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今回はリシェルのことが少しわかるお話しです。
どうぞお楽しみください。
オベール王城は、朝日を浴びて白く輝いていた。
城壁を越えて差し込む光は、
大理石の床に反射して柔らかな光の帯を描く。
広い中庭では、衛兵たちが剣の訓練を行い、
空を走る風が花園の香りを運んでくる。
その光景はいつもの王城の朝。
変わらない、はずだった。
──リシェルの心を除けば。
◆
「……またため息です、殿下」
部屋のカーテンを開けたフランソワーズが、
振り返りながら苦笑を浮かべた。
「あ、あの……出てました?」
「三回目です」
「そ、そんなに……?」
リシェルは慌てて頬を押さえる。
理由は自分でもうまく説明できない。
ただ、胸が落ち着かない。
昨日、通りですれ違った“あの少年”の顔が
ふとした瞬間に浮かんでしまうのだ。
(本当に……誰だったんだろう)
あの時、視線が合った瞬間。
胸の奥で“光が揺れた”気がした。
白光の王女である自分の魔力が、
何かに共鳴するような、不思議な感覚。
説明できるはずもない。
けれど、確かにそれはあった。
「殿下。気分が優れないのであれば、朝の政務は私が伝えて──」
「違います。元気です。ただ…ちょっと、考え事をしていただけで」
「……それが、ため息の原因ですか?」
「っ……!」
図星を突かれ、リシェルは思わず俯いた。
フランソワーズは小さく微笑む。
「殿下は、分かりやすいですから」
「や、やめてください……!」
「ふふ。では、着替えましょう。
本日のスケジュールは、午前は学問、午後に魔力制御の訓練です」
「魔力……」
その言葉に、ふと指先を見つめる。
自分の魔力──“光”が、昨日からどこか落ち着かない。
◆
午前の講義は、王族として当然の義務だった。
歴史学
政治学
外交
神話の理解
周辺諸国との関係
どれも覚えるべき大切な内容。
しかし今日は集中できなかった。
ふとした拍子に、
市場で見たあの少年の姿が脳裏に蘇ってしまう。
(……どうしてこんなに気になるんだろう)
王女としてあるまじきことだと分かっている。
けれど、胸のざわめきは強くなるばかり。
◆
昼食を終え、魔力制御の訓練場へ向かう。
王族専用の訓練場は広く、
魔力結界が張り巡らされているため
どれほど光を放っても外には漏れない。
「殿下、今日は調子が良さそうですね」
「え、そうですか?」
「魔力の揺れが、いつもと違います」
「……揺れてます?」
「はい。何か……胸騒ぎでも?」
「っ……そ、それは……!」
リシェルは言葉に詰まる。
隠せるほど器用ではなかった。
フランソワーズは少しだけ眉を下げる。
「殿下。
もし……街で気になる人物に出会ったのであれば、
それは悪いことではありませんよ」
「えっ」
「王女である前に、殿下はひとりの少女ですから」
その言葉は優しく、胸に沁みた。
しかし同時に、
言われてはじめて気づく。
(私……あの人のこと、気になってるんだ……)
その自覚が、胸を跳ねさせた。
「だ、だって……名前も知らないんですよ?
声をかけたわけでもないし、助けられたわけでもないし……」
「視線が合った、とおっしゃっていましたね?」
「っ……!」
「殿下は“光”を持つ方です。
誰かの心に触れれば、魔力が揺れることもある」
「そうなんですか……?」
「はい。
ただ、揺れるだけでは互いに影響しません。
もしそれ以上の何かがあるのなら──
きっとまた出会うでしょう」
その言葉が胸を突いた。
(また、会える……?)
昨日の一瞬。
胸がきゅ、と締めつけられた感覚。
(名前……聞けるかな)
そんなことを思ってしまう自分に驚いた。
◆
夕刻。
訓練を終えたリシェルは、
中庭の噴水を眺めながら深く息を吸った。
(……今日も会えるわけじゃないのに)
なぜだろう。
期待してしまう自分がいる。
風が吹き、白銀の髪が揺れる。
(でも……あの人は今、何をしてるんだろう)
パン屋の白い看板が、
ふと脳裏に浮かんだ。
昨日のあの瞳。
驚いたように、けれどまっすぐにリシェルを見た瞳。
(……また会いたい)
静かな夕暮れの空に、
小さな想いが浮かび上がっていく。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
クレージュとリシェル、惹かれ合う二人の物語はまだ始まったばかりです。
これからもこの二人に注目よろしくです。




