1..20
冷たい。
それが、目を覚まして最初に感じたことだった。
石の床。
湿った空気。
かすかに滴る水の音。
リシェルは、ゆっくりと体を起こした。
「……ここ……」
薄暗い地下の一室。
小さな魔導灯が壁に一つだけ灯され、
影が長く揺れている。
両手首には、淡く光る刻印。
魔力封印。
「……っ」
白光を呼ぼうとした瞬間、
胸がきゅっと締めつけられた。
(……使えない)
それでも、
完全に消えてはいなかった。
胸の奥に、
小さな、小さな温もりが残っている。
(……生きてる)
◆
恐怖が、遅れてやってきた。
知らない場所。
知らない敵。
そして、自分は王女だ。
(……迷惑を、かけてしまった……)
フランソワーズ。
王城の人たち。
そして――
(……クレージュ)
名前を思い浮かべた瞬間、
胸の温もりが、ほんのわずかに揺れた。
(……?)
気のせいではない。
白光が、
“誰か”を探している。
(……近い?)
◆
一方、地下水路の奥。
クレージュとフレイは、
分岐の多い通路の前に立っていた。
「……こっちだ」
クレージュが、
迷いなく左の通路を指さす。
フレイが眉を上げる。
「理由は?」
「……分からないです」
正直な答え。
「でも……
間違ってない気がします」
フレイは一瞬だけ黙り、
やがて小さく笑った。
「勘で進むのは嫌いだが……
今は、悪くねぇ」
◆
進むにつれ、
空気が変わっていく。
重く、
冷たく、
張りつめている。
(……いる)
クレージュの胸が、
強く脈打った。
白い光が、
すぐそこにある。
◆
その時。
通路の先に、
複雑な魔法陣が刻まれた扉が現れた。
「……封印だな」
フレイが低く言う。
「破壊すれば音が出る。
だが、解除には時間がかかる」
クレージュは、扉を見つめた。
(……どうする)
守る。
フレイの言葉が、胸に蘇る。
敵を倒すためじゃない。
守るために、動く。
◆
「……俺が、やります」
クレージュが言った。
「お前、制御できるのか?」
「分かりません」
正直だった。
「でも……
今、使わないと……
届かない気がします」
フレイは、
クレージュの目を見つめた。
そこに、逃げはなかった。
「……一度だけだ。
無理はするな」
「はい」
◆
クレージュは、剣を地面に突き立て、
そっと目を閉じた。
(……お願いだ)
力を“引き出す”のではない。
“借りる”ように。
白い光を、
傷つけないために。
――六彩が、静かに応えた。
火は、焼かず。
水は、流さず。
風は、壊さず。
土は、支え。
光は、照らし。
闇は、包む。
魔法陣が、
音もなくほどけていく。
◆
扉が、静かに開いた。
フレイが、目を見開く。
「……あり得ねぇ」
だが、今はそれどころではなかった。
◆
同じ瞬間。
牢の中で、
リシェルの胸が、はっきりと温もりを増した。
(……来てる)
理由は分からない。
けれど、確信があった。
(……クレージュだ)
◆
クレージュは、
開いた扉の向こうを見つめる。
その先に、
探していた“白い光”がある。
息を整え、
一歩、踏み出した。
──白光の牢へ、
六彩の少年は、
ついに辿り着こうとしていた。




