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1-16

二人が初めて声を掛け合ったその夜、

黒い影たちの企みが静かに動き始めていた。

オベールロワイヤルの夜は、昼の喧騒が嘘のように静まり返る。


 街路に灯る魔導灯の光が、

 石畳の上に長い影を落としていた。


 クレージュは〈ブラハム堂〉の裏口に腰を下ろし、

 夜風に当たりながら、今日一日のことを思い返していた。


(……話せたんだ)


 名前を知った。

 声を聞いた。

 笑顔を見た。


 ただそれだけのことが、

 胸の奥を満たして離れない。


 



 


「……完全に恋だな」


 隣で腕を組んでいたフレイが、ぽつりと呟いた。


「っ!? な、なにがですか!?」


「今のお前の顔。

 昔の俺とそっくりだ」


「や、やめてください!」


 クレージュは慌てて否定するが、

 フレイは楽しそうに笑うだけだった。


「まあ、悪いことじゃねぇ。

 だがな……」


 フレイの表情が、ふと真剣になる。


「最近、街の空気がおかしい」


「……黒フードの人たち、ですよね」


「ああ。

 あれはただのチンピラじゃねぇ」


 フレイは遠くの通りを見つめた。


「何かを“狙ってる目”だ。

 しかも……複数だ」


 



 


 一方、王城の一室。


 リシェルは寝台に腰掛け、

 胸元で指を絡めながら、ぼんやりと天井を見つめていた。


(……クレージュ)


 名前を思い出すだけで、

 心臓がきゅっと鳴る。


「殿下。

 今日は随分と上機嫌ですね」


 フランソワーズが、呆れたように微笑む。


「そ、そんなこと……」


「否定が弱いです」


「……うぅ」


 リシェルは布団をぎゅっと掴んだ。


「でも……楽しかったんです。

 ただ話しただけなのに……」


「それが一番危険なんですよ」


「え?」


 フランソワーズの声が低くなる。


「人は、心を動かされた瞬間に隙を見せます」


 リシェルは、その言葉の意味を完全には理解できなかった。


 



 


 翌日の視察予定表が、机の上に置かれていた。


 そこには、見慣れない項目が一つだけあった。


――《城下孤児院・臨時慰問》


「……この予定、追加されていましたか?」


「いえ。

 今朝、王城の連絡係を通じて届いたものです」


「孤児院……」


 リシェルは、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


(クレージュも……孤児院育ちだって言ってた)


「行きたい、です」


 フランソワーズは一瞬だけ黙り込み、

 やがて静かに頷いた。


「……分かりました。

 ですが、警戒は最大限にします」


 



 


 その頃、王都の地下水路。


 湿った石壁の奥で、

 黒鴉の羽の幹部・ファルゴが地図を広げていた。


「王女は、明日この孤児院を訪れる」


「誘導は成功しましたな」


「感情で動く時、人は最も扱いやすい」


 ファルゴは黒い羽根を地図の一点に置く。


「ここだ。

 水路と路地が交差する場所」


「護衛は?」


「一人。

 だが……厄介な女だ」


「問題ありません。

 “切り離す”だけですから」


 男たちは低く笑った。


 



 


 夜更け。


 クレージュは寝床に入りながらも、

 なぜか眠れずにいた。


(……嫌な予感がする)


 理由は分からない。

 けれど、胸の奥で六彩の魔力が

 静かに、確かにざわついていた。


(……何か、起きる)


 その予感は、

 明日という日が“普通では終わらない”ことを告げていた。


 



 


 王城の窓から、

 オベールロワイヤルの夜景を見下ろしながら、

 リシェルもまた胸騒ぎを覚えていた。


(……クレージュ)


 彼の名前を思い浮かべた瞬間、

 白光の魔力が、わずかに揺れる。


 それは――

 危険が迫っている合図だったのかもしれない。


 


──静かに、

 確実に、

 罠は閉じ始めてい

お読みいただきありがとうございます。

投稿を始めて半月が経ちました。

本業も忙しくなってきましたが、できるだけこのペースで進められるよう頑張りますので応援よろしくお願いいたします。

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