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1-8

王族であっても毎日遊んでいるわけではない。

それぞれ仕事や勉強など色々ある。

そんな中、リシェルは最近ストレスが溜まっているかのようで、それに気づいたフランソワーズがある提案をする。


オベール王城は静寂に包まれていた。


 外の賑やかな王都の喧騒とは対照的に、

 白光の王女リシェルが暮らす東棟は、

 ひんやりとした空気が流れている。


 規律、責任、義務。

 その全てが、リシェルの肩に重くのしかかっていた。


(今日も……朝から難しい顔ばっかり)


 会議室の扉が閉まり、胸の奥でまた小さくため息が漏れる。


 



 


「殿下、よろしいですか?」


 フランソワーズが、音のない足取りで近づいてくる。

 武人らしい凛とした姿勢。

 しかしリシェルにだけ向ける表情は少し柔らかい。


「政治顧問の方々、今日も殿下に色々言ってましたね」


「あの人たち……全部、“正しいこと”を言ってるの。

 だから、反論しづらいだけで」


「殿下は、まだ十五歳です。

 国の未来を全部背負う必要はありませんよ」


「でも……背負う立場なの、私」


 リシェルは少し俯く。


 第三王女。

 王位継承の優先順位は高くないが、

 それでも“光の魔力”を持つ希少な王族として

 優秀であることが求められる。


 魔力研究、外交知識、礼儀作法、政治感覚──。


 “完璧”が当然の世界。


(ちゃんと……やらなくちゃ)


 そう思うほど胸が重くなる。


 



 


 部屋に戻り、窓を開ける。

 遠く、王城の石壁の向こうに、

 王都の賑やかな通りが見える。


 市場の呼び声。

 子どもたちの笑顔。

 パンの匂いと、温かい暮らし。


(……また行きたいな)


 思い浮かぶのは、あの少年の姿。

 パン屋の制服姿で、汗を拭きながら笑っていた。


(名前……聞けなかった)


 声を聞きたかった。

 どんな人なのか、知りたかった。


 だけど、そんな願いすら“王女”には許されない。


「はぁ……」


 また自然とため息が出る。


 



 


「殿下、今……ため息、九つ目です」


「そ、そんなに!?」


「はい。数えました」


「数えないでください……!」


 フランソワーズはくすっと笑い、

 そっと窓の外を覗く。


「あのパン屋の通り……ですね?」


「っ……!」


「分かりやすいと思いますよ、殿下」


「ち、違うの……! 別に、あの……!」


 言葉が見つからない。

 心の奥を読まれたようで、胸が熱くなる。


 フランソワーズは優しく言った。


「殿下は“自由に”外へ出るべきです。

 もっと色々なものを見て、触れて、感じて──

 王族だからこそ必要なこともあります」


「……本当に?」


「ええ。でも……城の者は簡単に許可を出しません。

 騎士団長も、王も」


「……ですよね」


「だからこそ──」


 フランソワーズは小さな声で続けた。


「わたしが殿下をお守りします」


「っ……!」


 その言葉は、胸に深く響いた。


 



 


「殿下、明日の朝……少しだけ、お時間を作りませんか?」


「え?」


「“視察”という名目で外に出られるよう、

 わたしが許可を取っておきます」


「えっ!? できるの!?」


「できます。わたしがやれば」


 フランソワーズは、まるで当然のように言った。


 彼女は王城の“堅物たち”にとっても

 実力で認められた存在だ。


「殿下の気分が晴れるなら、それに越したことはありません。

 それに──」


「……それに?」


「殿下。

 “会いたい人”がいるのでしょう?」


「~~~~っ!!! ち、違うの!!」


「ふふふ。否定しなくてもいいのですよ」


 顔が真っ赤になる。

 リシェルは枕をぎゅっと抱きしめた。


(会いたい……)


 その気持ちを否定するほど強くない。


(もう一度、きちんと……見たい)


 視線を交わしただけ。

 それでも心がこんなに揺れる。


(どうして……あんな優しい瞳をしてたんだろう)


 理由はわからない。

 けれど、確かに惹かれてしまった。


 



 


「明日の朝。

 殿下が“気が進まなかった”という理由で、

 政務の一部をわたしが引き受けておきます」


「フランソワーズ……」


「殿下は、ひとりの女の子としての時間も必要です」


 その言葉に、

 リシェルの胸はふわりと軽くなった。


「ありがとう……」


「もちろん。ただし──」


「……?」


 フランソワーズは真剣な顔になる。


「絶対に、わたしの手を離さないでください。

 城外は、殿下が思うより危険です」


「……はい!」


 リシェルは強く頷いた。


 



 


 夜。

 ベッドに横たわり、

 リシェルは何度も明日のことを想像した。


(……また会えるかな)


(名前……聞けるかな)


(声、聞いてみたい)


 胸が高鳴り、眠れない。


(こんなの……初めて)


 小さく笑ってしまう。


 光の魔力が指先で静かに揺れた。


(明日……少しだけ、勇気を出してみたい)


 その想いが、

 少女の胸をそっと温めていた。

お読みいただきありがとうございます。

師走となり皆さんもお忙しいと思いますが、少しでもこの作品をお読みいただき現実逃避?のお手伝いができたら幸いです^_^

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