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クレージュとリシェル…
どちらも街にいて、そして…
朝の王都は、やわらかい光に包まれていた。
昨日よりも少し暖かく、
市場の匂いもどこか穏やかに感じられる。
だが、少女の胸は逆にそわそわしていた。
「……ほんとに、行くんですね、殿下?」
「はい……!」
舞い上がる心を隠せずに答えるリシェル。
フランソワーズは苦笑しながらフードを深く被せた。
「身分を隠すためにフードを。絶対に外さないでください」
「わ、わかってます!」
「……浮かれるのは分かりますが、気を引き締めてくださいね?」
「っ……う、浮かれてなんてません!」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
フランソワーズは軽く肩をすくめた。
(会える……かもしれない)
胸の奥で、光がわずかに揺れる。
◆
一方その頃。
クレージュは〈ブラハム堂〉で開店準備に追われていた。
「クレージュ、今日の配達は多いぞ。気合い入れろよ!」
「えぇ!? 今日はいつもより量多くないですか!?」
「市場通りで祭りの準備があるらしい。
食うもんは全部必要になる。商売日和だ!」
「ああ……だから人多いんだ……」
渦巻く喧騒に、胸騒ぎが混じる。
昨日見た“黒フードの影”が頭をよぎる。
(大丈夫だよな……)
そんな不安を払拭するように、
クレージュはパンの籠を抱えて店を飛び出した。
◆
市場はすでに大勢の人で賑わっていた。
行き交う人々、商品を並べる商人たち。
笑い声、呼び声、陽気な音楽──
その全てがリシェルには新鮮だった。
「わぁ……今日の市場、すごく活気がありますね!」
「殿下、声が大きいです。少し抑えて」
「っ……ご、ごめんなさい……!」
だが、その瞳は嬉しさで輝いていた。
(ここに……いるのかな)
パン屋のあたりを、つい目で探してしまう。
「殿下、逸れないでくださいね」
「はい!」
フランソワーズがぴったりと寄り添う。
護衛として当然だが、今日は少しだけ“親友”のようにも見える。
◆
一方、クレージュは市場通りを駆け回っていた。
「すみません、ブラハム堂のパンでーす!」
「お、来たか兄ちゃん! こっちだ!」
老商人の店に籠を渡し、再び走る。
(今日……なんか胸が落ち着かない)
背筋がむず痒いような、ざわざわした感覚。
昨日、黒フードに遭遇したせいだろうか。
(……いや)
もっと違う何かが引っかかっていた。
理由は分からない。
けれど、自分の魔力がほんのわずか揺れている。
(誰か……近くにいるような……?)
感じたことのない、不思議な反応。
◆
そして、運命はまたしても二人を導いていく。
市場の中央付近。
人の波が大きくうねり、通路が一時的に混雑した。
「殿下、こちらへ──」
「はい!」
フランソワーズがリシェルの手を引く。
人混みをすり抜けようとした、その時。
クレージュも配達先へ向かうため、
同じ通路に踏み入った。
(……ん?)
すれ違う人々の間から、
ふわりと白い光が揺れたように見えた。
(……誰……?)
心臓が一気に跳ねあがる。
視界の端に、
淡い銀髪の少女が見えた気がした。
「っ……!」
クレージュは人をかき分けその方向へ進もうとするが──
「おいクレージュ! パン落とすぞ!!」
「あっ……!」
呼び止められ、一瞬の隙を逃してしまう。
◆
同じ頃。
リシェルも胸がひゅっと締めつけられた。
(……今、誰か……)
人混みの向こうに、
焦げ茶色の髪の少年の背が見えた気がした。
思わず足が止まりそうになる。
「殿下、危険です。進みますよ」
「あ……はい……!」
フランソワーズに引かれ、
その場から離れていく。
(……今の……)
もう一度だけ振り向きたかった。
けれど、勇気が足りなかった。
(会えなかった……)
ほんの少しだけ胸が痛む。
◆
ようやく人混みを抜け、
クレージュは肩で息をした。
「……くっそ……」
――会いたかった。
そんな言葉が喉まで出かける。
(なんでこんなに会いたいんだろう……俺)
理由なんて分からない。
でも胸の奥が熱くて、苦しくて。
(……あの子に、名前……聞きたかった)
◆
リシェルもまた、
同じように胸を押さえていた。
「殿下、具合でも?」
「ううん……大丈夫。
でも、なんか……こう、胸が……」
「……はぁ。殿下、恋はまだ早いですよ?」
「こ、恋とかじゃないですっ!!」
「はいはい。そういうことにしておきます」
フランソワーズは微笑むが、
本気で心配している視線もあった。
(殿下……何かに“引き寄せ”られている……?)
彼女は薄々気づいていた。
リシェルの光魔力の揺れ方がただ事ではないことに。
(あの少年……やはり普通の人間ではない)
無言のまま、人混みを見渡す。
そこには誰の姿もなかった。
◆
市場の片隅。
黒いフードの男たちが、人混みを離れて歩きながら囁く。
「今、光が揺れた……王女の気配だ」
「それと──もう一つ奇妙な魔力があった。
土と……風と……火? いや、もっと混ざっている……」
「……六彩の噂、本当かもしれないな」
フードの奥で、禍々しい笑みが浮かぶ。
──二人がすれ違った、そのすぐ近くで
“影”は確実に彼らを見つけていた。
またまたすれ違い。
でも会える日はそう遠くないはず!




