに続ける。
「セーラー服、ロングヘア、そして流暢な日本語、好きな食べ物はもちろん伝統的な日本食たる寿司、など、いろいろと日本人らしい要素を自分に付け加えてきたんですけれど、なにかこれ以上日本人っぽいと思われそうな要素って、何かありませんか?」
雨宮は悩んだ。そもそも、そんな風に日本人の真似をすることで、マックスの悩みは本当に解決するのか?と思った。だが、自分はまだそんな踏み込んだ話をする間柄ではないとも思ったし、何より、傷つけないようにアドバイスをするのは苦手だった。
考えた結果、一つの提案をすることにした。
「まず、眼鏡をかけるっていうのはどうかしら。なんだか賢くておとなしそうなイメージがあるから、今の『優等生っぽい』雰囲気によく合うと思うわ」
「なるほど......明日からさっそく試してみます!」
マックスは純粋無垢な笑顔を浮かべた。その笑顔に照れてしまい、雨宮は目をそらす。
「勘違いしないでよね。べつに、あなたのためを特別に思ってとかそういうわけじゃないからね!」
マックスの頭の中に、Tsundereという文字列が浮かぶ。
そんなこんなで昼休みは過ぎ、瞬く間に放課後になった。教室から、マックスと雨宮は並んで校門へと歩く。が、校門の近くまで来ると、マックスは真横に歩き出す。
「私、校門じゃなくてこっちから帰るんです。私の車があるので」
「車?送り迎えってこと?」
「いえ、自分の車です」
「え、免許は?17歳じゃあバイクの免許しかとれないわよね」
「アメリカでは取れますよ。それに、私は日本でも免許を取得できる年齢のはずですよ。皆さんに馴染みたくて言っていませんでしたが、じつは私、高校入学が遅れたので、もう19歳なんです」
「19!?えっと、じゃあ2歳年上の人に私はタメ口で話していたというわけでしょうか......」
「そうですけれど、べつに話し方を変えなくて良いですよ。同級生ですから同級生らしく話しましょう」
「まあ、それは良いけど......」
「じゃあ、わたしはこれで」
そう言うと、マックスは駐車場のほうへと去っていった。
「また明日ね」
雨宮は手を振って別れを告げる。(どうだったかしら。ああいう悩みを話してくれるのは、いい兆候だとおもっていいのかしら......今までだと、ここからツンツンした態度を取りすぎて避けられちゃうことも多かったけれど、次こそは失敗できないわ。黒髪ロングのメガネ美少女と友達になれるチャンス......)
などと考えながら校門を出て歩いていると、背後から、ドロロロロロロロ......という、胸に響くようなエンジン音が聞こえてきた。いったいどんな車かと思い、振り返ると、並んで走る車たちの列から大きくはみ出した、黒光りする車体があった。走る位置がずれているのではない。幅が広いのだ。2mを優に超えている。高さも、大型ミニバンを上回っていた。
雨宮の真横に来ると、その車の形状がよく分かった。それは前半分が乗用車で、後ろのほうにトラックの荷台がある、所謂ピックアップトラックだ。その全長は、高級な大型セダンをはるかにしのぐ長さで、おそらく6m近くある。やたらとごつごつしたそのタイヤも、周囲を走るどの乗用車よりも大きい。後ろを走る軽自動車が玩具のように見え、前を走るオープンカーなんて踏み超えて進めそうだ。
そして、その窓を開いて、運転席から一瞬、雨宮に呼びかけながら手を振ったのは、ほかでもないマックスだった。空いた窓から、「また明日!」という声と共に、激しいロックンロールの音楽が流れだす。
その大きなボディーが生み出す風圧が、ツインテールを揺らす。雨宮は反射的に手を振りつつ、窮屈そうに走っていくピックアップトラックを見送った。彼女は、『日本人の一員になれるようにしますから』という、マックスの発言を思い出した。
(なんというか、前途多難ね......)
心の中で、雨宮はそうつぶやいた。




