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いよいよ第一章最終話となりました。
クレージュはある選択を
リシェルはそっと、でも力強く何かを決意し、
フレイは自分のはずべき事をクレージュに伝えた。
地下水路を抜けた先で、
朝の光が差し込んでいた。
長く続いた闇のあとだからこそ、
その光は眩しく、温かい。
◆
オベールロワイヤル郊外の森。
クレージュは、
リシェルの隣を歩いていた。
互いに無言だったが、
沈黙は気まずくない。
地下で交わした言葉も、
戦いの中で感じた想いも、
まだ胸の奥で整理しきれていなかった。
◆
「……ありがとうございました」
先に口を開いたのは、
リシェルだった。
「命を、救っていただいて……」
王女としての言葉。
だが、その声はどこか震えている。
「……違います」
クレージュは、首を振った。
「俺は……
行きたかったから、行っただけです」
「……それでも」
リシェルは、一度立ち止まる。
白い朝光が、
彼女の髪を淡く照らしていた。
「それでも、
わたしにとっては……
忘れられないことです」
◆
森を抜けると、
王都の外門が見えてきた。
すでに王城の兵が配置され、
周囲は厳戒態勢に入っている。
「…その…、リシェが王女様だなんて知らなくて…。」
クレージュはポツリと呟いた。
「クレージュ。私は王女です。でもあなたとはこれから先も今と変わらずお話ししたり、パンを一緒に食べたりしたいです。」
リシェルは、一瞬悲しそうに目を伏せたが、何かを決意したかのようにクレージュの瞳をまっすぐ見つめそう伝えた。
「いいんですか?僕みたいな平民の男となんて…」
「そんなの決まってます」
リシェルはイタズラっぽく笑い
「私がそう望むのですから、いいのです」
二人はクスッと笑い出した。
「僕は、もっと強くなるためしばらく王都を離れます。」
リシェルは全てわかっていたかのように
「ええ、お気をつけて」と、一言だけ言葉を発し、王城へと再び歩き出した。
◆
フレイは、
少し離れた場所で立ち止まった。
「……ここから先は、
俺の役目じゃねぇ」
クレージュが振り返る。
「フレイさん……」
「王女は王都へ。
お前は――」
一瞬、言葉を切る。
「……もう、
パン屋の見習いじゃ済まねぇ」
◆
王城の騎士たちが駆け寄り、
リシェルを囲む。
「殿下、ご無事で……!」
「フランソワーズは!?」
「現在、治療中です。
命に別状はありません」
その言葉に、
リシェルは胸を撫で下ろした。
◆
別れの時が、
近づいていた。
「クレージュ」
リシェルが、
そっと名を呼ぶ。
「……はい」
「今日のことは、
王国として正式に調査されます。
あなたの存在も……
きっと、隠しきれません」
「……ですよね」
覚悟は、できていた。
「だから……」
リシェルは、
ほんの一瞬だけ、王女ではなくなった。
「次に会う時は……
“王女”としてではなく……
“リシェ”として、
会いたいです」
◆
クレージュは、
はっきりと頷いた。
「はい。
その時は……
ちゃんと、名前を呼びます」
リシェルは、
小さく笑った。
◆
騎士たちが、
リシェルを王城へ導く。
振り返ることなく、
だが一歩一歩、確かに前へ進く。
◆
残されたのは、
クレージュとフレイ。
「……行くのか」
フレイが言う。
「はい」
即答だった。
「知らないことが、多すぎます。
俺の力のことも……
あいつらのことも」
「だろうな」
フレイは、
懐から革袋を放った。
「路銀だ。
剣の手入れも忘れるな」
◆
「フレイさんは……
一緒に来ないんですか?」
フレイは、
苦笑した。
「俺は、ここに残る」
「……どうして」
「“帰る場所”を守るのも、
立派な戦いだからだ」
◆
しばらく、
二人は黙っていた。
「……ありがとう」
クレージュが言う。
「何度も言うな。
柄じゃねぇ」
◆
太陽が、
完全に昇った。
クレージュは、
剣を背負い、
王都とは逆の道を見つめる。
(……行こう)
守りたいものが、
できたから。
知りたい真実が、
生まれたから。
◆
その背を、
フレイが見送っていた。
「……行け」
「――必ず、生きて戻れ」
◆
クレージュは、
振り返らなかった。
ただ、
一歩を踏み出す。
それは逃避ではなく、
選択だった。
──六彩の少年は、
白光の王女と再び会うために。
──そして、
自分自身を知るために。
旅立った。
お読みいただきありがとうございます。
次回より第二章スタートとなります。
引き続きよろしくお願いいたします。




