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皆様初めまして。
転生もので異世界物語はたくさんの方が執筆されています。そんな中、特に目新しいストーリーではないのですがどうしても書いてみたく投稿を開始いたしました。
これからよろしくお願いいたします。
──眩しい。
目を開けた瞬間、そんな言葉しか出てこなかった。
真上には、雲ひとつない青空。
視界の端を、白い鳥が横切っていく。
頬をなでる風は、どこか甘い匂いがした。焼き菓子と果物が混ざったような、街の匂いだ。
(……え?)
ゆっくりと上体を起こす。
背中に伝わるのは、アスファルトの硬さじゃない。土と粗い石を適当に敷き詰めたような感触。
目の前に広がっていたのは──見知らぬ街だった。
白い石造りの建物が並び、赤や茶色の屋根が連なっている。
路地の両側には店が並び、果物や布、武具らしきものが所狭しと並べられていた。
道行く人も、誰ひとりとして見覚えがない。
布を頭からかぶった女性。
革鎧を着て剣を腰に下げた男。
耳の尖ったエルフや、尻尾の生えた獣人まで、当たり前のように歩いている。
そのすべてが、漫画やゲームの中でしか見たことのない光景だった。
(……いやいやいや、待て。え? どこ? ここ)
パニックになりかけたところで、ふと空を見上げる。
青い空の高みに、淡く揺らめく光の筋が走っていた。
線香花火みたいに、細く、長く、空をなぞる光の帯──。
(……あれ、もしかして……魔力?)
つい、そんな言葉が頭をよぎる。
──魔力脈。
この世界を縫う、目に見える“魔力の川”。
そんな単語が、知らないはずなのに、当たり前のように浮かび上がった。
「…………」
頭の奥がじん、と痛む。
その瞬間、途切れ途切れの記憶が蘇った。
信号。
雨。
クラクション。
横から迫るトラック。
派手なブレーキ音と、身体が浮く感覚。
そして──真っ白な光。
(……俺、たぶん……死んだ、よな)
三井拓人、十六歳。高校一年生。
放課後、コンビニに寄ろうとして、横断歩道で──。
そこまで思い出して、クラクラしてくる頭を振った。
(落ち着け。まずは状況確認)
自分の服を見下ろす。
パーカーでも学生服でもなく、麻っぽいシャツに革ベスト、動きやすそうなズボンとブーツ。
どこからどう見ても、この世界基準の“少年の服装”だった。
腰には、小さな布袋がひとつ。開けてみると、銀色や銅色の硬貨が数枚、じゃらりと音を立てた。
(……これ、多分この世界のお金だよな)
見知らぬ通貨。それでも、まったくの無一文ではないらしい。
とはいえ、今の俺に分かることはそれだけだ。
ここがどこの国で、今何が起きていて、自分の立場がどうなっているのか──一切分からない。
そのとき。
「おい、そこの兄ちゃん! ぼーっと突っ立ってんな!」
ガラのいいとも悪いとも言えない声が、背後から飛んできた。
「ひっ──す、すみません!」
慌てて横にどくと、荷馬車がガラガラと通り過ぎていく。荷台には樽や麻袋が山積みになっていた。
怒鳴った男は御者席で手綱を握っていて、すれ違いざまにぶつぶつと文句を言っている。
「ったく、観光客か? この時間の大通りに突っ立ってんじゃねえぞ……」
(……大通り、か)
見渡せば、確かに人と馬車の流れが途切れない。
石畳はあちこち磨り減り、長い年月を物語っていた。
どこかで鐘の音が鳴る。
遠くには、ひときわ高くそびえる白い城壁と、その向こうに尖塔のような城が見える。
(……ファンタジー世界の王都。……って感じだな、これ)
冗談みたいな現実に、苦い笑いが漏れた。
そんなとき──
「おーい! そこの若ぇの!」
さっきの御者とは違う、明るくよく通る声が響いた。
振り向くと、そこにいたのは、がっしりした体格の男だった。
背は高く、広い肩に太い腕。
黄色がかった金髪を後ろでひとまとめにし、顎には無精ひげ。
だがその格好は、胸元に小麦粉をつけたシャツに、黒い前掛け──エプロン。
屈強な兵士か冒険者かと思いきや、どう見てもパン屋だ。
「お前だよ、お前。そんな顔で突っ立ってると、スリに狙われるぞ」
「……そんな顔?」
「“行く当てありません、助けてください”って額に書いてある」
「いや、そんなこと──」
否定しかけて、言葉が詰まる。
この男の目は、冗談めかした口調とは裏腹に、妙に鋭かった。
じっと見つめられていると、心の奥まで見透かされているようで、落ち着かない。
「それに──腹、減ってるだろ?」
男がぽん、と自分の腹を叩くような仕草をした。
その瞬間、俺の腹がぐぅ、と大きな音を立てる。
「……っ」
顔から一気に血が上る。
恥ずかしさでうつむく俺を見て、男は腹を抱えて笑った。
「はっはっは! 分かりやすいな、お前!」
「わ、笑い事じゃ……」
「いいじゃねえか。腹が減るのは生きてる証拠だ」
豪快に笑いながら、男は肩に提げていた布袋をごそごそと漁る。
「ほらよ」
出てきたのは、小ぶりの丸パンだった。まだほんのり温かい。
「こ、これ……」
「心配すんな。売り物には向かねぇ端パンだ。味は保証する」
手を伸ばしかけて──途端に躊躇いが生まれる。
(知らない世界で、知らない人からもらう飯って……いや、でも腹は減ってるし……)
戸惑っていると、男は片眉を上げた。
「食わねえのか? なら俺が──」
「食べます!」
思わずパンをつかんでいた。
あまりの早さに、自分でも笑えてくる。
ひと口かじると、外は薄くパリッと、中はふわふわ。
バターの香りと、ほんのりとした甘みが口いっぱいに広がった。
「……っ……うま……」
「だろ?」
胸を張って笑う男。
「俺はフレイ。〈ブラハム堂〉ってパン屋の主人だ。王都じゃそこそこ名の知れた店だぞ」
「ブラハム堂……」
「お前は?」
「あ、えっと──」
そこで、言葉が止まる。
三井拓人。
日本の高校一年生。
この世界でその名前を名乗る意味があるのか──頭の中でぐるぐると渦巻く。
そんな俺をしばらく眺めてから、フレイはふっと口角を上げた。
「……そうか。名前も、まだ決まってねぇって顔だな」
「え?」
「この街のやつらはな、あんまり他所者の素性を詮索しねぇ。
だが“名乗る名前”くらいは、持ってた方がいい」
そう言って、フレイは自分の顎をぽりぽりと掻きながら続けた。
「顔つきは悪くねぇ。喧嘩っ早そうってわけでもねぇ。……そうだな」
じっと俺の目を見る。
その瞳に映る自分の顔は、この世界の少年のものだった。
「お前、“クレージュ”って顔してる」
「クレージュ……?」
「気に入らねえなら変えてもいい。だが──今、ここでお前が歩き出すための名前だ。
過去の名前を捨てろとは言わねぇ。ただ、この世界で名乗る“最初の一歩”ってやつだ」
その言葉に、胸の奥が妙に騒いだ。
日本での名前。
家族。
友達。
全部が遠くなっていくのが怖かった。
けれど。
この世界で、またやり直せるのなら──。
「……クレージュ」
口に出してみる。
不思議と、しっくりきた。
「クレージュ……いいですね」
「よし。じゃあ今日からお前はクレージュだ。……苗字はそうだな」
フレイは手を打つ。
「アーシェル」
「アーシェル……?」
「昔世話になった奴の名前だ。強くて、優しくて、ちょっと馬鹿でな」
懐かしそうに笑う表情は、少しだけ寂しげでもあった。
「その名を継ぐ資格があるかどうかは……これからの生き方次第だな、クレージュ=アーシェル」
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……はい。よろしくお願いします」
「よし!」
フレイは大きく頷くと、パンくずを払うように手を振った。
「それでだ、クレージュ。さっきも言ったが──お前、行く当てねぇだろ?」
「……まあ、はい」
「金もねぇ、宿もねぇ、知り合いもいねぇ。正直に言えば?」
そこまで言われてしまえば、誤魔化す意味もない。
「……はい。本当に、何も」
「よし」
あまりにも即答で、逆に驚いた。
「よし、って……?」
「決まりだな。うちに来い」
「……え?」
お読みいただきありがとうございます。
本業の合間に執筆しておりますが、できるだけ頻繁に投稿しようと気合を入れてます!
どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします。




