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SAN値が足りない  作者: 雪乃 時和
処罰課の日常
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地下室の日常

朱香(しゅか)は今日も多くの人が行き交うオフィス街を歩いている。

周囲を闊歩する大人たちの波に、彼女の小さな体は時折かき消されそうになる。

まだあどけなさの残る13歳の少女にとって、この空間はあまりにも巨大だ。

それでも朱香はまっすぐに前を見据え、目的地に向かって歩みを進めた。


周囲に聳え立つガラス張りの高く大きなビル群の中でも一際威容を誇る建物が彼女の目的地。

その入り口をくぐると受付で待ち構えていた受付嬢たちが一斉に朱香に向かって深々とお辞儀をした。

朱香も表情を変えずに軽く会釈をして返す。


さらに歩みを進めて彼女が向かうのはフロアの端にあるひっそりとした専用エレベーター。

そのエレベーターの前にはセキュリティゲートがあり、関係者以外は立ち入り禁止になっている。

朱香は首から下げていた社員証をパネルにかざした。

認証を示す小さな電子音がピピッと鳴り、ゲートが開く。

彼女は迷うことなくエレベーターに乗り込むと、パネルに並んだボタンに一瞥をくれた。

そこには、地下の階層を示すボタンしかない。

彼女はB2のボタンを押すと、静かに扉が閉じられた。


エレベーターが静かに降下を始める。

地上の喧騒から切り離された空間で朱香は静かに目を閉じた。

地下に降りるにつれてひんやりとした空気がエレベーター内に流れ込んでくる。

やがて扉が開き、そこは無機質なコンクリ―トの壁に囲まれた薄暗い空間だ。

地下2階にあるのは処罰課と武器庫のみ。


地下にある部署は地上の階の開放的なオフィスとは異なり、一線を画している。

朱香も慣れた足取りで処罰課の事務室に向かった。

廊下は薄暗くわずかに灯る照明が冷たい雰囲気を強調しているが、事務所の扉を開けると一変して明るい空間だ。


廊下との対比で少しまぶしく感じるほどの明るさだが、それでも他の階のオフィスに比べればずいぶんとくらい。

夜の任務に備え目を凝らしておくためだ。

室内には一般的な事務机がきれいに並べられており、それぞれのデスクには書類やノートPC、電話などが置かれている。


各自がそれぞれのデスクで始業の準備をする中、朱香は自分の席に着くと、支給された黒の半そでTシャツと短パンをもって事務所の隅っこにある簡易的な更衣室に向かった。

最初はその場で着替えていたのだが、上司である田中に怒られてからここに設置されたものだ。

着替えを済ませ、自席に戻るついでに上司の田中の席に寄る。


「おはようございます、田中さん」


控えめながらも元気な挨拶をした、と我ながら思っている朱香だが、傍から見たらそれは上司に睨みつけながら渋々挨拶している子供、という異様な状況だ。


「あー…おはよう、朱香」


田中はダルそうな声で返事を返す。

彼のデスクの上にも報告書が山のように積まれている。

朱香はそんな田中の横に立ち彼の様子をじっと見つめた。

田中の目の下にはいつもより濃い目のクマができている。


「田中さん、今日は一段とダルそうですね」


朱香が気にすることなく話しかけると、田中はめんどくさそうに片眉を上げた。


「そぉかぁ?別にいつも通りだが」


あくびをして眠そうなのも、ダルそうなのも至って通常運転の田中だが、田中を3か月見てきた朱香には何かが違ったようだ。


「ゲームで夜更かしですか」


「…なんでわかんだよ」


田中は少し驚いたように朱香をみた。

朱香は表情を変えることなくドヤ顔をする。


「雰囲気でドヤるのやめろ」


朱香は田中との会話を終えると再び自席に戻った。

その場にいた他の職員たちは内心思った。

(睨んでるんじゃなくドヤ顔だったんだ…てか、どっちも違いわっかんねぇよ…)


朱香は自分の席に戻ると立ったまままずはPCの電源を入れた。

そして、そのまま自分の飲み物を取りにフリードリンクエリアに向かう。

この部署のドリンクエリアは充実しており、自販機はもちろんのこと、専属のバリスタが常駐する本格的なカフェカウンターもある。

しかし、朱香はコーヒーが飲めないため、いつもバリスタがフレッシュなオレンジジュースを生絞りで入れてもらっている。


「さて、周知事項の時間だ~、よく聞けよ~」


時刻は9:00丁度。


田中の声に合わせて全員が顔を上げたり足を止め、田中のほうを向く。


「今日の案件は確定で13、うち7件が午前中、午後は6件。

担当はすでに割り振ってあるからあとでボードやPC確認しておけ~。

んで、次~。

拷問課のヘルプ要請が来てる。

今日から数日は向こうの案件が大量発生する~、つまり明日からはこっちの仕事も大量に流れる可能性があることを肝に銘じておけ~。

向こうに派遣するやつもボードとPC各自確認。

以上、就業開始~」


言い終わりはあくびでしかなかったが、まあいつもの事とみんな気にしない。

朱香もオレンジジュースを一口飲んで自席に戻り自分の担当分を確認する。


今日は午前2件と午後1件か。

担当が決まっている場合はボードでもPCでも確認できるが、ボードをわざわざ確認しに行くやつはあまりいない。

他の人の担当を確認しなければいけないときは別だが。

PCの担当のほうで自分の担当が入っている場合は時間や場所、依頼者の情報やターゲットの情報も載っているためボードだと二度手間になる。


朱香は1件目の案件ファイルから順番にダブルクリックで開いてターゲットの情報と任務の詳細を確認していく。


「…任務行ってきます」


「おう、気ぃ付けてな~」


これが朝の出勤ルーティンである。

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