2-5
冒険者ギルド併設の酒場は、
日が沈むにつれて騒がしさを増していった。
木の床に響く足音。
酒樽を叩く音。
勝利と不満が入り混じった声。
◆
「……こういう場所、慣れてないですね」
クレージュは、
壁際の席で落ち着かない様子だった。
「慣れなくていい」
アーニャは、
ジョッキを一口飲む。
「酒場は、
情報を拾う場所さ。
溶け込む必要はない」
◆
二人のテーブルには、
簡素な料理が並んでいた。
肉の煮込みと、
黒パン。
「初依頼、
ちゃんと終わったじゃないか」
「……はい」
「それで十分」
アーニャは、
淡々とそう言った。
◆
その時――
「なあ、聞いたか?」
少し離れた席から、
男の声が聞こえてきた。
◆
「街道で、
盗賊がまとめて逃げ出したって話」
「またかよ。
最近多いな」
「違う。
“魔法をほとんど使わずに”だ」
◆
クレージュの手が、
わずかに止まる。
(……俺のことか?)
◆
「しかもな、
風が勝手に動いたらしい」
「……は?」
「矢が、
逸れたって」
◆
アーニャが、
そっとジョッキを置いた。
「……噂になるの、早いね」
「え?」
「だから言ったでしょ」
低い声。
「目立つと、
変なのが寄ってくる」
◆
クレージュは、
視線を落とした。
「……俺、
何かまずかったですか」
「まずいかどうかは、
結果次第」
アーニャは、
周囲に視線を走らせる。
「でも――
もう名前は出てる」
◆
その瞬間。
「……新人か?」
大きな影が、
二人の前に立った。
◆
屈強な体格。
古傷だらけの鎧。
ベテラン冒険者だ。
「……はい」
「へぇ」
男は、
クレージュをじっと見る。
「最近、
妙な話が多くてな」
◆
「魔法を撃たずに、
魔物を止めたとか」
「……」
「偶然か?」
◆
アーニャが、
一歩前に出る。
「詮索するなら、
他を当たって」
男は、
鼻で笑った。
「ははっ、
噂は勝手に広がる」
「それだけだ」
◆
そう言い残し、
男は去っていった。
◆
沈黙。
「……これが、
冒険者の世界ですか」
「そう」
アーニャは、
短く答える。
「力は、
隠しても漏れる」
◆
その時。
酒場の奥で、
別の会話が聞こえた。
◆
「……回収者が動いてるらしい」
「マジか」
「この街の近くで、
魔力の異常が観測されたって」
◆
クレージュの胸が、
わずかにざわつく。
(……回収者)
その言葉は、
まだ顔の見えない影だった。
◆
アーニャは、
立ち上がった。
「今日は、
ここまで」
「え?」
「明日も、
依頼はある」
そして、
静かに言う。
「……今夜は、
目立たない方がいい」
◆
二人は、
酒場を後にした。
夜の街は、
昼とは別の顔をしている。
◆
宿の前。
「……ありがとう」
クレージュが言った。
「何が?」
「一緒にいてくれて」
◆
アーニャは、
少しだけ目を細めた。
「……あんたは、
一人で歩くタイプじゃない」
「それだけ」
◆
部屋に戻ったクレージュは、
ベッドに腰を下ろした。
剣を横に置き、
天井を見る。
(……噂)
意図していなくても、
力は波紋を生む。
◆
六彩は、
まだ眠っている。
だが――
世界は、
もう気づき始めていた。
──六彩の少年が、
この街にいることを。




