4-2「リシェルの思い」
クレージュの帰還を感じ取っているリシェル。
だが、立場もあり日々の公務をこなす。
そんなリシェルがクレージュを思う…
朝の鐘が鳴る少し前、
リシェル=フォン=オベールは目を覚ました。
王都オベールロワイヤルの朝は、静かだ。
正確には、静かに“整えられている”。
窓の外では、すでに人が動き始めているはずなのに、
城の中までその喧騒が届くことはない。
それが王城という場所だった。
「……今日の予定は?」
身支度を整えながら、リシェルは侍女に問いかける。
「午前は評議会への顔出し、その後は魔導院からの報告。
午後に、近隣領の視察についての打ち合わせがあります」
「相変わらず、隙間がありませんね」
小さく笑うと、侍女は困ったように微笑んだ。
「王女殿下ですから」
その言葉に、リシェルはそれ以上何も言わなかった。
王女であることを、今さら否定はしない。
ただ――
今日は少しだけ、胸の奥がざわついていた。
(……戻ってきた、のよね)
理由は分かっている。
クレージュが、王都に戻ったという報せ。
正式なものではない。
護衛からの報告でも、評議会の議題でもない。
街の空気が変わった、
という曖昧な情報からの確信だった。
噂は、王都では風よりも早い。
「六彩の少年が戻ったらしい」
「管理者が動いたらしい」
「王女が関わっているらしい」
最後の一つに関しては、
半分は憶測で、半分は真実だ。
(……勝手に巻き込まないでほしいわ)
そう思いながらも、
胸の奥では、別の感情が顔を出す。
無事だったのだろうか。
怪我はないだろうか。
また、一人で抱え込んでいないだろうか。
「……リシェル様?」
侍女の声で、我に返る。
「ごめんなさい。少し考え事を」
「例の件、ですか?」
「……ええ」
否定はしなかった。
城の回廊を歩く。
白い石床に、朝の光が反射する。
すれ違う騎士や官僚たちは、
いつも通り、恭しく頭を下げる。
その視線の奥に、
探るような色が混じっているのを、
リシェルは見逃さなかった。
(世界が、動き始めている)
評議会の席では、
まだ直接的な話題は出なかった。
だが、言葉の端々に、
「管理」「戦力」「安全保障」
そういった単語が増えている。
六彩の名は出ない。
しかし、誰もが同じものを思い浮かべている。
(……あなたは、
この中に立つつもりはないのでしょうね)
クレージュの顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
力があるのに、
力に寄りかからない少年。
選択を迫られているのに、
答えを急がない少年。
(本当に、不器用で……)
でも、そんなクレージュにリシェルは好意を抱いていた。
昼前、短い休憩時間。
中庭に面した小さなテラスで、
リシェルは一人、椅子に腰掛ける。
風が、髪を揺らす。
「……同じ街にいるのよね」
それだけで、少し呼吸が楽になる。
会うべきか。
会わないべきか。
王女として考えれば、
今は距離を取るのが正解だ。
だが――
人としては?
「……難しいわね」
思わず、独り言が漏れる。
もし彼が管理されれば、
王国は安全を得るかもしれない。
もし彼が拒めば、
世界は不安定になるかもしれない。
どちらも、理解できてしまう。
(でも……)
リシェルは、胸に手を当てた。
彼は、誰かの判断に従うために
戻ってきたわけではない。
それだけは、分かる。
「……私は」
王女として、
世界の側に立つ人間だ。
それでも。
(あなたの選択を、
ちゃんと見たい)
守るでもなく、
縛るでもなく。
逃がすわけでもない。
同じ場所に立てなくても、
同じ方向を見ることはできるはずだ。
遠くで、城門の鐘が鳴った。
王都は今日も動いている。
その中心で、
六彩の少年と、白光の王女は、
まだ交わらないまま、
同じ時間を生きていた。
だが――
それは、永遠ではない。
リシェルは立ち上がり、
次の会合へ向かう。
王女としての一歩を踏み出しながら、
心の中では、
一人の少年の無事を祈っていた。
二人の物語は、
静かに、確実に動き始めている。
お読みいただきありがとうございます。
再びクレージュとリシェルの物語が動き始めようとしています。
次回もお楽しみに。




