Dawn Raid 2
オートローダーを次々持ち替える戦法とCSガス嵌め殺し戦法の合わせ技で三〇体ほどのノーベンバー1を撃破し、気違いバンビとでも呼ぶべきやたらと好戦的なドゥバシアから成るホテル2を蹴散らし、さらにジュリエット5を短時間で血祭に上げた今、二人は道先の様相に意外性を覚える。
簡易広域マップによると、現在地から八・五キロ先まで標的コロニーはジュリエット6の一つきり。無印コロニーはうんと遠く離れた場所。脱出ルート沿いは何キロにも渡って蛍光ブルーのビバーク地点のみ。
「これ、単純にラッキーって考えていんですかね? 並みのモンスターが寄りつかないほどヤバいやつの縄張りみたいな可能性、あります?」
「いや……ジュリエット6の傍にしか黄色や赤のビバークサイトがないってことは、ラッキーのほうだろ。地形が原因じゃないか」
「地形?」
「広域マップ見てみ。東の森のずっと奥はマップに納まりきらない馬鹿デカい湖。西の森の向こうは河。左右どっちの森も、ちっこい池くらいの水色が幾つもあって、広範囲が水色のまだら模様になってる。まだら模様、沼地って意味で合ってるよな?」
「合ってます」
「ずぶずぶの地面じゃ楽しい我が家にゃ向いていないってこと以前に、陸棲の化けモンは沼地に近寄らない。人間みたく体調を崩したり病気になったりすると見られてる。かといって、泥んこでもヘーキな両棲の化けモンがはびこるほどの水場もない。両棲どもが出るのは川や湖のほとりだけだ。泳げる深さと広さがある水場から絶対に離れねえ。
あと、この野原。ジュリエット6の手前のニーミ川まで、湿地に挟まれた回廊みたくなってる。どんどん先細りになって、半分がた森に呑まれている上、広いところでも幅がたったの一五〇メートル前後。狭い一本道でほかにアクセスなし。忌まわしい沼地だらけ。だからじゃね?」
説明に合わせて簡易広域マップをスクロールしていたアキラは小首を傾げる。
「なんでこんな場所に……素人考えかもですが、湿地帯を埋め立てて街道を通すよりも、二〇倍長い回り道を作るほうが労力が少ない気がするんでけど。将来的に道を増やすときもそっちのほうが面倒がないし。何かそれ以上の利点があるんですか?」
「あるわけねえだろ。およそ二〇〇年前の防月某日までは沼地のヌの字もなかったはずだ」
「モンスターカントリーが出来て手入れされなくなったから?」
「モンスターカントリーが出来て地盤沈下したから」
当時の記録を読んだことあるんだが、とケヴが続ける。
「分断された川が滝みてえに流れ落ちたり、地下水が溢れたりで、地勢がすっかり変わっちまったそうだ。旧カセリナ時代の地図と、冒険者組合が探査した範囲の地図じゃ、湖や川の数が倍くらい違う」
「五〇メートルも落ち込めばそうなっちゃうのか」
「連中の試算によれば、カセリナ全土の四割は水に埋もれてるらしいぞ」
「四割……規模が大きすぎて上手くイメージできませんけど、相当ですよね?」
「フツーの国なら統治や経済が崩壊するレベルの水害。低地の多いエクサリオ方面じゃ、村や町が幾つも水の底に沈んだ。農地なんかも全部。対岸が見えないくらい大きな湖や、幅が何百メートルもある大河まで出来てる。両棲と水棲の化けモンの天国だよ。うじゃうじゃいる。ところで、提案があるんだが?」
「なんなりと」
「順調に行けばジュリエット6にぶつかるのは一八時頃。道先の状況次第じゃ日暮れ間近に連戦の危険がある。マップでそうなると判明したとき、選択肢は、ニーミ川を渡らずに一本道でビバークか、一本道の入り口まで後退。健康に良くなさそうそうだし、あたしとしては湿地帯のど真ん中でビバークは避けたい。で、何キロも後戻りの可能性がある以上、今日は早めに切り上げて、一本道の入り口のビバークサイトで夜を明かすってのはどうかな?」
「あー、今の時点で〝確実に〟のライン、越えてますよね?」
「越えてるよ。ビバークサイトまで行けば〝絶対確実〟に近くなる」
「提案に異存なし」
「よし」
アキラはふと街道脇の小川を不審げに見やる。
「この川、両棲モンスター的な意味で大丈夫ですか?」
「こんだけ浅けりゃいねえよ。でも深くなったら、川幅がほんの一メートルしかなくても要注意だ」
出発前の早い夕食は、少し贅沢にニュートリエントサヴァイヴァル社のフリーズドライ完全栄養食でいく。ラザニア、野菜を足したポテト、ホエイミルク。フガジも同じものをがっつく。もぐもぐやりながら往路のスクリーンショットを撮影し、中和コロニーの詳細を書き込んだあと、昨日は時間とポイントの都合で試せなかった実験機材をアキラは買い求める。
10ミリ口径のネジ付きOEM銃身、ゲームで愛用していたサイレンサーセントラル社のバニッシュ45、比較検証のために安い減音器をもう一個。減音器のピストンのスレッドピッチは両者とも、OEM銃身のネジと同じM14・5x1LHを選ぶ。それから、練習用弾薬とリバティディフェンス社の減音器カバー。
減音器のマニュアルを読んだあとで、へえぇ、そういうもんなのか、と高温に強いテフロンテープ、同じく高温に強いリチウム配合グリース、ハサミを買い足す。
ねじ込み式の減音器が発砲の反動で徐々に緩むのはゲームもリアルも変わらないようだが、リアルでは簡単なひと手間でその程度を軽減できると書いてある。というわけで、ハサミで余分を切り取ったテフロンテープを銃身のネジにひと巻き。
そして減音器は、ショートリコイル駆動――銃身が後退し傾く――を阻害しないように組み込まれているニールセン装置(別名ブースターシステム)のピストンがからからに乾いていると、からからに乾いているすべての機械と同じように、ブースターが上手く機能せずジャムの原因になるらしい。というわけで、減音器から取り外したニールセン装置のピストン全面にリチウムグリースを塗布。
もし地球に帰れたら工学の勉強をしよう、とアキラは思う。実銃に触るようになってから、ショートリコイル駆動やらなんやらの背景理論が気になって仕方ない。
グリースで汚れたラテックス手袋を消去し、減音器を組み直し、講義を兼ねた試射を開始する。受講生のケヴは片耳のイヤプロを外して雨裂の中で待機中。距離にして一〇〇メートルほど背後だ。
「まずサプレッサーなし。いきます」とマイクロフォンに告げる。
何発か撃ってから、ネジを潰したり斜めったりしないよう、減音器を慎重に銃口にねじ込む。
「次はサプレッサー」
講義する身とはいえ、本物の減音器を使うのは初めて。正直、どんな結果になるのかわからない。
引き金を引く。
〝バン!!!〟よりは比較的小さな〝パァン!!!〟が響く。
イヤプロに保護された耳で聞き取れる限り、ぱんぱんの風船を針で突いた感じの鋭い音だ。
概ねゲームどおり。
排莢不良も想定内。
タップ・ラック・バンを行い、もう一度引き金を引く。
風船の〝パァン!!!〟よりは若干弱まった〝パァン!〟――これまたゲームどおり。
減音器の機能と構造上、大なり小なり起こる逆噴射ガスが拳銃のあらゆる隙間からぶわっと噴き出したのもゲームで見たとおり。しかしガスを顔面に食らったのは想定外。車の排ガスをマフラーから数センチの距離で浴びるようなもので、アキラは息を詰まらせる。もう何発か撃つ。燃焼ガスを連続して顔面に浴び、沁みた目がうるみだし、一度などは燃えカスのチリっとした痛みが顎に走る。しかも一発ごとにジャムる。自動拳銃が単発銃になってしまっている。
リアルではどんなもんかと思ったけれど、安物はぜんぜんダメだ。
「ちょっとタンマ。サプレッサー、別のに替えます」
本命のバニッシュ45も一発目に風船の〝パァン!!!〟。
二発目以降は弱まった〝パァン!〟と尾を引くような反響。
逆噴射ガスが劇的に削減。一発一発きちんとサイクル。さすがハイエンド。
試しに片耳のイヤプロをずらして撃ってみる。
無減音の銃声に比べると芯の軽い、虚ろなニュアンス。でもやっぱり、かなりうるさい。こんな発射音にさらされ続けたら耳の悪い七〇歳みたく怒鳴り声で会話することになるだろう。
「そっちではどう聞こえます?」イヤプロを付け直しながら尋ねる。
「音がだいぶ小さくなった」とケヴ。「実際よりもずっと遠くの銃声に聞こえる。これの理屈は?」
「サプレッサーは燃焼ガスの速度を落とすことで銃声を小さくするんです」
「もうちょい詳しく」
「えー……まず、空気中には目に見えない小さな粒子がたくさんあって、音は、その粒子を伝わる振動です。例えば、手を優しく叩くとゆるやかな弱い振動が生まれて、ぼくらはそれを小さな音と認識しています。強く叩くと逆。銃声の大本の一つは発射薬の燃焼ガスで、理屈はおんなじ。違いは、手を叩くのとは桁違いの速度と圧力の振動が生まれて、めちゃくちゃ大きな音になること。
サプレッサーは、本体の空洞を吹き抜ける空気の乱流で燃焼ガスの速度を落として、同時に、連続する内部隔壁がガスを捕まえて、閉じ込めて、熱を奪って冷やして、圧力と速度の下がったガスをフロントキャップから、つまりサプレッサーの先っぽから、ゆっくり放出することで音を和らげる――らしいです」
「どっちも一発目の銃声が少し大きかったのはなんで?」
「ファースト・ラウンド・ポップ――FRPっていう現象。最初の一発は……酸素ってわかります?」
「サンソ。見当もつかん。あたしが話せるどの言語にも対応する単語がない」
酸素について簡単に講義したのち、アキラは説明に戻る。
「最初の一発は、サプレッサーの中の酸素が燃焼ガスとか燃えカスに反応して少し大きな〝バン〟。二発め以降は、サプレッサーに充満した燃焼ガスが抜けるまで割合静か。あと、発射圧も関係してます。高発射圧の10ミリAUTOは燃焼ガスの速度が速くて、低発射圧の弾よりも大きなFRP」
「ガスが抜けるのはどんくらい? 数十秒?」
「もうちょい長いですよ。三分か五分くらい。長いと一〇分とか。最後に撃ってからそれくらい経つと、またFRP。ゲームではそうでした。リアルでどうなのかは、検証しなきゃですね。ケヴさん、体が完全に隠れるように深くしゃがんでもらえます? 今からそっちに向けて撃ちます」
「こっち? なんで?」
「サプレッサーにできることとできないことを理解してもらうために」
ケヴの頭が地面の下に引っ込む。間違っても跳弾がケヴを直撃しないよう、アキラは二〇度ほど左に射線をずらし、銃口をやや空に向けて引き金を引く。
銃を地面に向ける。「起き上がって大丈夫」
ケヴの頭が雨裂から出る。「音がデカくなった。FRPのせい?」
「銃声のもう一つの要素の、衝撃波のせい。衝撃波は、飛翔体が音の速さを超えたときに発生させる空気抵抗が原因の大きな音。銃弾のときはクラックと呼ばれる甲高い音になるんですが、サプレッサーはクラックを小さくできません。なぜなら、クラックの発生源は音よりも速く空中を飛んでいる弾で、音速以下に減衰するかターゲットに当たるまでクラックを発生し続けるから。
このクラック――衝撃波は、銃弾を頂点にした円錐形に広がります。船の舳先から生まれる波みたく斜め後ろの方向へ向けて。こいつが一番小さく聞こえるのは、最初に体験してもらったように、銃口の反対側。シューターの後ろの離れた場所。横でもけっこう小さく聞こえるんですが、いま体験してもらったように、射撃方向の九〇度から一八〇度の範囲はかなり遠くまで響きます」
「つーことは、もし弾が最初っから音より遅く飛ぶとクラックもなし、銃声はもっと小さくなる?」
「基本的には」
「そういう弾はねえの? 遅く飛ぶやつ」
「ありますよ、サブソニック弾。頭下げて。今から撃ちます」
10ミリ口径では珍獣に等しい亜音速ターゲット弾(フェデラル製)の弾倉に交換して引き金を引く。
今度は三つの音が重なる。さらに弱まった〝パァン!〟。スライドが前後する際に立てる〝カシャッ〟。そして微かに、エアホースから空気が漏れたような〝プシッ〟。
「へえ。だいぶ小さくなった」
「ガスの〝バン〟がまだ目立ちますけどね。この口径じゃこれが限界です」
「音と口径、関係あんの?」
「あります。サプレッサーの先っぽの穴が小さいほどガスがゆっくり出て静か。大きいと逆。こいつはデカい弾が通るようにデカい穴で、クラックがなくてもデカい音」
ナチュラルな亜音速弾の45ACPがまさにこの理由でサプレッサー使用時もうるさかった。ハリウッド映画やスポーツ系FPSが描く劇的効果重視の〝囁きの如き静かな〟発射音は、現実には例外中の例外。ごった返す観客に気づかれず劇場や競技場で暗殺? 付近にいる全員があなたのほうを見るだろう。
「9ミリはどうなん?」ケヴが尋ねる。
「相性抜群。もともとの発射薬が少ないおかげで、デカい穴に通しても割と静か。少々お待ちを」
アバター経由でバニッシュ45のピストンをM13・5x1LHのスレッドピッチのものに換装し、TP9にねじ込む。
「頭下げて。9ミリ・サブソニックとサプレッサー。いきます」
三重奏のうち、〝プシッ〟と〝カシャッ〟の存在感が増す。
〝パアン〟もあるが、全体的な発射音は低いトーンで、10ミリとは比べものにならない。
ケヴも同様の感想を漏らす。
「10ミリとは全然ちげえ。聞こえるこたぁ聞こえるけど、めっちゃ小さい。弾が通り過ぎたときのピュンて音のほうがデカいよ。ピンポイントで位置をつかめねえっつーか。おまえ今、撃ちながら近づいてる?」
「近づいてます」と五メートル進むごとに一発撃つ。
「あ、今のつかめた。何メートル?」
「六〇メートルちょい」
「オーケー。あたしにも撃たせろ」
減音器付きTP9に続き、グロック10ミリを撃って、ケヴが感心した顔になる。
「これ、コンプよりも撃ちやすくね?」
「理由の一つは、サプレッサーの重量。銃全体の重さが増えて反動を吸収してるのと、銃口に足された質量が重しになってマズルフリップを小さくするから」
「うん、先っぽが重い。気を抜くと弾が下に当たる。もう一つは?」
「サプレッサーはコンプの働きもするから。どっちも根本原理が似てるんです。銃口から出るガスの抑制っていう面で。同じように原理が似てるフラッシュハイダーの働きもします。要は、これ一個で三役。減音、制動、消炎」
「フラッシュハイダーが消炎?」
「です。銃口の火を小さくして射撃の邪魔にならないようにしたり、位置バレを防いだりする装置」
設置した紙標的を穴だらけにしながら、なぜもっと早くサプレッサーを使わなかったのかとケヴが尋ねる。こんないいモンを、なぜ?
相応のデメリットがあるからだ。
最大のデメリットは、熱。減音器は燃焼ガスを閉じ込めるため、あっという間に熱くなる。当然ながら、熱は機械に良くない。ハイエンドの減音器は摂氏五五〇度以上の高熱を受けても変質しない耐熱設計だが、あくまで限られた時間のみ。その時点で射撃をやめず、冷まさず、五五〇度以上の状態を長く続けると大なり小なり構成パーツが破損しだす。高熱は銃本体にも良くない。特に減音器を装着している銃身の劣化を早めてしまう。
ちなみに、発砲一回ごとに約四度から五・五度、減音器の熱は上昇する。
立て続けに三〇発撃つと一二〇度から一六五度。
単純計算、三〇連弾倉にして三個半から四個半で耐熱限界だ。
ジュリエットのような大規模コロニーを相手にするとき、二人はその倍は軽く撃っている。
熱はほかの問題ももたらす。アキラはゲーム仲間のリカルドやボブから聞いた実話を引用する。減音器の熱は銃身に伝わり、銃身から本体の各パーツに伝わり、間断なくバカスカ撃つと瞬く間にハンドガードやレールなどが皮膚をもっていくほど熱くなる。また、超高温の減音器が触れた装備が燃えたり焦げたり溶けたりする。ふとした拍子に自分や射撃仲間や狩猟仲間に接触して火傷を負わせることもあれば、その接触のせいで暴発事故すら引き起こす。
減音器カバーはこうした事故を予防してくれるが――加えて、高熱による減音器本体の発光をマスクしてくれるが――何事にも限度がある。カバー越しでも耐熱グローブを着用しなければ触れないほど熱くなり、ものによっては一〇〇発かそこらでカバーが溶けたり裂けたりしてすぐ買い直す羽目になる。
銃火器の操作面・安全面・コスト面においても高熱はよろしくないのだ。
「このカバーも撃ちまくったらダメになる感じか?」
「いえ、このブランドは無茶な使い方をしても大丈夫」と断言してから言い足す。「ゲームではそうでした」
「銃の熱だが――実際コレ、フレームが熱もってる――ローテじゃ解決にならん?」
「ローランド1号から2号にですか? できなくはないですけど、もう一個、大きな問題があって」
減音器なしの汚れが砂遊びならば、減音器ありの汚れは泥遊び。逆噴射ガスが原因で通常の約二倍、銃火器がきちゃなくなる。モリブデン仕上げのグロックは五〇〇〇発くらい余裕で撃てそうだが、二人は安全マージンを大きく取る形で自動メンテナンスにかけている。具体的には、激しい交戦二回分、六〇〇発から七〇〇発ごと。減音器装着時はその半分を目安にすることになる。
頻繁なローテ、頻繁な診断、頻繁なメンテ。
煩雑な上、遭遇戦が連続するときはそこまで気にしていられない。
ケヴが同意する。
「ああ、目を配らなきゃならねえ細々したことが増えんのは賢くないな。でも用意したからには使うんだろ? 予想はつくが、どういうときに?」
もちろん、夜間の守備だ。
ただし、勘案しなければならない諸要素がある。
ケヴ一人でも判断に困らないように、アキラは基本の基本から説明する。
コンバットシチュエーションで減音器に求められる性能の優先順位は(1)F1マシンばりのケアが保たれないとすぐ発射サイクルに異常をきたす神経質な銃に成らしめないこと。(2)発射炎を完全に消すかミニマムにすること。(3)命中精度への影響がゼロまたはミニマムであること。(4)反動を低減して銃器を扱いやすくすること。そして最後に(5)発射音を小さくすること。
「音、優先順位低いの?」
「リストの一番下。ていうのも、あるべき限界の遥か手前で銃がジャムりまくるとか、デカい火で居場所がチョンバレするとか、弾がどこに飛んでいくかわからないとかだと、たとえ無音のサプレッサーでも、ゴミと変わらないから。それと、さっきはわかりやすさ重視で使いましたけど、サブソニック弾は、まあまあ静かに撃てるっていうメリットを帳消しにするくらい、デメリット多いです」
二分の一の質量かける速度二乗、との公式が示すとおり、運動エネルギーを生み出す際、速度の果たす役割は質量の四倍に等しく、弾頭重量の嵩増しでパンチ力を底上げしようとも、亜音速弾は、超音速弾に比して軟組織の破壊力に劣り、弾道のフラットな伸びで劣り、長距離の精度で劣る。
〝命懸けの状況じゃ使うな〟とは言わないが、理想的な選択でもない。
「個人的には、クラックがほか連中の注意を引くことよりも、何かがほんの少し足りないせいですぐそこにいるモンスターの阻止に失敗するほうが怖いです」
「わかるよ。ほいで?」
別に音響の専門家ではなくとも察しがつくように、減音された発射音が届く距離は様々な変数(平地・丘陵・山岳・森などの地形、付近の藪や草むらの茂り方、人間よりも遥かに鋭い耳を持つフガジのような四本脚モンスターやケヴが言うに人間と同程度の耳を持つ二本脚モンスターの種族別・個体別の聴力、雨や風の有無、雨や風の強弱によって変化する環境音が銃声をマスクする度合い、風向き、使用機材)によって大きく変動し、すべては折々の状況次第、条件次第。
何か一つでも異なるとき、だいたいこう、という大掴みな目安すらガラッと変わってしまう。
幾つかの状況・条件を設けてアキラは予想を立てる。
人間レベルの聴力、フラットで遮蔽物のない地形、無風、晴天、拳銃弾がクラックを発生し続けるおよその距離とクラックが減衰して消滅するおよその距離、モンスターカントリーの夜を満たす天然の騒音公害。これでいくと恐らく――
減音器に通した9ミリ超音速弾が生む発射音の可聴範囲は、半径二五〇メートル+アルファ。
燃焼ガスの〝パァン!〟がより目立つ10ミリ超音速弾は、半径四〇〇メートル+アルファ。
クラックが最も小さく聞こえる射手の背後では、およそ半分から三分の一。ただし、射撃方向に森・木立・丘があるとクラックがまともに跳ね返ってきてほとんど全方位に反響。
いずれにせよ、近ければ近いほど発砲地点の特定は容易く、遠ければ遠いほど特定困難もしくは不可能。怪物がギリギリ微かに聞こえる程度の発射音を耳にしたとき、一発だけなら、その未知の響きも手伝って気のせいで済むかもしれない。複数発? 間違いなく気のせいで済まなくなる。
「四〇〇メートルでも充分に実用的だな」とケヴ。
あくまで大雑把な推測にすぎない、とアキラは強調する。
「実際はもっと遠くまで響くかもしれませんし、もうちょい短いもしれません。ひとつ確かなのは、スーパーソニック弾でも、サプレッサーに通せば発射音の届く範囲がだいぶ狭まること。数キロ圏内の深夜徘徊モンスターが一匹残らず大集合みたいなリスクは確実に減ります」
考えるような間。「確認だが、ビバークサイトに一匹か二匹のくそチビが近寄ってきたとき、9ミリのサブソニックで殺れるか?」
「ショットプレイスメントが良ければ。胴体に五発以上でたぶん騒ぐ暇がないくらいに」
「10ミリのサブソニックなら?」
「ほぼ変わんないです。ピストル口径のサブソニック弾はパフォーマンスが似たり寄ったり。ていうか、10ミリではサブソニック自体珍しくて、たまたま見つけたこれも練習用の弾」
「ほいじゃ、少数を始末する場合に備えて、静音を優先した9ミリを一挺、用意しないか? 選択肢は多いに越したことはねえよ」
「です、ね。用意しましょうか」
機材を買い足して二人はさらに実験する。
コアになるのは、アクロP2を装着してネジ付きOEM銃身に換装したG17MOS。
弾薬は複数ブランドの自衛用亜音速弾を用意。
減音器は複数ブランドの9ミリ口径に特化した製品を用意。とはいえ、ポイントが重いため一〇個も二〇個も買えない。ゲームで愛用していた製品の中から二つ選ぶ。
ゲーム同様に本物のグロック9ミリも減音器装着時は超低速/超低発射圧の弾をお気に召さず、ジャムりまくったりスライドが開放ポジションでロックされなかったりする中、減音器を交換しては各ブランドの弾を弾倉数個ぶん試射し、最も信頼性が高くて静かな組み合わせを探る。
ケヴの耳判定で優勝を勝ち得たのは、ラジドサプレッサーズ社のオブシディアン9に通した、レミントン社のゴールデンセイバー一四七グレインJHP。
後者は一番静かな弾ではないものの、面倒なリコイルスプリングの調整なしでこのグロック9ミリの発射サイクルが安定する銃口初速九九〇から一〇五〇FPS(三〇〇から三二〇メートル/秒)の亜音速弾の中では最も静か。それに、ゴールデンセイバーは自衛用弾薬として定評がある。
ケヴが近いほうの雨裂へ移動してから、アキラはもう何発か撃つ。
標的紙に歩み寄りながら尋ねる。「どうでした?」
「五〇メートルじゃピンポイントで位置がわかるくらいはっきり聞こえる。でも夜なら大合唱に紛れちまうかもな」
「どうだろ? 夜でも五〇は厳しいんじゃないかな」
「で、おまえが心配していた精度の影響は?」
特に見受けられない、とアキラは答える。減音器未装着のグループと大差なし。でも、ぼくが下手クソなせいで差がわかりづらいだけかも。
ケヴに買い物を指示しながら、アキラも幾つか買い足す。G17用のUSWシャーシ、一点スリング、ミニIR、9ミリ三三連OEM弾倉を一〇個、ゴールデンセイバーを三〇箱。
G40用ネジ付きOEM銃身を買うように言われたケヴが実に初心者らしい質問をする。
「KKMバレルのネジはダメなん?」
「KKMのスレッドピッチは独自規格で、ほかのアクセサリーと互換性ゼロなんです。その互換性の都合で、サプレッサーのピストンは銃身のネジと同一規格にしてください。でないと装着できませんから」
「そこはわかったけど、具体的に何を指してんだよ、この数字とアルファベット?」
「Mはメトリックの頭文字。メートル法の規格を表してます。一四・五はネジ山が刻まれてる部分の直径。一はネジ山の幅。単位はミリ。ケツのLHはレフトハンデド。左回しで締めて、右回しで緩めろっていう指示。通しで言うと、直径一四・五ミリの加工部位に左回しで締める一ミリ幅のネジ山が刻んであるって意味」
わからないのは、スレッド部位の前端と後端がつるつるで、ネジ山は中間のみであること。この謎を解くにはやはり工学の勉強が必要だとアキラは思う。
「数字で始まるやつは?」ケヴが問う。「一六分の九かける二四てやつ」
「ヤード法の規格。一六分の九は直径。単位はインチ。二四は一インチで二四回転。これも通しで言うと、直径一六分の九インチの加工部位に右回しで締める一インチ二四回転のネジ山が刻んであるって意味」
「一インチが二・五四センチ、だったか? めっちゃ半端じゃね? グレインとかヤードとか、このシステムを考えたやつは地球を混乱させたかったみたいだな」
「でもこっちの度量衡に似てません? 一タンネが一・五キロで、一マイルが一・六キロとか。一パドが約三〇センチで、一フィートも約三〇センチとか」
「そりゃユーエリカ大陸の話だ。中央大陸の規格はメートル法に近いよ。マジややこしい。G17のバレルとピストンも同じ要領で買えばいいの? M13・5かける1LHで合ってる?」
「合ってます」
「オブシディアン、長さ変えられるみたいじゃん。短くしたほうが使い勝手良くね?」
「そこは痛し痒し。短いとガスを閉じ込める容量が減って、速度を落とす時間も減って、減音性能低下。長いと屋内で使うのに邪魔とか、先っぽが重くて上手く当てられないとかなら短いほうがいいんでしょうけど、そうじゃないなら長いほうがいいです。圧倒的に静かですから」
ケヴがシャーシ付き9ミリを試射する段になると、アキラは遠いほうの雨裂に入り、こっちに撃ってくれとお願いする。ヒュン! ピュン! ピシーン! ヒュン!
「ケヴさん、ストップ。あと、すみませんでした」
「ん? 何が?」
「当たらないってわかってても、撃たれるのめっちゃ怖い。空気を切り裂く音がヤバすぎ」
笑い声。「頭上げていいぞ。今から反対の方向で試し撃ちする」
雨裂に留まって見張りをするアキラのもとにフガジがやって来て、ねだるような無の眼差し。一緒にハーブソーセージをむしゃむしゃやるうちに、ケヴが鋼鉄標的に狙いを替えたのが音でわかる。カン、カン、カン! と金属的な命中音が連続で響き渡って、発射音は合間合間にしか聞こえてこない。命中音と発射音がやむ。アキラはPTTボタンを押す。
「ジャムりました?」
「ちげぇ。ゴブ。樽野郎が二匹。東の森から接近中」
そのちょっとした遭遇戦で亜音速JHP弾は小人(大)の阻止に足ると証明される。見張りを始めた時点でアキラは10ミリに持ち替えていたが、試射の最中だったケヴはそのまま9ミリを使ったのだ。
散弾銃で止めを刺したのち、ケヴが尋ねる。
「サブソニック弾、もうちょいデカいやつにもいけるか?」
「ゼッタイやめたほうがいいです。特にフガジよりも目方のある四本脚。花びらみたいに開くJHPは貫通力が制限されますから、下手するとかなり浅いところで弾が止まります」
信頼性の確認・パーツの慣らし・射撃練習の三つを兼ねて各自、減音器付きグロック9ミリを三〇〇発ほど撃つ。三三連弾倉の一つで動作不良が頻発。ほかは滑らかにサイクル。
「グロックのマグはジャム知らずなんじゃ?」
「〝完全――其への憧憬は墓場へ至るまで才芸を錬成させしめる灯火、魂の道しるべ、見果てぬ夢〟」と耳で憶えたままリュシナリア語で言う。
「アーロウラか。ポラデティオゥだな」ケヴもリュシナリア語で応じる。
「ポラ何?」
ケヴが日本語に戻す。「気取ってやがるって意味」
アキラは肩をすくめる。「そのぽんこつマグ、もう何回か試してダメなら、デリートしてくださいね」
減音器が熱を持ち過ぎないように適宜、試射と見張りを交代しながら、夜間の守備方法を取り決める。
ビバーク地点に単体または数体の小人種や小型の四本脚がふらりと寄って来た場合は、付近一帯の人食いどもを軒並み「ご飯発見! フィー、ファイ、フォー、ファム!」と喜ばせる気遣いのない減音した9ミリ亜音速弾でまあまあ静かに排除。9ミリ亜音速弾には荷が重い怪物のときは、少々やかましい点には目をつむって、減音した超音速10ミリFTM弾またはHCFN弾で排除。
灰毛やサイクロプスのような大物には、最大効率の致死性優先。スラグで排除。無減音の銃声が夜間の怪物にどんな反応を引き起こすかは……そのときに考えるしかない。
グロック9ミリの自動メンテナンス完了を待つあいだ、ケヴがフローチャートを出して尋ねる。
「ショットガンのサプレッサー、どんな感じ?」
「イマイチ」
「どのへんが?」
「減音性能が低くて、デカくて重くてそこら中にぶつけやすいところが。リアルじゃ違うかもだし、アンロックしたら試してみましょうか。そろそろ出ます?」
「五分待て。さっきエナジーバー食っちまった」
電動歯ブラシの音が静かに響く。
一八時半過ぎ。
お目当てのビバーク地点付近で少々異様な光景に行き当たる。
見回す限り概ね無害なホヴシアが三々五々と群れているのだが、一本道の入り口より先の野原には一頭の姿もなく、どことなく不気味な静と動のコントラストを描いている。
被捕食怪物のホヴシアは奈良の仏閣で放し飼い状態のたかり屋どもに触手とたてがみを足した外観に近く、比較的おとなしい気質で、余計なちょっかいを出さない限り人間を放っておいてくれるらしい。実際、馬車とフガジを遠巻きにしてはいるが、無関心な様子。標的コロニー表示もない。
臭跡攪乱用のベアスプレーを用意しながら、アキラは油断せず周囲に視線を走らせ続ける。
「二〇〇メートルくらい先から一頭もいませんけど、沼地のせい?」
「だろうな。ちょうどここらが湿地帯との境界域だし。四本脚は環境の変化に敏感だ。沼地までまだ距離があるっつっても嫌なものを感じてるんだろうぜ。一応言っとくが、こいつら相手にキル数を稼ぐのはなしだぞ。仲間を殺られたら襲ってくる。数が多すぎるよ」
「無暗な殺生はやりたいことリストに入ってないです。フガジが昂奮して飛びかかったりしませんか?」
「あたしが抑えてる。ホヴシア以外に動きは?」
「ナーダ」
「ま、こいつらがリラックスしてるうちは安全か」
馬車が一本道に入り、数百メートル進んだところでビバーク地点の木立に乗り入れる。両サイドの森から半キロ離れており、沼地の表示はさらに遠いため、おかしな病気を拾ってしまう恐れはなさそうだ。
これで、あの十字路から約二三キロ。往復五〇キロには少し届かないが、誤差のようなものだろう。アキラは追っ手の心配をやめる。
ベアスプレー散布と偽装タープ設営ののち、しっかり休めるように一人用テントを買う。二人ともテントにこもるのは防衛上よろしくないので片方は荷台だ。
今晩はどちらがテントを使うのか決めたあと、ケヴが本日二回目の沐浴を希望する。そして、アキラは生まれて初めて家族以外の女性の裸を生で目にする。純然たる事故だ。見回りを兼ねた地形の把握に木立をもう一回りし、〝東から接近、撃たないように〟とテキストを送信して偽装タープに戻ってみると、当然、馬車の反対側に出て、そこにはタオルで体を拭くケヴがいて……
最初に、タープの暗がりの白い肌が目に飛び込む。
桜色の乳首と、栗色の薄い恥毛も。
ケヴと視線がかち合う。なんでもない顔だ。
〝紳士的態度〟の世界基準を二・七秒ほど超過して裸体を見つめてから、アキラは首を痛めかねない勢いで面を逸らし、平謝りに謝り、そそくさとタープを出る。その背中をケヴのくすくす笑いが追いかける。
「えれー初心な反応じゃん」
「だって……」どう続けたらいいのかわからなくなり、尻切れトンボになる。
「こんな年増じゃ嬉しかねえだろ?」
「年増って。ケヴさん、幾つなんです?」
下着か何かを身につける音。
「幾つに見えんの?」
社会経験に乏しいアキラといえど、地雷を踏みかけていることくらいは察知してのける。
「一八?」
「おべんちゃらは余所でやれ。怒らないから言ってみ」
怒るくせに。
「あー……二〇……一?」
「もうちょい上」
「二?」
「三。ババアだろ?」と声が自虐の色を帯びる。
「え、なんで? フツーにお姉さんでは?」
間。「本気で言ってんの?」
「本気で言ってますけど?」
「からかってんのなら、あとでぶつぞ」今度は警告の色を帯びる。
「文化が違うんだろうなってことはわかるんですけど、何か気に障ること言いました?」
ふたたび間。「地球じゃどうなんだよ、二三の女って?」
「どうと訊かれても……順当に行けば社会人一年生で……えー、イメージ的には自立した大人」
「こっちの大学出とそう変わんねえのな。婚姻や出産は?」
未だ半裸とおぼしい女性と会話している事実(と股間の血流)を無視しようと努めながら、日本ではどちらもしていない若者のほうが多い、低い出生率が社会問題になっている、とアキラは答える。
「へーえ。こっちじゃ産めよ増やせよだ。女は早けりゃ一三、一四で結婚。遅くてハタチちょい。二五過ぎて独り身なら嫁き遅れババアと後ろ指さされる」
「マジですか。ぼくには二五歳もお姉さんですよ」
「嫁き遅れババア秒読み段階の二三も?」
「ぜんぜんお姉さんです」
「そういや、おまえは歳いくつ?」
「一六」
「マジで?」
「マジで」
「成人してたのかよ。もうちょいガキだと思ってた」
ミハイロも似たようなこと言ってたっけ。
彼の魂に平安のあらんことを。
替えの戦闘服とブーツに身を包んだケヴが荷台の陰から出てくる。気まずくて目を合わせられないアキラに、面白がる眼差しを向ける。
「さっきのをチャラにするいい手があるぜ」
「えっと、どんな?」
「おまえの水浴びをあたしが見物」
「スケベ女」
「人のおっぱいをじろじろ見てたやつが言うせりふか?」
「見て、ません……じろじろなんて」顔がかっかする。「否応なしに目に入ってきたんです。LBE一式、ローテ用にもう一セット買ったほうがいいですよ。汗をたっぷり吸ってますから」
「話題を変えたいのならもっとさりげなくやるんだな。ほら、別に覗かねえからおまえも水浴びしろ」
その夜、アキラは三度、目を覚ます。
一度目は二二時を僅かに過ぎた頃で、もう眠れそうになく、テントからもぞもぞと這い出す。快眠のためにテントを用意したというのに、気が休まらない。虫やらなんやらの大合唱もうるさすぎる。
「トイレか?」荷台のほうからケヴの囁き声が尋ねる。
「NODの練習」と囁き返す。「起こしてすみません。戻るときにメッセ送ります」
「適当に切り上げて休めよ」
「戻りは三〇分後で」
偽装タープから出る。
月なし星なしの厚く垂れこめた曇天。真っ暗闇だ。
PVS14の増幅量を最大にしても薄暗く、影の中は黒一色。
内臓IRを点灯しかけて、もっといいのがあるじゃん、とSHOPをひらく。
アンロック一段階目のIRイルミネーターは純然たる赤外線懐中電灯。IRレーザー機能なしの〝不可視の投光照明〟特化型。しかし未だ、アンロックがぬるい初心者帯。ローエンドからハイエンドまで、近距離用から遠距離用まで、ポイントさえあればなんでも買える。
ジョークマップをやり込んでいて良かったとアキラは思う。マルチプレイの通常マップやシングルプレイだけではIRイルミネーターに詳しくなりようがないからだ。なにせ、NOD装備の敵NPCや敵プレイヤーからは〝不可視の投光照明〟が丸見えで狙い撃ちのカモ。内臓IRすら使う機会はなかった。埃や砂塵や雨粒や雪片に反射して射出点を暴露するIRレーザーも使う機会はあまりなかった。一方、クマちゃんマップやゾンビ黙示録マップではIRイルミネーターがなければ詰む局面が多々あり、協力野良プレイのお荷物にならないよう、あれこれ試して勉強したもの。
リアルのイルミネーターはどんなもんだ? とテスト用に数点買い、木立の端へ行く。
まずはTNVC社のトーチプロMk5。
テスト結果はゲームどおり。
三段階可変出力の最高出力モードはまばゆいを通り越して、真っ白。
野原の若木を照らす赤外線がギラギラした反射光と化し、細部を洗い流してしまう。NODの自動遮断機能が働いて反射光以外の部分が真っ黒になってもいる。出力を落として焦点角度をひらくと、ナビゲーションにちょうど良い塩梅になる。
くるりと振り返って密生する下生えに向ける。反射物が多い環境ではこれでもまだ明るすぎる。
トーチプロを切り、今度はプリンストンテク社のチャージャーXを点ける。超低出力のソフトなワイドビームのおかげで下生えの中でもぎらつず、暗視画像はクリア。照射距離が一〇メートもないので、少しでも視界が開けるとパワー不足だが。
長短あれど、アキラはテスト結果に満足する。もしもポイントが心許ない状況でIRイルミネーターを買い直さなければならなくなったら、この二点(合わせて四〇〇ポイント)でナビゲーションには充分。ささやかならざる問題は――
ふたたびトーチプロを点灯して、自分の顔を照らさないようにLEDを覗く。コレ。可視光に近い赤外線が原因のピンク色の微光。人間が相手ならよほど近くでなければ気づかれないが、夜目の利く野生動物が相手のときは遠くからでも視認されてしまう。怪物も無論、この微光を遠くから視認するだろう。命取りだ。
大本命のBEメイヤーズ製キジK1-10を点す。四段階可変出力の最低出力と、焦点角度四〇度の拡散器の組み合わせは、下生えをホワイトアウトさせることなく数十メートルの照射距離があり、ワイドビームが暗視視野全体に行き渡っている。どんな照射対象でもはっきり識別できるほどビームパターンがクリーンで、赤外線LEDにピンクの微光なし。微光はあることはるが、赤黒い。怪物といえど至近距離の真正面からLEDを見ないことには気づかないだろう。先の二点を二セット買うよりもお高いだけある。そしてIR業界の競合他社の社員が絶賛するだけある。
K1-10に瑕疵があるとすれば、最高出力のナロービームでも照射距離が二〇〇メートルに足らないこと。加えて、高出力モードは電池を馬鹿食いする。一時間ちょいしかもたない。
というわけで、より照射距離が長く、より連続使用時間が長い、キジK1-3を買い足す。そのものずばりの姉妹品で、いわば最大照射距離が二倍+アルファのK1-10。高出力ナロービームで南の野原に群れるホヴシアを照らしても(「こんばんは、キミたち」)、低出力ワイドビームで密生する下生えの中に潜り込んでも、対象物の視認・識別に支障なし。
K1-3に瑕疵があるとすれば、商標が示すとおりデフォルトの焦点角度三度、拡散器の焦点角度一〇度、とK1-10に比して照射範囲を若干狭く感じること。
それぞれの短所を補うべく、K1-10をヘルメットの左側に、K1-3を右側に装着して使い分けることにする。ベルクロマウントでは照射位置の微調整が利かないものの、ベリベリ剥がしたり付け直したりしているうちに、なんとか暗視画像の中心あたりを照らせるようになる。
テストの締めに拡大鏡を買ってPVS14の対物レンズ側にねじ込む。
そのとたん、横のほうでガサガサ音がして、アキラはぱっと振り向くのと同時に後じさりする。望遠鏡を覗きながら動くも同然。派手にすっ転ぶ。
もがき、パニックし、藪の抱擁からなんとか逃れ、右目では何も見えず、平衡感覚を失うのに充分な六倍率の暗視画像のせいでまたすっ転び、四つん這いでNODを跳ね上げ、今にも人食い野郎に頭からガブリといかれるんじゃ? との焦りの中でもたもたとペンライトを抜き、点すと、愚かな人間を見物している腐肉漁りのドアップ。アキラは安堵のため息をつく。フガジがパタパタ尻尾を振る。
くそ、そうとも。ゲームでもこんなだったじゃんか。拡大鏡装着時に敵が至近に現れたら、こっちにできるのはスプレイ&プレイ――フルオートで弾をばら撒き当たってくれと祈る――ことだけ。そして十中八九、弾は当たらず、ろくに反応できないままキルされて終わり。
反省を活かして、今度は拡大鏡をねじ込まず、対物レンズと直列に構えるにとどめる。手を下ろすだけで一倍率視野に戻るので、緊急時に焦らなくて済む。完全な視野は得られないけれど、用は足りる。
「夜番ごくろうさん」
と、良き教訓を与えてくれたフガジにジャーキーをプレゼントしてから、サッカーフィールド大の木立をあちこち歩き回る。昨日よりも楽に歩ける。分割視野に慣れてきたっぽい。気を抜くと躓くが。
アキラはテントに戻って今度こそしっかり寝ようとする。が、二度、三度と夢にうなされる。
妹がリビングのソファでファッション誌を読んでいて、どちらがコンビニにアイスを買いに行くかでじゃんけんをして、季節は春で……。次の舞台は教室。〝高校マジ時間の無駄〟といったいつもの倦怠感はなく、朝のホームルーム前のざわめきの中にいることをとても嬉しく思い……
そのどちらの目覚めでも、アキラの目に涙が光る。そして心の背骨をへし折られる前にNODの歩行訓練に出る。三度目の散歩では、起こしてしまったのか、起きていたのか、ケヴがついてくる。お姉さんの歩行はまったく危なげがない。キジK1のおかげというより昨晩の練習の成果だろう。
「一回りして異常がなければ、IRレーザーを使った射撃練習、しません?」
反対されるかと思いきや、ケヴが乗り気になる。
「うん、やろう。ぶっつけ本番じゃ困るし、こんなに動きのねえ夜はもうないかもだし」
ビバーク地点一周後、二人は減音器付きグロック9ミリで紙標的を穴だらけにする。体感や意見をすり合わせて〝照射点を手でコントロールするなかれ〟に落ち着く。コントロールできないからだ。両腕がギプスで固定されているかのように、腰の捻りで次の標的、次の標的、とIRレーザーを振り向ける。交代で撃っていると、右目がぼんやり色を捉える。夜明けだ。
二人はIRイルミネーターを切り、うっかりONのまま放置して強力な赤外線を目に浴びてしまう事故防止に電池も抜く。実銃の取り扱いで散々意識させられたように、安全管理は几帳面な行動の積み重ね。
IRレーザーの電池も抜いてから、アキラは重苦しい曇天を仰ぐ。
お天気お姉さんケヴの予報どおり、今日は雨になりそうだ。
午前八時頃にパラつきだす。
遠い野原のホヴシアの群れが忽然と姿を消す。手品のようにパッと。ついさっきまでいたのに、いま見るともういない。これまたケヴの言っていたとおり、怪物は濡れるのを嫌がって藪だか穴倉だかに退散したらしい。
一時間後には本降りに転じて、気温と湿度が急激に下がる。
Tシャツでは肌寒いほどだ。
異常気象かとこぼすアキラに、これが本来の気候だとケヴが言う。
「ロフト北部も、もうちょい北にあるエクサリオも普通、夏場は涼しいんだ。異常気象を言うなら、今年のどえらい暑さのほうだよ。春先からずっとおかしかった」
「ぼくがこっちに来た頃ですか」
ケヴが妙な視線をくれる。「案外関係あんのかもな、おまえとどえらい暑さ」
「ぜんぜん繋がりが見えないんですが?」
「モンスターカントリーの成り立ちの話、しただろ? そんときも天候が狂ったらしい。北部じゃ雪が融けて春みたいに暖かくなったそうだ。この世の地獄や地球人みてえな異物が増えたときに世界の気温が急上昇――ふとそんなことを思ったのさ。ま、ただのこじつけだ」
梢とタープの傘の下、二人はキャンプ用の椅子を用意して、割増し料金のホットドリンクの中からミルクティーを選ぶ。雨を嫌がって避難してきたフガジにケヴがハーブソーセージを与えるのを横目に、アキラは雨具を選定する。
説明によると、衣類の一般的な防水加工は等級1K。小ぬか雨の中を徒歩数分のコンビニへ行く程度なら平気だが、一〇分も雨に打たれるとずぶ濡れになる。ケヴの夏用戦闘服で5K。普通の雨でさえ長時間の活動には向かず、大雨なら即ずぶ濡れ。
カタログスペックの通気性に関する記述に触れて、ああ、とアキラは思う。大事な点だ。通気性が悪いと安物のレインコートを着たときのように熱と汗が逃げ場を失う。そこで、防水等級15K、通気性等級10Kのカーゴパンツとプレストンジャケットに着替えてから、グロック9ミリと二個の予備弾倉だけを持って、木立の外縁でしばらく雨に打たれてみる。
一五分後に偽装タープの下に戻ったアキラは、完璧、とケヴに報告する。ペットボトルの水を何本かかけることすらやってみたが、一滴の水すら通さない。
「着心地もいいです。体温がこもらないし、快適。これだけ涼しいと長袖でも全然いけますね」
しかしブーツは失敗だ。雨滴や水たまりの跳ねがローカットの足首から入って靴下がぐしょぐしょ。アキラは好みに目をつむってフルサイズ軽量タクティカルブーツを買う。革製にしたのは、長期活動の防水・防雪にはゴアテクスよりも良いと書いてあったから。勧めに従い、塗り込んだ防水ワックスをドライヤーの熱で革深くに浸透させる処置を数度、繰り返す。これで一週間前後は防水効果がもつ(と書いてある)。
ジャケットの上から着けたLBEのストラップを調節していると、着替え終えたケヴがテントから出てくる。鼻をグズグズいわせて、くしゃみをする。
「風邪ですか?」
「んなもん引くかよ」
ところがどっこい、風邪だ。
そうと判明したのは、細くて長い一本道を通り抜けて、立ち往生を余儀なくされたとき。明らかに雨の影響で眼下のニーミ川が氾濫しており、川辺におりる緩いジグザグ道の一部も、橋も、流れの速い灰色の濁流の下。
確認したところで無駄と承知しつつも、アキラはマップを確認せずにいられない。
うん、迂回路なし。というか、簡易広域マップの表示範囲内には、ここ以外に橋がない。
PDAから目を上げて川向こうを窺う。見通しの良い地形だが、さすがにジュリエット6は目視できない。気になる動きもまったくない。川の中ほどに大きな樹が押し流されてきて、何かに引っかかったり弾んだり止まったりすることなく流れ過ぎる。ということは、橋は水面のだいぶ下。
「困りましたね」
反応がないので隣を見上げる。若木にもたれて体を支えるケヴの様子に「おや?」と思い、ぼんやりした眼差しと土気色の無表情は明らかにそれっぽく、ちょっと失礼と額に手を伸ばすと――
「めっちゃ熱ありますよ。八度以上あるんじゃないですか、これ」
「八度って何が?」
アキラは救急キットを出そうとして、ふと疑問に思う。地球の薬、異世界人に呑ませて大丈夫か? 下手したらショック死するんじゃ? 子供に呑ませるみたいに半分に割るのは……いや、体質に合わないとき、少量でも毒は毒。
「こっちの人、熱が出たときはどうしてるんです? 薬とかあります?」
「寝て、治るの待つ」とグズグズ声が答える。「薬はねえ」
手持ちの常備薬がないという意味なのか、服用する習慣がないのか。どっちにしろ、助けにはならない。ケヴを支えて馬車へ戻り、御者台に引っ張り上げる。ずり落ちてしまいそうなほどぐったりしている。
「馬車の運転、教えて」
「ダメだ」
「でも――」
「やめろ、触るな」力強さに欠ける手で、アキラから手綱を取り上げる。「指示出しには慣れとコツが要る。ジジイどもがパニくったとき、素人じゃ暴走させちまう」
ケヴが背もたれから体を起こすも、頭が前に倒れる。
「あー……くそ。ほんと悪いな。ヤバいと思ったら……急にきた。ちょっとだけ、このまま休ませてくれ。そしたら大丈夫」
「んなわけないでしょ。ケヴさん、馬車の運――」
「ダメだ」
「じゃあ……三〇〇メートルだけ移動できます?」
「どこへ?」
「さっき通り過ぎたビバークサイト。ジュリエット6から一・五キロしか離れてませんけど、ビバーク情報の安全度を信じるなら川のこっち側は怪物エアポケットだし、鉄砲水みたいになってる川を泳いで渡ってくるとも思えないし」
「わかった……そこで数時間休んで、湿地帯の外まで戻ろう」
数時間程度の休息でどうにかなるとも思えないが、アキラは同意しておく。
Uターンした馬車がビバーク地点に乗り入れると、ふらふらのケヴを手伝ってハラスを頸木から外し、樹に繋いで、テントを用意する。
倒れ込むようにして中に入ったケヴは、ブーツとLBEを脱ぐのを拒否する。怪物エアポケットだろうが何だろうがこの世の地獄で何時間も臨戦態勢を解くのはアホだけだ、というのが彼女の言い分。同様の理由で寝袋も拒否する。今の体調では臨戦態勢もクソもないとアキラは説得に努めるが、ケヴは頑として聞き入れない。仕方ないので、完全武装のお姉さんを救命毛布でくるむだけにする。
「スポドリ置いとくので、喉が乾いたら飲んで。少しでも何か食べられそうなら、これ、ゼリーと板チョコ。チョコは一欠けらでも栄養満点です」
ケヴがのろのろうなずき、目を閉じる。
「ホントわりぃな」
「こういうのはお互い様ですから」
「ああ、薬で思い出した」
「持ってるんですか?」
「ちげぇ。確かあったよな、熱に効くやつ。アセトアミノフェンだったか?」
「ダメです。異世界の人が呑んだら最悪、副作用で死ぬかも。ケヴさん、Iファク買って呑んだらダメですからね?」
「あいよ。地球人、ちょっと」
手招きに応じてアキラは頭を下げる。
すると、ケヴがおもむろにアキラのうなじをつかんで引き寄せる。思いのほか強い力で。
「もしマズいことになったら、一人で逃げろ」
「もちろん」
「マジな話だ。一人で逃げろ。神かけて約束しろ」
「ショタコン女神の名に?」
「テメェふざけんじゃ――」
「いいから休んで」
アキラはうなじをつかむ手を振り解き、濡れタオルを用意して熱い額に載せる。
テントを出るアキラの背にケヴが言う。
「いいな、約束だぞ」
そんな約束、守る義理はない。
にしても……えらいことになった。
頼れる姉御が風邪でダウンとか想定外なんですけど。
アキラは不安の発作につかれる。動けるのが自分一人という事態にパンイチで外出くらい無防備なものを覚える。立地も気に入らない。一本道の北端のここでは野原が広くなっているものの、森まで二〇〇メートル強。もし怪物が通りかかったら、些細な違和感でも気取られるかもしれない。
二人で設営するときの倍以上の時間を要して偽装タープを張り、買い足した偽装ネットを二重に張り巡らす。
暗がりの下、爺さん二頭は下生えをむしゃむしゃやっている。足元をちょろちょろついてくるフガジが物欲しげにアキラを見上げる。
昼食代わりのジャーキーを分け合いながら、連れだって木立の端へ向かう。篠突く雨にけぶる野原や森林線を眺め、カセリナという名の地獄で過ごさなければならない日数を考える。一日一五キロのスローペースで二五日弱。一日二〇キロで二週間強。一日三〇キロで……戦闘で生じるハラスの負担のことを考えれば、一日二〇キロが現実的か。
アキラは低く垂れこめた雨雲を仰ぐ。
こんなところで何してるんだ、ぼくは? モノホンの銃を撃って、頭おかしいレベルで殺戮衝動に満ちたキショイ連中を殺しまくって、アンロック、アンロック、アンロック。
日本に帰りたい。
家に。家族のもとに。ありふれた日常に。
不意にダルさを覚える。活力が萎える虚無を。体を重くする魂の疲労を。心に回る毒を。
そこで、荷車の横に敷いた防水シートの上でくたくたになるまで筋トレをし、『射撃ガイド』を隅々まで読み込む。もうだいぶ銃の扱いに慣れた、との思い上がり/勘違いを正された気分になる。
例えば、NPOAの一貫性。
銃を構えたあとで具合の悪い肩付けや頬付けを直し、照準装置を真っ直ぐ覗こうと頭を上下左右に動かしているようでは――特に一秒に満たない行動の遅れが死を招く接近戦や遭遇戦では――お話にならない。
本人も自覚しているとおり、アキラはお話にならない部類だ。
目指すべきゴールは、NPOAをいつ何時でも再現できる機械的なまでに正確な挙動。
安全規則の観点から言えば、実包を身に帯びたままの練習は大変よろしくないのだが、森を徘徊する怪物のイメージが頭から離れず、せめてもの安全策として、アキラは練習に用いる銃火器の薬室、マガジンウェル、弾倉チューブが空であることをトリプルチェックする。
それから、タープの一方の出入り口に紙標的を設置し、もう一方の出入り口に立ち、銃口を下げたローレディで構え、射撃姿勢に移行した一瞬で小尾板をコンフォートゾーンの高すぎも低すぎもしない位置に引き寄せる練習を行う。
肩付けが定まれば、ごく自然に頬付けと照準が定まる。
なので、満足いくまで何度も何度もやり直す。
銃を下げて、上げて、銃を下げて、上げて、下げて、上げて……
並行して、標的を照準に捉えていようとも引き金から指を離しておき、撃つと決めたときだけ引き金に指をかけるトリガーマネジメント・ドリル。外部安全装置がある散弾銃では、銃口を下げるのと同時に安全装置をONにし、銃口を上げるのと同時に安全装置をOFFにする安全管理ドリル。
実戦の中で思いつくまま半ば無意識に(そして半端に)行っていた技術にも取り組む。
より微細なトリガーコントロールだ。遊びの部分まで完全に引き金をリリースしてしまうと、続けて撃つときに指が大きく動くことになり、指が大きく動くと銃がブレる。引き金がリセットされるギリギリにリリースを留めるべく、そのミリ単位の感覚にアキラは集中する。
バックアップ拳銃のTP9でもNPOAドリルを行い――
――これが一番ムズイ、とアキラは改めて痛感する。
けれども幸い、バックアップ拳銃の用途は抜き放った瞬間に五〇メートル先の脅威を排除することではなく、至近距離の質量中心射撃。アキラは早撃ちの要領でTP9のドットを四、五メートル離れた標的の質量中心に重ねる練習を繰り返す。スリング付きの主武装から手を離してバックアップを抜く武器移行ドリルも盛り込む。
悪い癖がつかないように、一つ一つの動作と姿勢を確認しながらゆっくりと行う。
興味を持続させるために、徐々に速度を上げて挑戦する。
技術を磨き上げるために、ドライファイアを組み合わせる。
杜撰な動きが身についてしまわないように、集中力が切れたり疲れたりした時点で練習をやめる。
そして気分転換の見回りに出かける。戻るたびにアキラはテントを覗く。濡れタオルを交換してもケヴは目を覚まさず、ぎょっとするほど肌が熱い。このまま死んでしまうじゃないかと心配になるが、何度目かの見回りのあとで、中身の減ったスポーツドリンクと空になったゼリー飲料に気づく。飲み食いする元気があるのなら、たぶん大丈夫。発熱は酷いままだけれど。昏睡状態みたく眠ってるけど。
アキラは練習を続ける。
NPOAが次第に意識的行動から無意識的行動に、意図から反射の領域に入りだす。
無論、一朝一夕では〝いつ何時でも再現できる機械的なまでに正確な挙動〟とはいかないが、少なくとも、実際的な技術に心を砕くことで虚無感や倦怠感を遠ざけておける。
少しでも手持ち無沙汰になると例の問いをもてあそんでしまうが。
こんなところで何してるんだ、ぼくは?
朝に近い夜半。
アキラは目をしばたいて偽装タープの暗闇を凝視する。
真っ先に胸に去来する思いは、こんなところで何してるんだ、ぼくは?
浅い眠りから覚ましてくれたヴーヴー振動中のPDAをタップして受信トレイを開き――
――がばと身を起こす。
【DAWN RAID】
・エクサリオ王国軍竜騎小隊ならびに歩兵中隊ならびに冒険者27名から成
る人間狩り部隊エイブル1を急襲し殲滅しましょう
*現時点をもってエイブル1はリアルタイム戦術マップおよび簡易広域
マップに反映されます。
*エイブル1の残存兵力が三割を下回ると黄色で、一割を下回ると通常
表示に戻ります。
**通常表示は追跡能力をほぼ喪失したことを表しますが絶対的な安全
を意味するものではありません。
おい、おい、おい、おい……
通知を消す。リアルタイム戦術マップには異常なし。広域マップのほうは……約六キロ南の、一本道の入り口にエイブル1と付された赤い円。
赤い円は脱出ルート/シャデム街道をじりじりと北上している。
話が違うよ、お姉さん。往復五〇キロの捜索は指揮官が殺される投機的冒険だって――
ざーざーポタポタいう音にハッとする。
雨。雨か。そうとも。ホヴシアが姿を消したじゃんか。降り出してからモンスターを一体も見かけていないじゃんか。降雨に見舞われている場所全域が怪物エアポケットなんだと思いついて然るべきだったのに、このポンコツ脳みそは――
マップ上のエイブル1に目を戻す。
地球の軍隊の編成を当てはめるなら、およそ一五〇名から三〇〇名。異世界の編成ではもっと少ないのかもしれないし、もっと多いのかもしれない。
詳細はどうあれ、マップをスクロールする。
今朝何度も見たとおり、両サイドは森。北は――
アキラは荷台を飛び降り、タープを出、木立を出、大雨の中をニーミ川へと小走りに急ぐ。ヘルメットを被ってNODとIRイルミネーターの電源を入れる。
緑色の川はなおも氾濫中。
荒ぶる川面に洗われている地点までジグザグ道を下りる。左右の森も濁流に洗われている。
絵に描いたような袋のネズミ。
焦る頭でアキラは考える。ケヴさんを叩き起こして、なんとか馬車を操縦してもらって、それか馬車は放置して二人で森の中に隠れ――ダメだ。あんな体調じゃろくに移動できないし、湿地帯の境界域のここらでも数百メートル奥に入れば沼地になって行き場がなくなる。相手が本気で探せば確実に見つかる。くそ。
ヘルメットを脱いでビバーク地点に駆け戻る。
またマップを見、通知を再読する。
急襲。
先制攻撃。
時間を見る。
午前四時過ぎ。
夜明けまで二時間弱。
勝算は……なくもない。雨の夜なら、一五メートルか一〇メートル以内に接近しなければ向こうからはこちらの姿が見えないだろう。ろくに見えないのでは騎兵の機動力も問題にならない。発射音でおよその位置を補足されても大きく距離を取れば連中はぼくを見失う。闇と雨音がぼくを透明人間にする。うん、勝算はある。
ふたたび通知。
【重要】
ケヴィイム=フロレターリが戦力外である事情に鑑みてウルヴァリンが支給されます。抵抗感があ
ろうとも服用を推奨します。
ウルヴァリン。
なんだっけ? どっかで聞いたぞ。服用?
装備一覧に足された〝ウルヴァリン(x1)〟のマニュアルを出す。
冒頭の二行でアキラの頬が強張り、シングルプレイの一場面が脳裏をよぎる。EU軍シナリオの最終ステージで「この任務をやり遂げるには薬理学的な補助が必要だ」とシモンズ軍曹が部下に錠剤を……
とりあえずマニュアルを通読する。それから、ISトランクでピルケースを出し、一錠だけの内容物を手の平にあける。
アキラは白い錠剤を睨む。
こいつを呑めという理由はわかった。
でも抵抗がある。大いに。
アキラは錠剤をピルケースに戻すと、改めて現状を分析する。
どの角度から分析しようと答えは同じだ。
攻撃は最大の防御。
脅威から逃れられないのであれば、脅威を叩け。
一人で。
うずくまり、頭を抱え、悪態をつきながら勇気と気力と動機をかき集める。
決め手は動機だ。
懸かっているのは自分の命だけじゃない。仕事を捨て、祖国を捨て、ぼくと運命共同体になることを選んだケヴの身の安全も懸かっている。テレビの知識が正しいならスパイは銃殺刑。ただ、ケヴはエクサリオ兵の殺害に手を染めておらず、地球の銃や技術絡みで利用価値もある。きっと生かされる。〝生かされる〟だけで、どんな扱いになるか知れたもんじゃないが。
やり遂げないと。自分自身とお姉さんのために、やり遂げなきゃ。
オーケー、もうグズグズしてる時間がない。何が必要だ?
荷台の防水シートの下に置いてある散弾銃と、アモカンのストック弾倉。
それから、ISスロットの整理。
スロット1は買い物用。スロット2はG17の弾倉四〇個。スロット3は二挺のG40と弾倉六〇個。スロット4は五〇発のフライトコントロール入り〝引っつかみ〟バッグとクルーザーレディのSX4二挺。スロット5は五〇発のブラックマジック入り〝引っつかみ〟バッグとクルーザーレディのSX4一挺。スロット6は催涙手榴弾四〇発と発煙手榴弾二〇発。スロット7は飲み物と軽食。どんどん物が増えつつある物置にはクルーザーレディの590Sとその他諸々。
アバター経由ですべての電子機器の電池を新品と入れ替え、PDAを予備機と交換し、銃火器を一挺ずつ出して各ドットサイトの光度を落とす。
そういえば、二個のPVS14を連結してデュアルチューブNODにできなかったか? ちぇっ、ダメだ。連結アダプターがアンロックされていない。
G17のドットサイトに付着した雨滴が目に留まり、つい先程の失敗を思い出す。
医療用脱脂綿で雨を拭ったNODのレンズに曇りシールドと防雨・防塵窓を装着。
あとやっておくことは? 何が要る……?
姿勢を変えた拍子に拳大の石の上に思い切り膝を突いてしまい、三〇秒ほど悶える。ニーパッド……買おう買おうと思って忘れてた。テクニカルデータを読み比べたのち、5・11社製のニーパッドを試してみる。二本の伸縮ストラップを調節して膝に留め、痛い思いをさせてくれた石に片膝を突く。まったく痛くないし、音を立てないし、カップ内側のパッドが衝撃を吸収して膝に負担がない。カンペキ。
ほかに要るものは?
ガスマスク。
荷台からアサルトパックを取り上げる。それから、点したペンライトを手にテント内のケヴの様子を見る。アキラが床に就く前と同様に肌が熱く、じっとり汗をかいている。そっと声をかける。反応なし。頬をペチペチたたくと目が薄くあくも、すぐに閉じてしまう。こんな有様じゃ、無理やり起こしたところで現状を正しく認識できるかどうか……
追っ手とそれへの対処、なるべく早く戻る旨をテキストにしたためて送信し、振動したケヴのPDAを、受信メッセージ表示状態にして枕元に置く。
アキラはケヴの青白い寝顔を見つめる。ずっとこうしていたい。行動を先送りにしたい。現実問題、病人を残したまま離れることに途轍もない抵抗感がある。アキラは自分に何度も言い聞かせる――昨晩がそうだったように怪物エアポケットの青色ビバークサイトは安全、雨降りだからなおさら安全、たとえ交戦の騒ぎがモンスターの注意を引いてもここから何キロも離れた場所。
もちろん、ケヴが絶対に安全とは言い切れない。
が、いま動かなければ共倒れになる。
未練を断ち切るようにペンライトを消してテントを出る。
ヘルメットを被り直し、G17を胸の前に吊るし、大物に遭遇しないとも言い切れないのでスラグ装填のSX4を肩から提げる。本物の兵隊に比べれば遥かに軽装だというのに、世界中の重さがのしかかってきたかのように感じる。睡眠不足に起因する芯に淀む疲れやダルさは、気のせいじゃない。
薬理学的な補助。
今を置いてほかに必要なときがあるか?
怖がってる場合か?
悪影響を減じるべく、マニュアルで読んだとおりに軽く胃に入れておく。プロテイン配合ゼリー飲料にしたのは食欲がまったくないからだ。ピルケースを出し、錠剤をしばし手の平の上でもてあそんでから、意を決して口に放り込み、気が変わらないうちにスポーツドリンクで飲み下す。
効果が現れるのに三〇分前後。
ぼけっと待っている暇はない。
知らぬ間にフガジがすぐ横でお座りしていて少々驚かされる。ハーブソーセージを与え、臭い頭を撫で、耳元を掻いてやる。
「ケヴさんのこと、頼んだ」
PVS14を左目に下ろす。
そして豪雨の夜へ踏み出す。
IRイルミネーターの明かりの中で叩きつけるような大粒の雨がちらちらと踊る。
視界が酷く悪い。ほんの数十メートル先も見えない。
路面の窪みや穴ぼこ、敷石を突き破る木の根に気をつけながらアキラは街道を下る。見落としが生じやすい四〇度の暗視視野を絶えず左右に振り、数百メートル置きに足を止めては全周警戒。叶うなら移動速度を落として一〇メートル置きに全周警戒をしたいのだが、エイブル1の進行速度が速く、とろとろしているとビバーク地点の近くで交戦する羽目になる。近ければ近いほど、臥せっているケヴを巻き込む危険性が高まる。アキラは足を速める。
地面がほんの数度傾斜して、意識しなければそうと気づかないくらい緩い坂になる。
坂を下るほど野原が狭まり、とうとう街道が森に呑み込まれる。森に深く入るほど湿地帯の表示が一本道に迫り、とうとう街道の両サイドが沼地の表示だらけになる。
ここから先は森に覆われた沼地がほとんど切れ目なく三・五キロに渡って続く。
走れば、エイブル1と遭遇する前にこの最悪の地形を抜け出してしまえる。しかし走れば、派手にこけて骨折のリスクがいや増す。オリンピックで見かけるちょっと不格好な競歩のペースでも危うい。
アキラは何度も深呼吸して、今すぐ駆けだしたい衝動をねじ伏せる。さらに何度か深呼吸して、この最悪の地形でエイブル1を迎え撃たなくてはならない高確度の見通しを、疾うにままならなくなっている人生の最新のままならない要素としてなんとか受け入れる。
F$%&!
そして文字どおり躓きの石だらけの路面――数十メートルに渡って浅い泥に覆われている箇所すらある――を執拗に確認しながら歩き続ける。暗視視野を見続ける左目が疲れてくるとNODを右目に移し、右目が疲れると左目に戻す。一時的に夜目が失われようが、どうせ暗すぎて何も見えない。
土砂降りに打たれる葉音やウシガエルみたいな合唱が孤独感と寂寥感を煽り立てる。まるで世界にただ一人残されて闇の中をあてどもなく歩いている気分になってくる。状況把握において聴覚は視覚と同じくらい大切だというのに、森の中が騒々しすぎて、自分の靴音すらわからない。
視覚にも不安がある。極めて少ない下生えと樹々の広い間隔は――明らかに植物の育成に悪い沼地が原因――間伐林や森林公園の趣すらあるが、それでも無数の幹が無数の死角を生んでいる。
森を徘徊する化け物の幻影がしつこく脳裏をよぎる。
怪物エアポケットとはいえ、夜間の単独行動には不安しかない。
ワンオペ強襲作戦にも不安しかない。
血の流れが速い。
と、それが来る。
意識明晰にしてクリアな境地。
心の濃霧を吹き払う朝日が射したかのように。精神の窓の結露がぬぐわれたかのように。最高の肉体コンディションを凌駕する活力。神経が末端までぶんぶんうなりだす。
ウルヴァリンこと、SAS謹製の増強アンフェタミンが中枢神経に作用しだしたのだ。
酔っぱらったような陶酔感……とは違う。
ハイはハイだが、制御不能じゃない。
心は澄み、完全な集中状態にある。
悲観が追いやられ、楽観ムードがこみ上げる。
肉体はさながら、無尽蔵のエネルギーが湧き出る底なしの泉。
効能万倍のレッドブル。
馬鹿をやるにはうってつけの状態。
これ以上ないほど腹が据わる。
アンフェタミン標準時に突入した影響か。お姉さんに近づけさせはしないという覚悟のなせる業か。それとも単に、自分の命が可愛いだけなのか。
心に刺さっていた良心の棘がするりと抜ける。
意識の隅の善なる囁き/倫理的葛藤がふつりと静まる。
相手が怪物だろうが人間だろうが――
――食うか食われるかなら食っちまうしかない。
どうせぼくの手はとっくに汚れてる。
まだ目視できないが、エイブル1との距離が半キロを切る。
ないよりはマシな作戦計画。
エクサリオ兵を南へ釣り上げるべく――
真正面から叩けるだけ叩き――
対応される前に側面移動し――
攻撃を加えながら隊列最後尾を目指し――
あとはもう臨機応変という名の行き当たりばったりでなんとか――




