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2-1

ここから第二章となります。

オベール王国を出発したクレージュに襲いかかった者は

敵が味方か…

街道は、思っていたよりもずっと長かった。


 オベールロワイヤルを離れて三日。

 舗装された石道はいつの間にか途切れ、

 固く踏み固められただけの土の道に変わっている。


 クレージュは、剣を背に負い、

 一人でその道を歩いていた。


 



 


(……静かだな)


 風の音と、

 草を踏む足音だけが耳に残る。


 王都では当たり前だった人の気配は、

 ここにはない。


 代わりにあるのは、

 広さと、孤独と、

 そして――油断できない空気。


 



 


 日が高くなった頃、

 クレージュは道端に腰を下ろした。


 革袋から水を飲み、

 乾いた喉を潤す。


(……一人だ)


 当たり前の事実が、

 胸に落ちる。


 王都では、

 フレイがいた。

 リシェルがいた。

 守る理由が、すぐ傍にあった。


 



 


(……今は)


 守るものは、

 目の前にはいない。


 それでも、

 歩く理由は消えていなかった。


 



 


 ――その時。


 草むらが、わずかに揺れた。


 


(……?)


 クレージュは立ち上がり、

 ゆっくりと剣の柄に手をかける。


 胸の奥が、微かにざわついた。


 



 


 次の瞬間――


「動くな」


 低い声。


 同時に、

 喉元に冷たい感触が触れた。


 


「――っ!」


 


 振り向く暇もなかった。


 背後から、

 短剣がぴたりと当てられている。


 



 


「旅人にしちゃ、

 妙に警戒が甘いね」


 女の声だった。


 乾いた、だが鋭い声。


 


「……誰ですか」


 クレージュは、

 ゆっくりと言葉を返す。


 


「答える前に聞くけどさ」


 刃が、わずかに食い込む。


 


「――あんた、

 “何者”?」


 



 


 その瞬間。


 クレージュは、

 力を使わなかった。


 


 フレイの声が、

 脳裏をよぎる。


 


「力に頼る前に、

まず“立て”」


 



 


 クレージュは、

 静かに息を吐いた。


 


「……ただの、旅人です」


 


 一瞬の沈黙。


 


「……は?」


 女の声が、

 明らかに間の抜けたものに変わった。


 



 


「……いやいや、

 その反応はおかしいでしょ」


 刃が、すっと離れる。


 


「普通、

 ここで魔法とか使うよ?」


 


 クレージュが振り返ると、

 そこには――


 



 


 獣族の少女が立っていた。


 黒に近い濃茶の短髪。

 琥珀色の瞳。

 腰には二本の短剣。


 尻尾が、

 警戒するように小さく揺れている。


 


「……あ」


 


「“あ”じゃない」


 少女は呆れたようにため息をついた。


 


「こんな街道で、

 一人旅してる人間が

 “ただの旅人”なわけないでしょ」


 



 


「……アーニャ」


 少女は名乗った。


 


「アーニャ=フェルディナ。

 冒険者」


 


 クレージュは一瞬迷い、

 正直に名乗る。


 


「……クレージュです」


 



 


 アーニャは、

 クレージュをじっと観察する。


 


「……変」


 


「え?」


 


「魔力の匂いがするのに、

 出方が変」


 


 尻尾が、ぴたりと止まった。


 


「……あんた、

 力を隠してるでしょ」


 



 


 クレージュは、

 否定しなかった。


 


「……使いどころが、

 分からないだけです」


 


 一瞬。


 アーニャの表情が、

 真剣に変わった。


 


「……はぁ」


 


「一番危ないやつだ、それ」


 



 


 彼女は、短剣を収める。


 


「この先、

 盗賊が出る」


 


「え?」


 


「昨日、

 仲間がやられた」


 


 淡々とした声。


 だが、

 目は笑っていなかった。


 



 


「一人で行くなら、

 ここで引き返しな」


 


「……行きます」


 


 即答だった。


 


「俺、

 行かないといけない理由があるんです」


 



 


 アーニャは、

 しばらく黙ってクレージュを見ていた。


 


 やがて、

 小さく舌打ちする。


 


「……分かった」


 


「ただし」


 


 指を立てる。


 


「私が前。

 あんたは後ろ」


 



 


「いいんですか?」


 


「生き残りたいなら、

 それ以外ない」


 



 


 二人は、

 並んで歩き出した。


 


 世界は、

 優しくなかった。


 だが――

 一人で歩くよりは、

 少しだけ、マシだった。


 


──クレージュの旅は、

 こうして静かに始まっ

いよいよ第二章となりました。

クレージュの旅を通していくつものドラマが

生まれます。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

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