表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/28

1-12

はじめてクレージュとリシェルがお互いを認識する。

ただ認識だけであったが二人の心はさらに引き寄せあう。

しかし、その様子を伺う暗い影が少しずつ近づいているのであった…

その日、オベール王国の王都オベールロワイヤルは朝からざわついていた。


 市場では小さな祭りの準備が進み、

 商人たちの呼び声はいつもよりも賑やかで、

 装飾用の布や花が通りを鮮やかに彩っている。


 そんな活気の中心に、

 パン屋〈ブラハム堂〉の看板も当然のように混じっていた。


「クレージュ、表の補助頼む!

 客が増えて手が足りねぇ!」


「はいっ!」


 クレージュはトレイを抱えて店先へ走る。

 焼きたてのパンの香りが、外のざわめきと混じり合い、

 胸の奥が少しだけ誇らしくなる。


(今日も忙しいな……でも、悪くない)


 異世界に来たばかりの頃の不安は、

 少しずつ「ここで生きている実感」に変わりつつあった。


 



 


 一方その頃――

 王城の東棟では、こっそりと抜け出そうとする王女がいた。


「殿下、本当に一人で行くつもりだったんですか?」


「し、仕方ないじゃないですか……!

 フランソワーズがいつも見張ってるから、一人じゃ行けないし……!」


「その“見張ってる人”が今まさに隣にいるんですが」


「うっ……」


 白銀の髪をフードの中に隠しながら、

 リシェルは気まずそうに視線を逸らした。


「……でも、今日はちゃんと許可を取っています。

 “視察”という名目で、ですけどね」


「それは……フランソワーズが無理やり通してくれたわけで……」


「殿下のためです。

 王女である前に、ひとりの女の子でもありますから」


 フランソワーズはそう言って微笑むと、

 リシェルのフードをそっと深く被せた。


「身分が分かれば、きっと騒ぎになります。

 今日はあくまで“街の娘”ということで」


「わ、分かってます……!」


 胸の高鳴りを抑えきれない。

 理由は、もう自分でも分かっていた。


(今日こそ……会えるかもしれない)


 あのパン屋の少年に。


 



 


 王都の通りは、いつも以上に人であふれていた。


 露店がずらりと並び、

 香辛料の匂いや焼き菓子の甘い香りが漂う。


 リシェルは思わず目を輝かせた。


「わぁ……今日はいつもより賑やかですね!」


「殿下、声が大きいです。

 “目立ちたくない”と言っていたのはどこのどなたでしたか?」


「……はい、小声で楽しみます……」


 そう言いながらも、胸の鼓動は早くなる一方だった。


(本当に……いるかな)


 あの焦げ茶色の髪の少年。

 パン屋の店先で、汗を拭きながら笑っていた姿。


 思い出すだけで、胸の中の光が小さく揺れた。


 



 


 一方その頃、〈ブラハム堂〉。


「ほらクレージュ、そのトレイはこっちの棚だ!

 丸パンと角パンを逆にすると常連がうるせぇぞ!」


「了解です! 丸が右、角が左ですね!」


「そうだ。それを覚えたら一人前だ」


「基準そこなんですか!?」


 いつものように、

 フレイと軽口を叩きながら仕事をこなす。


 ふと、クレージュの胸がざわりと騒いだ。


(……なんだ、これ)


 魔力の揺れ方が、いつもと違う。

 火でも水でもない、“もっと柔らかい何か”が胸の奥をくすぐる。


「クレージュ! 表、様子見てこい。

 行列できてたら、少し並ばせ方を変えるぞ」


「了解です!」


 店の扉を押し開け、通りに出た瞬間――

 視界の端で、白い光が揺れた。


(……え)


 人混みの向こう。

 フードを被っていても分かる、

 あの色の髪。


 



 


 リシェルもまた、

 市場通りの先に見えるパン屋の看板を見つけていた。


(あ……)


 〈ブラハム堂〉の木の看板。

 扉の前で、トレイを抱えた少年が外の様子を見ている。


(いた……)


 心臓が跳ねる。


 フードの影から、そっと見つめてしまう。


 クレージュもまた、

 通りの向こうの“視線”に気づいていた。


(やっぱり、あの――)


 目が合った。


 一瞬だけ、

 世界の音が遠のいたように感じた。


 祭りの準備のざわめきも、

 行き交う人の足音も、

 すべてがぼやけていく。


 残ったのは、

 互いの瞳と、胸の奥で揺れる不思議な光だけ。


 



 


「殿下。立ち止まらないでください」


「っ……!」


 フランソワーズに肩を軽く押され、

 リシェルは一歩前に踏み出す。


「ご、ごめんなさい……」


「ここは人が多い。

 狙われやすい場所でもあります」


 フランソワーズは周囲を警戒しながら言った。


「殿下が見つめていたのは……

 あのパン屋の少年ですね?」


「っっ……!!」


「顔が真っ赤です」


「み、見ないでください……!」


 リシェルは俯きながら、それでも一度だけ振り返った。


 そこには、

 まだこちらを見つめている少年の姿があった。


(……やっぱり)


 胸の奥の光が、少しだけ強く揺れる。


 



 


 クレージュは、

 去っていくフードの少女の背中を見つめていた。


(名前、聞きたい……)


 ただのパン屋の見習いが、

 王都のどこかのお嬢様に気安く声をかけていいのか分からない。


 でも、このまま見送るのは悔しかった。


 そんな葛藤で胸がいっぱいになった時――

 別の“気配”が、背筋を冷やした。


(……これ)


 昨日、路地裏で感じた黒フードの気配。

 重く、鈍く、冷たい魔力の残り香。


 視線を巡らせると、

 人混みの奥に、黒いフードを被った男たちの姿がちらりと見えた。


(また、いる……)


 心臓が早鐘を打つ。


「クレージュ、どうした。顔色悪いぞ」


「い、いや……なんでもないです」


 クレージュは慌てて店に戻る。

 だが視線だけは、黒い影と白い光の残像を追っていた。


 



 


 人混みの外れで、

 黒いフードの男が小さく囁く。


「王女は、あのパン屋の通りをよく通るようだな」


「……例の少年も、近くにいた」


「六彩の器……本当に生きていたとはな」


 隣の男が低く笑う。


「王女と六彩。両方手に入れば、計画は一気に進む」


「焦るな。

 勇者の残党――あのパン屋の男も、まだ健在だ」


「剣を捨てた男など、いずれどうとでもなる」


 黒いフードの陰から、

 薄く笑みが覗いた。


 



 


 その笑みのことを、クレージュもリシェルもまだ知らない。


 ただ――

 互いの存在だけは、確かに刻み始めていた。


(また会えるよな)


(また……会いたい)


 違う場所で、同じ想いが胸に浮かぶ。


 白光と六彩。

 まだ名前も知らない二人の距離は、

 少しずつ、しかし確実に近づいてい

お読みいただきありがとうございました。

次回もお楽しみくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ