幕間「王都の朝」
王都オベールロワイヤルの朝は、早い。
まだ太陽が完全に顔を出す前から、
石畳には足音が響き、
市場の方角からは声が飛んでくる。
焼きたてのパンの匂い。
革と鉄の匂い。
人が生きている匂い。
「……平和だな」
宿の二階、窓際に立ったクレージュが呟いた。
「朝から何しみじみしてんのさ」
背後から、アーニャの声。
「顔が完全に“重たい章を終えた主人公”なんだけど」
「いや……」
クレージュは、少し困ったように頭を掻き苦笑いした。
「村とか、管理者とか、色々あったじゃないですか」
「それが終わって、この景色を見ると」
「……ああ、戻ってきたなって」
アーニャは、窓の外を一瞥し、
肩をすくめた。
「戻っただけで、終わったわけじゃないでしょ」
「分かってます」
「でも、一回くらい“何も考えない朝”があってもいいかなって」
その時。
「何も考えない朝は、胃袋が先に目を覚ます」
階下から、フレイの声が飛んできた。
「おい、降りてこい」
「朝飯だ」
アーニャが、にやりと笑う。
「ほらね」
「この人がいる限り、日常は強制的に戻る」
食堂は、すでに賑わっていた。
冒険者。
商人。
護衛らしき男たち。
誰も、
六彩の少年が
ここにいるとは知らない。
「……それで」
フレイが、
パンをちぎりながら言う。
「王都に戻った感想は?」
「騒がしいです」
即答だった。
「いいだろ」
「灰色じゃない」
その一言に、クレージュは頷いた。
「はい」
パンを一口。
「……うまい」
「そりゃそうだ」
「オベールロワイヤルの朝飯は本気だ」
アーニャが、スープを覗き込みながら言う。
「ねえクレージュ」
「これからどうする?」
一瞬、空気が静かになる。
だが、重くはならない。
「そうですねぇ……まずは」
クレージュは、
少し考えてから答えた。
「ちゃんと寝て」
「ちゃんと食べて」
「それから、王都で起きてることを自分の目で見ます」
フレイは、満足そうに頷く。
「上出来だ」
「英雄の答えじゃない」
「生きてる人間の答えだ」
アーニャが、
笑った。
「じゃあ今日は」
「観光?」
「……観光?」
「市場見て、変な店覗いて、
噂話拾って」
「王都の空気、吸っとこ」
クレージュは、
少しだけ笑った。
「……はい」
「そうしましょう」
窓の外、
朝の王都が動いている。
世界は、
まだ何も知らない。
六彩の少年が、
この街に戻ってきたことも。
だが――
それでいい。
今日は、
少しだけ
日常に身を預ける日だ。
──王都の朝は、
少し騒がしい。
──そして、
少しだけ優しい。
──嵐の前に訪れる、
短い平穏として。




