2-17「逃げる選択肢」
ミレイアからのある提案が。
クレージュはそれを聞き改めて決意をする。
ルーン塔の中庭は、
昼下がりの光に包まれていた。
白い石畳。
低く整えられた植栽。
研究塔特有の、静かな空気。
クレージュは、
ベンチに腰掛け、
ぼんやりと空を見上げていた。
頭は、
はっきりしている。
だが――
胸の奥が、重い。
(……管理)
昨日聞いた言葉が、
何度もよみがえる。
隔離。
観測。
回収。
(……正しいのかもしれない)
世界を守るため。
犠牲を減らすため。
理屈としては、
理解できた。
「……それでも、納得できない」
小さく呟いた声は、
誰にも届かない。
◆
足音。
◆
ミレイアが、
中庭へ入ってきた。
「……休んでいるようだな」
「はい」
クレージュは、
正直に答えた。
「……考えてました」
「だろうな」
ミレイアは、隣に立つ。
しばらく、
二人とも何も言わない。
「……逃げる選択肢もある」
不意に、
ミレイアが口を開いた。
クレージュは、視線を上げた。
「ルーン学派は、中立だ」
「正式に庇護すれば、回収者も、
簡単には手を出せない」
「あるいは――」
「力を、封じる方法もある」
その言葉に、クレージュの胸が、きゅっと締めつけられる。
「……六彩を、封じる?」
「完全ではないが、抑制は可能だ」
「魔力の流れを、意図的に歪める」
「だが二度と、今のようには使えなくなる」
◆
沈黙。
◆
「……それなら」
クレージュは、
ゆっくりと口を開いた。
「誰も、傷つかないですよね」
ミレイアは、
答えなかった。
「……でも」
クレージュは言葉を続ける。
「それって、俺が俺じゃないっていうか“存在しない”のと、同じじゃないですか」
ミレイアが、
静かに目を細めた。
「……どういう意味だ」
「六彩があるから、俺は狙われてる」
「でも、六彩があるから、助けられる人もいる」
「全部を消したら、楽になります」
「でも――」
「それは、
“逃げる”ってことですよね」
ミレイアは、
しばらく黙っていた。
「……逃げることが、
悪とは限らない」
「生き残るために、
必要な時もある」
その言葉は、真実だった。
だが――
クレージュは、
ゆっくりと首を振った。
「……俺」
「守りたいものが、もうあるんです」
「そう…なのか?」
「アーニャとか」
「この街の人とか」
「まだ、
知らない誰かとか」
「そして…」
クレージュはリシェルを思い浮かべた。
ミレイアは、
一瞬、言葉を失った。
「……それは」
「一番、
危険な理由だ」
クレージュは、苦笑する。
「……そう…ですかね」
「でも、それがないと」
「俺、何のために生きてるか、
分からなくなる」
◆
沈黙。
◆
やがて、
ミレイアが小さく息を吐いた。
「……選ぶ覚悟は、
できているようだな」
「はい」
「逃げません」
「でも――」
「戦うために、
残るわけでもありません」
「……?」
「壊さない方法を、探します」
「管理でも、放置でもない」
「第三のやり方を」
ミレイアは、
クレージュを見つめ、
そして――
小さく笑った。
「……やはり、面倒な六彩だ」
「だが」
「嫌いじゃない」
◆
その頃。
中庭の入口で、
アーニャは二人の様子を、
黙って見ていた。
(……決めた顔だ)
それでいい。
迷った末に出した答えなら。
◆
クレージュは、
立ち上がる。
「……行きましょう」
「どこへ?」
「学ぶところまで、学びに」
「制御も、選択も」
◆
空は、
澄んでいた。
──逃げる選択肢は、
確かに存在した。
──だが、
六彩の少年は、
それを選ばなかった。
──選ばなかった理由は、
とても単純で――
とても危険だった。
お読みいただきありがとうございます。
クレージュは新たに決意を固めこの先へと進むことを決める。そして…




