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リシェルが拐われた!

フレイがその情報を聞き助けに行くというクレージュへ助言をする。

夜明け前のオベールロワイヤルは、

 深い静けさに包まれていた。


 魔導灯の光が一つ、また一つと消え、

 街は眠りへと沈んでいく。


 ――だが、眠れない者がいた。


 



 


 〈ブラハム堂〉の奥。

 簡素な寝台の上で、クレージュは天井を見つめていた。


 目を閉じても、眠りは訪れない。


(……やっぱり、間違いない)


 胸の奥が、ずっとざわついている。

 昨日から消えた、あの柔らかな感覚。


 白い光。

 リシェルの存在。


 まるで糸を断ち切られたような喪失感が、

 呼吸のたびに胸を締めつけた。


(連れて行かれた……)


 理由は分からない。

 だが、確信だけはあった。


 



 


 寝台の軋む音。


「……起きてるな」


 低く落ち着いた声。

 フレイだった。


「……はい」


「顔に書いてある」


 フレイは椅子を引き寄せ、

 ゆっくり腰を下ろす。


「王城から、今さっき知らせが来た」


 クレージュの心臓が跳ねる。


「第三王女が、視察中に行方不明になった」


「……!」


 言葉にする必要はなかった。

 クレージュの拳が、自然と握られる。


「やっぱり……」


「お前、気づいてたな」


 フレイの視線は鋭い。

 だが、責める色はなかった。


「……胸が、変だったんです。

 昨日の昼から……ずっと」


「そうか」


 フレイは小さく息を吐いた。


「なら、話さなきゃならねぇな」


 



 


 フレイは立ち上がり、

 奥の棚から一つの布包みを取り出した。


 古びているが、

 手入れは行き届いている。


 包みを解くと、

 そこには一本の剣があった。


 刃は鈍く、

 決して名剣と呼べるものではない。


 だが、

 空気が変わった。


「……それ」


「俺が、昔使ってた剣だ」


 フレイの声が、わずかに低くなる。


「勇者パーティにいた頃のな」


 クレージュは息を呑む。


(……本当だったんだ)


「今のお前には、

 まだ重いかもしれねぇ」


 フレイは剣を差し出した。


「だが、

 それでも行くって言うなら――」


 クレージュは、迷わなかった。


 両手で、剣を受け取る。


「……行きます」


 声は、震えていなかった。


「俺が行かないと……

 取り戻せない気がするんです」


 



 


 剣を握った瞬間――

 胸の奥が、熱を帯びた。


(……なに、これ)


 六彩の魔力が、

 ゆっくりと、確実に動き始める。


 火の温もり。

 水の冷静さ。

 風の軽さ。

 土の重み。

 光のやさしさ。

 闇の静けさ。


 すべてが、

 “一つの意志”として集まってくる。


「……お前」


 フレイが、目を細めた。


「やっぱり、只者じゃねぇな」


 



 


「フレイさん」


「あ?」


「……教えてください」


 クレージュは剣を握ったまま、

 真っ直ぐに言った。


「俺、どうすればいいですか」


 戦い方も、

 魔法の使い方も、

 何も分からない。


 ただ、

 行きたいという気持ちだけがある。


 フレイは、しばらく黙っていた。


 そして――

 静かに、しかしはっきりと言った。


「守れ」


「……え?」


「敵を倒すとか、

 派手に暴れるとかじゃねぇ」


 フレイの視線が、クレージュを射抜く。


「守るために動け。

 それが出来るなら、力は勝手についてくる」


 



 


 夜が、少しずつ白んでいく。


 王都の屋根の向こうに、

 朝の光が差し始めた。


「……行く場所、分かるんですか」


「完全じゃねぇが、

 目星はついてる」


 フレイは簡単な地図を広げた。


「昨日の誘拐。

 使われた魔法陣の性質から見て、

 地下水路を使ってる可能性が高い」


「地下水路……」


「オベールロワイヤルの外れ、

 旧水門の先だ」


 クレージュは地図を見つめ、

 強く頷いた。


 



 


 出発の前。


 クレージュは、一度だけ空を見上げた。


 朝焼けの中、

 雲の切れ間から淡い光が差している。


(……待ってて)


 心の中で、そう呟く。


(必ず……迎えに行く)


 胸の奥で、

 六彩が静かに応えた。


 



 


 その頃――

 王都の地下深く。


 冷たい石壁に囲まれた空間で、

 リシェルは目を覚ました。


「……ここ、は……?」


 手首には、

 魔力を封じる刻印。


 だが、

 白光は、まだ消えていなかった。


 



 


 そして、

 その場所へ向かって――


 六彩の少年が、

 今、歩き出した。

お読みいただきありがとうございます。

クレージュはリシェルを守るため助けに向かう決意をした。

実戦など経験のないクレージュは見事リシェルを助け出せるのか?

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