1-18
リシェルが拐われた!
フレイがその情報を聞き助けに行くというクレージュへ助言をする。
夜明け前のオベールロワイヤルは、
深い静けさに包まれていた。
魔導灯の光が一つ、また一つと消え、
街は眠りへと沈んでいく。
――だが、眠れない者がいた。
◆
〈ブラハム堂〉の奥。
簡素な寝台の上で、クレージュは天井を見つめていた。
目を閉じても、眠りは訪れない。
(……やっぱり、間違いない)
胸の奥が、ずっとざわついている。
昨日から消えた、あの柔らかな感覚。
白い光。
リシェルの存在。
まるで糸を断ち切られたような喪失感が、
呼吸のたびに胸を締めつけた。
(連れて行かれた……)
理由は分からない。
だが、確信だけはあった。
◆
寝台の軋む音。
「……起きてるな」
低く落ち着いた声。
フレイだった。
「……はい」
「顔に書いてある」
フレイは椅子を引き寄せ、
ゆっくり腰を下ろす。
「王城から、今さっき知らせが来た」
クレージュの心臓が跳ねる。
「第三王女が、視察中に行方不明になった」
「……!」
言葉にする必要はなかった。
クレージュの拳が、自然と握られる。
「やっぱり……」
「お前、気づいてたな」
フレイの視線は鋭い。
だが、責める色はなかった。
「……胸が、変だったんです。
昨日の昼から……ずっと」
「そうか」
フレイは小さく息を吐いた。
「なら、話さなきゃならねぇな」
◆
フレイは立ち上がり、
奥の棚から一つの布包みを取り出した。
古びているが、
手入れは行き届いている。
包みを解くと、
そこには一本の剣があった。
刃は鈍く、
決して名剣と呼べるものではない。
だが、
空気が変わった。
「……それ」
「俺が、昔使ってた剣だ」
フレイの声が、わずかに低くなる。
「勇者パーティにいた頃のな」
クレージュは息を呑む。
(……本当だったんだ)
「今のお前には、
まだ重いかもしれねぇ」
フレイは剣を差し出した。
「だが、
それでも行くって言うなら――」
クレージュは、迷わなかった。
両手で、剣を受け取る。
「……行きます」
声は、震えていなかった。
「俺が行かないと……
取り戻せない気がするんです」
◆
剣を握った瞬間――
胸の奥が、熱を帯びた。
(……なに、これ)
六彩の魔力が、
ゆっくりと、確実に動き始める。
火の温もり。
水の冷静さ。
風の軽さ。
土の重み。
光のやさしさ。
闇の静けさ。
すべてが、
“一つの意志”として集まってくる。
「……お前」
フレイが、目を細めた。
「やっぱり、只者じゃねぇな」
◆
「フレイさん」
「あ?」
「……教えてください」
クレージュは剣を握ったまま、
真っ直ぐに言った。
「俺、どうすればいいですか」
戦い方も、
魔法の使い方も、
何も分からない。
ただ、
行きたいという気持ちだけがある。
フレイは、しばらく黙っていた。
そして――
静かに、しかしはっきりと言った。
「守れ」
「……え?」
「敵を倒すとか、
派手に暴れるとかじゃねぇ」
フレイの視線が、クレージュを射抜く。
「守るために動け。
それが出来るなら、力は勝手についてくる」
◆
夜が、少しずつ白んでいく。
王都の屋根の向こうに、
朝の光が差し始めた。
「……行く場所、分かるんですか」
「完全じゃねぇが、
目星はついてる」
フレイは簡単な地図を広げた。
「昨日の誘拐。
使われた魔法陣の性質から見て、
地下水路を使ってる可能性が高い」
「地下水路……」
「オベールロワイヤルの外れ、
旧水門の先だ」
クレージュは地図を見つめ、
強く頷いた。
◆
出発の前。
クレージュは、一度だけ空を見上げた。
朝焼けの中、
雲の切れ間から淡い光が差している。
(……待ってて)
心の中で、そう呟く。
(必ず……迎えに行く)
胸の奥で、
六彩が静かに応えた。
◆
その頃――
王都の地下深く。
冷たい石壁に囲まれた空間で、
リシェルは目を覚ました。
「……ここ、は……?」
手首には、
魔力を封じる刻印。
だが、
白光は、まだ消えていなかった。
◆
そして、
その場所へ向かって――
六彩の少年が、
今、歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
クレージュはリシェルを守るため助けに向かう決意をした。
実戦など経験のないクレージュは見事リシェルを助け出せるのか?




