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いよいよ黒い影が姿を現す!
そしてある計画を着々と進めているようで…
オベールロワイヤルの夜は、昼間の喧騒が嘘のように静かだ。
石畳を撫でる風の音と、
遠くで聞こえる酒場の笑い声が、
街の平和を象徴するように広がっている。
だが――その静けさの奥で、
不穏な影が動いていた。
◆
王都の外れにある廃屋。
かつて鍛冶場だったらしいが、今は黒く焦げた壁が残るだけ。
その奥の薄暗い部屋で、
男たちがフードを深く被りながら集まっていた。
「……王女は、連日城下へ外出している。
護衛は一名。“あの女”だが……隙がないわけではない」
中央の席に座る男が低く呟いた。
“宵の魔導師”の異名を持つ、黒鴉の羽の幹部――ファルゴ。
「警備が薄いのは、王家の慢心か?」
「いや……王女自身の強い希望らしい。
街を、自分の目で見たいと」
ファルゴは薄く笑う。
「民の声を知りたい……か。
ならば、我らの声も聞いてもらおうではないか」
「で、例の“六彩の少年”は?」
「あのパン屋の見習い……クレージュ。
年齢十六。身寄りは店主のみ。
身元に怪しい点は今のところないが……」
別の男が報告書を開きながら続ける。
「王女と同じ日に、必ず街の同じ区域に現れる。
そして……魔力の揺れ方が常人ではない」
「ほう……やはり“器”は活動を始めているか」
ファルゴの目が鋭く光った。
「六彩の器。この世界で最も価値ある核。
王女の白光と組み合わされば──
王政の根幹を覆す“鍵”となる」
「計画を始めますか?」
「まだだ。
まずは王女の行動パターンを完全に把握する」
ファルゴは机の上に黒い羽根を置き、指で弾いた。
「動くのは……“その時”だ」
◆
同じ頃、〈ブラハム堂〉では――
フレイが薪窯の火を見つめながら腕を組んでいた。
(……どうにも胸騒ぎがする)
店内はもう片付き、
クレージュは奥の部屋で寝息を立てている。
だがフレイだけは眠れなかった。
(先日の黒い影……あの雰囲気。
あれは街のチンピラの気配じゃねぇ)
冒険者として修羅場をくぐってきた彼には、
敵意の質で相手の危険度が分かる。
まるで、
“六彩の器の目覚め”を知っている者の気配。
(まさかな……十六年前のあれと関係あるってのか?)
フレイの脳裏に、
あの夜の記憶がよぎる。
――空間が裂け、光が漏れ、
そこに赤子が転がり出た。
普通では有り得ない現象。
だが、その赤子は間違いなく“何かを背負っていた”。
(クレージュ……お前、何者なんだ)
だが同時に、
あの少年が不思議と“守りたい存在”であることも確かだった。
「……嫌な風が吹いてやがる」
フレイは煙草に火をつけた。
◆
一方その頃――
王城のリシェルの部屋の明かりはまだ灯っていた。
「今日も……会えた」
机に頬を乗せ、
少女は夢見るように微笑んでいた。
「名前……聞けばよかったな……」
クレージュの姿を思い出すたび、
胸がぽわっと温かくなる。
しかし次の瞬間、
胸がきゅっと締めつけられた。
(……今日、ちょっと怖かった)
市場の途中で、
視線のようなものを感じた。
冷たくて、暗くて……
あの少年とはまるで違う“何か”。
(気のせい……かな)
そう思おうとしたが、
胸の光が不安に揺れるのを止められなかった。
◆
とある路地裏。
黒フードの男が闇の中に立っていた。
その視線の先には、
王城の塔の明かりが小さく灯っている。
「白光の王女……
次に狙うのは、“あの場所”だ」
男は黒羽根の刻印を指先でなぞり、
薄く口角を上げた。
「動き出すぞ……
―影が満ちる“夜”が近い」
お読みいただきありがとうございました。
クレージュとリシェルがだんだん接近している。
そして、それを観察する黒い影。
…二人が出会った時、世界は動き出す。




