2-2
アーニャと旅をすることとなったクレージュ。
二人の前に盗賊が現れ…
街道は、緩やかな下り坂に差しかかっていた。
木立が増え、
道幅は少し狭くなる。
アーニャは足を止め、
手のひらを軽く上げた。
「……ここから先、気を抜かないで」
「盗賊、ですか」
「たぶん。
逃げ場が少ない」
尻尾が、
小さく左右に揺れている。
◆
二人は、道の端に寄って歩いた。
クレージュは、
剣の柄に触れながら、周囲に意識を向ける。
(……いる)
草の擦れる音。
呼吸の乱れ。
隠れている――
それだけは、はっきり分かった。
◆
「……数は?」
「三。
たぶん、弓が一人」
アーニャは、
声を落として言う。
「正面から来たら、
あんたは盾役」
「……俺が?」
「他に誰がいるの」
◆
次の瞬間――
「止まれ!」
木陰から、
男が飛び出した。
粗末な革鎧。
剣は手入れされていない。
そして――
少し遅れて、弓の影。
◆
「金と荷を置け。
命までは取らねぇ」
盗賊の声は、
慣れた響きだった。
◆
アーニャは、
半歩前に出る。
「……クレージュ」
「はい」
「力、使うな」
「……分かりました」
即答だった。
◆
盗賊が、
動いた。
剣を構え、
まっすぐ突っ込んでくる。
「――っ!」
クレージュは、
剣を抜いた。
構えは、
フレイに教わった通り。
派手さはない。
だが、軸がぶれない。
◆
剣と剣がぶつかる。
鈍い音。
「……っ、硬ぇな!」
盗賊が顔を歪める。
(……重い)
腕が、じんと痺れる。
だが、
踏みとどまる。
◆
背後で、
矢が放たれた。
「クレージュ、伏せ!」
反射的に体を沈める。
矢は、
肩口をかすめて地面に突き刺さった。
◆
その瞬間――
胸の奥が、強く反応した。
(……今なら、止められる)
六彩が、
静かに囁く。
◆
だが――
クレージュは、踏みとどまった。
(……使わない)
ここで使えば、
相手は吹き飛ぶ。
だが、それは
“戦い”ではなく
“排除”になる。
◆
クレージュは、
一歩前に出た。
剣で、
相手の剣を弾く。
そして――
体当たり。
「ぐっ……!?」
盗賊が、
後ろによろける。
◆
その隙を、
アーニャが逃さなかった。
――一閃。
短剣が、
盗賊の足元を裂く。
「うわっ……!」
「殺さない。
動けなくするだけ」
冷静な声。
◆
残りの盗賊が、
動揺する。
「ちっ……!
やっぱりやべぇぞ、こいつら!」
◆
だが、
弓の男が矢を番え直した。
「……っ!」
その瞬間――
クレージュの判断が、遅れた。
◆
矢が、
一直線に飛ぶ。
「――アーニャ!」
考える前に、
体が動いた。
一歩、踏み出す。
◆
六彩が、
“守る”に反応した。
風が、
矢の軌道を逸らす。
ほんのわずか。
だが、致命的に。
矢は、
アーニャの肩を外れ、
木に突き刺さった。
◆
世界が、
一瞬静まった。
「……今の」
アーニャが、
振り返る。
「……風?」
クレージュは、
息を整えながら、頷いた。
「……無意識に、少しだけ」
◆
盗賊たちは、
完全に戦意を失っていた。
「……逃げるぞ!」
草をかき分け、
姿を消す。
◆
静寂。
クレージュは、
膝に手をついた。
(……やっぱり、使うと……)
息が、
少し重い。
◆
アーニャが、
じっと見つめてくる。
「……ねえ」
「はい」
「今の、
“使った”って言う?」
クレージュは、
少し考えてから答えた。
「……守るために、
反応しただけです」
◆
アーニャは、
小さく笑った。
「……変な人」
「え?」
「でも――」
尻尾が、
ゆっくりと揺れた。
「嫌いじゃない」
◆
二人は、
再び歩き出す。
戦いは終わった。
だが、
選択は、続いていく。
力を使わない勇気。
使わざるを得ない覚悟。
六彩の少年は、
その狭間を歩き始めていた




