2-18「小さな成功」
クレージュは今日も制御の訓練。
そして、ミレイアに言われた方法を試す。
朝の光が、
ルーン塔の窓から差し込んでいた。
昨日までの重さが、
少しだけ抜けている。
クレージュは、
自分の手を見つめながら、
小さく息を吐いた。
(……今日は、怖くない)
実験室――
と呼ぶには少し生活感のある一室。
机。
簡素な椅子。
湯を沸かすための小さな炉。
「今日は、
危ないことはしない」
ミレイアは、
最初にそう言った。
「……はい」
「六彩の制御訓練だが、目的はただ一つ」
「生活魔法として使う」
アーニャが、眉を上げる。
「……それって」
「火を爆発させない。
水を溢れさせない」
「誰も傷つけない、
最小単位の行使だ」
クレージュは、
静かに頷いた。
「ぼくに……できますか?」
「やる前から疑うな」
ミレイアは、笑みを浮かべ
即答する。
「できなければ、ここで終わりだ」
◆
炉の前。
冷えた鍋が置かれている。
「目標は、火を灯すだけ」
「いいか、煮立たせるな。温めるな」
「灯すだけだ」
クレージュは、深く息を吸った。
(……一つ)
(火だけ)
胸の奥で、六彩が、静かに応じる。
赤。
ほんの、わずか。
次の瞬間――
炉の中で、小さな火が灯った。
揺れない。
暴れない。
ただ、
そこにある。
◆
沈黙。
「……」
◆
アーニャが、
最初に声を出した。
「……すごい」
クレージュは、
驚いたように瞬きをする。
「……え?」
「いや、ほんとに」
「これ、誰でもできそうで」
「一番、できないやつ」
ミレイアは、
炉を見つめたまま言った。
「暴れない火は、力を抑えている証拠だ」
「六彩は、“やりすぎる”力」
「それを、ここまで絞った」
クレージュは、
ゆっくりと火を消す。
「……いつもみたいに疲れない」
「当然だ」
「これは、六彩の“自然な使い方”だからだ」
ミレイアは、
少し考え――言葉を続ける。
「六彩は、戦うための力じゃない」
「生きるための力だ」
アーニャが、腕を組んで頷く。
「……それなら、まだ救いがある」
◆
次は、水。
小さな器に、
ひび割れた傷を模した布。
「洗うだけ」
「治すな。溢れさせるな」
クレージュは、
再び集中する。
青。
ごく薄く。
水が、
布を静かに濡らした。
滴ることもなく、
ただ染み込む。
「……完璧だ」
ミレイアの声に、
珍しく感情が混じる。
クレージュは、
少しだけ照れたように笑った。
「……こんな感じで、いいんでしょうか」
「ああ、いいに決まってる」
「これができなければ、何もできない」
アーニャが、クレージュの肩を、軽く叩いた。
「……初めてだね」
「え?」
「力を使って、誰も怖がってないの」
その言葉に、クレージュは、
胸の奥が温かくなるのを感じた。
(……これなら)
(壊さずに、生きていける)
◆
その時。
ミレイアが、
ふと視線を上げる。
「……外が、騒がしいな」
遠くで、鐘の音。
規則正しい――
警戒の合図。
アーニャの表情が、
引き締まる。
「……回収屋か?」
ミレイアは、
小さく息を吐いた。
「……いいや」
「観測が、終わった音だ」
◆
クレージュは、
炉の消えた火を見つめた。
小さな成功。
だが――
それは確かに、
未来へ続く一歩だった。
──六彩の少年は、
初めて“何も壊さずに”
力を使った。
──それは、
世界を変えるには小さすぎる。
──だが――
生き方を変えるには、
十分だった。
いよいよ制御ができるきっかけが成功しました。
これから回収者たちとの戦いが始まるのでしょうか?




