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1-7

パン屋の朝は早く、でもクレージュは充実感に満たされた日々を送っています。少しずつ街の人に認知されこの世界で生きていくと心に芽生えはじめてます。

そんな日常でふっと彼女を思い出してしまうクレージュなのです。


クレージュとリシェルの出会いから始まる物語第七話!

楽しんで頂けたら嬉しいです。

王都オベール・ロワイヤルの朝は、今日も賑やかだった。


 夕方の喧騒とは違い、朝は生活の息づかいが強い。

 市場へ急ぐ商人、学校へ向かう子どもたち、

 パンの香りに惹かれて店に立ち寄る人々。


 〈ブラハム堂〉の前にも、

 焼きたての香ばしい匂いが漂っていた。


「クレージュ! 今日は開店準備が早いな!」


「フレイさんに叩き起こされたので……」


「ハッハッハッ! それでこそ見習いだ!」


 フレイは大きな籠にパンを山盛りにしながら笑う。

 その豪快さは朝から全開だった。


(この人、本当に体力おばけだ……)


 昨日のスリ事件で見せた圧倒的な腕っぷしを思い出すと、

 クレージュは改めて“ただのパン屋じゃない”と実感する。


 



 


「おはよう、クレージュ!」


 店先で掃除をしていると、

 聞き覚えのある元気な声が飛んできた。


 小柄な女の子が、袋を抱えて駆け寄ってくる。

 明るい茶髪を結び、純粋な笑顔を向けてくる。


「マリアちゃん、おはよう」


「おはよう! 昨日の新作パン、すっごくおいしかったよ!」


 彼女は近所に住むパン好きの少女・マリア。

 クレージュより年下だが、社交性は抜群だ。


「今日はお母さんに頼まれて、パン買いに来たんだ~」


「ありがとう。ちょっと待ってね」


「うん! ……あ、クレージュ」


「ん?」


「昨日よりちょっと、大人っぽい顔してる」


「え…………?」


 マリアはじっとクレージュの目を覗き込み、

 小首をかしげた。


(……なんで? そんな変化あったか?)


 思わず自分の頬に触れると、横からフレイの声が飛んだ。


「こいつはな、成長が早ぇんだよ!」


「フレイさん!? なんすかその適当な説明!」


「細けぇことはいいんだよ!」


 フレイはマリアにパンを袋詰めしながら続ける。


「こいつは今日も元気だ。いっぱい働かせてるからな!」


「えー、クレージュ可哀想~」


「いやいやいや……!」


 店内が自然と明るくなる瞬間だった。


 



 


 開店直後、次に現れたのは──

 痩せているけど目つきの鋭い、少年ティロ。


「……新入り、今日もいるのか」


「おはようございます、ティロ」


「別に挨拶なんて返さなくてもいいのに」


 ツンとした態度だが、どこか悪い子ではない。


 フレイが小声でクレージュの耳元に囁く。


「ティロはな、照れ屋なんだよ」


「え、全然そんな風に見えないけど……」


「見りゃ分かる。あいつは根が優しい」


「……へぇ」


 ティロは新作のパンを手に取り、

 小さく呟いた。


「……これ、売れるやつだな。昨日のより美味そう」


 そして素早く代金を置き、

 照れ隠しのように去っていく。


「なんか、すごいな……常連さんって」


「街のやつらは素直じゃねぇけど、いい連中ばっかりだ」


 フレイは誇らしげに笑った。


 



 


 昼近くになると、店は小さなラッシュを迎える。


「クレージュ、奥からパン出してくれ!」

「はいっ!」


 熱気と香りの中を行き来しながら、

 クレージュは汗を拭った。


(……仕事って、こんなに忙しいのか)


 けれど、不思議と嫌じゃない。

 日本でアルバイトをしていた頃とは違う、

 “誰かと一緒に働いている”という実感があった。


 そんな時だった。

 店の奥でパンの棚を動かしていると──


カツンッ。

肘でパンのトレイを引っ掛けてしまった。

そして、次の瞬間…


「……え?」


 クレージュの手元から、

 微弱な光がふわりと漏れた。


(しまっ──)


 反射的に握りこんで隠す。

 けれど、一瞬棚にあたった光がきらりと跳ねた。


「クレージュ?」


 フレイの声が飛ぶ。


「な、なんでもありません!!」


(バレた? いや、ギリギリ……!)


 ドキドキしながら振り返ると──

 フレイは棚がズレている方向を見て首を傾げただけだった。


「力の使い方、気をつけろよ。棚が傷つく」


「……はい……」


(危な……!)


 六属性の力は、どうやら

 ちょっとした感情の揺れでも反応してしまうらしい。


(……制御、覚えなきゃな)


 昨日のスリ事件の時も、

 魔力が勝手に反応した。


 フレイに言われた言葉が胸に刺さる。


──「正義感だけで突っ走ると、死ぬぞ」


(もっと……強くならないと)


 



 


 夕方、店を閉める頃。


「今日もよく働いたな、クレージュ」


「疲れた……でもなんか楽しい」


「うむ、それでいい。飯がうまくなるからな!」


 フレイは器用に片手で鍋を振りながら言った。

 夕食は野菜と肉のスープ。

 温かく、やさしい味が染みわたる。


「それにしても、クレージュ」


「はい?」


「お前……本当に“面白ぇ奴”だ」


「……え? 俺が?」


「昨日みたいにすぐ人助けするし、

 魔力の扱いは下手くそだし、

 よく分からねぇ言葉を使うし……」


「後半悪口じゃん!」


「ははは! 悪口じゃねぇよ」


 フレイはゆっくり椅子に腰をかけ、

 真剣な目でクレージュを見た。


「お前には、何かある。

 普通じゃねぇ“光”みたいなもんがな」


「…………」


「だから──

 “ここ”で生きたけりゃ、強くなれ。

 力の隠し方も、使い方も教えてやる」


 その言葉を聞いた瞬間、

 胸の奥に灯るものがあった。


(……生きていいんだ)


 この世界に来てからずっと、不安だった。

 けれど、フレイがこう言ってくれるだけで

 心が温かくなる。


「よろしくお願いします。……フレイさん」


「ああ。頼りにしろ」


 フレイは大きな手でクレージュの肩を叩いた。

 その一拍が、まるで家の中のような安心感を与えてくれた。


 



 


 夜。

 パン屋の二階に戻ったクレージュは、

 窓から夜の王都を眺めた。


(……俺、この世界で頑張れるのかな)


 でも、不思議と寂しくはなかった。

 今日だけでも何人もの人と笑いあえた。


(……いつか、あの白い髪の子にも)


 胸の奥に“会いたい”という気持ちが

 ほんの少しだけ浮かんだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回はリシェルのストレスマックス!?

そんなリシェルを見てフランソワーズが作戦を立てます。

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