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クレージュとリシェル…

どちらも街にいて、そして…

朝の王都は、やわらかい光に包まれていた。


 昨日よりも少し暖かく、

 市場の匂いもどこか穏やかに感じられる。


 だが、少女の胸は逆にそわそわしていた。


「……ほんとに、行くんですね、殿下?」


「はい……!」


 舞い上がる心を隠せずに答えるリシェル。

 フランソワーズは苦笑しながらフードを深く被せた。


「身分を隠すためにフードを。絶対に外さないでください」


「わ、わかってます!」


「……浮かれるのは分かりますが、気を引き締めてくださいね?」


「っ……う、浮かれてなんてません!」


「はいはい、そういうことにしておきましょう」


 フランソワーズは軽く肩をすくめた。


(会える……かもしれない)


 胸の奥で、光がわずかに揺れる。


 



 


 一方その頃。

 クレージュは〈ブラハム堂〉で開店準備に追われていた。


「クレージュ、今日の配達は多いぞ。気合い入れろよ!」


「えぇ!? 今日はいつもより量多くないですか!?」


「市場通りで祭りの準備があるらしい。

 食うもんは全部必要になる。商売日和だ!」


「ああ……だから人多いんだ……」


 渦巻く喧騒に、胸騒ぎが混じる。

 昨日見た“黒フードの影”が頭をよぎる。


(大丈夫だよな……)


 そんな不安を払拭するように、

 クレージュはパンの籠を抱えて店を飛び出した。


 



 


 市場はすでに大勢の人で賑わっていた。


 行き交う人々、商品を並べる商人たち。

 笑い声、呼び声、陽気な音楽──

 その全てがリシェルには新鮮だった。


「わぁ……今日の市場、すごく活気がありますね!」


「殿下、声が大きいです。少し抑えて」


「っ……ご、ごめんなさい……!」


 だが、その瞳は嬉しさで輝いていた。


(ここに……いるのかな)


 パン屋のあたりを、つい目で探してしまう。


「殿下、逸れないでくださいね」


「はい!」


 フランソワーズがぴったりと寄り添う。

 護衛として当然だが、今日は少しだけ“親友”のようにも見える。


 



 


 一方、クレージュは市場通りを駆け回っていた。


「すみません、ブラハム堂のパンでーす!」

「お、来たか兄ちゃん! こっちだ!」


 老商人の店に籠を渡し、再び走る。


(今日……なんか胸が落ち着かない)


 背筋がむず痒いような、ざわざわした感覚。

 昨日、黒フードに遭遇したせいだろうか。


(……いや)


 もっと違う何かが引っかかっていた。


 理由は分からない。

 けれど、自分の魔力がほんのわずか揺れている。


(誰か……近くにいるような……?)


 感じたことのない、不思議な反応。


 



 


 そして、運命はまたしても二人を導いていく。


 市場の中央付近。

 人の波が大きくうねり、通路が一時的に混雑した。


「殿下、こちらへ──」


「はい!」


 フランソワーズがリシェルの手を引く。

 人混みをすり抜けようとした、その時。


 クレージュも配達先へ向かうため、

 同じ通路に踏み入った。


(……ん?)


 すれ違う人々の間から、

 ふわりと白い光が揺れたように見えた。


(……誰……?)


 心臓が一気に跳ねあがる。


 視界の端に、

 淡い銀髪の少女が見えた気がした。


「っ……!」


 クレージュは人をかき分けその方向へ進もうとするが──


「おいクレージュ! パン落とすぞ!!」


「あっ……!」


 呼び止められ、一瞬の隙を逃してしまう。


 



 


 同じ頃。

 リシェルも胸がひゅっと締めつけられた。


(……今、誰か……)


 人混みの向こうに、

 焦げ茶色の髪の少年の背が見えた気がした。


 思わず足が止まりそうになる。


「殿下、危険です。進みますよ」


「あ……はい……!」


 フランソワーズに引かれ、

 その場から離れていく。


(……今の……)


 もう一度だけ振り向きたかった。

 けれど、勇気が足りなかった。


(会えなかった……)


 ほんの少しだけ胸が痛む。


 



 


 ようやく人混みを抜け、

 クレージュは肩で息をした。


「……くっそ……」


 ――会いたかった。

 そんな言葉が喉まで出かける。


(なんでこんなに会いたいんだろう……俺)


 理由なんて分からない。

 でも胸の奥が熱くて、苦しくて。


(……あの子に、名前……聞きたかった)


 



 


 リシェルもまた、

 同じように胸を押さえていた。


「殿下、具合でも?」


「ううん……大丈夫。

 でも、なんか……こう、胸が……」


「……はぁ。殿下、恋はまだ早いですよ?」


「こ、恋とかじゃないですっ!!」


「はいはい。そういうことにしておきます」


 フランソワーズは微笑むが、

 本気で心配している視線もあった。


(殿下……何かに“引き寄せ”られている……?)


 彼女は薄々気づいていた。

 リシェルの光魔力の揺れ方がただ事ではないことに。


(あの少年……やはり普通の人間ではない)


 無言のまま、人混みを見渡す。


 そこには誰の姿もなかった。


 



 


 市場の片隅。

 黒いフードの男たちが、人混みを離れて歩きながら囁く。


「今、光が揺れた……王女の気配だ」


「それと──もう一つ奇妙な魔力があった。

 土と……風と……火? いや、もっと混ざっている……」


「……六彩の噂、本当かもしれないな」


 フードの奥で、禍々しい笑みが浮かぶ。


 


──二人がすれ違った、そのすぐ近くで

 “影”は確実に彼らを見つけていた。

またまたすれ違い。

でも会える日はそう遠くないはず!

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