幕間「光の女王は、少年を思う」
リシェルは静かにクレージュのことを思っていた。
また二人が出会う日があるのか?
朝の光が、
王都の中庭に差し込んでいた。
白い石畳。
整えられた花壇。
風に揺れる旗。
いつもと変わらない、
穏やかな朝。
リシェル=フォン=オベールは、
回廊の縁に腰掛け、
小さな本を閉じた。
(……集中できない)
本の内容は、ほとんど頭に入っていなかった。
「姫殿下」
控えめな声に、顔を上げる。
「……何か、連絡は?」
侍女は一瞬だけ戸惑い、
それから首を振った。
「いえ。特には……」
「……そう」
それだけ答えて、リシェルは再び視線を落とした。
胸の奥に、小さな落ち着かない感覚がある。
(……もう、旅立った頃かしら)
あの少年――
クレージュ。
初めて会った時のことを、
思い出す。
無礼でもなく、
媚びるわけでもなく。
ただ、真っ直ぐだった。
(……変な人)
力を持っているのに、誇らない。
恐れられていると知っても、
怒らない。
それでも――逃げなかった。
リシェルは、
膝の上で手を握る。
(あの人は、何と戦っているのかしら)
魔物でも、敵でもない。
もっと、曖昧で、
もっと、厄介なもの。
(……自分自身、なのかも)
彼女は王女だ。
生まれた時から、役割があった。
守られる側で、決められる側。
だからこそ、分かる。
(選ばされる人生と、選ぶ人生の違い)
クレージュは、選んでいた。
怖くても、不完全でも。
その姿が、まぶしかった。
回廊を、風が吹き抜ける。
「……わたしは」
小さく、
独り言のように呟く。
「ちゃんと、選べているのかしら」
王女として。
一人の人として。
ふと、胸元のペンダントに触れる。
それは、彼と交わした何気ない言葉を思い出させる。
(“力があるからって、偉いわけじゃない”)
あの時、自分が言った言葉。
そして、彼が微笑んだこと。
(……あの人は、わたしを王女として見ていなかった)
それが、少しだけ、嬉しかった。
◆
侍女が、
控えめに声をかける。
「午後は、評議会の報告が――」
「……ええ」
返事をしながら、リシェルは立ち上がる。
王女としての時間が、再び始まる。
だが――胸の奥には、確かな想いが残っていた。
(……無事でいて)
(そして、戻ってきて)
(その時は……)
続きを考え、小さく首を振る。
まだ、言葉にするには早い。
だが、はっきりしていることがある。
彼が選ぶ未来を、見届けたい。
王女としてではなく。
――一人の人として。
──白光の王女は、
今日も城で日常を過ごしている。
──だがその心は、
灰色の村へ向かう
六彩の少年の背中にあった。
お読みいただきありがとうございます。
次回は灰色の村の出来事を回収者の目線で進めます。
お楽しみに。




