2-15「失敗した六彩」
ミレイアから六彩制御の失敗した過去を聞いたクレージュ。だが、そんな不安があっても制御を諦めない。
熱が引いたのは、
翌日の昼近くだった。
クレージュは、
まだ少し重たい体を引きずりながら、ルーン塔の奥へと案内されていた。
◆
「……ここは?」
石造りの通路は、
今までよりも暗い。
壁に刻まれたルーンも、
ほとんど光っていなかった。
「記録庫だ」
ミレイアは、淡々と答える。
「研究成果ではない」
「失敗の記録だ」
◆
扉が、低い音を立てて開いた。
中は広く、天井まで届く書架が並んでいる。
古い紙の匂い。
魔力の残滓。
「……全部、六彩ですか」
「そうだ」
ミレイアは、
一冊の分厚い書を取り出す。
「六彩は、この世界で最も研究され、最も恐れられた存在だ」
「だが――」
「成功例は、一つもない」
その言葉は、
静かだった。
だからこそ、
重い。
ミレイアは、最初の書を開く。
◆
「記録一号」
「北方国家の魔導士」
ページには、簡潔な文字でこう記されていた。
『火と風の共鳴により、
都市の外壁を破壊』
『当人は制御不能に陥り、
精神崩壊』
「……精神崩壊」
クレージュが、小さく呟く。
「次」
別の書。
「水と闇の六彩」
『治癒を目的とした魔法行使中、
負の感情が増幅』
『周囲の生命活動を停止』
◆
アーニャが、
思わず眉をひそめた。
「……事故?」
「本人は、救うつもりだった」
ミレイアは、
淡々と続ける。
「だが、六彩は感情に反応する」
「善意も、恐怖も、区別しない」
◆
さらに、
別の記録。
「制御を試みた例もある」
『属性を順番に使用』
『同時使用を回避』
『結果、魔力循環が破綻』
『当人、自壊』
◆
クレージュは、
思わず視線を逸らした。
「……みんな、頑張ってたんですよね」
ミレイアは、
少しだけ黙り――頷いた。
「だからこそ、失敗した」
「六彩は、力を“使うもの”ではない」
「生き方そのものに、影響する」
クレージュは、拳を握る。
「……じゃあ、俺も」
「同じ末路かもしれない」
ミレイアは、否定しなかった。
「可能性は、高い」
◆
沈黙。
◆
その空気を、
破ったのはアーニャだった。
「……でも」
「この中に、“逃げようとした例”は?」
ミレイアが、
ゆっくりと視線を向ける。
「……ない」
「全員、
“どう使うか”だけを考えた」
「どう生きるか、考えなかった」
クレージュの胸に、
小さな衝撃が走った。
(……俺は)
(使いたく、なかった)
(壊したく、なかった)
ミレイアは、
静かに言葉を重ねる。
「だからこそ、回収者が生まれた」
「管理という名の、封印」
「それが、この世界の選んだ答えだ」
「……正しいんですか」
クレージュは、問いかけた。
ミレイアは、
即答しない。
「……分からない」
「だが、犠牲は減った」
「それが、彼らの正義だ」
◆
クレージュは、
深く息を吐いた。
「……でも」
「俺は、この中に入りたくない」
ミレイアは、
クレージュを見つめる。
「なら――」
「新しい例になれ」
「記録に残る、最初の成功例に」
その言葉は、重く、
だが逃げ道を残していた。
クレージュは、
小さく笑った。
「……難しそうですね」
「だから、価値がある」
◆
書庫を出る時。
クレージュは、
最後に棚を振り返った。
(……ここに、終わりを置かない)
その決意は、静かだった。
だが――確かなものだった。
──六彩は、
災厄として記録されてきた。
──しかし、
記録は過去であり、
未来ではない。
六彩の少年は、
その一行を書き換えるために、
歩き続ける。




