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冷たい。


 それが、目を覚まして最初に感じたことだった。


 石の床。

 湿った空気。

 かすかに滴る水の音。


 リシェルは、ゆっくりと体を起こした。


「……ここ……」


 薄暗い地下の一室。

 小さな魔導灯が壁に一つだけ灯され、

 影が長く揺れている。


 両手首には、淡く光る刻印。

 魔力封印。


「……っ」


 白光を呼ぼうとした瞬間、

 胸がきゅっと締めつけられた。


(……使えない)


 それでも、

 完全に消えてはいなかった。


 胸の奥に、

 小さな、小さな温もりが残っている。


(……生きてる)


 



 


 恐怖が、遅れてやってきた。


 知らない場所。

 知らない敵。

 そして、自分は王女だ。


(……迷惑を、かけてしまった……)


 フランソワーズ。

 王城の人たち。

 そして――


(……クレージュ)


 名前を思い浮かべた瞬間、

 胸の温もりが、ほんのわずかに揺れた。


(……?)


 気のせいではない。


 白光が、

 “誰か”を探している。


(……近い?)


 



 


 一方、地下水路の奥。


 クレージュとフレイは、

 分岐の多い通路の前に立っていた。


「……こっちだ」


 クレージュが、

 迷いなく左の通路を指さす。


 フレイが眉を上げる。


「理由は?」


「……分からないです」


 正直な答え。


「でも……

 間違ってない気がします」


 フレイは一瞬だけ黙り、

 やがて小さく笑った。


「勘で進むのは嫌いだが……

 今は、悪くねぇ」


 



 


 進むにつれ、

 空気が変わっていく。


 重く、

 冷たく、

 張りつめている。


(……いる)


 クレージュの胸が、

 強く脈打った。


 白い光が、

 すぐそこにある。


 



 


 その時。


 通路の先に、

 複雑な魔法陣が刻まれた扉が現れた。


「……封印だな」


 フレイが低く言う。


「破壊すれば音が出る。

 だが、解除には時間がかかる」


 クレージュは、扉を見つめた。


(……どうする)


 守る。

 フレイの言葉が、胸に蘇る。


 敵を倒すためじゃない。

 守るために、動く。


 



 


「……俺が、やります」


 クレージュが言った。


「お前、制御できるのか?」


「分かりません」


 正直だった。


「でも……

 今、使わないと……

 届かない気がします」


 フレイは、

 クレージュの目を見つめた。


 そこに、逃げはなかった。


「……一度だけだ。

 無理はするな」


「はい」


 



 


 クレージュは、剣を地面に突き立て、

 そっと目を閉じた。


(……お願いだ)


 力を“引き出す”のではない。

 “借りる”ように。


 白い光を、

 傷つけないために。


 


 ――六彩が、静かに応えた。


 


 火は、焼かず。

 水は、流さず。

 風は、壊さず。

 土は、支え。

 光は、照らし。

 闇は、包む。


 


 魔法陣が、

 音もなくほどけていく。


 



 


 扉が、静かに開いた。


 フレイが、目を見開く。


「……あり得ねぇ」


 だが、今はそれどころではなかった。


 



 


 同じ瞬間。


 牢の中で、

 リシェルの胸が、はっきりと温もりを増した。


(……来てる)


 理由は分からない。

 けれど、確信があった。


(……クレージュだ)


 



 


 クレージュは、

 開いた扉の向こうを見つめる。


 その先に、

 探していた“白い光”がある。


 息を整え、

 一歩、踏み出した。


 


──白光の牢へ、

 六彩の少年は、

 ついに辿り着こうとしていた。

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