7話 開会式
俺は大きく深呼吸をした。
体育館の下手袖。もう少しで俺の出番だ。
「それでは最後に、文化祭実行委員長から開会宣言です。藤枝、よろしく」
司会を務めている牧島に呼ばれ、壇上へと歩む。
目の前には全校生徒と教職員、そして保護者を合わせて八百人程度ほど。
視線が一斉にこちらへ向いた。喉がひりつく。
が、ここで緊張しても仕方がない。やるしかない。
「えー、おはっ、」
思いっきりかんだ。
体育館に笑い声が広がる。恥ずかしい。
気を取り直して、もう一度。
「おはようございます!文化祭にお越しくださり、ありがとうございます。今日のために、生徒一同、頑張って準備をしてきました。どうか一日、楽しんでいってください!」
言い切る。
マイクの電源を切り、一礼して下手袖に戻った。
「以上をもちまして、開会式を終わります」
アナウンスが響いた瞬間、ようやく肩の力が抜けた。
「お疲れ!意外とあっさりだったな、スピーチ。あと、思いっきり噛んだな」
牧島がニヤニヤしながら肘でつついてくる。
「昨日、家でスピーチの原稿を書いてさ。で、今日の朝、黒辺先生に見せたら『一言でいいよ』って言われて、、、」
牧島と黒崎が同時に吹き出した。
「頑張って考えたのにな。ドンマイ」
ほんとうにドンマイだわ。
昨日の俺の努力を思い出すと、余計に虚しくなる。
「あっさりだったけど、良かったよ」
黒崎がちゃんと褒めてくれた。爆笑しながらだけどな。
「はいはい、俺のスピーチの話はどうでもいいの。それより見回りいくぞ」
気恥ずかしさをごまかすように話を変える。
俺たちの仕事である見回りに行かないといけない。
とはいえ監視というほどのものでもなく、適当に模擬店を回っていればそれでいい。
「そうだよ。早く行こうよ。射的して、焼きそば食べたい」
「いや、遊ぶ気満々かよ」
今日も黒崎は朝からエンジン全開だ。
黒崎が言うとおりに射的をして、焼きそばを買った。
三人で机に座って、焼きそばをほおばる。
ソースの匂い、外のざわめき、遠くから聞こえる笑い声や楽器の音。
全部が混ざって、五感を刺激してくる。
なんでだろう。
去年も一昨年もこの文化祭にいたはずなのに、今年が一番楽しい。
ふと、横を見ると、黒崎が落ち着かない様子で時計をちらちら見ている。
「時間ばっか気にしてどうしたんだ?」
「いやー、焼きそばを食べたら、ライブの準備をしないといけないなーって」
声は明るいが、少し緊張がブレンドされている。
「ライブは二時だよな。あと一時間半あるぞ」
牧島が指摘した。
「最後に練習したいからね」
いつもの笑顔だが、真剣な目をしていた。
「俺たちも行くから、頑張れよ!」
「うん!」
黒崎は一気に焼きそばを平らげると、勢いよく立ち上がり、
ライブ会場の体育館へ走って行った。
机に残ったのは俺と牧島だけ。
「ライブまで何する?」
牧島が聞いてくる。さて、どうしようか。
あ、行くところがあったんだ。
「悪い、俺行くところがあった」
「そうか。じゃあ俺は適当に回っておくよ」
牧島は軽く手を振って、別の模擬店へ歩いて行った。
人混みのざわめきの中で、俺はひとり歩き出す。
模擬店のあるエリアから少し離れたところにある東棟に向かった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かで、熱気もここまでは届いていない。
目的地に近づくにつれて、心拍数がじわじわ上がっていくのを感じた。
何を緊張しているんだ、俺。
二階、展示室。
ここで美術部の展示が行われている。
中に入ると、白い壁に色とりどりの作品が並んでいる。
ほんのり漂う絵の具の匂い。別世界みたいだ。
何を見ようと視線を巡らせる間もなく、声が飛んできた。
「藤枝先輩。来てくれたんですね」
振り向くと、髪を縛った鈴木あやせがいた。
そして、いつも通り、あやせの後ろには斎藤しおん。
そこが定位置らしい。
「あー、来るって言ったからな」
そう、立て看板を受け取りに行った時約束したからな。
「立て看板ありがと。校門が華やかになったよ」
あやせはニコッとして、
「そう言ってもらえて光栄です。先輩もスピーチ良かったですよ。特に噛んだところとか」
うっせ。
でも、皮肉を言ってくるあたり、俺に慣れてくれたんだなと少し安心する。
「見ていっていいか?」
「もちろんです」
展示を見ていく。
「鈴木さんの作品はどれ?」
あやせが指差した方向に視線を向ける。
黄色い花が描かれていた。
花びらには水滴が付いており、光を受けてキラリと輝いている。
題材を見ると『キツネノボタン』とあった。
そんな花もあるんだな。
「やっぱすげぇな。水滴がめっちゃアクセントになってる」
あやせは胸を張った。
「水好きなんですよ。表現が色々あって、描いてて楽しいです」
その声は本当に楽しそうで、作品への愛情が伝わってきた。
「じゃあ、斎藤さんのはどれ?」
斎藤は小声で「あれです」と指差した。
指刺される方を見た瞬間、思わず目を見開いた。
これは、、、
夜の背景に街灯がひとつ、地面を照らしている。
ただそれだけ。
なのに、なぜか目が離せなかった。
おそれく光の描き方のせいだろう。
言語化をするのがとても難しい。
だが、光と暗闇のコントラストが絶妙で...あー、なんて言えばいいんだ。
自分のボキャブラリーのなさが悔しい。
「ど、どうですか?」
斎藤が不安そうな声で尋ねてきた。
「光のコントラストが凄いよ。ただの街灯のはずなのに。とっても感動した。これ、写真撮っていい?」
気取った言葉ではなく、心からでた言葉だった。
斎藤はぱっと嬉しそうに
「他の人は駄目なんですけど、良いですよ。先輩なら」
最後の方は聞き取れなかったが、許可はもらったのでスマホを構えて撮った。
「ありがとう!」
斎藤は照れくさそうに微笑んだ。
蚊帳の外にしてしまっていたあやせが口を開いた。
「そういえば、先輩って勉強得意なんですよね?黒崎先輩から聞きました」
なんだ急に?
「まあ、定期テストは上位にいるな」
「えっ、凄いですね。あの、、、できれば、というか、負担にならなければでいいんですが、、」
歯切れの悪い感じで言ってくる。
「勉強教えてくれませんか?」
予想外のお願いだった。この子に勉強を?
「勉強なら黒崎も得意だろ。あいつも上位だし」
そう、あのテンションで上位の成績というのもギャップのひとつだ。
「もちろん、最初は黒崎先輩に頼みました。けど、物理だったら藤枝先輩のほうがいいって言われて、、、先輩しか頼れないんですよ」
納得した。確かに、あいつは文系で生物選択だった。
「そういうことか。別に構わないよ」
「ほんとですか!?やった。ありがとうございます。あ、そうだ。連絡できるようにLINE交換しませんか?」
「いいぜ」
スマホを取り出し、QRコードを表示する。
LINEを交換した。プロフィールには花の写真が使われていた。
「じゃあ、これでオーケーと...」
後ろで斎藤もスマホを出していたのに気付く。
「斎藤さんももし良かったら交換してくれる?」
「あっ、はい。お願いします」
斎藤とも交換した。プロフィールには月の写真が使われていた。
「じゃあ、いつでも連絡してくれ」
「はい、じゃあお願いします」
時計を見ると13時30分だった。
そろそろ体育館に向かわないといけない。
俺は二人に別れを告げる。
「作品とてもよかったよ。じゃあね」
「はい、また」
そう言って、展示室を後にした。




