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Dawn Raid 1




 いつの間にか瞼が重くなって、アキラはお定まりの悪夢を見る。

 ジュリエット2から数百のゴブリン軍団が出現し、一体でも多く、一秒でも速く撃たなくてはならないのに、グロックの引き金が重すぎて引けず、あれよあれよという間に距離を詰められ、出来の悪いBOTみたいな動きの小人(小)が槍を構えながら迫り、グロックの引き金は重いままで、穂先が腹に突き込まれるのを為す術もなく眺めるしかなく、痛みはなくとも凄まじい衝撃が――

 アキラは飛び起きる。途中で夢だと気づいたにも関わらず、胸郭からこぼれそうな勢いで心臓がバクバク打っている。鼓動と血流が少し落ち着く。辺りを見回す。

 偽装ネットの隙間から射すお日様サンサンの木漏れ日。

 もりもりうんちをしているハラスの姿はあるが、ケヴの姿はない。

 夜間設定のままの、暗すぎて見づらいタッチスクリーンの光度を上げる。午前六時五二分。ビバーク地点の北端にKEVの表示。そのケヴから未読通知一件。受信時刻は今朝の四時五八分。

[おまえのNOD 日の出前にアーセナルに保管済み

 見回りに行く 起きたら報せろ

 追伸:用を足すときはそこらにひっかけるな 落とし物を残すな どちらも埋めろ

    ショベルは腰掛けの下]

 最小化されている自動メンテナンス画面をひらくと、NODの診断結果。すべて青色の異常なし。さすがお姉さん。マジ頭上がんない。

 タスクバーに気になる表示がもう一つ。PDAのバッテリー残量三〇パーセント。PDAを診断にかけてから充電器のUSBを挿す。寝ているあいだに頭から外れたイヤプロを取り上げて、電池を交換しておく。まだ半日くらいはもつはずだが、危険な移動中の電池切れや電池交換を思うと、もったいない精神の出る幕なし。予備のPDAで使いかけの電池をデリートし、テキストを打つ。

[おは

 NODありがとうございます

 なんで見張りに起こしてくれなかったんです? ケヴさん、ちゃんと寝ました?]

 すぐに返信が届く。

[Re:寝たよ 真夜中すぎに騒ぎが治まったあとで]

 騒ぎ?

[Re:騒ぎとは?]

[Re:詳しくはそっちに戻ってから話す ペットも連れてく]

 ペット? ぼくがぐーすか寝ていたあいだにいろいろあったようだ。

[Re:どんなペット?]

[Re:見てのお楽しみ]

 ものの数分でケヴとペットが姿を見せる。

 長い脚に飼い犬みたくまとわりついているのは、モンスターカントリーの掃除屋こと〝腐肉漁り〟。遠目には中型犬。近目には悪魔に魂を売り渡したゴールデンレトリバー。チャームポイントは血走った出目金と、口の周りに生えている触手っぽい何か。狂犬病の土佐犬のほうがまだしも愛嬌があるだろう。

 ハラスが緊張の身じろぎをする。アキラも緊張に身をこわばらせる。どう好意的に眺めても、飼い主の顔をペロペロ舐めるより、喉笛を食い千切るタイプ。

「ケヴさん……そいつ噛みません?」

「噛まねえよ」ケヴが軽い口調で請け合う。「降りて撫でてみろよ」

 アキラは荷台の上に留まり、車輪の臭いを嗅ぐ四本脚を恐る恐る窺う。見れば見るほど醜悪極まりない。

「こいつの体から一匹残らずノミとダニが駆除されて、狂った感じの目の光が和らいだら、撫でるかも」

「寄生虫はともかく、そう心配すんな。おまえや爺さんとの対面はとっくに済ませてある。フガジにとってあたしらはもう仲間だ。よほどヘンな真似しない限り大丈夫だよ」

「フガジって? こいつの名前?」

「ヘンか? あたしの地元じゃありふれたペットの名前だぜ」

 いつかウェスが寄越した〝死ぬまでに聴くべき一〇〇のバンド〟にそんな名があったような……

 悪魔のレトリバーに神経質な視線を投げるアキラをよそに、ケヴが昨晩の出来事を二行で語る。

(1)雲が晴れて月光が射したおかげで、そしてNODの六倍率拡大鏡を買い足したことで、ジュリエット2の死体に群がる化けモンどもを辛うじて視認でき、二時間にわたる死体争奪戦を見物した。(2)明らかに死体争奪戦に加わろうとしていた腐肉漁りの群れが通りがかり、明らかにいじめられていた個体が半ば置き去りにされる形でふらふら寄ってきたので、試したらペットになった。

「〝試した〟って何を?」

「心が繋がるかどうかを」ケヴが大真面目な顔で言う。「精神感応とかテレパシーって呼ばれてるアレさ。念じるっつーか、胸の中で呼びかける的な? フガジがそれに応えてペット成功」

「テレパシー、ですか」

「信じられないか?」

「いや、信じるも信じないも、現にペットがいるわけですし」

〝腐肉漁りは腹ペコの野犬並みに危険〟のようなことが『怪物図鑑』に書いてあったが、目の前のこいつは名犬ラッシーみたいに振る舞っている。尻尾まで振っている。

「ケヴさんの加護、もっと抽象的なものだと思ってました。心を覗き合うような直接的なのじゃなくて、すごく仲のいい飼い主とペットの関係っていうか」

「似たようなもんだ。実際、大したことはできねえよ。こっちからは単純な意思を伝えられる程度。こいつからは意思と感情がぼんやり伝わってくる程度」

「じゅうぶん大したことあるように聞こえますけど」アキラはフガジに顎をしゃくる。「最悪の悪夢の化身みたいなコレ、いま何を感じてるんです?」

「悦びと意気込み。自分を受け入れてくれた新しい仲間の存在を悦び、役に立とうと意気込んでる。ペットにしてからずっとそんな調子だ」

「へえ……。元の群れがやって来たりしません?」

「たぶんねえよ。騒ぎが鎮まってから一時間ほど様子を見たが、戻って来なかった。死体の奪い合いの最中にやられたか、逃げたかしたんだろ」

「冗談抜きに、こいつがいきなり現れたら間違えて撃っちゃいそうなんですけど」

「ああ、そこまで気が回らなかったな。よう、あたしの背嚢、取ってくれ。アサルトパックじゃなくて、茶色い革のやつ」

 渡すと、ケヴが薄手の赤い布を出し――「エクサリオ軍から支給された軍事顧問の目印のスカーフだ」――フガジの首に巻き付ける。フガジに嫌がる素振りはなく、されるがまま。見間違いでなければ、なんだか誇らしげだ。ワンワンもどきがふいと木立の外へ向かう。

「どこ行ったんです? 散歩?」

「見回り。あいつのおかげで安心して休めるぞ」

 ケヴが荷台に上がって、アキラの向かいの腰掛けに寝転がる。

「微妙に寝足りねえから三時間後に起こしてくれ」

「お任せあれ。PDAとイヤプロのバッテリー、大丈夫ですか?」

「PDAは充電済み。イヤプロは電池交換済み」

 荷台を降りようと腰を上げたところで、アキラはベッドで休む〝まき散らし〟銃が気にかかる。

 ケヴのモスバーグはOEMストックのままだが、アキラのほうはLOP(引き金から小尾板までの長さ)が体格に合わず、昨夕のセットアップの時点でマグプル製バットストックに換装し、スペーサーをすべて取り払ってある。四センチ短くなっただけだが、LOPの四センチの差は、数字以上に大きい。たった四センチの差が、スライドの自然で楽な操作と不自然で無理のある操作とを分かつ。

 ストックの形状それ自体が目印、と軽く考えていたが……逆に言えば差異はそこだけ。取り違えかねない。白のダクトテープを買い、マグプルストックにひと巻きしておく。薄目で様子を見ていたケヴが「どんなもんかちょっと触らせろよ」と体を起こす。

「別に構いませんけど、ぼくよりも手足が長いケヴさんには、このセットアップ、合わないと思いますよ?」

「ものは試し。昨日から少し気になってたんだ。ほら」

 ケヴが実包を一二番径用スナップキャップに入れ替えてドライファイアを行う。

 にんまり。「いいなコレ。肩付けもストロークもめっちゃスムーズ」

「マジで? ストックが短くて窮屈だったりしません?」

「ぜんぜん。何を買ってどうすればコレにできんの?」


 アキラは危うくフガジを射殺しかける。

 いい加減なんか食わせろと要求する一六歳の腹の虫をなだめるべく、きつい匂いのない固形物、ピーナツバターカップをビバーク地点のはたの木陰でポリポリやっている最中、背後で葉擦れの音がして、振り向くと、ほんの数メートル先に悪魔のレトリバー。際どいタイミングで首の赤布が目に入らなかったら、慌ててひっつかんだG40の引き金を最後まで引き絞っていただろう。

 10ミリ弾をぶち込まれる寸前だったとは知る由もないフガジがとことこ寄って来て、アキラの膝横に落ちた食べかけのスナックをぺろりと平らげる。そして無表情なりの期待の眼差し。アキラはぎこちなく円筒形の包みを振って何個か地面に出してやる。結局、残りはぜんぶフガジの腹に収まる。

 よく見るとガリガリじゃん、こいつ。あばら浮いてるし。

 ペットを飼ったことのないアキラは〝なんでもかんでも餌にするな、うっかり毒をもって殺しちまうぞ〟といった基礎知識がなく、何も考えずにEPA(ドイツ版MRE)のフランクフルトを投げ与える。自分でもむしゃむしゃやりながら、この半時間ずっと警戒している方角、南へ注意を戻す。

 希望的観測:人狩り部隊は未だ見当はずれの場所を捜索中。

 最悪の想定:目下急行中。

 お姉さんは追いつかれる可能性をかなり低く見ているようだけれど……

 どうであれ、とアキラは落ち着かない気分を噛みしめる。昼まで動けない。確かなことがわからないまま。真綿で首を締められる気分を味わいつつ。昨日は進むのがイヤで、今日は進めないのがイヤ、と自分を皮肉ってみても空元気の足しにすらならない。

 幸い、こういうときの薬がある。

 奴隷生活で学んだこと:絶望・不安・悲観その他もろもろに背骨をへし折られたくなければ、肉体活動や頭脳活動で忙しくすべし。

 というわけで、装備を解いて腕立て伏せ、上体起こし、スクワットを行う。三ヶ月の強制労働で筋肉量が増えており、自堕落なゲーマー時代の数倍の回数を難なくこなす。筋トレ見物に飽きたのか、もう餌はもらえないと断じたのか、フガジが表の野原へ足を向ける。アキラもついて行きたくなる。頭と心を空っぽにするには肺活量ギリギリを攻めたランニングがベストだが……さすがにこの環境では難しい。

 代わりに、思いつきを実行に移す。

 銃の掃除だ。

 拳銃も散弾銃も最後に撃ってからそのままで、出発前に掃除をしておいたほうがいいし、手ずから行うことで自分が使っている道具への理解が深まる。上手くいかなかったときは自動メンテに突っ込んでしまえばいい。

 各マニュアルのメンテナンス手順を読み込んだのち、22口径から一〇番径まで対応可能なクリーニングキットを買い、レンズクリーニングキット、ラテックス手袋、ハンドタオル、紙タオル、無添加無香料石けん、除菌アルコール、クリーニングマット、静音ヘアドライヤー付きの乾燥潤滑剤〝武器係〟セットをカートに足す。

 バージニアビーチの連絡先が載っているパッケージからして――これが手の込んだ作り物でなければ――モリブデンの潤滑剤も、セントリープロダクツなる会社も、実在するようだ。その取扱説明書によると、一度モリブデンでコーティングされた銃器の掃除には炭素除去剤や胴剥離剤などの溶剤は一切無用。それら溶剤はモリブデンを除去してしまうため、使うのはブラシと布と乾燥潤滑剤のみ。

 アキラはまず、一番簡単そうなTP9に手作業版フィールドストリップを施す。

 初心者の慎重さがプラスに働いて、細かい部品やバネがどこかへ飛んでいってしまうといったトラブルに見舞わることなく一から十までマニュアルどおりに進む。

 分解・清掃・潤滑剤塗布・組立の全工程所要時間、四〇分。ファンクションチェック、問題なし。ドライファイア、問題なし。念のための自動メンテナンスの診断、問題なし。ドットサイトの着脱で照準が狂った可能性を否定できず、アバター経由でゼロ距離を再設定。

 二挺目はもっと早く済む。G40とUSWシャーシを綺麗にして組むのに二五分。

 ケヴを起こすまでまだだいぶ時間がある。 

 アキラは590Sをバラしにかかる。イニシャルクリーニングで銃油仕上げを選んだせいか、見るからに煤っぽい。取り外した銃身をリュックに載せて傾斜をつけ、ペンライトで中を照らす。銃口付近と薬室付近に炭素やプラスチックの汚れを意味するくすんだ筋。

 炭素除去剤を塗布したナイロンブラシで銃腔をゴシゴシやっていると、「そっちに行く、北東からだ、間違えて撃つなよ」とケヴから無線連絡が入る。現れた当人にアキラは言う。

「まだ寝てて大丈夫ですよ」

「自然に目が覚めたタイミングが一番だよ。昨日の夜も四時間寝てるし。ほら、これ」

 抱えていた木箱をケヴが地面に下ろす。

「銀食器と陶磁器の半分。おまえのアーセナルに入れとけ」

 言外の意味は明白。保険。モンスターカントリーを抜けたときに、馬車ごと荷を失っていても、片方が命を落としていても、当座の旅費に困らないようにするための、保険。

 了解の意を込めてアキラはうなずく。ケヴがうなずき返す。

「もっと早く思いつくべきでしたね。ほかの荷物も入れちゃいましょうか」

「もう入れた。荷台はほぼ空。アーセナルの容量、探しても載ってなかったが、いくらでも入りそうだよ」

 ケヴがしゃがんで、地面に広げられたクリーニングマットを手で示す。

「いま話してヘーキか?」

「ヘーキ」

「なら元ネタの件、聞かせろよ」

 アキラはナイロンブラシを取り上げた手を止める。

 そして、これまでに物語を読んだことはあるかと尋ねる。

「商業学校で古典を腐るほど」

「商業学校って名前どおりの学校?」

「今度な。今の質問の意味は?」

「想像してみてください、物語の登場人物に乗り移れたらって。その体で物語世界の行きたい場所に行ったり、やりたいことをやったりするんです」

「想像したぞ」

「これ、地球ではできます。PDAみたいな道具を使うビデオゲームっていう遊び。そんな風に虚構の世界を自由に動き回る遊びがたくさんあって、『WWⅢ』もその一つ。戦争をテーマにしたビデオゲーム。ケヴさん、もうちょい離れるか、アイプロかけて。跳ねた溶剤が目に入ると危ないです」

 アキラは説明と作業を再開する。歯ブラシみたいなやつでチョークチューブ用の内ネジを綺麗にし、銃身の内径ぴったりになるまでパッチをジャグに巻き付け、クリーニングロッドを薬室側から銃腔に通す。銃口から出たパッチに炭素の黒い染みと発射薬の燃えカス。汚れたパッチを外してロッドを抜き、新しいパッチを巻き付け、ふたたび薬室側から銃腔に通す。

 そして異世界人向けFPS入門講座から、質疑応答へ。本式の武器と知識を用いてガチの戦術的展開や作戦行動を求められるという『SNAFU』の目的は演習なのか? 訓練の一形態? プレイヤーの参加動機に愛国心やイデオロギーとの関わりは? 戦訓に学ぶ歴史教育的側面は? アキラはすべてにノーと答える。不真面目に聞こえるかもしれないが、純然たる娯楽だと。

「つまり、戦争ごっこ?」

「戦争ごっこ。ただの遊び」

「で、おまえはごっこ遊びで戦闘を学んだ?」

「学んだというか、知識だけ」

 ケヴの沈黙をアキラは〝軽侮〟と解釈する。

 どうやら、違う。

「実物を見てねえからなんとも言えない部分もあるが……まともな軍事組織のやり方とは到底思えないシステムに説明がつくな。地球人のイカれた嗜好はともかく、ま、納得がいったよ」

 真っ白なパッチが銃口から出る。が、マニュアルに従い、アキラは炭素除去剤とナイロンブラシの工程を一から繰り返す。

「意外ですね」

「何が?」

「もっと否定的な反応を予想してました。元ネタが遊びと聞いて呆れるんじゃないかって」

「遊びだろうがなんだろうが、高性能で実用的な装備をもらえる点に変わりはねえし、極限状況でおまえが冷静に振る舞える事実にも変わりはねえ。あたしにとって大事なのはそこだよ。特別扱い大歓迎だ」

「誰が誰に?」

「おまえが、アルマ=クフに。地球の坊やに馴染みのあるごっこ遊びを下敷きにした戦いの加護、使命、子守。誰がどう見てもおまえは不当なほど贔屓されてる。クソほど可愛がられてる。あるいは、大いに期待されてる」

 そういう見方もできなくはない、のか? 宇宙人が何かしらの目的のためにぼくを……

 いやいやいや。

「もしそうなら、人をおちょくったようなやり方はしないと思いますけどね。ガチの誠実さで助けるなら、最初から強力な武器と取説を渡せば済む話です。いちいちアンロックなんかさせずに」

 例えば『CoD:Zombies』のレイガンとか。『ポータル』のポータルガンとか。ああいうのがあればもっと楽ちんだろうに……

 ケヴの声がアキラをないものねだり夢想から覚ます。

「その辺はアルマ=クフらしいっちゃ、らしいよ」

「どんな風に?」

「伝承のアルマ=クフは、なんつーか、よく茶目っ気を出す」

「〝性格に難あり〟の婉曲表現?」

「そうは言ってねえ」

「そう聞こえましたけど」

「何を聞き取ろうがテメーの勝手だ」思いのほか強い口調でケヴが言う。「あたしは、何ひとつ、ほのめかしてねえからな」

 信心深いお姉さんだ。天罰を現実の脅威と看做して畏れているらしい。

 アキラはその点、まったく心配していない。時おり声に出して黒幕のことを毒づいてきたが、装備支給現象に不条理なペナルティを科される懲罰的措置も、電流ビリビリの教育的指導も、〝我らを畏れよ〟ビームが近場に撃ち込まれることも、一切なかった。くされ宇宙人はきっと、くされモルモットの不平不満なんて意に介していないのだろう。

「茶目っ気って、例えば?」

「有名なのは、古代の皇帝ヌーマンの御前に顕現したエピソードだな。武の道を極めたがっていた皇帝の願いを聞き入れてアルマ=クフが現れるんだが、皇帝や側近連中と卓上遊戯で勝負して、金品を巻き上げて、乱痴気騒ぎの音頭をとって、やりたい放題やった挙句、何も教えずに帰ったそうだ。ほかには、指南を乞う伝説的な女傭兵隊長に飲み比べを持ちかけて身ぐるみ剥いだとか。加護を切望する近衛騎士に形而上学的な議論をふっかけてけむに巻いたとか。かと思えば、農家の幼い八男坊に剣を指導したり、後の軍略の大家が少年兵だった頃に知恵を授けたり。実際はどうだか知らんが、伝承じゃそうなってる」

「なんか……贔屓の傾向がショタコンくさいですね」

「ショタコン?」

 アキラはショタコンについて説明する。

 ケヴが声を低める。「ルールを決めとくぞ。一、戦女神を貶める発言はするな。二、おまえが戦女神の怒りの爆心地になるときは、あたしから一〇キロ離れてろ」

「聞かれやしませんよ。聞かれていたとしても大丈夫です」

「御寵愛の余裕か? とにかくするなよ」

 そして雑談に流れる。というか、ケヴが地球のことを知りたがる。日本はどんな国でおまえはどんな風に育ったのか? 義務教育とは? 高等教育とは? 日本を含む地球の歴史は? その世界大戦てやつを詳しく。

 知識の及ぶ限り詳細に答えながら、アキラはその他パーツ――チョークチューブ、スライド、レシーバー、ボルト、弾倉チューブ、マグスプリング、トリガーアセンブリー、バットストック――の汚れも落として、除菌アルコールを染み込ませたパッチと紙タオルで溶剤の残留物を拭い取りつつ隅々まで拭い清める。

 それから、乾燥潤滑剤をパッチに垂らし、塗り漏れがないように三、四回、銃腔に通す。柔らかいブラシで銃身前端の表面にも塗って、媒体のアルコールが揮発するのを待ち、銃身後端にも塗る。全パーツに塗布・揮発の処置を順々に施していく。モリブデンの固着を速めるべく各パーツを静音ドライヤーで温め、銃腔にも熱風を送り込む。

「一〇〇〇万?」第一次世界大戦の死者数を聞いたケヴが驚きの声を上げる。

「第二次世界大戦はもっと酷いですよ。ぼくが読んだ本には六〇〇〇万てありました」

「六せ……地球は、マジで、イカれてんな。こっちの感覚で言うと、世界人口の一割が死んだようなもんだ。サロ帝国クラスの超大国が丸まる二つ、地図から消えた勘定になる」

「世界人口、六億なんですか?」

「四億から六億のあいだじゃないかと言われてるよ。もうちょい多めに見積もってる学者先生もいる」

「帝国で三〇〇〇万人?」

「書類上は、およそ二四〇〇万。戸籍システムがまだまだ行き渡ってねえし、各地の領主が上げる数字も怪しいから、正確とは言い難いけどな。で? 第三次世界大戦はもっと酷い感じか?」

「公式には、第三次世界大戦は起きていないです。でも〝すでに始まっている〟と分析している人もいます。覇権を巡って対立する超大国が、紛争中の第三世界に武器や資金を援助する代理戦争って形で」

 ケヴが笑う。「どこもやってることは同じか」

「ていうと?」

「今回のエクサリオの侵攻だよ。炊きつけたのはサロ帝国。ネマルク王国とロフト王国を陰から支援してるのは南部連合。ていうか、この半世紀のすべての紛争が同じテーマの曲を奏でてる」

「サロ帝国と南部連合はずっとバチバチやり合ってる?」

「そ。地理的な要因で直接的な武力衝突には至っていないけどな。構造的には、サロ帝国の南下を、南部連合が資金力で抑えてる感じだ。南部も必死だよ。あいだにある国々に防波堤になってもらわねえと、サロ帝国があっという間にぜんぶ平らげちまう」

「もしかしなくても、ケヴさんの故郷のイルジャン同盟諸国も援助対象?」

「そうとも。でなきゃ同盟成立から一年と持ちこたえられなかったろうぜ。興味があるなら詳しく話してやってもいいが、その前に、第二次世界大戦のあとの地球の歴史、教えろよ」

 冷戦とその後についてアキラの知っていることを語り終える頃、銃腔は無論、汚れが溜まりやすいボルト表面やレシーバー内部、頻繁な摩擦が発生する弾倉チューブ表面を、高純化モリブデンのパウダーで磨き終える。銀色に輝いている処置箇所を撫でてみる。ラテックスの手袋越しでも不自然なほどつるつる。組み立て直す前に、分解非推奨のトリガー機構に微量のモリブデンパウダーを振りかけておく。

 ファンクションチェックと三〇発のドライファイアでパウダーが引き金のパーツ間に行き渡り、そうとわかるくらい滑らかになる。

 そういや昨日の時点で、とアキラは思い当たる。自動メンテのフィールドストリップを終えたグロックも引き金が幾分軽く、滑らかになっていたような……

「終わりか?」

「レッドドットを拭いて、診断して、ゼロ距離をリセットして、後片付けして、終わり」

 汚れたパッチ、紙タオル、使い捨てのレンズ拭き、手袋をゴミ箱でデリートし、汚れたタオルと道具類は自動メンテナンスで〝洗浄〟にかける。

「洗浄機能、服や靴もいけそうですね」

「長い旅にはありがたいな。つっても、着替えがあんまねえけど」

「じゃあ服、買いましょうか。ぼくなんかこのボロズボン一本だし」

 靴同様、アキラはなるべく街着に見えるものを選ぶ。男性用Sサイズのカーゴパンツ三本(オリーブドラブとカーキと黒)。ベルト三本。白・黒・灰色のTシャツ七枚。ボクサートランクス七枚。靴下一〇足。長持ちさせるためのローテーション用にアサルト軽量ブーツをもう一足。そして犬のクソ色のベースボールキャップ。これだけあれば足りるだろう。

 ヘルプで下調べを済ませたケヴはマルチカムの戦闘服を選ぶ。

「無意味とは言いませんけど、馬車に乗ってたら迷彩の偽装効果はほとんどないですよ?」

「次の瞬間、徒歩で移動する羽目になったら? おまえも備えとくべきじゃね?」

「ぼくは……そのときになったら考えます」

「好きにするさ。ドロップの計測に使ってた物差し、貸してくれ」

「巻き尺ですか? 何に使うんです?」

「地球のブーツを試したいんだが、足のサイズがわかんね」

 ゴブリンの返り血で汚れた安物のHハーネスと戦闘ベルト、弾薬ポーチの代替品も見繕う。ウェヴギア路線を継続してもいいが、二人の共通見解として、チェストホルスターに留めた弾薬ポーチは弾倉を取り出しやすい。ならば、アンロックしたチェストリグを使えば弾倉交換がより簡便になるのでは? 確実に存在するであろうゲームとリアルの違いを見越して、まずは安物でお試しといく。

 チェストリグの装着位置や積載量を変えながら一〇分ほど実験したのち、二人は結果を共有する。

 胸の高さに装着:欲張って弾倉をたくさん入れると瞬く間にフロントヘヴィ。五キロの米袋と徳用の醤油を胸からぶら下げているも同然で、体軸にガツンと負荷がかかる。ただ立っているだけで疲れる。

 腹の高さに装着:胸の高さよりも比較的小さな負担で大きな積載量を扱える。なれどフロントヘヴィ。

 軍人として重装備の扱いに慣れているケヴがワンポイントアドバイスをする。

「ウェブギアのときも言ったが、前後左右のバランスが肝だ。適当な重さに調節したアサルトパック、背負ってみ。前後の平衡力が働いて楽になんぞ」

 確かに楽になる。

 が、携帯する装備の総重量が増えて少々動きづらい。体の前面や脇の下が嵩張るとロングガンの操作が難しくなる欠点も露呈する。

 ISトランクで五秒とかからずに弾薬を補充できることを思えば――なんなら木箱か何かにストックしておく方法も取れることを思えば――補給の見込めない長距離偵察兵のごとく重い荷物に喘ぐのは無駄な骨折りというものだろう。

 二人はチェストリグの基本コンセプト――高機動力――から外れないセットアップを組む。

 胸の高さに着けたチェストリグに催涙手榴弾を一個、10ミリ弾倉を六個。リグに接触しないようにハーネスを取り払ってベルトラインに下げた戦闘ベルトの、左腰から背中寄りに10ミリ弾倉を四個。右腰にはバックアップ拳銃のTP9、その予備弾倉を一個、催涙手榴弾を一個。ベルトの空きスペースはまだまだあるが、Hハーネスの支えがなくなった今、物を付けすぎるとずり落ちてくる。

 あとは――

「あっついですね、これ。熱がこもって汗止まんない」

「うん、そこはウェブギアの勝ちだな」

「安物だからかな?」アキラはSHOPをひらく。「通気性のいいやつがあればカンペキなんだけど」

 ある。

 メッシュ地タイプと、MOLLEマイナスを施した腹巻きっぽいタイプと、特殊素材を格子状にレーザーカットしたスケルトンタイプ。

 どれも〝グッチ〟装備で少々ポイントが重い。が、体力を奪う熱は死活問題。

 数点に絞った候補の中から、『SNAFU』で人気の高かった装具ブランドの一つ、クライプレシジョン製エアライトチェストリグに決める。ハーネスもフロントパネルも徹底的に肉抜きされたスケルトンタイプで、とても涼しそうに見える。

 インナーベルトに気流が発生すると謳っている同ブランドのAVS戦闘ベルトと、オープントップ型弾薬ポーチの定番HSGI製TACOと、照準装置やウェポンライトといったアクセサリー対応のサファリランド製トリガーガードロック式ベルトホルスターも一緒に購入。

「着替えの前に水浴びすんぞ」とケヴ。「状況とポイントが許すなら今後は一日一回必ず。ビョーキの予防と、気分をアゲルために」

 アキラに否はない。体がベタベタして気持ち悪い。自分でもわかるくらい汗臭い。買いたての冷水で沐浴したらさぞ爽快だろう。レディファーストで余ったハンドタオルと使わずじまいの石けんを渡す。

「めっちゃ泡立つんだが」と荷台の反対側からケヴの声。「今まで使ったことのある石けんにこんな泡立つのなかったよ。地球じゃフツーなの?」

「フツー。こっちに石けんあるんですね。初めて知りました」

「香料入りのやつが人気。花や香草、薬草が混ぜてある」

 とぷとぷピチャピチャいう水音と空のポリタンクを荷台に投げ入れる音に続き、またケヴの声。

「着替えるときだが、おまえがいま穿いてるぼろズボン、デリートするなよ。アーセナルに保管しとけ」

「なんで?」

「モンスターカントリーを抜けたときのことを考えれば自明ってもんだろ?」

 うん、自明ってもんだ。


 マルチカム戦闘服とLBEを身につけたケヴの姿はさながら、戦争映画の登場人物。こんなお姉さん、スウェーデンかどこかの軍隊にいそうだ。

「ブーツのサイズ、どうですか?」

「ちょうどいいよ」とフルサイズの戦闘ブーツで地面をバンバン踏みしめる。「これまで履いてたのはなんだったんだよってくらい、別物だわ。ちょいと硬いが、クソほど履き心地がいい」

 そりゃ履き心地抜群だろう。ケヴが選んだのはベイツ社のお高いやつだ。

 商売道具を査定する軍人の顔で夏物の戦闘服のさらさらした着心地に好意的な言及をしたあと、ケヴが新品LBEの着け心地についてさらに好意的なコメントを述べる。部分的に伸び縮みするからどんな姿勢を取っても弛まねえし、突っ張らねえし、常に体にぴったりして、少々飛び跳ねたくらいじゃまったくズレねえ。そして見た目どおり、通気性が良い。それなりに熱はこもるが、汗を吸った服がいつまでもべちゃべちゃしない。

 総じて、先の安物とは雲泥の差。

「あと肌着。マジ最高。特にスポーツブラ。最初はちょっと窮屈に感じたが、おっぱいをいい感じに支えてくれてすげぇ楽ちん。乳首が擦れてヒリつくこともねえし。女なら誰でも欲しがるぜ」

 反応に困ったアキラは、沐浴を口実に荷台の陰に退散する。ポリタンク三個分の水でさっぱりしたあと、懐かしき大量生産品の肌触りを愉しむ。ブリーフトランクスには違和感を拭えないが。どうやら、ノーパンライフも長すぎたたらしい。

 身支度を整えたアキラが戻ると、ケヴが散弾銃を取り上げる。

「一回りしてくる。あたしが戻ったらおまえ」

「何時間交代です?」

「見回りじゃねえよ。装備の検査。昨日は時間の都合でできなかったが、新しい装備に慣れたり問題点を洗い出したりするには、フル装備でしばらく歩いてみるが手っ取り早いんだ。歩兵の常識。本当はアップダウンのきつい丘がいいんだが……ま、歩きづらい林の中でも間に合うだろ」


 出発前ということで〝匂い〟規制の解かれた昼食のメニューは、ケヴがヌードル添えのビーフストロガノフ、アキラはグレーヴィーソースのビスケット、フガジには肉団子入りのフライドライス。栄養面から野菜ジュースを買い足す。

 食事をとりながら、アキラは昨晩のうちに済ませておくべきだったことを済ませる。

 簡易広域マップのスクリーンショット撮影だ。

 大きく後戻りしなければならくなったとき、地図があれば行動計画を立てやすい。一〇キロ以上も後退するような日は来ないかもしれないが、転ばぬ先の杖だ。

 地形の詳細をある程度つかめる縮尺で撮影していき、各スクリーンショットに南から北へA1、A2、A3と番号をふる。スクリーンショットをコピーしてケヴに送信。これで、〝両者がバラバラのスクリーンショットを基に判断〟式のいかにもありそうな認識の齟齬を予防できる。ビバーク地点の安全度にしても〝ここは赤だから今もヤバいかもしれない〟〝ここは青だから今も使えるかもしれない〟と幾らかの判断材料になる。

 ケヴがこれをさらに推し進める。

 中和済みコロニーの位置に印を付けて、メモランダム機能で種とおよその数を書き込んだのだ。

「その情報も必要ですか?」

「もち。一時的なもんでも、終の棲家にするつもりでも、コロニーの場所は、そいつらに都合がいい場所だ。壊滅させてしばらくすれば、後釜が居座ってる。移動の激しいくそチビどもなら尚更だ。おまえの懸念どおりに後戻りすることになったら生死に関わるぞ」

 なるほど、とアキラもそうする。

 食欲が完全回復していないため、監視の目をかいくぐって――「残すな、ぜんぶ食え」――ビスケットの半分をこっそりとフガジに処理してもらう。

 食後にもう一つ準備しておく。

 想定:交戦中に二人とも弾切れ近し、物置から予備弾倉を出す暇なし。

 解決策:二個のアモカンを買い、荷台に常駐させて、そこにフルロード弾倉をたっぷりストック。それぞれの蓋に油性ペンで大きく書く。〝10mm WOODSMAN〟。〝10mm HCFN〟。

 偽装タープの撤収と歯磨きののち、ケヴがハラスの具合を見る。それから、アキラにうなずいてみせる。

 本日の予定:日没までルートを辿らず、一九時を目安に余裕を持って手頃なビバーク地点に潜伏。

 出発前に二人は二〇分ほどドライファイアを行う。拳銃のファンクションチェックと、マークスマンシップの向上と、悪いことだらけのモンスターカントリーで今日一日を生き抜く心組みのために。

 不意にドットサイトの窓の中を四本脚が横切る。フガジ。実包はこめていないが、安全規則の観点からアキラは拳銃を地面に向ける。

「モンスターをキルするときですけど、フガジが銃の前に出たら危ないので――」

「考えてあるよ。交戦中はあたしらが銃を向けねえ方向、馬の正面で待機させる」

 ケヴに続いてアキラも、実包の弾倉をグロック10ミリに挿す。

「じゃ、用意はいいな?」

「ばっちし」昨日とは打って変わってアキラは本心で応じる。人間狩り部隊の動向が気がかりで、とにかく前に進みたい。追跡が不可能になるくらい、冒険者の活動領域から遠く離れてしまいたい。

 たとえ怪物との激しい交戦が確実でも。

 表示範囲ギリギリに要注意種のコロニーが一つ。だいたいどこにでもいるゴブリンのコロニーが複数。標的認定されていない名無しコロニーも、銃声が届きそうな距離に三つ四つある。

「昨日よりも忙しくなりそうだな」ケヴが言う。


 実際、昨日よりも忙しい午後になる。

 アンロックが捗る忙しさだ。

 出発から一時間でジュリエット3を中和し、アキラの散弾銃のキル数が一〇〇を超える。

 開放されたのは散弾銃の口径ならびに弾薬。前者は四一〇番径。退屈な日曜日の午後に裏庭で空き缶を吹き飛ばして遊ぶには最高の口径だが、この世の地獄ではお呼びでない。

 弾薬は〇〇〇番とミニシェルとハイエンド鹿撃ち弾。

 トリプルオートバックはでたらめな反動。ミニシェルは低パフォーマンス。

 断然、ハイエンド鹿撃ち弾。

 アキラは一瞬も迷わずフェデラルの自衛用〇〇番フライトコントロールを選ぶ。六〇箱/三〇〇発購入して、その半分を新たなアモカンに入れてケヴに渡す。

「ショットガンの弾は今後、フライトコントロール一本で。チョークをシリンダーボアチューブに交換」

「あいよ。チョークを替える理由は?」

 フライトコントロールに採用されている特殊なワッドは、射距離一〇メートル前後まで九粒のペレットを保持し続けて、一部の『SNAFU』プレイヤーから〝パターンがタイトすぎて動標的に当たらない〟との不満の声が出るほどパターンがタイト。だいたいどの散弾銃で撃っても一〇メートルで〝鼠穴〟を穿ち、二〇メートルで胸部の広さに九ないし八粒のペレットを密集させる。

 が、銃口を絞るとワッドの脱落が早まり、パターンが広がってしまう。

「ちょいちょいフライヤーが出ますけど、ほかの八粒は馬鹿みたいにタイト。射距離五〇メートル以上で行動不能を狙えなくもないです」

「フライヤーとは?」

「グループから大きく外れた弾のこと。九発入りダブルオートの場合、一発だけ、ほかの八発から離れた場所に飛んでいくペレット。原因は謎。八発入りのシェルでは発生しなくて、これも原因は謎」

「五〇メートルより遠くで、ペレット何発くらい当たる?」

「予測不可能」

 と、フガジが対岸の野原を駆けながらガウガウ吠える。

「東に新手のゴブ」とケヴ。「フガジ、来い!」

「数は……二〇プラス」

 その四分の三はグロック10ミリで易々と撃ち倒し、距離を詰めてきた残党の半数はケヴのモスバーグの餌食になる。バン、バン、バンで三体がダウン。カラミティ・ジェーンかよ。そして密に胸部にヒットした〇〇番の破壊力よ。樽野郎でさえ一発で瀕死だ。

 止めを刺して回るケヴを援護しながら、アキラは馬車のほうを窺う。ケヴの指示なのか、自己判断なのか、ハラスを護る位置にフガジが就いている。いい子だ、とアキラは胸の中で言う。

 マイクロホンには声に出して言う。

「一五メートル右に注意。手長が起き上がろうとしてます」

 ケヴがその小人(中)に散弾を浴びせる。

 行く手のジュリエット4所属もしくは名無しコロニー所属とおぼしき銃声に誘われた少数グループへの度重なる対処で、ケヴの散弾銃のキル数も一〇〇を超える。

 半時間後、ジュリエット4の手前でホテル1が立ちはだかる。

 標的符号の〝ホテル〟は被捕食怪物。一〇〇種を優に超える全被捕食怪物をひっくるめてホテルのため、なんのコロニーなのかは目視するまでわからない。

 アキラは手近な低い丘に注意深くのぼり、七五〇メートル先を肉眼で走査する。見っけ。新たに購入したライカのミニ双眼鏡で特定を試みるも、一〇倍率では細部が微妙に曖昧。大まかな特徴――放射能汚染された大地で究極進化を遂げた豚ないし猪のような生物――を基に、種を五つ六つに絞る。

 無線報告の最中、アキラはモンスターカントリー版の『野生の王国』を目撃する。

 二ダースほどの小人が倍の数のホテル1に忍び寄り……

「群れから離れてる一頭に襲いかかりました。たぶん仕留め――お」

「どうなった?」と街道上のケヴ。

 乱戦だ。

 しかし緑色の狩人たちは一分と経たずに総崩れる。逃げ、追いつかれ、次々と脱落。脚をすくうような形でぶつかられた小人の多数は、草陰に消えてそれっきり。少数派は立ち上がり、片脚を引きずるようにして逃走を再開するも、二度めの衝突を食らい、それっきり。

 逃げ惑う小人が一握りほどに減った時点で、ミュータント豚ないし猪が、街道から五〇メートルかそこらの薄い木立に帰り始める。

「威嚇射撃で追い払えませんかね?」

「やってみろよ」

 アキラは空に向けて一発撃つ。

「こっちのほうを気にしてますけど……逃げる様子は……ない、ですね」

「よし。特定してぶっ殺そう」

 数百メートル接近したのち、可変倍率くらいではいちいち反応しなくなっているケヴがミニ双眼鏡でホテル1の構成種を特定する。

 スワシア。

 大陸中に広く分布している雑食動物スワーニィと、偽物を意味する隠語の〝シア〟を組み合わせた造語。ケヴの強引な和訳だと〝シシもどき〟。好戦的なのは見てのとおりだ。体重五〇キロから一〇〇キロの体当たりは時に成人男性を殺す。より危険なのは、剃刀のように鋭い牙。

 ろくな長距離攻撃手段を持たないゴブリン狩猟班は体当たりと牙の刺突で蹂躙されたが、鹿くらいなら楽に射殺できる10ミリ拳銃と一二番径で武装した二人は、シシもどきを蹂躙する。これが猟場なら顰蹙もの。〝思いやりのある死〟には程遠い乱射、手負いになって逃げ惑うシシもどき、CSガス……

 続く数度の遭遇戦と大所帯のジュリエット4の中和で、まずアキラが、次いでケヴが、総キル数三〇〇に加えて散弾銃のみで二〇〇キルを突破する。前者でアンロックされたIRイルミネーターは夜にならないとテストできないので、後回し。

 後者でアンロックされたのは二八番径と、チューブ給弾式自動散弾銃と、施条スラグ。

 二八番径はともかく――せいぜい小動物用――これでようやく最低限の火力が整った形だ。

 自動散弾銃の価格帯はおよそ六〇〇から二〇〇〇ポイント。安物はぶっちゃけ、ガラクタ率が高い。高価ならなんでもいいというわけでもなく(弾さえ込めれば永遠に撃ち続けられるんじゃないかというくらいジャム知らずの名銃が多いのは確かだが)設計意図と使用目的が合致していないと痛い目を見る。例一:狭所や車載に適したコンパクトなガス駆動タクティカル散弾銃で高反動スラグを撃つと自分の肩に嫌われる。例二:長時間の携行に適した重量二・七キロの鳥撃ち用慣性駆動散弾銃で〇〇番やスラグを撃つと自分の肩が〝腕利きの弁護団を用意しておくんだな〟とのたまう。どちらにせよ、よほど扱いに慣れていないと反動に振り回される。

 アキラのチョイスは、慣性駆動よりも全般的に低反動なガス駆動。タクティカルモデルよりも全般的に低反動な狩猟用。

 撃ち比べるために二挺買う。

 高価なほうはベレッタA400Xトリームプラス。三つの銃身オプションのうち、最短の二六インチを採る。銃身が二四インチ以上あればほぼすべてのスラグは最高速度に達するため、最短でも大丈夫。590Sよりも取り回しが悪そうだが、こいつで家屋に突入する予定はないので、そこもたぶん大丈夫。

 平均価格のほうはウィンチェスターSX4〝万能狩人〟。同じくオプションの中の最短の銃身、二四インチを採る。

 ゲームの経験に照らせば、どちらのオートローダーもすこぶる低反動。

 両者にエイムポイントのPRO、ミニレール、カールセン社の弾倉拡張キット、メサタクティカル社のミニレール付き弾倉チューブ&バレル連結器、ミニIR、ONEスリング、と占めて六〇〇〇ポイント。もしこれがリアルマネーで、夫がなんの相談もせずにこんな買い物をしたら妻が戦争を宣言するだろう。アキラには税務調査官風の無表情と氷点下の眼差しで配偶者に詰問される心配がないし、出発から二時間で約一万ポイント稼いだし(度重なるポイント券の使用で未来の我が身が心配ではあるが)、この調子だと夕方までにさらに一万ポイント稼ぎそうなので、遠慮なくどーんと張り込む。命がかかっているのだから、むしろ安い投資だ。

 散弾銃との相性を見るべく、施条スラグは代表的なものを複数種類そろえる。 

 見張りに立ったケヴが問う。

「一二五〇FPS以下の弾を買わなかったのは、オートローダーがジャムるからだな?」

「です」アキラはマニュアルから目を上げずに答える。「予習しました?」

「うん。朝方に『射撃ガイド』でざっと。そんなにジャムんの?」

「ものによります」

「買った二挺は?」

「低速でも低発射圧でも安物でもミニシェル以外はなんでも食う……はずなんですけど、リアルじゃどうなのか知らないし、ハイクオリティかつホットな弾で様子見が安パイかなと」

「おっけ。スラグだが〝猛獣に対する自衛に有効、でも状況と条件、究極的には射手の腕前次第〟みたいな書かれ方だった。昨日の話じゃ、デカブツを殺れるんだよな?」

 その話に踏み込む前に、アキラは使用目的別の施条スラグについてざっと説明する。自宅防衛用スラグは軟組織に対する貫通力が9ミリ弾に劣る。鹿撃ち用スラグは反動が扱いやすい反面、大物には力不足。大物狩り/熊防衛用スラグは反動が扱いにくい反面、危険地帯では幾ばくかの心の平穏をもたらす。

 もちろん、アキラが用意したスラグはすべて大物狩り/熊防衛用だ。

 大物狩り施条スラグにできること:どんな大型陸上生物も思いのままに屠れる。

 というのは誇張があるにしても、直径二センチ弱の重い弾が分厚い骨や筋肉を貫いて作り出す長ぁぁぁぁいトンネル状の銃創を頭部や胸部や腹部に幾つか穿たれると、天寿を全うできる生き物はそうそういない。

 問題は、対象が力尽きるまでにかかる時間だ。

 スラグ対グリズリーの話題でよく出る例え話――前提:あなたは超弩級の生命危機に瀕してもその場に踏みとどまって銃を適切に扱ってのける金玉を持つ――すでに突撃態勢にある熊ちゃんになんとか数発命中させて、短時間で息絶える深手を運良く与えるも、アドレナリンの影響下にある(撃たれて激怒してもいる)捕食モード熊ちゃんの〝明かりを消す〟には足らず、ひょいとかわせるようなものではない時速五〇キロ超の体当たり(同スピードの軽トラに撥ねられるも同然)を食らい、銃がどこかへすっ飛んでいき、その下から這い出るどころか、呼吸すらままならない質量でのしかかられ、次いで顔面を食われ(グリズが獲物の攻撃手段を奪って抵抗力を弱めるためによくやる行為)、よしんば顔面むしゃむしゃを免れたとしても、首を噛まれたり引っ掻かれた腹から内臓がこぼれ出たりでもはや逃れられぬ死の足音を聞き、一矢報いて絶命した熊ちゃんの下で〝寒い……〟とか思いながら愛する家族に向けて聴き人知らずの辞世の句を……

 このシナリオは危険なほど高い確率で起こり得る。

 一二番径スラグよりも遥かに強力な弾薬で武装していようと起こり得るし、しばしば起こっている。

 脳を撃ち抜け、と誰もが助言する。突撃プーさんを一〇〇パー確実に止めるにはそれしかない、と。

 もちろん、生きるか死ぬかの瀬戸際で雷のように素早い捕食動物の脳を撃ち抜くには、愛息の頭頂部から林檎を射落としてのけたウィリアムテル張りのくそ度胸と名人芸を要す。あるいは一生分の運を。

 事態をさらに難しくしているのが、ハードウェアだ。

 施条スラグは全般的に精度があまりよろしくない。もし施条スラグに発声器官があれば「空気……力学?」と困惑を呈するであろう弾頭形状により運動エネルギーの減衰率が大きく、勢い弾道が急速に不安定化する。

 最適な射距離、四五メートルから七〇メートルの精度は〝ピンポイントと呼べなくもない〟と〝パイ皿を外さないという意味で及第点〟のあいだのどこか。八〇メートルから九〇メートルでは、ポテンシャルを最大限に引き出すセットアップであっても〝時には一発で仕留められる機会がある〟にとどまり、たいていは五分五分でバイタルエリアへの命中が怪しくなる。

 横風にも弱い。

 一般的な拳銃弾の倍から数倍、風に流される。射距離七〇メートルになると、10ミリAUTOでは標的を外さない程度に銃弾を押し流す緩やかな風が、施条スラグでは暴投を引き起こす最悪の敵と化す。

 地形もまた重要な要素だ。脱出ルート近辺は見晴らしが良く、捕食怪物に奇襲される危険性が低い反面、自分たちに都合の良い時と場所で待ち伏せを仕掛けるのが難しくもある。

 現実的な想定と問い:こちらを手軽なランチと看做すデカブツに遭遇して、強い横風の中、精度および射程に難のある施条スラグで、トップスピードに乗ったデカブツが一〇〇メートルを走破する六秒未満に、果たして何回発砲でき、何発有効打を送り込めるのか? それも、ただ当てるのではなくバイタルエリアへ。

「デメリットを強調しすぎたかもしれませんけど、でも――」

「いや、わかるよ。それで正しい。二人がかりで一〇発叩き込めば無力化、だったか?」

「ショットプレイスメントが良ければ、高確率で。キルできなくても、数発か五発以上ヒットした時点で相手が逃げるかも」

「化けモンの反応を当てにするのはナシだ。どたまを粉々にしてやろうぜ」

 ポンプガンとは異なる操作をドライファイアで手に馴染ませたのち、アキラは実包をこめる。拡張弾倉の分ややマズルヘヴィだが、元々のバランスが良いので、気になって眠れなくなるほどじゃない。590Sに比して引き金がほんの少し重い点も、手紙で家族に報せるほどのことじゃない。

 スラグの撃ち心地は――

「ノンチェプロブレーマ!」とA400が言う。「〇・八七五オンスでも一オンスでも一・二五オンスでも二・七五インチでも三インチでもローエンドでもハイエンドでもどんなブランドのどんな弾でも羽毛のように軽く撃たせちゃるぜ」低発射圧の自衛用フライトコントロールに対しても「マジお茶の子さいさい」

 もう少し具体的に述べるなら、熟練者ですら忌避したりフリンチを発症したりするスーパーホットなマグナム施条スラグを、〝窓〟越しに着弾を確認しながら速射できるくらい反動がソフト。それもプッシュプルなしで。低反動の自衛用フライトコントロールに至ってはもはや〝反動〟というより〝振動〟。何をこめようが自動小銃とタメを張る勢いでアホみたいに速く撃てる。当然の如く、マルファンクション絶無。

 SX4も「ノープロブレム!」ちょっぴり反動が強まるも、小尾板は肩を強打せず、筋肉にぐっと食い込むだけ。A400よりも軽量であることを考えれば驚異的だ。

 ボルトを開放ポジションにした未装填の二挺と弾薬をケヴに渡し、使い方を説明し、試射してもらう。

 各種弾薬をひと通り撃ち終えるのを待ってから、アキラは尋ねる。

「どっちのほうが使いやすい感じです?」

「甲乙つけがたいよ。強いて言うなら、こっち」と荷車に立てかけたA400を指さす。

 理由は、装填口が広く取られていてシェルを入れやすい。キャリアーストップボタンは少し煩瑣だが、操作と安全の両面でよく考えられている。ちと重いが、こちらのほうがスラグもペレットもど真ん中に飛んでいく印象がある。それに、とてもセクシー。

「〝セクシー〟?」

「大事な要素だろ。デザインの良し悪しは士気に関わるよ、マジな話」

「ああ、ですね。見た目だけで銃を選ぶ人もいるし」

「おまえはどっち?」

「こっち」とSX4を指さす。

 操作がシンプルでいい。スペーサーを取り外してLOPを短くできる点も自分の体格に合っている。おかげでポーチやチェストリグに小尾板が引っかからず、さっと構えやすい。

「なら、あたしが買うSX4、おまえにやるよ」

「じゃあ、そのA400、ケヴさんが使ってください」

 この点、二人は出発前に話し合い済み。

(1)ポイントに余裕が出来て銘々のバックアップ銃火器と予備弾薬が増えつつある今、武器を統一する意義や利点が薄れてきており、今後は装備選びの鉄則(22LRライフルは栗鼠狩りにはもってこいだが熊狩りには狂気の沙汰であるように〝目的が装備を規定する〟)を遵守した上で、自衛火器の鉄則(最も自信を持って扱うことができ、最も上手く当てられる銃を携行せよ)に適った各自のフィーリングに合うものを使う。

(2)てんでバラバラの武器だと切迫した状況下(アモカンは空、物置から補充する暇なし、チームメイトに借りようにも弾が合わねえ)では困ったことになるため、弾薬を共有できるように口径や弾倉は統一。

(3)弾薬も好みの分かれるところだが、〝咄嗟に借りた弾が自分の銃やセットアップとは相性が悪くてジャムりまくる〟式のチョンボを予防すべく、お互いの使用火器で問題なく撃てるものの中からフィーリングに合ったものを選ぶ。

(4)チームメイトの武器を使わざるを得ない場面に備えて、折を見てはお互いの得物を練習する。

 というわけで、二人はルール(3)に合致した好みのスラグを挙げる。図らずも両者の意見が一致する。ブレンネキ社のマグナム等級ブラックマジック。ケヴの選択理由は、九〇メートル標的の命中率が悪くないから。射撃の腕がケヴより数段落ちるアキラのほうは、広大かつ活発なグリズリーおよびブラウンベアの生息域を抱えるアラスカ法執行機関のゴールドスタンダードだから。

 ブラックマジックはポンプガンでは絶対に撃ちたくない超高反動スラグだが、SX4はそのもの凄い反動を肩が射撃疲れしない程度に和らげており、プッシュプルを加えると強めのマッサージも同然になる。アキラの腕でも七〇メートル標的にバンバン命中させられるくらいに。

 もちろん、無風と微風のあいだを揺れ動く最高の射撃コンディションのおかげでもあるが。

 狩猟や軍隊勤務で豊富な野外活動経験を持つケヴが、今日一日このコンディションは大きく崩れないだろうと予報する。

「明日は?」

「さあ? でも七割方、雨だな。日暈が出来てるし、うろこ雲が増えてる」

「雨か。雨きらいでなんですよ」

「きっと好きになるぜ。化けモンは野生動物みたく濡れるのをいやがるんだ。雨の日はうろつかずに、どこかに引っ込んで大人しくしてる。本降りになりゃ、一気に距離を稼げるぞ」

「へえ。もう好きになってきました。何日も続けばいいな、雨」

 慣らしを終えた自動散弾銃をフィールドストリップにかけるあいだ、アキラは例の気掛かりをケヴに問う。

「あの十字路からトータルで一五キロくらい進みましたけど、追っ手的な意味で、まだ安全圏って言えない感じですか?」

「昨晩も言ったが〝確実に〟となると、あと五キロ。あと一〇キロで〝絶対確実〟。砦ルートの外で往復五〇キロはリターンが限りなくゼロに近い投機的冒険だ。指揮官が強行してみろ、部下に殺されるよ」

 アキラの肩から緊張が少し抜けたのを見て、ケヴが言う。

「さ、後ろよりも前に集中しようぜ」

 当座の課題は三キロ先にある要注意種のコロニー。

 中和もしくは突破できなければ追っ手もクソもない。

「スラグで倒せると思います?」

「デカい捕食動物を殺せんのなら、問題ねえよ。同じデカブツでも二本脚は四本脚ほどタフじゃない」

 実証の機会はそれほど経たずに訪れる。

 小休止を終えて間もなく、要注意種のコロニー、ノーベンバー1の見回りだか狩猟班だかの数体がぶらりと現れたのだ。

「あれが〝単眼〟?」

「ああ。サイクロプス」

 サイクロプス。アメコミ映画にそんなのいたな。

 モンスターカントリーのサイクロプスは身長二メートル超のボディビルダー体形。一つ目小僧に成長ホルモンとステロイドを打ちまくって心に憎悪の炎を点したら、たぶんあんな感じだ。目から破壊光線を発射する恐れはなさそうだが、手にしている丸太同然の棍棒でぶっ叩いてくる恐れはある。

 一眼ボディビルダーは四体。

 馬車を認めて駆け寄ってくる。かなりの俊足で。

 少しでもダメージになればと、アキラは射距離一二〇メートル前後でG40を発砲する。引き金を引くこと十数回、10ミリ弾は一眼ボディビルダーを止めてのける。瞬く間に相対距離が四、五〇メートル詰まる中、アキラがSX4に持ち替える前に、ケヴのベレッタが咆哮する。このときもバン、バン、バンで三体がダウン。一体が立ち上がろうとするも、満足に力が入らないらしく、バランスを崩してふたたび地面に沈む。腹を抱えてうずくまっている一体はケヴに第二射を撃ち込まれて横様に崩れる。

 止めを刺したあとの検死で、ケヴがアキラを驚かせることを言う。

「スラグの威力、マスケットに似てるな」

「マスケットってこんなハードヒッターなんですか?」

「二本脚は殺せるっつったろ? 一発食らえば瀕死か行動不能だ。こいつらより目方のある二本脚になってくると、もう何発か当てて動きを止められるかどうかって感じだが」

 銃創から判断するに、スラグがもたらす肉体的ダメージは〝鼠穴〟距離の〇〇番と同程度。こんな深手に何発も耐えられる二本脚がいようとは……

 教わった要注意種を思い出しながらアキラは尋ねる。

「〝太っちょ〟や〝角頭〟のこと?」

「そ。ただ、あいつらも個体差があるからな。何発で倒せるとか、確かなことは言えねえよ。ちなみに、あたしが遭遇した個体はミニマムのほうだ」

「それでどれくらいの……?」

 ケヴが貫通銃創から引き抜いた矢柄でサイクロプスの死体を示す。「これより二、三〇センチ背が高くて、肉付きがもっと良かった。量ってないから知らんが、プラス五〇キロから一〇〇キロはあったはずだ」

 そのサイズをイメージしたアキラは小さくかぶりを振る。

 安心材料ほしさに訊く。「二本脚の大物もそう滅多に出くわさない――ですよね?」

「そこは奥地の分布状況次第だな」

 大文字で〝先行き不安だ〟と顔に書いてあるアキラに、ケヴが続ける。

「あたしらのバックに誰がついているのか思い出せよ。おまえのことが可愛くて可愛くてしょうがない、戦女神にして旅の守護神だ。少々難しい状況に直面しようとも、必ず解決策はある」

「ケヴさんはもうちょい現実的な人だと思ってたんですけど」

「あたしはゴリゴリの現実主義者だよ。地球産の罰当たり小僧でも理解できるように、言い方を変えてやろう。あたしが経験から学んだ知恵だ。マジな話、試練は〝偽装した祝福〟であることが多い」

 レモンからレモネードを作れって? 酸味が強すぎて、ただのレモン汁にしか……

 皮肉を口にする代わりに、アキラは実際的なことを問う。

「体長八メートルのデカブツ四本脚、マスケットで撃ちました?」

「うんにゃ。参考までに言っとくと、マスケットで人体大の的をそこそこ正確に狙えるのは五〇メートルかそこらだ。そんな距離まで近づけたくなかったから、遠目に発見するなり魔術師に対処させた。五人全員、くたくたになってたよ。マスケットで対処したのは黒毛と赤毛だ」

「どうでした?」

「黒毛は一〇人の一斉射撃で止まった。ひと回りデカい赤毛は、一斉射撃二回」ベレッタを軽く掲げて、「こいつなら一挺でマスケット八挺分の仕事だ」

「ケヴさん、オートローダー、もう一挺ずつ買いましょう。デカい二本脚や四本脚と遭遇したときに備えて二挺にスラグ。もう一挺とモスバーグには、ゴブリンなんかのこまい連中用にフライトコントロール。ノーベンバー1に近づいたら、オートローダーは三挺ともスラグを装填。二人で約五〇発なら、ノーベンバー1の数が多くてもいけるはず」

「いいよ。それでいこう」

「でも、準備にちょっと時間を食います。信頼性チェックとパーツの慣らしに二〇〇発は撃っておきたいし、自動メンテのこともあるし」

「生存率の向上には代えられねえよ」

「じゃあレッドドットやスリングなんかはぼくが買って渡します。ベレッタのほうがコストかかりますから」


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