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1-13

王都オベールロワイヤルの朝は、

 陽光と喧騒が混じった活力の匂いで満ちている。


 市場へ続く大通りでは、

 露店が早くも準備を始め、

 子どもたちが追いかけっこをしながら走る。


 そんな賑やかな街を、

 フードを浅く被った少女が軽い足取りで歩いていた。


「……いい朝ですね、フランソワーズ」


「殿下。嬉しいのは分かりますが、笑いすぎです」


「えっ、笑ってました?」


「はい。

 “にこにこ”というより“にやにや”でした」


「そ、そんなに……!?」


 フランソワーズがため息をつく。


「昨日、あの少年を見た影響ですね?」


「ぅ……ち、違います……!」


「殿下。恋はまだ早いですよ」


「違いますってば!!!」


 しかしその声は否定しつつも、

 フードの中の表情は隠せていなかった。


(……だって。あの人、綺麗な目をしてたから)


 思い出すと、胸がふわりと温かくなる。


 



 


 同じ頃、〈ブラハム堂〉では――

 クレージュがガスガスとパン生地を叩いていた。


「おいおい、そんな殺意を込めてこねるもんじゃねぇぞ」


「す、すみません……」


 フレイが笑いながら腕組みする。


「で? 何があった。女か?」


「……っ!!」


「図星か」


「違います!!」


「顔が真っ赤だぞ」


「違いますってばあああ!!」


 パン生地より柔らかい声で叫んでしまい、

 クレージュは耳まで熱くなった。


(……俺、何言ってんだ)


 けれど、胸が落ち着かないのは事実だった。


(昨日……ちゃんと話せなかった)


 助けてもらった時の言葉も、

 名前を聞くこともできなかった。


 ただ見つめただけで、

 何故か心臓が跳ねるような感覚。


 あの白い光みたいな少女。


(また……会えるのかな)


 



 


 リシェルとフランソワーズは、

 大通りを抜けて王都の裏路地へ向かっていた。


「殿下。今日は“視察”という名目ですが……

 歩く時は顔を上げて。周りをよく見てくださいね」


「はい、わかっています」


(今日は……昨日よりも落ち着いてるはず……)


 そう思った矢先――


「おや、そこのお嬢さん。新作の焼き菓子どうだい?」


「あっ、おいしそう……!」


「殿下」


「……ごくり」


 結局フランソワーズが買ってくれた焼き菓子を頬張り、

 リシェルはほわんと幸せな気持ちに包まれた。


「これ……おいしい……!」


「良かったですね」


「フランソワーズもどうです?」


「職務中ですので」


「……(もぐもぐ)」


「こっそり食べてるじゃないですか!」


「し、仕方ありません! 殿下だけ美味しい思いをするのは不公平です!」


 二人は見つめ合って笑った。


 そんな穏やかな時間の中――

 リシェルの胸がふと揺れた。


(……?)


 あの感覚。

 昨日、少年を見つけた時の“光の共鳴”。


(まさか……近くに?)


 思わず歩みが早くなる。


 



 


 一方クレージュは、

 店番のために外へ出ていた。


(……胸がざわざわする)


 王都の空気はいつもと同じなのに、

 何かが近づいてくる気配。


(この感覚……昨日と似てる)


 視線を上げた瞬間――

 白いフードの少女が、人混みの向こうに見えた。


(……いた)


 心臓が跳ねる。


 声を掛けたい。

 名前を知りたい。


 けれど、

 そんな勇気はまだ自分にはなかった。


 



 


 リシェルもまた、

 クレージュの姿を見つけて息をのみこんでいた。


(また……会えた)


 胸の光がふわりと揺れ、

 足が勝手に進んでしまいそうになる。


「殿下? 足が止まりましたよ」


「っ……なんでもないです。なんでも!」


「……気になるなら、声をかけてもいいのでは?」


「む、無理です!!」


「殿下が緊張するなんて珍しいですね」


「や、やめてください……!」


 顔を赤らめながらも、

 リシェルは再び歩き出す。


 だが、その頬は嬉しそうに緩んでいた。


 


 

 リシェルが通り過ぎたあと、

 クレージュは胸を押さえた。


(なんで……こんなに苦しいんだ……)


 ただ見ただけなのに、

 心がぎゅっと締めつけられる。


(ちゃんと……話したい)


 そう思った、まさにその時。


 視界の端に黒い影が動いた。


(……またか)


 昨日見た黒フード。


 人混みの中に、明らかに“異質”な気配を放つ影が立っていた。


(あいつ……俺たちを見てた……?)


 胸騒ぎが強くなる。


 彼らが何者なのかは分からない。

 だが、リシェルの近くに現れることが偶然とは思えなかった。


 



 


「……王女は今日も外へ出たようだな」


 人混みの奥で、黒フードの男が呟く。


「六彩の器も、まだ王都にいる。

 どちらも“揃っている”のは好都合だ」


「急ぐのか?」


「いや……まだだ。

 今は観察だけでいい。

 だが――」


 男の視線の先には、

 クレージュとリシェルの二つの“光”が近づいて見えていた。


「近いうちに、必ず動く」


 



 


 その日は大きな事件もなく、

 王都はいつも通りの夕暮れを迎えた。


 けれど、

 クレージュの胸のざわつきは最後まで消えることはなかった。


(……絶対に、何か起きる)


 その予感は、

 間違っていなかった。

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