2-4
朝のギルドは、騒がしかった。
酒の匂いが残る空気。
鎧の擦れる音。
眠そうな顔と、妙に張り切った顔。
それらが入り混じり、
冒険者ギルドの一日は始まる。
◆
「――これにする」
アーニャが、掲示板から紙を一枚剥がした。
「草原の魔物討伐。
群れからはぐれた個体の処理」
「難易度は……?」
「低。
でも油断すると噛まれるかもな」
「ハハ……現実的ですね」
「冒険は、だいたい地味なもんだ」
◆
依頼は、
街の外れにある草原地帯。
魔物は小型で、
単体なら危険度は低い。
だが――
それは“知識として”の話だ。
◆
街門を抜け、
二人は草原へ向かった。
「ねえ、クレージュ」
「はい」
「最初に確認したいんだけど」
アーニャは歩きながら言う。
「この依頼、
あんた一人なら、どうする?」
◆
少し考える。
「……正面から見て、
危険なら退きます」
「正解」
即答だった。
「勝てるか、じゃない。
生きて帰れるか」
◆
草が揺れた。
(……来る)
低く唸る声。
草の陰から、
灰色の魔物が姿を現した。
◆
狼に似た体躯。
だが、目は赤く、
牙は異様に長い。
「……一体だけ」
「はぐれだね」
アーニャが短剣を構える。
「囲まれない。
無理しない。
合図は――」
「はい」
◆
魔物が、
地面を蹴った。
「来る!」
◆
クレージュは、
剣を抜く。
魔法は、使わない。
足を止め、
重心を落とす。
◆
牙が迫る。
「――っ!」
剣で、
正面から受け止める。
衝撃が、
腕に走る。
(……重い)
だが、
踏み込む。
◆
横から、
アーニャが回り込む。
短剣が、
魔物の脚を裂いた。
「ギャッ――!」
◆
魔物が体勢を崩す。
「今だ!」
◆
クレージュは、
一歩前に出た。
剣を振り下ろす。
――鈍い音。
魔物は、
そのまま動かなくなった。
◆
静寂。
風が、
草を揺らす。
◆
「……終わり?」
「終わり」
アーニャは、
周囲を確認してから頷いた。
「追撃なし。
合格」
◆
クレージュは、
深く息を吐いた。
(……勝った)
だが、
胸の奥に残るのは、
高揚ではなかった。
◆
「……どうだった?」
アーニャが尋ねる。
「……思ったより、
怖かったです」
「それでいいんだ」
彼女は、
淡々と言った。
「怖くなくなったら、
死ぬ」
◆
魔物の素材を回収し、
二人は街へ戻る。
◆
ギルドで依頼完了の手続きをすると、
受付係がちらりとクレージュを見る。
「……初依頼にしちゃ、
動きがいいな」
「教えが良かっただけです」
クレージュは、
そう答えた。
◆
外へ出ると、
夕日が街を染めていた。
◆
「……冒険者って、
思ってたより――」
「地味?」
「はい」
アーニャは、
小さく笑った。
「それが、
一番いい」
◆
クレージュは、
剣の柄に触れる。
六彩は、
眠ったままだ。
だが――
確かにそこにある。
(……まだ、使わなくていい)
この世界を、
ちゃんと知るまでは。
六彩の少年は、
最初の一歩を踏み出した。




