Into Monster Country 3
フィールドストリップの完了を待つあいだ、互いに一八〇度の範囲を監視しながら水分補給する。汗で流れ出た塩分を補給するためにスポーツドリンクだ。下手な酒より美味い、とケヴが笑顔を覗かせる。ハラスにもそれぞれ、大きな手桶になみなみと汲んだ小川の水を与える。
怪物の姿がないとき、ここは本当に、のどかだ。ピクニック気分とまではいかないものの、アキラは心の凝りが幾分ほぐれるのを感じる。
「10ミリは貫通力が高い9ミリ、だっけ?」
「ええ」
「もっと威力のある弾にはできねえの?」
「10ミリがセミオートピストルで無理なく扱えるギリギリのライン。もっと上を求めると反動がめちゃくちゃになるし、反動を抑えるアクセサリーがろくにないしで、デメリットが多いです」
「セミオートじゃない銃は? 教本に載ってたリヴォルバーってやつ」
「弾が五、六発しか入らなくて、リロードに時間がかかって、反動のコントロールが悪化するおまけ付き」
「ならしゃあねえな。10ミリも、ポテンシャル的には、デカブツを止められる感じか?」
アキラはざっくり説明する。
10ミリAUTOにできること:ごく一部の物好きによる熊狩りで実績がある上、そのグリズリー並みの体格に撥ねられたら地上数メートルの高さに吹っ飛ばされる極めてタフなアフリカ水牛を射殺できる。
水牛の射殺は、レイザー・ダブスなるイカレトンビが計画的にやってのけている。
じゃあ誰にでも同じことができるのかというと、これまた、かなぁぁぁぁり怪しい。
このイカレトンビは、些細なミスが愉快ならざる空中散歩を意味するハイストレスかつハイプレッシャーな状況で水牛の群れに忍び寄り、約三〇メートル離れた場所から急所を狙って一発で撃ち抜いてのけた――それもアイアンサイトで!――名人級のエイムの持ち主。ほかの者が10ミリ拳銃でアフリカ水牛の射殺を試みたら、その多くは地上数メートルの空の旅へ強制射出されるか、地面の赤い染みになるだろう。
「この逸話からもわかるとおり――」
「ショットプレイスメントが鍵」
ケヴが監視と並行して、増えたマニュアルを読む。
そしてぼやく。「コンプの取説、不親切なんだが」
「どのへんが?」
「たとえばこの、OEMリコイルスプリング。リコイルスプリングはわかるが、OEMとは?」
ヘルプで調べろ、では不親切な感じがしないでもないので、アキラは答える。「オリジナル・イクイップメント・マニュファクチャラー。メーカーが自社製品を組み立てるときに使う標準的な部品のこと」
「じゃあ、反動やマズルフリップを低減って部分。マズルフリップって何?」
「撃ったときに銃口が跳ねる現象。コンプがそれを抑制するんです」
「どうしてそうなるのか原理が書いてねえけど、おまえ、わかる?」
「まあ、素人なりに」
「素人なりでいいから、教えろよ」
「構いませんけど……実際の話、作用反作用の法則、どれくらいわかります?」
「おまえはこの世界とあたしを馬鹿にしてるだろ?」
「してませんてば。ただの確認です。まず銃の反動は、反作用です。作用は、銃口から弾と燃焼ガスが飛び出す力。反作用は、真反対の方向に働く同じ量の力。コンプのマニュアルに載ってる図、見て。上面に三つ、両側面に二つずつ、排出口があるでしょ? 燃焼ガスの一部がその方向に誘導されることで作用が分解されて、その分だけ反作用も小さくなって、シューターの感じる反動が弱くなるそうです。
マズルフリップが小さくなるのは……えーと、作用反作用の基点は薬室で、フツーのハンドガンの場合、反作用を受け止めるのはグリップを握る手。薬室のだいぶ下です。なので、反作用が働くと、立てた板の先っぽを後ろに引っ張ったときのように、グリップを中心点にした回転運動が生まれて、銃口が上に動いて、でもコンプが上に噴出させる燃焼ガスが逆作用になる――ていうことらしいです」
「回転運動の部分、ストックを使ったときも考え方は同じ?」
「同じ。反作用を受け止める位置がストックを当てる肩になるだけ。USWのマニュアル、見て。ストック、少し傾斜してるでしょ? バットパッドの位置は銃身よりも少し下だから、肩を中心点にした回転運動。
グリップとの違いは、作用反作用の基点と回転運動の中心点を線で結んだときの角度。グリップは急角度、ストックは浅い角度。垂直に近い形で立つ板と、水平に近い形で斜めってる板とでは、両者の先端に水平方向の反作用が働いたとき、抵抗の度合いに差が出て、その度合いが大きいほど、反作用は多く消費されます。よって、ストック付きピストルのマズルフリップは小さくなり、増加した本体重量やコンプの効果と合わさることで、お掃除中のG40はとてもフラットでソフトな射撃ができる」
ケヴが肩越しに振り向く。
「おまえ、そういうのどこで習ったんだ? コートーガッコー?」
「高校じゃ習いませんよ、こんなの。銃に詳しい友達から」
リカルドとボブは今どうしてるんだろ? プロ戦の真っ最中なんだろうか……?
もはや見慣れてきたケヴの探るような視線に、アキラは胸の中で答える。
そのうちぜんぶ話すから、お姉さん。
スプリングを交換する意図をケヴが尋ね、アキラはわかる範囲で答える。コンプが作用を分解すると、スライドのサイクルに必要な反作用が奪われ、勢いリコイルスプリングを正常に圧縮する力が不足し、スライドの速度が遅くなったり、きっちり後退しなくなったりで、最悪、排莢と給弾のタイミングが狂ってジャム。このコンプの場合、発射圧の高いフルパワー弾薬ならOEMリコイルスプリングでちょうどいい塩梅になるようだが、発射圧の低い練習用の弾では――
「あ、大事なこと思い出しました」
「何?」
「買い物」
靴。
ミリタリーファッションが好きではないアキラは、なるべくミリタリーブーツに見えないものを選ぶ。
コンバースのスニーカーっぽさがあるアルタマ・マリタイムのアサルト軽量ブーツ――きみに決めた。ゲームにはなかった靴下や中敷きまで売っている。気の利くこった、くそ宇宙人。
荷台を降りて、おニューの靴に紐を通す。とても文明的な気分になる。右足の火傷をチェックすると、二つの小さな水膨れ。たぶん放置で大丈夫、と素人判断を下す。
靴を履いて……違和感を覚える。視点が微妙に高い。足裏と地面のあいだにしっかりとしたクッションがあるおかげでフワフワした感じがする。どうやら、裸足ライフが長すぎたようだ。
行ったり来たりして履き心地を確かめる。自分のサイズよりも一センチ大きな靴と、調整用の中敷きと、厚手の靴下の組み合わせが「靴擦れの心配はいらねえ、爪先が痛むこともないぜ」と保証している。新品なので硬いが、そのうち馴染むだろう。
ケヴがじっとアキラの足元を眺めている。
「えらい上等な作りじゃん、地球の靴」
「ケヴさんも買います?」
「ただでさえ未経験なことをいろいろやってんのに、履き慣れた靴を変えるのは、いい考えとは言えねえよ」
フィールドストリップ進捗状況の円形ゲージが埋まる。
準備に先立ち、二人は、空きISスロットを消耗品の物置に任命する。お目当ての物資を装備一覧から探してドラッグ&ドロップの手間がない分、アーセナルに仕舞い込むよりも手軽で便利だ。相手のPDAを操作しなければならない場面を考慮して、物置はISスロット8で統一しておく。
まったく出番なしで場所塞ぎの重りと化している発煙手榴弾を早速、ISスロット8に入れる。
9ミリ弾倉もスロット8に入れ、空いた弾薬ポーチにグロック10ミリ弾倉を入れ、ポーチに入りきらない四個はリュックに入れ、デカい棒マグはG40に挿しておく。TP9はバックアップ拳銃として残し、その予備弾倉二個はダンプポーチの隣。
ケヴがG40を掲げる。
「これにもホルスター、要るんじゃね?」
いや、とアキラは思う。装着できる場所がないし、なんとか場所を作っても、両手が必要になる度に銃をいちいち挿したり抜いたりは賢くない。CSグレネードを使ったとき面倒だった。手を離せばぶら下がり、手を伸ばせばつかめる、スリングがいい。確かUSWシャーシにスリングを装着する五秒動画が……
クリップ式アダプターの一点スリングを買い、たすき掛けにしてG40を体側に吊るす。ちょっとぶらぶらするものの、いい感じだ。こまごました出費が想定よりも増えているのは困りものだが。
スリングの具合を見ているケヴに、アキラは片手を差し伸べる。
「望遠鏡、貸してもらえます?」
道先に望遠鏡を構えるアキラの様子を見守ってから、ケヴが尋ねる。
「いるのか?」
「いますね。さっき殺しまくった場所に、小人の小が四匹」
「コロニーのちんぽしゃぶり仲間が様子を見に来たにんだろうよ」
「何か後ろのほうに合図を……あー、街道まで伸びてる長い木立の陰、別口がちょろちょろしてます」
「数は?」
「たくさんいるっぽい、としか。樹と藪が邪魔でよく見えません」
ちょっと貸せ、と言われて、アキラは望遠鏡を返す。
しばらくしてからケヴが観察結果を口述する。「二〇以上いる。巣を空っぽにするわけがねえし、居残り組と合わせて総数は恐らくあの倍かな。無理もないが、ずいぶんこっちを警戒してる」
「怖がって逃げてくれたり……?」
望遠鏡を下ろす。「あたしらは数で言えば容易い獲物だ。見逃しちゃくれねえよ。仕掛けてくるとしたら、あの木立。待ち伏せにうってつけだ。こっちが動かなければ、そのうち痺れを切らして、阿呆みたいに突っ込んでくるぜ」
「時間はぼくらの味方じゃないですし……期待どおりの行動を取るのはどうです?」
ケヴが目顔で質す。
アキラは言う。
「容易い獲物っぽくうかうか近づいて、釣り出して、ガスで嵌め殺し」
誰しも五歳になる頃には体得している処世訓――同じトリックは二度使うな。
けれども、そのトリックを体験した個体はすべてお星さまになったため、CSガス嵌め殺し作戦は今回もゴブリンを嵌め殺す。
走れば追いつけそうな、しかし簡単には追いつけない絶妙な距離でケヴが馬車をUターンさせたのも大きい。容易い獲物(たったの二人と一頭)に逃げられると見て取ったゴブリン大中小が、射線を遮る木立から、射線を遮るもののない野原と街道にまんまと飛び出し――
二分で決着がつく。
安全策は生き残りの出血死を待つことだが、生憎、二人は時間と競争中。
刻一刻と日没が迫っている。
怪物たちの支配する夜が。
「五〇突破!」
「こっちは二七!」
「ケヴさんのキル数、稼ぎましょう。まだ生きてるやつ、そこから撃てます?」
「全部はムリだ」と御者台から飛び降りる。「起伏で見えにくいし、手前のと後ろのが重なってる」
アキラが援護する横で、ケヴが歩を進めながら順々に止めを刺していく。
死んだフリを警戒して、動かない個体にも撃ち込む。死んだフリをしていた手長ゴブがギャッと声を上げて逃げようとするも、二人に撃たれて倒れる。
ケヴが弾薬ポーチを叩いて回る仕草から察したアキラは、自分の予備を差し出す。
その弾倉を撃ち切る前に、弾を食らわせる小人がいなくなる。
「何キル?」
「四九」ケヴが無感動に付け足す。「惜しいな」
コロニーの表示は未だ赤だ。
「なんかめっちゃ多くありません? こいつら別口とか?」
「こんだけ近けりゃ別口の線はねえよ」
「大きな群れで一〇〇から二〇〇のあいだ、でしたっけ?」
「ああ。二〇〇だとしても……ひょっとしたら、素通りできるかもな」
「なんで?」
「化けモンは身重の個体や幼体を護るから。ゴブは繁殖力が高ぇし、残りはそういうのが多いはずだ。数がぐっと減った今、その元凶に構うより、群れの存続を優先する可能性が無きにしも非ず」
「だといいですね。もうこいつらの顔は見飽きました」軽口とは裏腹に、アキラの眼差しには疲れと憂いがにじんでいる。
「よう、地球人。いっちょ勝負といこうぜ」
ケヴがズボンのポケットをごそごそして、掲げられたそれが陽光を鈍く反射する。激太りする前のエルヴィスに似ていなくもない男の横顔が浮き彫りされた黒ずんだ銀貨。
「素通りと通せんぼ――どっちか好きなほうに賭けろよ。モンスターカントリーのクソさ加減を知る賢いあたしは通せんぼにこいつを張る」
頼もしい人だ。こんなときでも余裕と気遣いを忘れない。
アキラは気遣いに乗る。
「賢くないぼくは素通りで。賭け金がないですけど」カランに貰った三ラートは冗談の博打に使っていいお金じゃない。「ぼくの貞操でも賭けましょうか?」
ケヴが口をひらきかけ、閉じ、アキラを長々と見つめる。
そこはかとなく不安にさせられる、じっとりした眼差しだ。
「あー……性的なジョークはタブーでした?」
「いや?」
「じゃあ何か罰ゲームを……」
アキラの言葉が尻すぼみになる。
クソが。ケヴが毒づく。
待ち伏せに利用されかけた木立からずらっと進み出た、新たなゴブリン大中小の混成集団。
潰したばかりの集団の、約三倍。
彼我の距離は一〇〇メートルもない。
しかし新手のゴブリン軍団は、木立の端から動かない。街道や野原に散乱しているお仲間の惨状に、警戒心を甚く刺激されたようだ。遠巻きにして二人を窺っている。
「マズイな」ケヴが囁く。
うん、いろいろとマズイ、とアキラは胸の中でうめく。もう手持ちの弾があんまりないし、CSグレネードは使い切ったし、予備弾倉もろもろが入っているリュックは馬車に置きっぱだし、その馬車ごと、緊張がピークに達したらしいハラスが逃げてしまった。
街道を一目散に南下する馬車の動きに、ゴブリン混成集団にさざ波が走る。
が、用心がまさったらしく、木立から動かずにいる。
「車輪止めを忘れたチョンボはこれを生き延びられたら改めるとして――」
迂闊なアキラとは違い、なんだかんだで抜け目のないお姉さんがアサルトパックを下ろそうとする。アキラは制止する。リュックの10ミリマグじゃ、あの数にはとても足りない。物置の9ミリマグは……ストックなしのTP9と自分の腕前では命中精度に難がある。
「ケヴさん、CSグレネード買って。ぼくは弾。もう対応中。二〇秒以内」
長くもない一六年の人生で最も長い二〇秒になる。
FIREARMS、PISTOL、AMMUNITION、CARTRIDGE、10mmAUTOと矢継ぎ早に画面を進めて、四五〇発のウッズマンと三〇個の一五連弾倉を、気が急きながらISスロットに入れる。
ちらりと視線を上げる。ゴブリン軍団がじりじりし始めている。ひとたび連中がその気になれば、スキップや側転や鼻歌を交えながらでも一五秒以内にここへ殺到できるだろう。
焦りのあまり震える指で弾倉にロード、受け取りコマンド。
しゃがんでISトランクをあけながら、ふたたび木立のほうを窺う。
動きだす様子はない。まだ。
自分のISトランクを出したケヴが言う。
「三匹、来るぞ」
その三体はどういうわけか、ほかの仲間を置き去りにして万歳突撃を敢行している。
意図不明ながら、殺意は充分に伝わってくる。
ケヴが撃つ。
アキラも撃つ。
頭かどこかに当たったらしく、万歳突撃野郎が走る勢いのままつんのめって動かなくなる。ほかの二体はケヴが撃ち倒す。
木立に居並ぶ集団がざわつく。
二人はお互いのISトランクに手を伸ばして、弾倉と手榴弾をせっせとポーチに入れる。
「今のは様子見だな。連中、襲うかどうか迷ってるくさい」
「この世の終わりまで迷ってくれたらいいんですけど」
「あいつらは街のごろつきと一緒だ。頭が悪くて衝動的。遅かれ早かれ、数を頼みにかかってくるぜ。おい、ストップ。もう充分だ。それ以上は重くなりすぎる」
「じゃあ残りはスロットに待機で」
それぞれトランクを閉じて消す。
ケヴがちらっと背後を見る。アキラもつられて見る。馬車ごと地の果てまで逃げたかに思われたハラスは、街道を五〇〇メートルほど下った地点で立ち止まっている。
「馬車のほうに走るぞ」
「アレ、馬車が壊れたせいで止まっ――」
「その心配はあとだ。ゴブからガチで逃げるわけじゃない。この位置関係じゃ包囲されるが、あたしらを追いかけたら自然と最短距離に――」
「密集するかもですね」アキラは催涙手榴弾を手に取る。「どれくらい走ります?」
「とりま、一〇〇メートル。そこらの死体に躓くなよ。3カウントの三でいくぞ」
第二幕を覗き見していた個体がいるらしい。あるいは、危機意識の高い個体がいるらしい。
CSガス嵌め殺し作戦の第三幕は、それほど思い通りにいかない。
ガスを回り込む連中が現れて、二人は対応に大わらわになる。間断なき突撃の第一波は二〇メートルで阻止。第二波は一〇メートル以内で阻止。第三波は、返り血をひっかぶる距離でからくも阻止。
交戦中にさらに逃げてしまったハラスのほうへアキラは両目を眇める。地面が隆起した箇所の天辺に馬車のシルエット。
良いニュース、馬車は壊れていない。悪いニュース、炎天下の一キロ走。もう一つ悪いニュース、ゴブリンの返り血が発砲の熱で粘っこくなってグロックが機能不全。
アキラはミネラルウォーターを浴びせる。モリブデン効果で表面の血はあっさり落ちるも、隙間という隙間にねばねばが残っている。頼むよ、と祈りながらぱっぱっと拳銃の水気を切り、手でスライドがガチャガチャ動かして、山といる手負いの一体に銃口を向ける。パン! しかし引き金の具合がおかしい上、やっぱりスライドがきちんとサイクルしない。ケヴのG40も似たような症状に見舞われている。
バックアップの9ミリを手負い連中へ向けて距離をとりながら、ケヴに早口で言う。
「ローランドもう一挺買いましょう」
「ショットガンは? 買えるようになったんだろ?」
「少ない装弾数とリロードの手間と強い反動と短い射程が多勢向きじゃないんです。道中でたくさん出てきたら対処できません。そもそも触ったことすらない銃を練習しないで正しく使うなんて無理です。ポイントのこと考えるとマジ頭痛いんですが、こうしてる今にも馬車が襲われるかもだし、9ミリだけじゃ――」
「オーケー、買おう」
改変版ローランドスペシャル2号を手にした二人は、1号を自動メンテナンスに突っ込み、牽制の催涙手榴弾を投じ、手負いの群れを放置して一目散に街道を駆け戻る。
第一集団の墓場に差し掛かると、蹄か車輪にやられて酷く損壊したゴブリンの死体が幾つもあり、そのスイカみたいに砕けた頭部が、戦闘麻痺の無感動のベールを突き破ってアキラに吐き気を催させる。
ともあれ、一キロは悪いことが起きるのに充分な距離だ。アキラは四方を警戒しながら有名な虚勢を言い換えて何度も何度も胸の中で繰り返す。
〝イェー、モンスターカントリーに踏み入ろうともぼくは何者も恐れない……ぼくこそがモンスターカントリーで最も卑劣なSOB!!!!〟
あっけなく馬車に辿り着く。逃亡者はのんきに街道脇の草をはんでいる。見たところ、怪我もなく無事。500m制限のタイムリミットも免れて、荷台の装備はあるべき場所にちゃんとある。
ものの数秒で息を整えたケヴが、ハラスと荷車の状態をチェックする。
まだゼエゼエいっているアキラは、ショットガン開放に伴う諸々をチェックする。
ボーナスポイントが三〇〇〇。散弾銃のほかに購入可能になった装備が、暗視装置、スタンドアロンIR(赤外線)レーザーポインター、OC(唐辛子成分)手榴弾、単眼鏡、ミニ双眼鏡、チェストリグ。
アキラの本命は散弾銃よりむしろ、暗視装置。夜間の索敵能力および行動能力、ひいては生存率が段違いになる。ことに日暮れまで秒読み段階の今は。
ただ……
ここまでの総獲得ポイント一五〇二五に対して、出費が一三〇〇二。
出費が許容範囲を五〇〇〇ポイントも超過した原因は(1)ローランド2号。(2)想定よりも多かった弾薬関係の消費。(3)都度買い足した〝絶対に必要なものリスト〟から抜けていた諸々。
良くも悪くも使わずじまいに終わった(1)の出費が一番響いている。
その結果が残高、二〇〇三ポイント。
弾薬代や手榴弾代を差し引くと、暗視装置の予算は九〇〇ポイントぽっち。
消耗品代をかなり切り詰めても、僅か一二〇〇ポイント。
リフレッシュレート六〇Hzのデジタル暗視装置なら手が届く。その本質はデジカメにすぎず、〝ラグ時々フリーズ〟が夜戦のお供には致命的だが。第一世代のアナログ暗視装置も手が届く。大きな技術的跳躍を果たした第二世代に比べると幼児用玩具も同然で、赤外線投光照明装置の補助があっても暗視距離は極めて短いが。そして赤外線投光照明装置は未開放。
いやこれ、マズくね……?
簡易広域マップを出す。
いつの間にかジュリエット1が黄色表示に……ま、そこはいい。
蛍光ブルーのビバークサイトまで五キロ。蛍光イエローまで四キロ。そして日の入りまで九〇分あまり。道中であり得る遭遇戦、ジュリエット2への対処……蛍光イエローでも時間的にギリギリくさい。首尾よくいったとしても、夜間の万一を考えたら、まともな暗視装置がないのはガチのガチでマズい。
「ケヴさん、ポイント残高は?」
「ちょい待ち……二九〇七。訂正、三二。いま増えた。やっぱキツイの、ポイント?」
「ええ、まあ、かなり」
間を置かずにアキラのポイント欄も二五増える。放置した第三集団の手負いの一体が、ケヴのキルに続いて出血死したようだ。また二五ポイント。焼け石に水。ケヴのほうが約一〇〇〇ポイント多く残っている点も事態の改善には程遠い。
イヤプロが鳴って新着通知を告げる。頭を悩ませるのに忙しいアキラは後回しにする。
考え方を変えよう。消耗品代やヘルメット代をぼくがもてば、ケヴさんは暗視装置にポイントを丸々使える。ジュリエット2の規模次第だが、姉御のキル数を優先し、増えたポイントでもってアナログのGen2を二個、またはGen2とGen3を一個ずつ用意してもらう、というのはどうだ? Gen2でも二個は厳しいか? ていうか、ぼく一人で消耗品諸々を賄うのは無理筋では……?
なお悪いことに、いつの間にか流れ雲が増えている。今夜は曇天かも。
一人が暗視装置、一人が肉眼という、周辺光が不充分な環境では連携に混乱をきたしかねない夜戦プラン(と遥かに安上がりだが周囲数キロに居場所を喧伝することになるウェポンライト導入プラン)の成功率をアキラが計り始めたとき、ケヴが言う。
「コロニー中和ポイントだとよ」
一拍遅れてアキラは顔を上げる。「何ポイント?」
「コロニー中和ポイント。今の神託。受領したら三〇〇〇増えたぜ」
神た……え? マジ? ていうかコロニー中和ポイントって何?
通知を見る。確かに、ジュリエット1中和の功労を称える文言と共にコロニー中和ポイント三〇〇〇を贈呈とある。通知画面を最小化してリアルタイム戦術マップを出す。なるほど、ジュリエット1が消えている。通知画面を最大化して受領をタップ。ポイント欄が三〇〇〇増える。これ、マルチプレイの戦闘手当みたいなもんだろうか? あれよりずっと多いけど。
「もう一件の神託、読んだか?」
「いま読むとこ」
その通知内容は、ゲームシステムとは完膚なきまで無関係。
【ポイント券について】
ジュリエット1の中和によりポイント券が発行されました。券を使用すると〝メイシア=ウギ=ア
ルマ=クフが化身した折にその願い事を叶える〟との魂の契約と引き換えに5000ポイントが贈
られます。
*メイシア=ウギ=アルマ=クフの願い事の内容は開示されておりません。化身したご本人様に
直接お問い合わせください。
*願い事を叶えるのはチームリーダーとなります。チームメンバーが使用した券にもチームリー
ダーに契約履行義務が発生いたします。
*契約不履行の罰則については化身したご本人様に直接お問い合わせください。
ポイント券を使用しますか?
〈YES〉
願い事……? ぼくに? このモルモットに? アキラは小首を傾げる。くそ宇宙人、意図がちょっとわからないよ。
「ポイント券てやつ、もう使いました?」
「まだ。一応確認してからのほうがいいと思ってな。使うぞ?」
「いやいやいや、待って待って」
「なんで? もらえるもんはもらっとけ」
「そりゃケヴさんには契約履行義務ってやつが発生しませんもんね」
「何ビビってんだか。ポイントが足りなくて困ってるときに、チョロい取引でポイントくれるっていうんだ。使命の件といい、おまえは戦女神にチョー好かれてる。悪いことなるはずがねえよ」
おかしな取引でポイントをくれるのはたぶん、とアキラは考える。くそ宇宙人が被検体の悪戦苦闘を長く楽しみたいからじゃないかな。
「願い事なんて嫌な予感しかしませんよ。罠かも」
すると、この数時間で見知った人柄にはそぐわぬ脳天気さでケヴが言う。
「罠とは笑わせる。どうせデートかなんかだろ」
デート。安物のかつらを被った、目がデカすぎて、灰色の肌をしたやつをエスコート。本当にそんなもんで済めば御の字だろう。「生体サンプルとして血液と精液と生爪を一枚よこせ」でも最善のシナリオに入る。紀元前のローマ市民で沸き返る闘技場に連行され、剣を一本渡され、激おこのライオンが解き放たれ、我々をもっと愉しませてくれよ地球人、ラッセル・クロウごっこの時間だ、とかだったら目も当てられない。
でも……チケットの五〇〇〇ポイントはでかい。
一人当たりの予算が八〇〇〇ポイント増えれば、いま手に入る中では最高の装備を贖える。怪物が跳梁跋扈する夜の闇に怯えながらSAN値とオムツの心配をせずに済む。
超危険地帯のど真ん中にいる事実が、アキラに断を下させる。
「わかりました。使いましょう、くされチケット」
「馬鹿、おまえ、やめろ。罰が当たるぞ。御寵愛を受けてるからって調子に乗んな」
アキラは皮肉たっぷりに肩をすくめてYESをタップする。願い事とやらの件は気掛かりだけれど……明日の心配は明日にさせておけ。
二人はSHOPをひらく。
NOD(暗視装置)がアンロックされたといっても、まだ一段階め。
選べるオプションは、デジタルNV(暗視)またはアナログNV、民生規格または軍規格。デジタルNVルートは、現行の最新鋭機種と同等なれどゲーム世界では時代遅れのスペックのフルカラー単眼装置。アナログNVルートは、第一世代から第三世代のシングルチューブ緑ファスファー。
基本も基本だ。
当然、ラグ絶無で高ダイナミックレンジのアナログNV。当然、ラグビー部員並みの繊細さしか持ち合わせていない一八歳の落下傘兵の酷使に耐えうる軍規格。当然、「夜はおれたちのもんだ!」と豪語してもそれほど不遜ではない明るく鮮明な像を結ぶ第三世代。
アーマサイト製Gen3PVS14、予備の単三リチウム電池、カウンターバランス用の鉛、鉛用のポーチ、シングルチューブNODに最適なノロトス製INVGマウント、防弾性能はないものの落下物や衝突から頭部を保護してくれる軽くて丈夫なチームウェンディ製〝ぶっつけ〟ヘルメットをショッピングカートに入れる。
続いて、散弾銃。
散弾銃もアンロックは段階的だ。
いま選べるオプションは、一二番径または二〇番径、ポンプアクションまたはブレイクアクション、〇〇番から四番の鹿撃ち弾または四番から九番の鳥撃ち弾、マグナム等級の七六ミリまたは標準的な七〇ミリのショットシェル。
これまた、基本も基本。
当然、市場でまだ息をしているのか怪しくなるほど諸々の選択肢が限られる二〇番径よりも供給過剰気味の一二番径。当然、三メートルの距離で人を殺しそこなう鳥撃ち弾よりもゴールドスタンダードの鹿撃ち弾。当然、JHP弾と同程度に深く刺さる〇〇番。フェデラルのパワーショックラインから七〇ミリの低反動ショットシェルを四箱/二〇発。物は試しと七六ミリも二箱。練習用にフィオキィの八番ターゲット弾を六箱。
ゲームでは水平二連でキルしまくったものだが――『マッドマックス』と『ドゥーム』の影響だ――クソな現実のクソなコンバットシチュエーションでの実用性を取り、ポンプアクションに進む。
〝ショットガンONLY部屋〟で人気のあったポンプガンの二強は、レミントンとモスバーグ。メイドインUSA対トルコ産の使役馬。アキラの贔屓は、ドリルで穴開けの手間なしにレールと各種照準装置を装着可能なモデルが充実している使役馬。
内ネジ付き二〇インチ銃身の590Sをショッピングカートへ。
モスバーグのモディファイドACCUチョークと散弾銃用のレール、AT3タクティカル社のアルファ(ロングガン用のとても安くて頑丈なレッドドット)、スタイナー社のTORミニIR(主にピストル用のとても小さくて軽いIRレーザー)、10ミリ弾、CS並びにOCの催涙手榴弾、コンドル社のシェル弾帯、ヘルメット使用時の専用イヤプロとしてリバレイターHP4・0をもう一セット、そのヘルメット装着用アダプター、『SNAFU』プレイヤーのあいだで〝VTAC製品とどちらが良いか?〟とよく議論されていたBFG社のヴィカーズONEスリングもショッピングカートに入れる。
購入決定。
コロニー中和ポイントとポイント券の分がほぼほぼ消える。
「八〇分」見張りに立ったケヴが言う。
日没まで八〇分。
アキラは590Sのマニュアルを走り読みする。思っていたよりも……ややこしそうだ。続いて『初心者ショットガンナー雨宮アキラくんのためのショッティ射撃ガイド』の強調表示チャプターを――
初っ端の〝適切な散弾銃の選び方〟なるチャプターで、いきなり躓く。
ポンプアクション散弾銃は初心者の自衛手段には不適当、とある。
誰でも簡単に扱えるとの巷の評価はいったい……
セットアップとドライファイアののち、三〇発に満たない実弾練習でアキラは結論する。『射撃ガイド』は正しい。少なくともぼくに関しては、完全に正しい。ポンプガンはぼくに不適当。拳銃や自動小銃とは勝手が違いすぎる。最低でも何時間か練習しないことには、可能ならインストラクターの指導を受けないことには、一〇〇パー確実に、最悪のタイミングでヘマをこく。
一方、ケヴは一〇年来の友のようにポンプガンを扱ってのける。スピードロード以外は。
装填口に入れようとしたショットシェルを地面に落として、小声で罵る。「おまえよく左手でぱぱっと入れられたな。なんかコツあんの?」
「ぼく、本当は左利きなんで」
「マジか。右利き人間はどうしたらいいと思う?」
「困ったときの『射撃ガイド』」
ケヴが二、三の試行錯誤の末、左手で保持した散弾銃を横倒しにしてバットストックを右肩に預け、器用な右手で再装填を行うヴァイオリンリロードに落ち着く。
「〝ヴァイオリン〟て何?」
「地球の弦楽器」
アキラはヴァイオリンを弾く真似をしてみせる。
「こっちで言うならワーオルリロードか」とケヴ。
「〝ワーオル〟って?」
「こっちの弦楽器。おまえが今やったみたいに演奏する。なんであれ、これが一番速くて確実だな。グリップから手を離すのは気に入らねえが、弾を落とすよりは断然いい」
時間が押していることもあり、散弾銃のフィールドストリップは銃油仕上げでいく。ちょうどピカピカになったローランドスペシャル1号と入れ替わりで、買ったままの状態の2号もフィールドストリップへ。使い回せる拳銃は時間を気にせずモリブデン仕上げ。
見張りの合間に暗視装置のマニュアルを読みながら、ケヴが尋ねる。
「ゼロゼロバックの威力はどんなもん?」
同じくマニュアルで勉強中のアキラはつい笑みをこぼす。「そのゼロはオートって読むんです」
「なんでオート? セミオートとなんか関係あんの?」
「なんも関係ないですよ。セミオートのオートとは発音がちょっと違うゼロを意味する単語があって、それが二つでダブルオート。続けて読むと、ダブルオートバック」
「バックは何?」
「オスの動物、特に牡鹿を指す言葉。鹿は地球の中型草食動物。なので、鹿撃ち用のダブルオート、直径8ミリちょいのペレットが詰まってる弾。威力ですけど――」
〇〇番で社会のクズや浮気性の配偶者を撃ったことがある人ならよくご存知のとおり、ペレット全粒がばらけてヒットしたとき(例えば胴体・腕・脚に各三粒)、阻止力はあまり高くない。二回り小さなパチンコ玉がちっぽけな孔を点々と開けるようなもので、体格によっては即時停止せず、気質によっては戦い続ける。脳や心臓や脊椎を傷つけるか、相手が降参しない限り、脅威は脅威のままだ。
逆にペレットが密集してヒットしたとき、重なり合うくらい隣接した八つないし九つの孔による壊滅的な損傷と衝撃が肉体や意志の力を打ち砕く。その究極系は〝鼠穴〟。ペレットが一群となって胴体に大穴を穿つと、たいていの人間は床や地面や重力の求愛に抗えなくなる。たとえ重要臓器や太い血管を外しても一〇分から二〇分で出血死。
というわけで、射距離が肝要。
近ければ近いほど、良し。
一般家屋の屋内距離なら、ほぼ確実に〇〇番一発で片が付く。その道のプロフェッショナルたちが自宅防衛の第一候補に推す所以だ。
では野外距離は? 遠くを撃つときは?
パターン(散弾の飛散模様)の把握が不可欠。
散弾の特性上、一発ごとにパターンは変わるものの、ぶっ放す散弾銃によって〝こんな風に広がってこんな風にズレる〟といった癖が現れる。この銃のこの長さの銃身にこのチョークでこのシェルをこの距離で撃ったらパターンはだいたいこう、と把握するには、最低でも五メートル刻みで二発、万全を期するなら数メートル刻みで五発以上の試射およびデータ収集を要す。使用目的に適ったチョークとシェルの組み合わせを決定する際に避けては通れない下準備だ。
下準備を惜しんで実戦投入した日には、特に射距離二〇メートル以上で使用する場合は、狙った位置にろくに命中しない、ペレットの半分が的に掠りもしない、という事態がしばしば起こる。
「フルチョークを使えば三〇メートル以上でもタイトと書いてあったが?」とケヴ。
「バードショットは、そうです。バックショットはそうと限りません。銃口が狭すぎると大粒のペレットが玉突き事故か何かを起こして、派手に散ることが結構あるんです。ぼくの経験的に、下準備なしのバックショットにはモディファイドチョークが安パイ」
「その下準備、あたしが近い距離、おまえが遠い距離みたく分業すれば時短にならん?」
アキラは首を振る。「グロックのときも言いましたけど、まったく同じブランドのまったく同じモデルの銃でも個体差があるんです。他人の射撃データを流用するのは大失敗のもと」
「ならパターンのとこに書いてある〝一メートルごとに三センチ弱〟を参考に撃つのは?」
アキラはふたたび首を振る。「それ、ただの目安ですよ。よくあるのは、特定の距離を境にパターンが急激に広がるやつ」
「オーケー。たっぷり試射しなきゃどうなるかわかんねんと」
たっぷり試射をする手間が取れない今、散弾銃に出番があるとしたら、超接近戦。
具体的には、散弾銃の射程で言うところの青信号ゾーン、七ヤード以内。
その距離であれば、シリンダーボア(狭めていない銃口)であっても、どんな鹿撃ち弾をどんなフルサイズ散弾銃で撃っても、標的に〝鼠穴〟を穿つ。
あるいは黄色信号ゾーンの近め、一五ヤード以内。
その距離であれば、高確率で大半のペレットが胴体に命中する密集したパターンを描く。
どちらの距離にしろ、散弾といえど、ちゃんと狙わないと余裕で的を外す。
「76ミリはどうなんだよ? ペレットの数が多いほう」
「マグナムシェルは……二五メートルでもターゲットを止められるだけのペレットがヒットするかも。反動が強すぎてバカスカ撃てませんけど。たった一発でフリンチになりかけたし」
「〝フリンチ〟?」
「反動にビビって銃口を下げたりガク引きしたりする症状。最初の一発で肩付けをミスっちゃって。まだズキズキしてますよ、肩」
すると、ケヴの眼差しと声が厳しくなる。「どれくらい痛むんだ?」
「いや、ちょっと疼くだけ。痣も薄いし。消えたバトルライフルでも肩付けを何回かミスって――」
「その様子だと脱臼とは違うよな? 関節に違和感は?」
「ほんと大丈夫」アキラは右肩をぐるぐる回してみせる。
しかしケヴは、アキラの「大丈夫」に耳を貸さない。
「戦場ではどんな怪我も甘く見るな。たかが打ち身つっても、時間が経てば酷くなることもある。あの軟膏、切り傷にしか効かねえぞ。なんか薬、売ってないか?」
売っている。
ケヴにせっつかれてアキラはIFAK(個人応急キット)を買い、各種鎮痛剤を出す。医者でも衛生兵でもないが、現代版のモルヒネ、ケタミンのアンプルを使う場面じゃないことくらいはわかる。ほかはイブプロフェンとアセトアミノフェンとアスピリン。
横から覗き込むケヴと一緒に薬効を確かめてから、イブプロフェンの錠剤を呑む。
ようやく態度を和らげたケヴが散弾銃に話を戻す。
「想像してたよりも使い勝手が悪そうだが……デカブツの対抗手段になるんだよな?」
「適切な弾をアンロックしたら、ある程度は」
アキラはフローチャートを出して、散弾銃の射程および効力を最大限に引き出す各種モデルと弾薬、そのアンロック条件をケヴに示す。
「あたしの理解が正しいか確認させてくれ。ショットガン関係のアンロックに必要なキル数は、ピストルのキル数を含むトータルキル数じゃなくて、ショットガンだけのキル数」
「合ってます。今の時点じゃメインウエポンにできませんから、しばらくは止めを刺すのに使う感じ」
「りょ。大物相手にゼロゼ――ダブルオートバックはどうなん?」
ダブルオートバックにできること:理論上は、相手のサイズと射距離とショットプレイスメント次第でやる気満々の熊を射殺できる。
キーワードは、理論上。〝可能性〟と〝実用性〟とのあいだには、イスラエル人との初デートに第三帝国の勲章をじゃらじゃら付けて行くか、ジーンズの尻ポケットに『シンドラーのリスト』をさり気なく入れて行くか、くらいの隔たりがある。
要は、推奨されていない。
中には第三帝国の勲章に感心してくれる変わり種のイスラエル人もいるかもしれないが、賭けにならない蓋然性で神経を逆なでするのと同様に、ダブルオートはデカくてタフで意志強固なデカブツを追い払ったり射殺したりするよりむしろ、激怒させる。
至近距離で眼窩か喉に〝鼠穴〟を穿たない限り、相手は止まらないだろう。
「貫通力、射程、速射性能――どれを取ってもストック付き10ミリのほうが分があります」
「なら早いとこ、ショットガンを強化しなきゃだな」
二人はフィールドストリップの終わったモスバーグを、パトロール警官の携帯方法、クルーザーレディ・コンディションにする。マグチューブにフル装填、空の薬室、スライドのロックOFF、安全装置OFF。『射撃ガイド』によると、ほぼすべての散弾銃はモダンな拳銃のように落下暴発防止機構を備えていないため、これで安心安全。緊急時にはチャッチャッ、バン。
NODも現物で操作を確かめておきたいところだが、直射日光がレンズカバー越しに増幅管を損傷させてしまう恐れがあり、移動中の揺れのことも考えて、ISスロットに待機させておく。
それから、アキラは安物の寝袋と大型リュックサックを買い、丸めた前者を後者に詰めて散弾銃のベッドを設える。こうしておけば、取り回しの悪い散弾銃を始終担がなくて済むし、手の届くところに置いておけるし、馬車の揺れから守れるし、散弾銃が転がり落ちないようにリュックの圧縮ストラップで固定できるし、QDバックルのワンタッチ操作でぱっと外せる。思いつきの即興にしては悪くない、と自画自賛しておく。
陽光が弱まったことで夜のサングラスと化しつつあるスモークグレーのアイシールドを透明のものに交換し、多めに用意した予備の催涙手榴弾と10ミリ弾倉をISスロット8に入れて、準備完了。
手綱を取ったケヴが、肩越しにアキラのほうを向く。
「時間的に、青いビバークサイトは無理めだ。ジュリエット2の先にある黄色を目指す」
「ゴブ、多いですかね?」
「じゃねえの。小規模なコロニーは反映されないそうだし? アルマ=クフの基準が冒険者と同じなら、五〇匹はいるだろうよ。あと道中だが、さっき放置したチビども、キル数からして結構生き残ってる」
「また放置?」
「あたぼう。襲ってくる元気があるやつだけ、撃て」
「了解」
「少数の新手と出くわして、別口の姿ながければ、Uターンなしでガス。行動不能にしたのち、止めは刺さず前進再開。Uターンは進路を塞がれそうなときと、多勢のとき。いいな?」
「それも了解」
「少し飛ばすぞ。ジジイども、お疲れのとこ悪いが、もうひと踏ん張りだ」
ジュリエット2の位置する森からわらわらと出てきたゴブリン大中小もまた、CSガス嵌め殺し作戦の餌食になる。ほとんど水平位置にある赤く太った太陽が「そろそろ時間切れだぜ」と告げているが、頑張れば起き上がれそうな個体多数、ビバーク地点は割と目と鼻の先、となると、ここで負傷ゴブリンを放置するのは不穏当。二人は競い合うようにして黄泉路送りを行う。モスバーグを使って。
散弾銃の習熟曲線を僅かでも推し進めるOJT、兼、散弾銃のキル数稼ぎだ。
カンペキ人間ケヴは、再装填に少々手を焼いていることを除けば、お手本のように美しい射撃姿勢と滑らかな速射で仕留めていく。
アキラのほうは、まあ、そうもいかない。
すぼめた両肩をなるべく標的方向に正対させ、拳銃型ではない銃把が許す範囲で右肘を下げ、盛り上がった胸筋の端に小尾板をあてがったのは結構。両足を肩幅にひらき、利き足を少し引き、〇〇番の反動を上半身全体で吸収しやすいアグレッシブな前傾姿勢を取ったのも結構。
しかし一〇〇パー確実にへまをこくとの予感どおり、へまをこく。起き上がろうとしている樽野郎に意識が向きすぎて……スライドを最後までしっかり後退させずに押し戻すショートストローキング。初心者が頻繁にやりがちなミスの一つ。結果、バン! の代わりに、カチッ! 頭が真っ白になりかけるも、練習時に同様のミスを何回かやらかしていたおかげで、動作不良解消の標準的な手順を即座に思い出す。ポンプガンは乱暴に扱うくらいでちょうど良いとのアドバイスも思い出す。スライドを乱暴に再往復。けれども、カチッ!
点検すると、二発が同時に薬室に入ろうとして上下に詰まったダブルフィード。簡単に直る(と書いてある)不具合。実際、簡単に直る。イジェクションポートを地面に向けてアクション開放――上のシェルが落ちるかどうは五分五分で、悪いほうの五分になる。結局、中に指を入れて引っこ抜く。
スライドを閉鎖ポジションに戻して、バン!
樽野郎は二度と起き上がれなくなったものの――紫色の血しぶきやらなんやらをまき散らして頭部の質量が三分の一ほど消失――、初っ端からバタバタしたせいで、アキラは散弾銃の基本射撃術、プッシュプルを忘れる。
失敗から学ぶ少年アキラは(失敗しないと学ばないタイプでもあるが)次の標的でプッシュプルを行う。発砲する寸前、散弾銃を真っ二つに引き裂くかのようにプッシュ――スライドをつかむサポートハンドをしっかりと押し出し、同時にプル――銃把を握るファイアリングハンドを自分のほうへ引く。この単純な射撃術で体感的な反動がおよそ半減。二発目の発砲時は上体が軽く仰け反ることも、銃口が大きく動くこともなくなり、低反動弾薬との相乗効果もあって、一日中ぶっ放せるくらい肩で受け止める反作用がソフトになる。
単純な射撃術といっても熟達が必要だ。
熟達の対極にいるアキラは、プッシュプルからスライド操作へと滑らかに移行できない。
バン! のあとにぎこちない間が空く。
そんな見習いショットガンナーだけに、チューブ給弾式の定石も失念して、弾倉をすっかり空にしてしまう。初心者が頻繁にやりがちなミスその二を避けるべく、ショットシェルの向きをきちんと確認しながら弾倉チューブに込めていくも、途中で、地を這う手長ゴブに気を取られる。きっとそのせいだろう。再装填後、四度めの発砲でカチッ! 前後逆に込めたとおぼしいシェルをスライドの往復で排出し、発砲して、今度は弾倉が空になるまで撃つ前に、散弾銃をくるっとひっくり返してストックを脇に挟み、小まめにリロード。
二〇発なんてあっという間だ。弾帯が空になる。使ってわかったが、弾帯は弾の補充が手間。そこで、多目的な肩掛け鞄、〝引っつかみ〟バッグを買い、五〇発のショットシェルを放り込んで黄泉路送りを続行する。
アキラはだんだんポンプガンの扱いに慣れてくる。
発砲のたびに生み出される拳銃とは段違いの惨状におののきが走るが、それにも慣れてくる。むごい射殺体の大量生産で景観を甚く損なっている点に思うところがなくもないが、感覚も麻痺しつつある。とはいえ、〇〇番で頭を砕いたり下顎を吹き飛ばしたりは目と心に優しくない。なるべく胴体を狙う。
そろそろマスターしたのでは? と浮ついたことを考えた瞬間、またショートストローキングをしでかし、またダブルフィード。今度のそれは、二発のショットシェルがレシーバー内で玉突き事故。スライドを引いてシェルにかかっている圧力を取り払い、弾倉チューブから完全に出ているほうを親指で銃身側に押し込み、半端に出ているほうをシェルストップの奥まで押し戻す。
イヤプロがピピピと鳴った直後、横合いからケヴのがなり声。
「ジュリエット2、中和!」
「先に戻って準備して!」アキラは怒鳴り返す。「あとは一人でだいじょぶ!」
「油断するなよ!」
ショットシェル六二発ぶん軽くなって馬車に駆け戻ったアキラに、ケヴが言う。
「ビバークサイト、黄色から青に変わったぞ」
「ほんとだ」
因果関係は明白。ジュリエット2の中和。
ぐるっと辺りを見回す。「表示されないくらい小さな群れがそこらにいたとしても、これでちょっとは安心ですね」
「には早えよ」ケヴが窘める口調になる。「夜の状況次第じゃ安全度が下がるかもだ」
「心得てます」
「乗れ。手筈どおりにやるぞ」
自分たちの臭跡の攪乱だ。
ケヴいわく、四本脚はもとより、二本脚の中にも鼻の利く怪物がいて、身を隠したくらいでは臭いを辿られて襲われる危険がある。先人のノウハウに倣おうにも、野草の煮汁などで体臭を消そうと努めている冒険者や傭兵のメソッドは、効果が芳しくない。これもまた、夜間の生存率が低い要因だ。
二人の場合は、あとに残してきた山盛りのゴブリンの死体が怪物の注意を逸らす魅惑物、おとりになってくれるかもしれないが、アキラには、もう少し確実性が高い(と期待したい)攪乱手段に心当たりがある。
クマちゃんマップで学んだこと:潜伏地点周辺の地面や藪にベアスプレーを散布しておくとクマちゃんが残留催涙物質を嫌がって踵を返す公算大。
嗅覚の鋭敏な怪物もクンカクンカしたとたんに鼻腔で『スターウォーズ』がおっぱじまって獲物に忍び寄るどころではなくなるだろう。
OC手榴弾やCS手榴弾でも代用できるが――しかも放り投げるだけで広範囲に行き渡るが――「おや? あの遠い白いもくもくはなんだろう?」と臭覚に頼らない怪物どもの注意を引きかねず、ビバーク地点近辺での使用は賢明とは言い難い。
事前に購入しておいたベアスプレーをアサルトパックから出す。
500m制限で仕込みが無に帰してしまわぬよう、マップ上のビバーク地点と現在地の直線距離が半キロ以内に狭まるのを待ってから、アキラは荷台後部に寝そべり、二挺拳銃スタイルで構えたベアスプレーを流れゆく路面に向けて長々と噴射する。スプレーが切れる。新しい二本を用意したとき、ケヴが注意する。
「捕まれ。揺れるぞ」
ガタガタの小さな石橋を渡って右岸の野原に入る。アキラはふたたびベアスプレーを噴射する。不整地で揺れの激しくなった馬車の速度を落として、ケヴが前方を指さす。
「見ろ。あの木立だ」
「一応、中が安全か確認しますか?」尋ねながら新しいベアスプレーを出す。
「いや、もうタイムリミットだよ」
言われてアキラは気づく。太陽が遠い稜線に隠れて、放射状の残光が伸びている。ここからは一分刻みで宵闇が深まる。
「周囲に怪しい動きは?」
「ナーダ。でも森の中から覗かれていたらぱっと見じゃわかりません」
「そんときはそんときだ。あそこの少し開けた場所に突っ込むぞ」
広い野原のど真ん中にあるバスケットコート大の木立に馬車を乗り入れると、ガサガサばきばき騒々しい音が響き渡って、世界中に聞こえたんじゃないかとアキラは心配になる。
狭い空き地のどん詰まりでケヴが馬車を停める。
外より数段暗い。
不都合な先住民がいないかと、G40をあちこちに向けて耳をそばだてる。ドットの光が〝窓〟に溢れ気味で見づらく、マイナス印ボタンを押して光度を落とす。ついでに、夜の帳が落ちたら松明みたいに目立つであろうタッチスクリーンの光度も最低レベルに落とす。
ケヴが囁く。「NOD、もう使えるか?」
アキラは囁き返す。「肉眼で不便なく見えているうちは使う意味がありません。草木の色がわからなくなるくらい暗くなったら、ノッドの出番」
「用意だけなら?」
「この暗さなら……たぶんいけます」
「よし。先に用意してろ。あたしは外周に沿ってベアスプレーを撒いてくる。五分おきにマップでこっちの動きを追え。もし五分後もあたしが同じ地点に留まっていたら、問題発生と看做し、自己判断で動くように。無理に馬車を護る必要も、あたしを助ける必要もない。おまえの生存を優先しろ」
「だったらぼくも一緒に行きます」
ケヴが片手で押し止める仕草をする。
「真っ暗になる前に準備を整えなきゃいけないんだから、今は手分けする場面だ。それに、夜のあいだは常にべったりってわけにはいかねえ。一人は休息、もう一人は見張りと見回りって具合に別行動が増える。リスクとして受け入れろ。いいな? ほら、用意しろ」
NOD機材一式の組立、イヤプロを含めたヘルメットへの装着、鉛の重しを足したり引いたりの前後の重量バランスは、アバターを使ってぱぱっと済ます。現物の稼働部位のファンクションチェックも難しいところは一つもなし。
あとは、ゲームで再現されていなかった部分を幾つか、手作業で調整するだけだ。
リアルタイム戦術マップに目をやる。KEVの表示はビバークサイトの外縁部をごくゆっくりと移動中。順調そうだ。
アキラも順調に準備を進める。マニュアルで予習したとおりにヘルメットを被り、顎紐を閉め、暗視単眼鏡のアイカップが右目側のアイシールドをしっかりと覆うように高さと前後位置を調節し、電源を入れて、完全な視野が得られる本体角度を調節する。
刻一刻と暗さが増しており、増幅ノブを回して最低値の二五倍から徐々に上げる。
すると、シングルチューブNODのゲームとリアルの差異に、初心者の最大の難所に、ぶち当たる。
右目の視界は緑色の濃淡の暗視画像。
左目の視界は肉眼の夜景。
右目の視界は遠近感がろくにないフラットなイメージ。
左目の視界は片目で得られるだけの遠近感。
右目の視野は上下左右にたったの四〇度。
左目の視野は上下左右に平均七二・五度。
右目は周辺視野絶無。
左目は周辺視野を維持。
というわけで、左右の目がバラバラの、あまりにも異なる視覚上情報を受け取るせいで、脳がその処理にてんてこ舞いになり、悲鳴を上げる。
アキラは眩暈を覚える。分割視野は『SNAFU』で再現されていたけれど……モニターに映るそれと実地体験のこれとでは、まったくの別物。程度が、強烈さが、ぜんぜん違う。
いったん目を閉じ、あける。
あかん、おつむがひどく混乱する。
とりあえず右目だけ使って残りのセットアップを済ませてしまう。
前・後ろ・前――近景に焦点、細部が明瞭になるまでジオプター調整、無限に焦点。
ここでもまた、ゲームとリアルの違いにぶつかる。
ゲームのNODは近・中・遠景のすべてにピントが合っていたが、リアルのNODは、近くにピントを合わせると遠くがピンボケ。遠くに合わせると近くがピンボケ。無限にリセットした今は至近の物体がほぼ認識不能。例えば自分の手。ピンボケを通り越して向こうのものが透けて見える。
調節の仕上げに、空き地から覗く夜空を仰ぐ。雲間の星々の一番小さな光点が、これ以上ないほどくっきりするまで焦点リングをミリ単位で回す。セットアップ完了。
そのまましばし見上げ続ける。
半曇りといったところか。
薄雲の向こうに満月があるおかげで、予想していた空模様よりは明るい。
それに比べて、空き地を縁取る木立は不気味なほど暗い。
電源ノブを引いて回し、内蔵型IRイルミネーターを点す。案の定、出力が低すぎて野外ではろくに役に立たない。生物の目を光らせるので脅威の探知に使えないこともないが、もちろん、目の光だけでは相手が人間なのか無害な動物なのか怪物なのかよくわからず、特定可能な距離まで接近されたときは手遅れに近い。アキラとしては夜間の状況が悪いほうへ転がらないことを祈るばかりだ。
悪いほうへ転がったときの備えに、G40にTORミニIRを装着し、各ドットサイトの光度を暗視対応レベルに落として、夜戦用のセットアップを整えておく。
ここでみたび、リアルとゲームの違いにぶつかる。
照準。
ゲームでは単眼NOD越しにドットサイトを使えたが、リアルでは、無理。
頬付けしようものなら、USWシャーシのストックが短すぎてPVS14とアクロP2が接触し、前者で後者を覗くのは不可能。長いストックのモスバーグでも不可能。
いや、まあ、長いストックなら〝一応〟可能ではある。適切な高さと角度を得るべく雑技団入門編の負担を首に強いてストックウェルドもクソもない不自然な射撃姿勢を取りさえすれば。対物レンズと〝窓〟を正対させるには永遠に等しい時間がかかる点も度外視すれば。そして予言者でなくてもわかること。この状態で発砲した日には、一二番径の反動で激しくキスするであろう単眼暗視装置とドットサイトの一方あるいは両方を破損。
手だけで構えた拳銃の照準も、ゲームのそれとは似て非なるものと判明する。焦点の都合でほとんどドットだけが宙に浮いて見え、そのドットが僅かなアングルや手の動きであちこちに動くものだから、四〇度しかない視野内にさっと捉えるのも、対象物にピタッと重ねるのも、感覚的にやりにくい。
困惑の中、アキラはふとボブの発言を思い出す。
〈バンザイ・アタック〉の新参メンバー、ボブは、親族経営の大農場を荒らす野豚やプレーリードッグなどの害獣駆除にしょっちゅう駆り出されているそうで、こう指摘していた。ハリウッド映画やゲームに出てくるNODは嘘っぱちだらけだと。リアリズムを推し進めた『SNAFU』もそこは例外ではなく、制作陣のインタビューによれば、ゲーム性とのバランスを考えてNOD関連をあえて虚構寄りにしていると。ボブは豊富な夜間狩猟の経験から嘘っぱちの具体例を何点か挙げてもいた。アキラが今まさに体験中の具体例だ。
IRレーザーはどうなんだ? とミニIRの電源を入れる。
安心したことに、IRレーザーはゲームで見たとおり。空き地の外へ振り向けて、出力を低・中・高と切り替える。照準点の可視距離は――NODをいったん額に上げて宵闇に呑まれかけている遠い藪を目測――軽く二〇〇メートル。拳銃弾の射程ならお釣りがくる。
ただコレ、手振れでレーザーがちらちら踊ったり跳ねたりで不安定きわまりない。割合近くの対象物でも簡単に狙いが外れてしまう。ストックをひらいて肩付けする。安定感が増す。とはいえ、より自然で、より正確で、より速い、肉眼とドットサイトのコンボには敵わないが。
ヘルメットを被っていなければ、アキラは額をぴしゃりと叩いていただろう。
ぴしゃりと叩く代わりに、PVS14を利き眼から左目に移す。焦点とジオプターの微調整後、左目を閉じ、右目をあけ、モスバーグを構える。PVS14の先端が右目の視野に大きく被らないよう、肩付けの位置を心持ち内側に寄せて、顔面をなるべく真正面に……うん、いける。ストックに頬付けしたローランドもヨユー。
もし夜間戦闘に突入したら――その可能性を考えることすら嫌だが――肉眼で視認できる標的は右目でレッドドット、肉眼で視認できない標的は左目のNOD越しにIRレーザー。
残光が完全に消えたら、夜目の可視距離を確認しておかないと。
ちょっとレーザーの練習しとくか、と立ち上がったアキラは、シングルチューブNODの別側面について文字どおり手痛い教訓を得る。
歩行の難度だ。
遠近感と視野が限定されるシングルチューブNODに慣れないうちは誰しも頻繁にけつまずき、こける。アキラは木箱に足を取られて腰掛けに脇腹を強打する。うんうん呻って盛大に罵ったあと、今度は分割視野を我慢して両目でトライ。
すり足で三歩も行かずに暗視装置をヘルメットに跳ね上げる。
これじゃエイム練習以前の……
まず歩き方を覚えなきゃ。
でないと怪物よりも先に暗視装置に殺される。
荷台に片手を添えて一歩一歩、靴底で地面を探っているところへ、ケヴが戻ってくる。
「どうでした?」
「静かなもんさ。モンスターカントリーの夜とは思えないくらい、静かだ。おまえのほうは?」
「よちよち歩行訓練に苦慮してる最中」
「よちよち歩行訓練?」
「ノッドをセットアップしたらわかりますよ」
しかしその前に済ませておくことがある。
ケヴが馬装を解き始め、暗視装置を目元から上げたアキラは、二ガロン入りポリタンクの安い水を手桶にじゃぶじゃぶ注ぐ。長々と飲んでから、超過勤務に喘ぐ爺さんズがどさりと横になる。本日のMVPだ。馬車がなければもっと大変な目に遭っていただろう。
放置していた新着通知は、ジュリエット2の中和ポイントが一五〇〇。新たに発行されたポイント券が二五〇〇。どうやら、コロニーの規模で変動するらしい。命懸けの労力に見合った報酬かはともかく、予算は充分。
キャンプ用品の各種偽装ネットをケヴに見せて、意見を求める。アキラの第一候補、馬車をがっつり覆う大型テントは、元軍人さんの否定的な反応で迎えられる。
「開けた場所ならいいが、ここは狭すぎるよ。設営にも時間を食うし。大型の偽装タープ、これがいい。設置も撤収も遥かに楽だ」
「スカスカの両サイドはネットを足す感じですか?」
「出入りのことを考えれば、少し離れた木の間に張る感じでいいんじゃね? 要は、ぱっと見でそうとわからなくなればいいんだから。にしても高いなコレ」
「ポイントがだいぶ吹っ飛びますね。タープはぼくが買います。付け足しの偽装ネット、買ってください。もう真っ暗ですけど、組立られます?」
「任せろ」
軍の野営でテントやタープの設営に慣れっこのケヴの監督指示の下、アキラはポールを立て、音を立てないよう布袋をかませたペグを金槌で地面に打ち、そのペグにポールと偽装ネットの固定紐を結わえ、開口部側に二枚の偽装ネットを張る。暗視装置をONにして出来栄えを眺める。木の葉を模した飾りに覆われた偽装ネットは、木の葉を模した飾りに覆われた偽装ネットにしか見えない。まあ、少なくとも馬車を隠してくれてはいる。
一癖あるNODの使用上の注意点をケヴに伝えてから、アキラはタープの外でよちよち歩行訓練を再開する。空き地を五周したとき、セットアップを終えたケヴが陶然とした声を出す。
「スゲェな……めっちゃ見える」
アキラと同様にアイプロの上からNODを装着しているため、ケヴの左目を覆うアイカップの縁から僅かに光漏れしており、肉眼の視野でも黄緑色の輪が見て取れる。
「目の周りの光、すこーし目立ちますね」
「マジ? 頭、ゆっくり振ってみ……ま、相当近くからじゃないと気づかれないだろ。そんときはちっぽけな光の心配なんてぶっ飛ぶ面倒事に直面してるぜ。にしてもこれ……」顔をあちこちに向ける。「光を増幅する機械ってのはわかったけど、なんで緑色に見えるわけ?」
「暗視画像を作るのに使われてる物質が緑色に発光する性質を持ってるからとかナントカ」
「ふーん?」
何度か首の骨を折りかけたアキラは頭にメモを取る。地面の様子を小まめに確認すること。暗視画像にばかり注意を向けないこと。ろくに見えずとも肉眼の広い視野と遠近感で補助すること。
まじスゲェな、と感心しきりのケヴに、アキラは水を差すことを言う。NODの視覚上の欠点だ。
影の中は見えない。
静止している脅威を見過ごしやすい。
偽装している脅威を発見しづらい。
周辺光に依存しているため暗視性能が折々の天候や環境に左右される。
周辺光が存在しない環境(地下・洞窟など)ではまるで役に立たなくなる。
周辺光の不在または不足を補うには内臓型IRソースよりも強力な外付けIR照明装置が不可欠。
たとえ周辺光が充分であっても遠いターゲットの特定には外付けIR照明装置が不可欠。
「ならSHOPで買え……たらとっくに買ってるよな。アンロック条件は?」
「夜戦で五〇キル。それかトータルキルで三〇〇」
歩くのさえままならない現状では夜戦などもってのほか。総キル数でいくと、アキラはあと一五三キル。ジュリエット2の後始末を早めに切り上げたケヴは、あと一八五キル。
「装備の貸し借りできんだし、なんならこの先ずっと、おまえのキル数優先――」
「それ、NGです。ロングガンをメインで使うようになったら一挺当たりのコストが上がりますし、信頼性や使いやすさをチェックするためにメーカー違いを何挺か用意して試し撃ちしたほうがいいし、銃以外にも高い買い物がたくさんあるし、そういうアレコレで二人分の装備を更新していくうちにぼくはポイント貧乏。ケヴさんのほうはポイントお大臣でも買えるものが限られて、弾の補充すらできなくなっちゃいます。
なので、これまでどおりにやりましょう。アンロックに一段階以上の差が開かないように、キリのいいところで止めを刺す役チェンジ」
「りょ。ロングガンって?」
「ショットガンとかバトルライフルみたいな、ストックを肩に当てて使う大きい銃」
ケヴがPVS14の内蔵型IRを点灯し、その弱い光が頭の動きに合わせてほんの数メートル先を照らす。照射範囲の中を羽虫が蛍みたいに飛び交う。
「つくづく魔法みたいだな……肉眼じゃぜんぜん見えないのに。なあ地球人、これどういう原理? ていうか、赤外線て何?」
「何度も言ってますけど、ぼくは専門家じゃないので簡単なことしか――」
「それでいいから」
「赤外線は、恒温動物の視覚器官では捉えられない波長の光線」そう説明するなり、アキラは心に引っかかりを覚える。なんだ? ぼくは何をヤバいと感じたんだ今……?
その引っかかりをケヴの問いが霧散させる。
「見えない光線も、ノッドは見ることができる?」
「厳密には、赤外線の周波帯の一つのNIR、近赤外線だけ。NIRは可視光線に近くて、ブーストすると、肉眼には映らなくても、フツーの光みたく強くなります。PVS14のIRが今まさにそうしているように。コレはかなり弱い部類なんですが――ちょっと待って。あと、ノッド切って目から上げて」
アキラはSHOPで防水シートとペンライトを買う。ペンライトの先端を太股に押し当て、電源リングを最低出力の印にクリックし、太股からほんの少しずらす。光が弱々しく漏れる。
「どうです? 目立ちますか?」
「いや、全然。そのちっこい棒が、地球の松明やランタン的なもん?」
「的なもん」
「ずいぶん光が弱いな」
「弱いのはわざと。ケヴさん、しゃがんで。あと光が外に漏れないようにこれ、被って」
「何すんの?」
「言葉よりもわかりやすいので、増幅された光がどんなもんか、体験してもらおうかなと」
「おっけ」
二人は大きなシートを自分たちの上に被せる。
「右目をつむるか手で覆ってください。夜目が失われないように。しました?」
「した。いいぞ」
アキラはペンライトを高出力で点灯する。ぱっ。ケヴが反射的に左目を細めて顔をそむける。ペンライトを消してシートを取り払う。
「て感じで、人工的な指向性の光はとても眩しいです。長く見つめると目の健康に良くないくらいに。ブーストされたIRがヤバいのは、今のよりも強い光を眩しいって感じないこと。ノッドを使っていないとき、強力なIRを顔面に向けられても、鏡なんかの反射光を浴びても、そうと気づけないし、反応できません。そうなると、太陽をずーっと見続けるようなもんです。で、視力が落ちたり、目がおかしくなったり、最悪、失明」
「PVS14の赤外線も?」
「いえ、ビルトインIRは激よわのアイセイフ。でもIRレーザーのほうは赤外線を集中して照射しますから、低出力にセットしても危険です。レーザーのマニュアル、もう読みました?」
「もち」
「警告文も?」
「もち。覗くな向けるなってやつだろ? 覗かねえし向けねえよ。今の実演で危険性もよくわかったしな」
ケヴがG40をアーセナルに仕舞い、アキラの空き地一周後に問う。
「IRレーザーをインストールしたんだが、パラレル・ゼロとコンバージング・ゼロのどっちか選べって出た。どっちがいい? 説明の感じ、パラレル?」
「銃の零点を極端な近距離にしなければ、どっちでもOK」
「マジ? おまえはどうやった?」
「七五メートル・ゼロのまま、コンバージング」
「それ、レーザーを斜めに飛ばして弾道に交錯させるやつだろ?」ケヴの囁き声が懐疑的な響きを帯びる。「この図解じゃ、零点を超えて遠くなるほどレーザーと弾道のズレが大きくなってるけど?」
「こういうことです。レーザーの照射位置と銃口とのギャップは三、四センチ。七五メートル・ゼロなら交錯角度が小さくなって倍の距離でもズレは三、四センチ。ピストルでそんな距離を撃つときは着弾落差と横風のほうが大問題。ピストルの現実的な射程でギャップが最大の三、四センチになるのは銃口すれすれ。よって、マークスマンシップの基本を守ればコンバージングでも胴体ヒットに支障なし」
「ああ、抜けてたよ。交錯角度のこと。あたしがパラレルにしたら、なんか問題ある?」
「何も。そこは本当、好みですから。難しく考えなくていいですよ。そもそもIRレーザーは、照準装置として精密じゃないし。いま言ったギャップと、照準点がかなり太って見える関係で」
ガス欠の症状に襲われたアキラと入れ替わりで、ケヴが歩行訓練に入る。
「おっと……確かにムズイなコレ」
カンペキ人間といえど、分割視野に悩まされているようだ。初めて二足歩行する人のような慎重さで歩を進めている。不整地なのでなおのこと。
アキラはPVS14の電源を落として地面に座り込む。暗視画像を三〇分かそこら見続けていた左目にピンク色のもやがかかっている。疲れ切っているのに、神経が高ぶっている。もう指一本動かしたくないけれど、やるべきことが残っている。
モスバーグを膝に載せ、ペンライトを口にくわえ、安全装置を確認してからひっくり返す。照らした装填口に指をさし入れてシェルストップを押し、何も出てこなくなるまで弾倉チューブの実包を一発ずつ抜く。アクションリリースを押しながらスライドを引いて薬室の一発も抜く。スライドを数回サイクルさせて取りこぼしがないのを確認。空の弾倉チューブを目視確認。空の薬室と何も載っていないリフターを目視確認。
〝こいつは完全に未装填状態である〟と納得してから、アクション閉鎖、空撃ちでスライドのロック解除、安全装置をかけ直して弾倉チューブにフル装填、安全装置解除――クルーザーレディ・コンディション。
終えてから気づく。ISスロットに入れて弾を抜けば面倒な部分を省略できたのに……。体感以上に疲れてるくさい。頭がぜんぜん回っていない。虫やらなんやらの鳴き声がすごい。
アキラは大自然の交響楽団――特大のキリギリスとコオロギとガマガエルと発情期の猫の鳴き声と刺された男の呻き声をごっちゃにしたようなノイズ――に耳を傾ける。
「ケヴさん、なんか上のほうで〝うーうーあーあー〟言ってるの、なんですか?」
「レシーテ」答えながらケヴが通り過ぎる。「夜行性の鳥だよ。ちょうど発情期だ」
その鳴き声からして、盛りのついたレシーテは木立ひとつに一羽の割合で異性を誘惑しているようだ。
耳に心地よい自然の楽の音、とは言えないが、精神衛生に良い音ではある。
『SNAFU』で学んだこと:虫や鳥は天然の警報器。連中がぴたっと鳴くのをやめて物音ひとつしなくなったら、複数の誰か/何かが近辺を徘徊しているサイン。
今、ケヴが歩行訓練中の空き地は静かだが、木立の奥や周辺の野原は無数の鳴き声で満たされている。
だから大丈夫。パラノイアに憑りつかれるな。
アキラは手の甲を這い回る何かの虫を払い落としてSHOPをひらく。〝湿地帯のブヨすら寄せ付けない〟と壮語する無添加無香料クリームの徳用チューブを買い、露出している肌は無論、服やズボンの中にも手を入れて全身に塗ったくる。衣類や頭髪にも塗っておく。
何をしているのかと寄ってきたケヴに、用途を説明してクリームを手渡す。その姿がタープの中に消える。装備を下ろす音。続いて衣擦れの音。アキラは不意に、クールなお姉さんの性を強く意識させられる。どちらかと言うと頼れる〝兄貴分〟だが、物陰で脱衣する様はやっぱり女の人で……。すると、異世界に放り込まれてからこの方、明らかにストレスが原因でEDの症状を呈していた愚息が息を吹き返す。
やあ、久しぶり。また会えて嬉しいよ。でも今は大人しくしてろ。
虫除けを塗り終えたケヴがヘルメットを小脇に抱えて足音もなく戻ってくる。スポーツドリンクをあおり、立木に背を預け、深く嘆息する。
「まだ日付は替わってねえけど……凄い一日だったな」
お姉さんの言い草ではないが、そんな言葉じゃとても足りない。
「体調は?」
「絶好調」
「気分は?」
「頭を撃ち抜いたら長すぎる悪夢が終わって地球の自分の部屋で目が覚めないかなって気分」ユーモアの欠片もない声でアキラは答える。実のところ、その可能性を弄んだ瞬間が何度か……
ケヴが近寄り、アキラの頭髪を優しくかき回す。
「肩の具合、どうだ? 切り傷と打ち身」
「問題なし」
「ほかに痛むところは?」
「も、なし」
「よし。ゼリー飲んどけ。匂いのする食事なんてできねえから、代わりだ」
「さっき野菜ジュース飲みました」
「固形物に近いもんを腹に入れろ」
「食欲が――」
「飲め」
アキラがゼリー飲料を飲み下すのを見届けてから、ケヴが言う。
「交代で寝るぞ。おまえが先」
「いや、ケヴさんが先に――」
「地球人、おまえ、ボロ雑巾みたいになってる。先に休め」
「正直、眠れません」
「横になって目を閉じてるだけでも休まる。ほら」
ケヴに強引に腕を取られて、アキラは荷台の上に連れていかれる。愚息はいきり立ったままで、この暗さなら見えないはずだが、さり気なくヘルメットで隠しておく。
言われるがまま片側の腰掛けに寝転がると、ケヴがさらに命じる。
「靴と靴下ぬいで、足の裏をよく揉め」
「別に凝ってませんけど?」
「いいからやれ。足のケアは野外活動の基本だ。そこを軽んじると、自覚のない疲れが翌日にガツンときてろくに歩けねえ、みたいなことになる。もしそうなったら、馬車を失ったとき、終わりだぞ」
「了解」と上体を起こして裸足になる。「どれくらい揉めばいいんです?」
「一〇分か一五分。全体をまんべんなく。力加減は、痛みと気持ち良さが釣り合うくれえ。その脱いだ靴下、濡れてるか?」
「えーと……汗で軽くじっとりしてる感じ」
「じゃ、乾いてる靴下に換えろ。濡れたり湿ったりしたやつを履いたままだと、気づかねえうちに皮がズル剥けになる。少しでも濡れてる感じがしたらソッコーで換えろ」
「それも了解」
靴下を脱いだときに火傷の跡がひりついたので、アキラは救急キットの過酸化水素水で消毒し、塗る絆創膏で処置しておく。
また横になる。
睡魔はまったくやってこない。
虫やらなんやらの鳴き声のせいではなく、昼から積もりに積もった精神的負荷のせいだ。
目をあける。
闇夜の向こう側でケヴが静かに問う。
「少しいいか?」
「いくらでも。どうせ寝れないし」
「どうやらおまえは本当に、兵隊じゃないようだな」
アキラはケヴに顔を向ける。
「疑ってたんですか?」
「疑うってほどじゃねえよ。矛盾を感じてただけだ」
「矛盾って?」
「まず、おまえの戦いぶりは冷静沈着だ」
「冷静どころか」アキラの声が自嘲を帯びる。「テンパりまくりですよ」
「確かにミスはあったが、リカバリーも早かったぜ。手慣れてる、という印象を受けたよ。飛び道具の戦闘ってもんを心得てると。武器に詳しいだけのやつならそこらにいるが、武器を上手に使って正しく戦えるかどうかはまったく別の話だ。おまえは上手に使って正しく戦っていた。でも――」
ケヴが人さし指を向ける。
「――兵隊らしさがない。徹底的に規律を叩き込まれたやつ特有の空気が、まるっきり。物腰も、雰囲気も、考え方も。民兵みたいな形で簡易的に訓練を受けている様子もない。地球の装備初体験のあたしでも気づくようなことに、気づいていなかったからな。例えばマグ。逆さに入れておけば、ポーチから抜いたときに手首の返し一つですぐ挿せるのに、上下を合わせて仕舞おうとしたり。そういう細かいこと一つ取っても、訓練された兵隊や実戦経験者の視点ってもんが欠けてる」
「そりゃただの高校生ですから。昼にも言いましたけど、銃に触るのも、撃つのも、今日が初めてです」
「だから矛盾を感じて、解きほぐそうとしてのさ。本人が主張するとおり民間人くせえのに、なぜ冷静に正しく戦えるのか、そこに合理的な説明はあんのかって」
「ケヴさん、ぼくは嘘をついてません」
「別に疑ってねえつってんだろ。アルマ=クフのお気に入りの事情をほじくり返す気もさらさらない。おまえのことは奇跡の農夫と考えることにした。あたしの見るところ、事実、そうなんだろうよ」
「なんです? 奇跡の農夫って」
「初陣であろうとも、酸鼻を極める戦場であろうとも、歴戦の戦士みたく機能できる類稀な農兵を指す言葉。それとは別に、おまえが言葉を濁し続けてきた『WWⅢ』ってやつに関係があるんだろうな、とも考えてる」
「ぜんぶ話します、装備支給システムの元ネタのこと」
「長くなるか?」
「それなりに」
「知っておかないとマズいやつ?」
「いえ、特に」
「じゃあ明日にしてくれ。なんにしろ、あたしが言いたいのはこうだ――おまえはよくやってる。戦闘状況下での態度・判断・行動のいずれも信頼を置ける。おべんちゃらじゃないぜ。本気で感心してる。そいつを鈍らせないためにも、休息することを覚えろ。休めるときに休まないやつは早死にする。いいな?」
「了解、隊長」
「隊長はおまえだろ」
沈黙ののち、ケヴが気だるげに言う。
「ジジイどもを酷使しすぎた。明日は遅めに出るぞ」
「何時くらい?」
「正午くらい。でないと馬が潰れちまう」
「馬の負担は承知してますけど、追っ手が心配です」
「その心配は……かなり慎重に見積もっても半々かな。現実的には限りなくゼロ」
「ゼロ? 死体に群がるモンスターが邪魔になるから?」
「それ以前の話だよ。冒険者や傭兵の活動領域は主にダンジョンと砦ルートで、安全地帯の確保やら哨戒やらはその近辺に限られる。つまり、砦ルートを逸れてシャデム街道を八キロほど北上したあたしらはすでに、前人未踏の超危険地帯の入り口に立っていると言っても過言じゃない。そんなあたしらを追うには、どういう手段で、どんくらいの戦力を揃えればいいと思う?」
「さあ? 馬車や騎兵で一〇〇人くらい?」
「いい線いってる。最低でも足の速い軽騎兵を五〇。往復二〇キロの捜索にそんくらいは要る。化けモンを突破したり回避したりする過程で七〇パーの損害を出す覚悟でな。突破力を上げて損害を一〇パー以下に抑えるなら三〇〇から四〇〇。だが往復三〇キロを超えてくると、もうどれだけ数を揃えようが、大損害は不可避。往復四〇キロで全滅を視野に入れることになる」
「なんでそうなるでんす?」
「この馬車と同じだよ。乗馬は馬のスタミナ管理がシビアなんだ。騎兵の馬は、平地を歩かせるだけなら一日に一〇〇キロ移動できるが、スピードを出せば出すほど消耗して一日あたりの移動距離が短くなる。フルスピードで四キロも走らせれば、その日一日歩くことすら嫌がる。そして大軍勢がぞろぞろ動くと気配を察した数キロ圏内の化けモンが群がってきて、その動きにつられたほかの化けモンも群がって来て、と連鎖反応が起こる。冒険者組合が一手に仕切る前の大昔、各国の軍がそうした戦術的常道で、力技で、何度も失敗してる。どういうことかイメージ出来たか?」
「際限のない連戦で機動力死亡。ぼくらみたくビバーク情報を頼れないから、移動距離が長いと帰りの体力温存もままならない」
「加えて、知恵の回る化けモンは獲物を消耗させようとする。そのタイミングで本格的に襲ってくる」
「でも魔法は? 魔法を使えばモンスターをバンバン吹き飛ばして楽に移動できません?」
ケヴが首を傾げる。「おまえ、魔術に関しても無知な感じ?」
「無知な感じです」
「簡単に言うと、魔術師は馬と一緒。強力な魔術を一発か二発ぶっ放せば、その日一日何もできなくなる。樽野郎をぶっ殺せるくらいに加減した魔術で三〇発かそこら。そもそもの話、魔術師は数が少なくて、貴重だ。軍で戦闘を担えるレベルとなると、玉石混交だが、サロ帝国軍ですら七〇〇名に満たない。エクサリオ軍で二〇〇名以下。決死行も同然の人狩りに虎の子の魔術師を投入することは、絶対にない。断言できる。
で、追っ手の件だが、エーデル地方掌握の大作戦が進行中の今、損害が確実視される捜索に、やはり貴重な戦力である騎兵を数百も割く余裕は、エクサリオ軍にはない。五〇ですら厳しい。高価な経済動物のお馬さんを所有してる冒険者や傭兵は数えるほどしかいねえから、そっちで頭数を確保すんのも非現実的」
「だから〝限りなくゼロ〟?」
「常識で考えればな」
自分を納得させるかのようにケヴが言葉を継ぐ。
「たとえ騎兵を必要充分に投入したとしても、捜索手順からして、時間的、距離的にあたしらに追いつくのは厳しいはずなんだ」
「〝捜索手順〟って?」
「そうだな……追っ手があたしらの一時間遅れでモンスターカントリーに入ったとしよう。おまえが連中なら、まず何をする?」
「えと、目撃情報を集める」
「あの巡視隊から早々に有力情報を聞き出せたとする。次は?」
「西方面の砦を一個ずつ調べる」
「馬を急がせても日暮れまでかかる大仕事だ。で、あたしらを発見できなかった。夜はやべえから朝まで砦で待機。朝一にすることは?」
「このシャデム街道みたいな枝道を捜す?」
ケヴの影絵が首を振る。「ダンジョンに人を送り込む。あたしらの人相風体に一致する二人連れがダンジョンに入ったっつー情報がなくても、そうせざるをえない。なぜなら、運を天に任せてダンジョンに雲隠れは、尻に火が付いたお尋ね者の常套手段だから。見落としがないように、北や東の砦ルートとそっちに広がるダンジョンも捜索対象になる。懸賞金を餌にして冒険者連中の手を借りるとしても、任せきりにするわけがねえし、半数は方々に散るはずだ」
「そんな風にばらけたら……ジュリエット1の射殺体とぼくらを結び付けても、対応が遅くなりそうですね」
「再集結やらなんやらで当日中の出発は無理だろ。で、明日丸一日リードできるあたしらは、ここから一〇キロちょい進めば安全圏。大盤振る舞いの数個騎兵連隊規模の人間狩りですら永遠に追いつけない――ていうのが、あたしの読みだ」
ケヴがそっと立ち上がって荷台を降りる。
「ノッドの練習ついでに見回ってくる。学生さん、何もなければ三時間後に起こすよ」
その背中が闇夜に溶けて消えた数分後、アキラははっとする。
連絡手段!
抜けてるにもほどがあるだろ、ホント。
ここまで使う機会のなかったテキスト機能の説明を読んでから、CORRアイコンをひらいて連絡先リストにある唯一の名、〝KEV〟を選んで短文を作成する。聡いお姉さんなら秒で理解するだろう。
[テキスト送受信チェック
話題をリレーするときは〝Re:〟でメッセ作成(自動的にテキスト中央揃え)
それ以外はフツーにメッセ作成(自動的にテキスト左端揃え)
使い分けは重要メッセなどの見過ごし防止です
確認の印に〝あ〟の一文字でもいいので返信よろ]
ヘルプで無線機能の確認中、PDAが振動する。点滅している未読〝1〟表示のCORRアイコンをひらく。先の送信メッセージの下にケヴの返信が追加されており、そのフォーマットの類似性にアキラはSNSでのやり取りを懐かしむ。
[Re:めちゃくちゃ便利だなこれ 普及したら世界が変わるぞ
何かあったら報せる]
[Re:OK
追記あり しばしお待ちを]
アキラは日中用のイヤプロを着けて、無線機能にプリセットされているチャンネル1をモニターする。この後進世界でデジタル無線を使っている者など存在するわけがなく、空き周波数を意味するヒス音。
[大至急以下の手順を行ってください
(1)SHOP→INFANTRY EQUIPMENT→BATTERY→CHAGER→絞り込み
検索は〝電池:CR123A〟〝ケーブル:USBタイプC〟〝出力:5V〟の三つにチェック
→検索結果のどのメーカーでもOK→50ポイント前後の高すぎない製品購入
(2)BATTERYに戻ってCR123Aを3ダース購入
INFANTRY EQUIPMENTに戻ってPERSONAL RADIO→メーカーリス
トからモトローラ選択→製品リストからワイヤレスPTTボタン選択→100ポイント台の高す
ぎない製品購入
(3)タスクバーのRADIOアイコン→オプション→同期化→モトローラPTTボタン選択→リバレ
イターHP4・0を両方とも選択
チャンネル1の902・525メガヘルツを短縮登録
タスクバーにC1(チャンネル1)アイコンが増えたら当該アイコンのオプション→出力設定で
5ワット選択→オーディオ設定でボリュームはとりま60デシベル→ノイズキャンセリングON
終わったら返信よろ]
[Re:完了
何をやらされてるのか説明してくれるとありがたいんだが?]
今の準備の意味と使用方法を説明したメッセージを送って、了解の返信が届いたのち、実践編に進む。アキラは胸に留めたPTTボタンを押し、喋り出しが断ち切れてしまわないように一、二秒待ってから、ゆっくりはっきりと言う。
「Tomboy, this is Internet Commando, radio check, over.」ボタンから指を離す。
数秒後に虚ろかつ玩具っぽい響きのケヴの声。
「意味不明だ、日本語かリュシナリア語で話せ、どうぞ」
「こちらも感度良好、確認作業があと四点、どうぞ」
ビバーク地点の端と端でも生い茂る樹々や下生えといった障害物越しに連絡が取れるかチェックし、PTTを介さない同時会話機能をチェックし、デジタル無線信号を受信したスリープモードのPDAが即座に目を覚ますかチェックし、PTTボタンに反応したスリープモードのPDAが即座に目を覚ますかチェックする。いずれも問題なし。
位置関係によってはややノイズが交じったり、一音節くらいの途切れが生じたりするので、聞き間違え防止に英語の一般名辞を幾つか採用する。アファーマティブ(はい)。ネガティブ(いいえ)。ラジャー(了解)。レイディオチェック(感度確認、聞こえるか?)。ラウド&クリア(感度良好)。スタンバイ(しばし待て)。ウィルコゥ(指示に従う)。オーバー(どうぞ)。アウト(通信終了)。
二人は交信規定も定める。同時会話機能はPDAのバッテリー消費量が増大するため定時連絡などの緊急性の低い用件にはPTTを介した交信。円滑なコミュニケーションが求められる緊急時や戦闘中は同時会話ON。感度がよろしくないときに何かしら伝達する場合、また声を出せない状況ではテキスト機能を活用。
アキラは一瞬、アンテナらしいアンテナの付いた軍規格デジタル携帯無線機の導入を検討する。が、主にポイント面の理由で保留する。それからテキストを打つ。少し煩雑な内容を伝えたいとき、無線でごちゃごちゃやり取りをするよりも確実だ。
[PDAに負担をかけすぎと思われ
マーフィーの法則でいくと 何もないときはA‐OK モンスターとやり合うときに熱暴走
提案
・六時間毎に予備機とローテ
・それまで使っていたPDAは自動メンテで診断→さっき買った充電器で充電→保護ケースにIN→リ
グの多目的ポーチに入れて肌身離さず保管
*充電中のPDA使用は熱暴走のリスク増
はどうです?]
[Re:おまえの判断に任せる
マーフィーの法則とは?]
[Re:〝もし間違いが起こる余地があるのなら、間違いは起こる。たいていは最悪のタイミングで〟]
[Re:リアリストの人生哲学か 気に入った
ほかに確認事項は?]
[Re:ナーダ]
ケヴが無線に切り替える。
「見回りを再開する、しっかり休め、オーバー」
「ウィルコゥ、オーバー」
「ラジャー、アウト」
休めと言われても……神経がピリピリしていて眠気もクソもない。
睡眠はおそらく、この世の地獄で最も難しいことの一つだ。
次回更新は約2ヶ月後です




