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2-5

冒険者ギルド併設の酒場は、

 日が沈むにつれて騒がしさを増していった。


 木の床に響く足音。

 酒樽を叩く音。

 勝利と不満が入り混じった声。


 



 


「……こういう場所、慣れてないですね」


 クレージュは、

 壁際の席で落ち着かない様子だった。


 


「慣れなくていい」


 アーニャは、

 ジョッキを一口飲む。


 


「酒場は、

 情報を拾う場所さ。

 溶け込む必要はない」


 



 


 二人のテーブルには、

 簡素な料理が並んでいた。


 肉の煮込みと、

 黒パン。


 


「初依頼、

 ちゃんと終わったじゃないか」


 


「……はい」


 


「それで十分」


 


 アーニャは、

 淡々とそう言った。


 



 


 その時――


 


「なあ、聞いたか?」


 


 少し離れた席から、

 男の声が聞こえてきた。


 



 


「街道で、

 盗賊がまとめて逃げ出したって話」


 


「またかよ。

 最近多いな」


 


「違う。

 “魔法をほとんど使わずに”だ」


 



 


 クレージュの手が、

 わずかに止まる。


 


(……俺のことか?)


 



 


「しかもな、

 風が勝手に動いたらしい」


 


「……は?」


 


「矢が、

 逸れたって」


 



 


 アーニャが、

 そっとジョッキを置いた。


 


「……噂になるの、早いね」


 


「え?」


 


「だから言ったでしょ」


 


 低い声。


 


「目立つと、

 変なのが寄ってくる」


 



 


 クレージュは、

 視線を落とした。


 


「……俺、

 何かまずかったですか」


 


「まずいかどうかは、

 結果次第」


 


 アーニャは、

 周囲に視線を走らせる。


 


「でも――

 もう名前は出てる」


 



 


 その瞬間。


 


「……新人か?」


 


 大きな影が、

 二人の前に立った。


 



 


 屈強な体格。

 古傷だらけの鎧。


 ベテラン冒険者だ。


 


「……はい」


 


「へぇ」


 


 男は、

 クレージュをじっと見る。


 


「最近、

 妙な話が多くてな」


 



 


「魔法を撃たずに、

 魔物を止めたとか」


 


「……」


 


「偶然か?」


 



 


 アーニャが、

 一歩前に出る。


 


「詮索するなら、

 他を当たって」


 


 男は、

 鼻で笑った。


 


「ははっ、

 噂は勝手に広がる」


 


「それだけだ」


 



 


 そう言い残し、

 男は去っていった。


 



 


 沈黙。


 


「……これが、

 冒険者の世界ですか」


 


「そう」


 


 アーニャは、

 短く答える。


 


「力は、

 隠しても漏れる」


 



 


 その時。


 


 酒場の奥で、

 別の会話が聞こえた。


 



 


「……回収者が動いてるらしい」


 


「マジか」


 


「この街の近くで、

 魔力の異常が観測されたって」


 



 


 クレージュの胸が、

 わずかにざわつく。


 


(……回収者)


 


 その言葉は、

 まだ顔の見えない影だった。


 



 


 アーニャは、

 立ち上がった。


 


「今日は、

 ここまで」


 


「え?」


 


「明日も、

 依頼はある」


 


 そして、

 静かに言う。


 


「……今夜は、

 目立たない方がいい」


 



 


 二人は、

 酒場を後にした。


 


 夜の街は、

 昼とは別の顔をしている。


 



 


 宿の前。


 


「……ありがとう」


 


 クレージュが言った。


 


「何が?」


 


「一緒にいてくれて」


 



 


 アーニャは、

 少しだけ目を細めた。


 


「……あんたは、

 一人で歩くタイプじゃない」


 


「それだけ」


 



 


 部屋に戻ったクレージュは、

 ベッドに腰を下ろした。


 


 剣を横に置き、

 天井を見る。


 


(……噂)


 


 意図していなくても、

 力は波紋を生む。


 



 


 六彩は、

 まだ眠っている。


 


 だが――

 世界は、

 もう気づき始めていた。


 


──六彩の少年が、

 この街にいることを。

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