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8話 曲

 体育館に着いてまず驚いたのは、客の数だった。

 フロアの前半分が、ぎっしりと人で埋まっている。


 ステージに目を向けると、黒崎たちのひとつ前のバンドがちょうど演奏を終えたところだった。

 普通なら、お目当てのバンドが終われば観客は引いていくものだ。

 だが、誰一人帰る気配がない。

 むしろ、次を待つように前へ詰めていく。


 つまり、この観客たちの本命は黒崎たちのバンドだということだ。

 おいおい、いつの間にこんな人気バンドになったのかよ、すげぇな。

 これじゃあ前に行くのは厳しいな。

 俺は仕方なく、後ろの方で聞くことにした。


 転換のタイミング。

 ベースを抱えた黒崎がステージに上がる。

 シールドをアンプに差し込み、音を出しながらイコライザーを調節している。

 他のメンバーもそれぞれの持ち場で準備を進めていた。


 ステージ上の緊張感が観客の後ろにいる俺にまで伝わってくる。


 やがて準備が整い、黒崎がマイクを手に取った。

「どうも、フレグランスです」

 黒崎たちのバンド名、フレグランス。

 どうやら、薫の名前から取ったらしい。

「今日の持ち時間が少なくてですね、2曲しかありませんが、私たちの思い出の曲を全力で演奏するので、皆さんーー盛り上がっていきましょーー!」

 黒崎のMCに、会場は一気に跳ね上がった。

「それでは一曲目、BUMP OF CHICKENの『ラフ・メイカー』」

 言い終わると同時にドラムステックのカウントが鋭く響いた。

 そのまま黒崎が歌い出す。


 最初の一声で鳥肌が立った。


 パワフルなバスドラが曲全体をしっかり支えて、リードギターが鮮やかなメロディーを奏でていく。

 そして、男性ボーカルの曲を黒崎が力強く歌っていく。

 さらに、バッキングギターとベースの音が加わると、音の厚みがぐっと増した。

 学校の体育館とは思えないほど、本格的なライブハウスみたいに見える。

 観客はリズムに合わせて手を叩き、腕を高く揚げて大きく振りライブを楽しんでいる。

 そして、誰より

 黒崎たち自身が、誰より楽しんでいる。

 さっきまでの緊張はどこへやら

 ステージの全員が真剣に、楽しそうに音をぶつけ合っている。



 曲が終わった瞬間、一拍だけ静まり返った。

 その間を破るように、割れんばかりの拍手と歓声が一気に押し寄せる。

「すげぇ...」

 思わず口の中でつぶやいていた。


 黒崎は大きく息を吸い込み。

「ラフ・メイカーでした。では、次が最後の曲になります」

 その言葉に、観客から一斉に「えー」という落胆の声が上がる。

 名残惜しさが漂った。

「一応、10月に引退ライブをやるので来てください!」

 そう告知をすると、前列の女子が勢いよく叫んだ。

「絶対いくー!」

 黒崎は照れたように笑い、手を振る。

「ありがとうございます。では、最後の曲、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『君という花』」

 その瞬間だった。

 黒崎の視線がふっとこちらへ向いた気がした。

 そして、微笑んだように見えた。

 あれ今、目があった?

 ほんの一瞬の出来事。

 次の瞬間には真剣なベーシストの顔に戻り、何事もなかったように演奏に集中していた。



「ありがとうございました!フレグランスでした!」

 その声を合図に、体育館いっぱいに拍手喝采が沸き起こった。

 とても大きく、しばらく鳴り止まなかった。

 俺も全力で手が痛くなるほどの拍手を送った。

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