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第三話です。

自分に魔法なんてあるの?

と、思いながらもできるか試してみるクレージュ。

すると…

「まあ今はいい。ゆっくり休め、クレージュ」


 そう言って、扉が静かに閉じた。


 


 ──静寂が訪れる。


 部屋には俺ひとり。

 窓から差し込む夕陽のオレンジ色が、床に細長い影を落としていた。


(……本当に、異世界なんだな)


 胸の奥で、遅れて現実感が追いついてくる。


 日本。

 あの世界。

 家族。

 友達。


 全部、遠くの出来事みたいだ。


 ぽふん、とベッドに座り、両手を見つめた。


「クレージュ=アーシェル、か……」


 新しい名前を口にすると、少しこそばゆい。

 けれど、嫌じゃなかった。


 フレイの言う通り、“ここで歩き出すための名前”だと思うと、悪くない。


(……力、ね)


 さっきからずっと気になっていたことがある。


 この世界に来て以来、周囲の空気に、薄く“何か”が混じっているのを感じていた。

 日本にはなかった、しかしどこか懐かしいような、温かい粒子。


(これが、魔力……なんだろうか)


 好奇心が疼く。


 試しに、手のひらを上に向け、意識を集中させてみた。

 前世のゲームや漫画のイメージを総動員して、“魔力の流れ”を想像する。


 胸の中心から、腕を伝って、手のひらへ。


 じん、と熱いものが流れていくような感覚。


「……っ」


 次の瞬間──


 ぽっ──と、小さな火の玉が生まれた。


「うおっ!?」


 思わず声が出る。

 直径数センチ。ロウソクの火をぎゅっと凝縮したようなそれは、俺の手の上にふわふわと浮かんでいた。


(……マジで、出た)


 現実離れした光景なのに、不思議と受け止められる自分がいた。

 きっと、この身体には、最初から“そういう機能”が組み込まれていたのだろう。


 恐る恐る意識を向ける。

 火の玉はゆらりと揺れ、次第に色を変え始めた。


 赤から、青へ。

 青から、透明な水滴のような色へ。

 やがて、それは風の渦となり、小さな光の粒となって弾ける。


 火。

 水。

 風。

 光──。


「……なんだ、これ……」


 あまりにも自然に、属性が切り替わっていく。


 試しに、地面のイメージを思い浮かべる。

 土。石。重さ。


 手のひらの上で、さらさらと砂のような粒子が集まり、小さな石ころの塊が生まれた。


「土……も、か」


 そして──ほんの出来心で“闇”を思い浮かべる。

 光の逆。影。夜の静けさ。


 空気がひやりと冷たくなった。

 手のひらの上に、墨のような黒い靄が集まり、ぽう、と黒い球が浮かぶ。


 ぞわりと背筋が粟立った。


 次の瞬間、五つの属性が一度にぶつかり合い、ぱんっ、と小さな破裂音を立てて消えた。


「っぶな……!」


 慌てて窓を開ける。

 余った光と煙が、夜に変わりかけた空へと抜けていった。


(火、水、風、土、光、闇……全部、使えた)


 あり得ない、と頭のどこかで冷静な自分が言う。

 さっき見た道行く人たち。

 エルフや獣人たち。

 彼らの中に、こんな芸当をやっている者はいただろうか。


(……これが、“匂い”ってやつか)


 フレイが言っていた言葉を思い出す。

 この世界に来る前から、自分には「何か」があったのかもしれない。


 ゆっくりと窓から外を覗く。


 王都の街には、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。

 行き交う人の声も少しずつ落ち着き、代わりに酒場から歌声が聞こえてくる。


 ふと、遠くの通りを、一団の馬車が通り過ぎるのが見えた。


 護衛の兵士たちが前後を固め、その中心に、カーテンのついた立派な馬車。


 一瞬、その隙間から、白い髪が覗いた気がした。


 月光を閉じ込めたような、淡い輝き。

 窓越しに、誰かがこちらを振り返る。


(……女の子?)


 目が合った、ような気がした。

 距離がありすぎて、顔までははっきり見えない。


 けれど、その一瞬だけ。

 胸の奥が、理由もなくざわめいた。


 次の瞬間、馬車は曲がり角を曲がり、視界から消える。


「…………気のせい、か」


 誰にともなく呟いて、窓を閉める。


 ベッドに身を投げ出し、天井を見つめた。


 異世界。

 王都。

 パン屋〈ブラハム堂〉。

 元Aランク冒険者のフレイ。

 そして──六属性を操る自分。


 あまりにも情報量が多くて、頭が追いつかない。

 それでも、不思議と“恐怖”という感情は少なかった。


(……やってやるか)


 何ができるか分からない。

 この力がどれほどのものなのかも、まだ知らない。


 それでも。


 この世界で、生きる。


 その決意だけは、はっきりしていた。


 やがて、まぶたが重くなっていく。

 意識がゆっくりと沈んでいくその手前で、ふと考えた。


(さっきの、白い髪の子……誰だったんだろ)


 王都を走る馬車。

 護衛の兵士。

 豪華な装飾。


 きっと、どこかの貴族か、王族の娘だろう。


 今の俺には、縁のない存在。


 ──だけど。


 その出会いが、これからの運命を変えることになるなんて。

 この時の俺は、まだ知る由もなかった。


 それは、ただの偶然じゃない。

 未来を紡ぐ一筋の光となる、この出会いの予感を──

 誰も知らぬまま、物語は静かに動き出してい

お読みいただきありがとうございます。

まだ序盤なのであまり物語としては単調な感じですが、

少しずつクレージュの生活が変わっていきます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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