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1-5

パン屋での生活が始まったクレージュ。

朝早くからがんばっています。

市場へフライに頼まれ届け物を持って行く事になり

そこで不審な人物を目にし…


クレージュとリシェルの出会いから異世界の冒険が始まる王道ファンタジー。

応援よろしくお願いいたします。

パン屋〈ブラハム堂〉の朝は、驚くほど早い。


「クレージュ! 起きろ!」


 扉を叩くフレイの声と同時に目を覚ます。

 まだ外は薄暗く、空気はひんやりしている。


「……早っ」


「パン屋はなあ、太陽より早く起きるもんだ」


 階段を降りると、すでに店内は暖炉の火が赤々と燃え、

 生地の香ばしい匂いが漂っていた。


 フレイは巨大な木台の前で、

 腕まくりをしながら生地をこねている。


「今日の仕事は三つだ。

 一つ、店の前の掃除。

 二つ、焼き上がったパンの並べ替え。

 三つ、俺の邪魔をしないこと」


「最後の必要……?」


「ある。めちゃくちゃある」


 フレイは生地を叩きつけながら真顔で言う。

 クレージュは苦笑して、掃除道具を持って外へ出た。


 


 ◆


 


 王都の朝の空気はきりりと澄んでいる。

 昨日見た白光の少女のことを思い出しながら、

 クレージュは店先の石畳を磨く。


(……きれいな子だったな)


 名前も知らない。

 どこの誰かも知らない。

 ただ胸の奥に焼きついて離れない。


(なんだろ……こういうの)


 自分でもよくわからない感覚。

 思考を振り払うように雑巾を絞っていると──


「おーい、兄ちゃん!」


「え?」


 市場に続く通りから、少年がこちらに駆け寄ってきた。


「昨日のパン、うまかった! また買いに来た!」


「……あ、えっと、ありがとう」


 少年はケイン。

 商業区に住む、まだ十歳くらいのやんちゃ坊主だ。


「なあ、兄ちゃん、魔法使えるだろ?」


「ぶふっ」


 クレージュは思わずむせた。


「な、なんでそう思うの」


「昨日、裏路地で火がちょっと浮いてたの見た!」


「(……完全に見られてた)」

 おそらく昨夜、魔力の練習をしたときの残光だ。


 ケインは目を輝かせて続ける。


「兄ちゃん、冒険者になるの?」


「えっと……それはまだ──」


「ケイン! 邪魔するんじゃないぞ!」


 と、突然、怒鳴り声とともに、ケインの父親が彼の腕を取り引っ張っていく。


「悪いな兄ちゃん、この子、好奇心旺盛で……!」


「あ、いえ! 全然!」


 ケインが手を振って去っていく。


(……危なかった)


 魔法を使えることは、まだ明かせない。

 この世界では力は“狙われる理由”にもなる。


(昨日のフレイさんの忠告、ちゃんと聞かないと……)


 


 ◆


 


 店に戻ると、ちょうどパンが焼きあがっていた。


「お、いい匂い……!」


「おう。こいつを袋に詰めて市場まで運べ」


 フレイはクレージュに麻袋を渡す。

 予想以上に重い。


「うわ……これ全部ですか?」


「文句言うな。筋肉つけろ。少年期は伸びるぞ」


「いや、俺の世界じゃ筋肉つける人生じゃなかったんだが……」


「世界?」


「えっ、いやなんでも……!」


 危うく転移者だとバラすところだった。

 フレイは眉をひそめる。


「クレージュ」


「はい」


「お前、時々“変な言葉”を使う。……気をつけろ」


「……はい」


 その目は優しいけれど鋭い。

 嘘は通じない。


「さて、配達に行くか。俺も途中までついていく」


 


 ◆


 


 市場は朝から人で賑わっていた。


「〈ブラハム堂〉のパンだって! 買う買う!」

「今日も焼き立てか!」

「フレイのパンは最高だよ!」


 老若男女、たくさんの人が集まる。

 クレージュも緊張しながら袋を差し出す。


「にーちゃん、元気にやってるか!」

「新入りかい? よろしくね!」


 声をかけられるたびに、胸がじんわり温かくなる。


(ああ……こういうの、好きだな)


 知らない世界で、

 自分を受け入れてくれる人がいる。


(生きてていいって、思える……)


 そんな気持ちになった。


 


 ◆


 


「……ん?」


 そのとき。

 通りの端に、妙な動きをする男がいた。


 貧相な体つきにボロ布、しかし目だけが鋭い。

 人々の財布や荷物を、ひどく熱心に見ている。


「スリ……?」


 クレージュがつぶやいた瞬間。

 男が市場の女性の腰袋に手を伸ばした。


「あ──!」


 クレージュは反射的に走り出していた。


(止めなきゃ──!)


 思考より先に身体が動く。

 男の手首を掴んだ瞬間──


「離せガキ!」


 スリの男はクレージュを殴り飛ばそうと腕を振りかざす。


「っ……!」


 思わず魔力が手のひらに集まる。

 指先が赤く光った──その瞬間。


 がしっ。


「そこまでにしとけや」


 低く、重い声が響く。


 フレイだ。


 男の腕を片手で掴み、動きを完全に封じている。

 顔は笑っていない。


「てめぇ、王都でスリは命知らずだぞ」


「ひっ……!」


 男は震えながら崩れ落ちた。

 市場の衛兵が駆けつけ、スリは連れて行かれる。


 フレイはクレージュの肩をぽんと叩いた。


「よく止めた。だが──」


 フレイはクレージュの手を取り、

 その指先にまだ残る“魔力の残光”を見た。


「魔法を使うなと言ったはずだ」


「っ……!」


「街中で属性を出せば、すぐ噂になる。

 お前の力は──普通じゃねぇ」


「……すみません」


 フレイは眉間を揉みながらため息をつく。


「いいかクレージュ。

 優しいのはいい。困ってる人を助けるのもいい。

 だが、この世界は“正しい奴が勝つ”とは限らねぇ」


 その目には、冒険者時代の深い影が宿っていた。


「正義感だけで突っ走ると──死ぬぞ」


「…………」


「だが、生きたいなら、俺が教えてやる。

 剣の握り方も、立ち回りも、力の隠し方もな」


 クレージュは息をのむ。


「フレイさん……」


「今日からだ。毎晩、稽古つけてやる」


 そう言ってフレイはニッと笑った。

 その背中は頼もしくて、温かかった。


(……守ってくれてるんだ)


 心の中で、小さく決意が芽生える。


(強くならなきゃ)


 まだこの世界のことは何もわからない。

 六属性の秘密も、自分の存在の意味も。


 それでも──

 ここで生きたいという思いだけは、確かにある。


(いつか……あの白い髪の子にも、胸を張って会えるように)


 そう思いながら、

 クレージュは市場の喧騒の中で息をついた。

お読みいただきありがとうございます。

日に日に寒さが厳しくなり、さらに本業の方が忙しくなって来た今日この頃です。

年末、皆様も何かとお忙しいと思いますが体調お気をつけくださいませ。

私もがんばって投稿してまいります!

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