4-12「フランソワーズは静かに動く」
いよいよフランソワーズがはがき始めた。
これまで陰で隠密に動いていたフランソワーズがクレージュ、いやリシェルのために動き始める。
王都オベールロワイヤルの屋根の上。
夜風が、外套を揺らしていた。
フランソワーズ=クレマンは、
中央市場を見下ろしている。
昼間の焦げ跡は、すでに片付けられていた。
だが彼女の目には、
“残ったもの”がはっきりと見えている。
「……雑だが、計算はされている」
呟きは、誰にも届かない。
火は小規模。
怪我人なし。
犯人は素人に近い。
だが――
“六彩のせいにするための火”。
それが本質だった。
背後に、気配。
「報告です」
影から現れたのは、
近衛の部下の一人。
「拘束された男は、裏経由の金で雇われています。
依頼主は特定できていませんが……」
「魔導院ではない」
フランソワーズは即断した。
「軍でもない」
「王城内部の命令系統にも痕跡なし」
部下は小さく頷く。
「となると」
「焦っている連中だ」
彼女の目が、鋭くなる。
「正式な決定を待てない。
王女殿下が動く前に、
世論を傾けたい」
王都には三つの勢力がある。
王家。
軍・魔導院。
そして――名を持たぬ“影”。
今回動いたのは、その三番目。
「殿下の意向は?」
部下が尋ねる。
フランソワーズは、
一瞬だけ空を見上げた。
「“守る”」
短い言葉。
「だが、公には動かない」
「つまり」
「私たちが動く」
それは命令ではない。
覚悟だ。
フランソワーズは屋根から静かに降りる。
石畳に音は立たない。
「六彩の少年は、
自分の言葉で立った」
「ならば私は、
剣で道を塞ぐ」
彼女は剣の柄に触れる。
王女の剣であると同時に、
王国の剣でもある。
だが今夜は違う。
これは――
“選択を守る剣”。
路地裏。
先ほどの男とは別の影が、
密談を交わしている。
「今日の火は小さすぎた」
「だが効果はあった。
疑念は残った」
その会話が終わるより早く、
空気が裂けた。
鋼が光る。
一閃。
影の一人が、地に伏す。
「……なっ」
残る男が振り向いた瞬間、
喉元に剣先が止まっていた。
フランソワーズは、感情を見せない。
「王都で、
世論を操るつもりなら」
剣先が、わずかに沈む。
「相応の覚悟を持て」
男は震える。
「……王女の命令か」
「違う」
冷たく、即答。
「これは私の判断だ」
それが意味するところを、
男は理解した。
王女は公には動かない。
だが近衛が動いた。
つまり――
“これ以上は許さない”という意思表示。
「今日の件は、
事故で処理される」
フランソワーズは言う。
「だが次はない」
剣を引き、
男を気絶させる。
部下が拘束に入る。
「……殿下は、
あの少年を信じておられるのですか」
部下の問いに、
フランソワーズは少しだけ目を細めた。
「信じている」
「だがそれ以上に」
「彼は、守る価値がある」
「なぜ」
その問いに、
彼女はわずかに微笑した。
「殿下が、
あんな顔をするからだ」
普段は理知的で冷静な王女が、
ほんのわずかに感情を滲ませた。
それだけで十分だった。
フランソワーズは、
空を見上げる。
「六彩の少年」
静かに呟く。
「あなたは、
守られることを嫌うだろう」
「だがな」
剣を納める。
「守られる自由も、
また選択だ」
王都の裏側は、
静かに整理され始めていた。
まだ均衡は崩れていない。
だが――
白光の王女と鋼の近衛が動いた。
それは、
影の勢力にとって
最も厄介な変化だった。
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