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王族であっても毎日遊んでいるわけではない。
それぞれ仕事や勉強など色々ある。
そんな中、リシェルは最近ストレスが溜まっているかのようで、それに気づいたフランソワーズがある提案をする。
オベール王城は静寂に包まれていた。
外の賑やかな王都の喧騒とは対照的に、
白光の王女リシェルが暮らす東棟は、
ひんやりとした空気が流れている。
規律、責任、義務。
その全てが、リシェルの肩に重くのしかかっていた。
(今日も……朝から難しい顔ばっかり)
会議室の扉が閉まり、胸の奥でまた小さくため息が漏れる。
◆
「殿下、よろしいですか?」
フランソワーズが、音のない足取りで近づいてくる。
武人らしい凛とした姿勢。
しかしリシェルにだけ向ける表情は少し柔らかい。
「政治顧問の方々、今日も殿下に色々言ってましたね」
「あの人たち……全部、“正しいこと”を言ってるの。
だから、反論しづらいだけで」
「殿下は、まだ十五歳です。
国の未来を全部背負う必要はありませんよ」
「でも……背負う立場なの、私」
リシェルは少し俯く。
第三王女。
王位継承の優先順位は高くないが、
それでも“光の魔力”を持つ希少な王族として
優秀であることが求められる。
魔力研究、外交知識、礼儀作法、政治感覚──。
“完璧”が当然の世界。
(ちゃんと……やらなくちゃ)
そう思うほど胸が重くなる。
◆
部屋に戻り、窓を開ける。
遠く、王城の石壁の向こうに、
王都の賑やかな通りが見える。
市場の呼び声。
子どもたちの笑顔。
パンの匂いと、温かい暮らし。
(……また行きたいな)
思い浮かぶのは、あの少年の姿。
パン屋の制服姿で、汗を拭きながら笑っていた。
(名前……聞けなかった)
声を聞きたかった。
どんな人なのか、知りたかった。
だけど、そんな願いすら“王女”には許されない。
「はぁ……」
また自然とため息が出る。
◆
「殿下、今……ため息、九つ目です」
「そ、そんなに!?」
「はい。数えました」
「数えないでください……!」
フランソワーズはくすっと笑い、
そっと窓の外を覗く。
「あのパン屋の通り……ですね?」
「っ……!」
「分かりやすいと思いますよ、殿下」
「ち、違うの……! 別に、あの……!」
言葉が見つからない。
心の奥を読まれたようで、胸が熱くなる。
フランソワーズは優しく言った。
「殿下は“自由に”外へ出るべきです。
もっと色々なものを見て、触れて、感じて──
王族だからこそ必要なこともあります」
「……本当に?」
「ええ。でも……城の者は簡単に許可を出しません。
騎士団長も、王も」
「……ですよね」
「だからこそ──」
フランソワーズは小さな声で続けた。
「わたしが殿下をお守りします」
「っ……!」
その言葉は、胸に深く響いた。
◆
「殿下、明日の朝……少しだけ、お時間を作りませんか?」
「え?」
「“視察”という名目で外に出られるよう、
わたしが許可を取っておきます」
「えっ!? できるの!?」
「できます。わたしがやれば」
フランソワーズは、まるで当然のように言った。
彼女は王城の“堅物たち”にとっても
実力で認められた存在だ。
「殿下の気分が晴れるなら、それに越したことはありません。
それに──」
「……それに?」
「殿下。
“会いたい人”がいるのでしょう?」
「~~~~っ!!! ち、違うの!!」
「ふふふ。否定しなくてもいいのですよ」
顔が真っ赤になる。
リシェルは枕をぎゅっと抱きしめた。
(会いたい……)
その気持ちを否定するほど強くない。
(もう一度、きちんと……見たい)
視線を交わしただけ。
それでも心がこんなに揺れる。
(どうして……あんな優しい瞳をしてたんだろう)
理由はわからない。
けれど、確かに惹かれてしまった。
◆
「明日の朝。
殿下が“気が進まなかった”という理由で、
政務の一部をわたしが引き受けておきます」
「フランソワーズ……」
「殿下は、ひとりの女の子としての時間も必要です」
その言葉に、
リシェルの胸はふわりと軽くなった。
「ありがとう……」
「もちろん。ただし──」
「……?」
フランソワーズは真剣な顔になる。
「絶対に、わたしの手を離さないでください。
城外は、殿下が思うより危険です」
「……はい!」
リシェルは強く頷いた。
◆
夜。
ベッドに横たわり、
リシェルは何度も明日のことを想像した。
(……また会えるかな)
(名前……聞けるかな)
(声、聞いてみたい)
胸が高鳴り、眠れない。
(こんなの……初めて)
小さく笑ってしまう。
光の魔力が指先で静かに揺れた。
(明日……少しだけ、勇気を出してみたい)
その想いが、
少女の胸をそっと温めていた。
お読みいただきありがとうございます。
師走となり皆さんもお忙しいと思いますが、少しでもこの作品をお読みいただき現実逃避?のお手伝いができたら幸いです^_^




