4-3「噂」
リシェルは自分の立場のため難しいことがある。
ある噂を耳にしたがそのためになかなか動かことができずにいた。
王都の午後は、静かな緊張を孕んでいる。
城内の回廊を歩くたび、
リシェルはそれを肌で感じていた。
誰も声を荒げない。
誰も正面からは何も言わない。
だが――
確実に、話題は一つに集まりつつあった。
「……魔導院からの意見書です」
評議会の補佐官が差し出した書類に、
リシェルは視線を落とす。
そこに書かれているのは、
理路整然とした文章だった。
制御の必要性。
観測の重要性。
万が一への備え。
どれも、間違ってはいない。
(……正しいわ)
正しい。
正しすぎる。
「王女殿下としては、
どのようにお考えでしょうか」
そう問われ、
リシェルはすぐに答えなかった。
沈黙は、
この場では肯定にも否定にもなる。
「……現時点では、
拙速な判断は避けるべきだと考えます」
慎重な言葉を選ぶ。
「対象は、
意思を持つ一人の人間です」
「兵器として扱う前に、
対話の余地を残すべきでしょう」
その瞬間、
空気がわずかに揺れた。
反発ではない。
失望でもない。
“想定内”という反応。
(……もう、議論は始まっている)
会合が終わり、
リシェルは一人で中庭に向かった。
噴水の水音が、
思考を少しだけ和らげる。
(あなたの存在が、
ここまで広がっているなんて)
クレージュの顔が浮かぶ。
彼は、
この会話を知らないだろう。
知っていたとしても、
きっと顔をしかめて、
「面倒ですね」と言う。
(ええ、本当に)
思わず、
小さく笑ってしまう。
その時だった。
回廊の影で、
ひそひそとした声が耳に入った。
「……六彩の少年、
王都に戻ったって」
「管理者も動いてるらしい」
「王女殿下が関わってるって話だぞ」
足が、
一瞬止まる。
声の主たちは、
リシェルに気づくと、
慌てて頭を下げた。
「……失礼しました」
「構いません」
静かに返す。
だが、
胸の奥が少し痛んだ。
(やっぱり……)
隠しきれない。
隠すつもりも、
最初からなかったのかもしれない。
部屋に戻り、
窓から王都を見下ろす。
人々は、
いつも通りに暮らしている。
何も知らないまま。
(もし、彼が――)
考えかけて、
首を振る。
想像で、
彼の未来を決めるつもりはない。
それは、
彼が一番嫌うことだ。
「……会うべき、よね」
声に出して、
ようやく認める。
王女としてではなく。
判断する側としてでもなく。
同じ街にいるのに、
距離を取ったままでいる方が、
よほど不誠実だ。
(でも……)
立場が、
それを簡単には許さない。
会えば、
噂は確信に変わる。
沈黙しても、
疑念は深まる。
(本当に、
難しい選択ばかり)
それでも。
リシェルは、
胸元のペンダントに触れた。
白く淡い光が、
指先に返ってくる。
(あなたが選ぼうとしている道を、
私は見たい)
たとえ、
同じ場所に立てなくても。
たとえ、
違う立場になっても。
王女としての一日が、
また動き始める。
だがその裏で、
リシェルの中の決意も、
静かに形を持ち始めていた。
そして物語は、
確実に深みへと進んでいる。




