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2-4

朝のギルドは、騒がしかった。


 酒の匂いが残る空気。

 鎧の擦れる音。

 眠そうな顔と、妙に張り切った顔。


 それらが入り混じり、

 冒険者ギルドの一日は始まる。


 



 


「――これにする」


 アーニャが、掲示板から紙を一枚剥がした。


 


「草原の魔物討伐。

 群れからはぐれた個体の処理」


 


「難易度は……?」


 


「低。

 でも油断すると噛まれるかもな」


 


「ハハ……現実的ですね」


 


「冒険は、だいたい地味なもんだ」


 



 


 依頼は、

 街の外れにある草原地帯。


 魔物は小型で、

 単体なら危険度は低い。


 


 だが――

 それは“知識として”の話だ。


 



 


 街門を抜け、

 二人は草原へ向かった。


 


「ねえ、クレージュ」


 


「はい」


 


「最初に確認したいんだけど」


 


 アーニャは歩きながら言う。


 


「この依頼、

 あんた一人なら、どうする?」


 



 


 少し考える。


 


「……正面から見て、

 危険なら退きます」


 


「正解」


 


 即答だった。


 


「勝てるか、じゃない。

 生きて帰れるか」


 



 


 草が揺れた。


 


(……来る)


 


 低く唸る声。


 草の陰から、

 灰色の魔物が姿を現した。


 



 


 狼に似た体躯。

 だが、目は赤く、

 牙は異様に長い。


 


「……一体だけ」


 


「はぐれだね」


 


 アーニャが短剣を構える。


 


「囲まれない。

 無理しない。

 合図は――」


 


「はい」


 



 


 魔物が、

 地面を蹴った。


 


「来る!」


 



 


 クレージュは、

 剣を抜く。


 


 魔法は、使わない。


 


 足を止め、

 重心を落とす。


 



 


 牙が迫る。


 


「――っ!」


 


 剣で、

 正面から受け止める。


 


 衝撃が、

 腕に走る。


 


(……重い)


 


 だが、

 踏み込む。


 



 


 横から、

 アーニャが回り込む。


 


 短剣が、

 魔物の脚を裂いた。


 


「ギャッ――!」


 



 


 魔物が体勢を崩す。


 


「今だ!」


 



 


 クレージュは、

 一歩前に出た。


 


 剣を振り下ろす。


 


 ――鈍い音。


 


 魔物は、

 そのまま動かなくなった。


 



 


 静寂。


 


 風が、

 草を揺らす。


 



 


「……終わり?」


 


「終わり」


 


 アーニャは、

 周囲を確認してから頷いた。


 


「追撃なし。

 合格」


 



 


 クレージュは、

 深く息を吐いた。


 


(……勝った)


 


 だが、

 胸の奥に残るのは、

 高揚ではなかった。


 



 


「……どうだった?」


 


 アーニャが尋ねる。


 


「……思ったより、

 怖かったです」


 


「それでいいんだ」


 


 彼女は、

 淡々と言った。


 


「怖くなくなったら、

 死ぬ」


 



 


 魔物の素材を回収し、

 二人は街へ戻る。


 



 


 ギルドで依頼完了の手続きをすると、

 受付係がちらりとクレージュを見る。


 


「……初依頼にしちゃ、

 動きがいいな」


 


「教えが良かっただけです」


 


 クレージュは、

 そう答えた。


 



 


 外へ出ると、

 夕日が街を染めていた。


 



 


「……冒険者って、

 思ってたより――」


 


「地味?」


 


「はい」


 


 アーニャは、

 小さく笑った。


 


「それが、

 一番いい」


 



 


 クレージュは、

 剣の柄に触れる。


 


 六彩は、

 眠ったままだ。


 


 だが――

 確かにそこにある。


 


(……まだ、使わなくていい)


 


 この世界を、

 ちゃんと知るまでは。


 


 六彩の少年は、

 最初の一歩を踏み出した。

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