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ここから第二章となります。
オベール王国を出発したクレージュに襲いかかった者は
敵が味方か…
街道は、思っていたよりもずっと長かった。
オベールロワイヤルを離れて三日。
舗装された石道はいつの間にか途切れ、
固く踏み固められただけの土の道に変わっている。
クレージュは、剣を背に負い、
一人でその道を歩いていた。
◆
(……静かだな)
風の音と、
草を踏む足音だけが耳に残る。
王都では当たり前だった人の気配は、
ここにはない。
代わりにあるのは、
広さと、孤独と、
そして――油断できない空気。
◆
日が高くなった頃、
クレージュは道端に腰を下ろした。
革袋から水を飲み、
乾いた喉を潤す。
(……一人だ)
当たり前の事実が、
胸に落ちる。
王都では、
フレイがいた。
リシェルがいた。
守る理由が、すぐ傍にあった。
◆
(……今は)
守るものは、
目の前にはいない。
それでも、
歩く理由は消えていなかった。
◆
――その時。
草むらが、わずかに揺れた。
(……?)
クレージュは立ち上がり、
ゆっくりと剣の柄に手をかける。
胸の奥が、微かにざわついた。
◆
次の瞬間――
「動くな」
低い声。
同時に、
喉元に冷たい感触が触れた。
「――っ!」
振り向く暇もなかった。
背後から、
短剣がぴたりと当てられている。
◆
「旅人にしちゃ、
妙に警戒が甘いね」
女の声だった。
乾いた、だが鋭い声。
「……誰ですか」
クレージュは、
ゆっくりと言葉を返す。
「答える前に聞くけどさ」
刃が、わずかに食い込む。
「――あんた、
“何者”?」
◆
その瞬間。
クレージュは、
力を使わなかった。
フレイの声が、
脳裏をよぎる。
「力に頼る前に、
まず“立て”」
◆
クレージュは、
静かに息を吐いた。
「……ただの、旅人です」
一瞬の沈黙。
「……は?」
女の声が、
明らかに間の抜けたものに変わった。
◆
「……いやいや、
その反応はおかしいでしょ」
刃が、すっと離れる。
「普通、
ここで魔法とか使うよ?」
クレージュが振り返ると、
そこには――
◆
獣族の少女が立っていた。
黒に近い濃茶の短髪。
琥珀色の瞳。
腰には二本の短剣。
尻尾が、
警戒するように小さく揺れている。
「……あ」
「“あ”じゃない」
少女は呆れたようにため息をついた。
「こんな街道で、
一人旅してる人間が
“ただの旅人”なわけないでしょ」
◆
「……アーニャ」
少女は名乗った。
「アーニャ=フェルディナ。
冒険者」
クレージュは一瞬迷い、
正直に名乗る。
「……クレージュです」
◆
アーニャは、
クレージュをじっと観察する。
「……変」
「え?」
「魔力の匂いがするのに、
出方が変」
尻尾が、ぴたりと止まった。
「……あんた、
力を隠してるでしょ」
◆
クレージュは、
否定しなかった。
「……使いどころが、
分からないだけです」
一瞬。
アーニャの表情が、
真剣に変わった。
「……はぁ」
「一番危ないやつだ、それ」
◆
彼女は、短剣を収める。
「この先、
盗賊が出る」
「え?」
「昨日、
仲間がやられた」
淡々とした声。
だが、
目は笑っていなかった。
◆
「一人で行くなら、
ここで引き返しな」
「……行きます」
即答だった。
「俺、
行かないといけない理由があるんです」
◆
アーニャは、
しばらく黙ってクレージュを見ていた。
やがて、
小さく舌打ちする。
「……分かった」
「ただし」
指を立てる。
「私が前。
あんたは後ろ」
◆
「いいんですか?」
「生き残りたいなら、
それ以外ない」
◆
二人は、
並んで歩き出した。
世界は、
優しくなかった。
だが――
一人で歩くよりは、
少しだけ、マシだった。
──クレージュの旅は、
こうして静かに始まっ
いよいよ第二章となりました。
クレージュの旅を通していくつものドラマが
生まれます。
お楽しみいただけたら嬉しいです。




