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二人が初めて声を掛け合ったその夜、
黒い影たちの企みが静かに動き始めていた。
オベールロワイヤルの夜は、昼の喧騒が嘘のように静まり返る。
街路に灯る魔導灯の光が、
石畳の上に長い影を落としていた。
クレージュは〈ブラハム堂〉の裏口に腰を下ろし、
夜風に当たりながら、今日一日のことを思い返していた。
(……話せたんだ)
名前を知った。
声を聞いた。
笑顔を見た。
ただそれだけのことが、
胸の奥を満たして離れない。
◆
「……完全に恋だな」
隣で腕を組んでいたフレイが、ぽつりと呟いた。
「っ!? な、なにがですか!?」
「今のお前の顔。
昔の俺とそっくりだ」
「や、やめてください!」
クレージュは慌てて否定するが、
フレイは楽しそうに笑うだけだった。
「まあ、悪いことじゃねぇ。
だがな……」
フレイの表情が、ふと真剣になる。
「最近、街の空気がおかしい」
「……黒フードの人たち、ですよね」
「ああ。
あれはただのチンピラじゃねぇ」
フレイは遠くの通りを見つめた。
「何かを“狙ってる目”だ。
しかも……複数だ」
◆
一方、王城の一室。
リシェルは寝台に腰掛け、
胸元で指を絡めながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
(……クレージュ)
名前を思い出すだけで、
心臓がきゅっと鳴る。
「殿下。
今日は随分と上機嫌ですね」
フランソワーズが、呆れたように微笑む。
「そ、そんなこと……」
「否定が弱いです」
「……うぅ」
リシェルは布団をぎゅっと掴んだ。
「でも……楽しかったんです。
ただ話しただけなのに……」
「それが一番危険なんですよ」
「え?」
フランソワーズの声が低くなる。
「人は、心を動かされた瞬間に隙を見せます」
リシェルは、その言葉の意味を完全には理解できなかった。
◆
翌日の視察予定表が、机の上に置かれていた。
そこには、見慣れない項目が一つだけあった。
――《城下孤児院・臨時慰問》
「……この予定、追加されていましたか?」
「いえ。
今朝、王城の連絡係を通じて届いたものです」
「孤児院……」
リシェルは、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
(クレージュも……孤児院育ちだって言ってた)
「行きたい、です」
フランソワーズは一瞬だけ黙り込み、
やがて静かに頷いた。
「……分かりました。
ですが、警戒は最大限にします」
◆
その頃、王都の地下水路。
湿った石壁の奥で、
黒鴉の羽の幹部・ファルゴが地図を広げていた。
「王女は、明日この孤児院を訪れる」
「誘導は成功しましたな」
「感情で動く時、人は最も扱いやすい」
ファルゴは黒い羽根を地図の一点に置く。
「ここだ。
水路と路地が交差する場所」
「護衛は?」
「一人。
だが……厄介な女だ」
「問題ありません。
“切り離す”だけですから」
男たちは低く笑った。
◆
夜更け。
クレージュは寝床に入りながらも、
なぜか眠れずにいた。
(……嫌な予感がする)
理由は分からない。
けれど、胸の奥で六彩の魔力が
静かに、確かにざわついていた。
(……何か、起きる)
その予感は、
明日という日が“普通では終わらない”ことを告げていた。
◆
王城の窓から、
オベールロワイヤルの夜景を見下ろしながら、
リシェルもまた胸騒ぎを覚えていた。
(……クレージュ)
彼の名前を思い浮かべた瞬間、
白光の魔力が、わずかに揺れる。
それは――
危険が迫っている合図だったのかもしれない。
──静かに、
確実に、
罠は閉じ始めてい
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