Into Monster Country 2
アキラは『SNAFU』で学んだ事柄と、耳学問と、昼間の〝チュートリアル〟での実射体験を総動員して、ケヴが知っておくべきピストルの要諦を三行で伝授する。
・対人戦においては最低レベルの自衛手段
・体重一三〇キロ超の攻撃的な野生動物への自衛においては無手よりマシな自衛手段
・脅威が完全に止まるまで引き金を引き続けろ
「もうちょい詳しく」とケヴ。
「じゃあ、少しテクニカルにいくと――」
今度は三〇〇秒の延長版で要諦を伝授する。
ピストルは手だけで撃つコンパクトな銃火器であり、その機能的な制限上、使用弾薬もコンパクトにならざるをえず、破壊力を生み出す発射薬量と弾頭重量の釣り合いに限界がある。
換言すれば、拳銃弾は最小限の仕事に終始する。
孔を開けることだ。
「槍をイメージしてください」とアキラ。「太さが一センチくらいの槍」
救急救命センターのスタッフならよくご存知のとおり、拳銃弾の銃創は極めて刺し傷に近い。体のどこかを槍で一突きくらいでは、脅威の敢闘精神や行動能力を瞬発的かつ問答無用で根こそぎ奪うほどの阻止力に欠けるのと同様に、拳銃弾もまた、体のどこかに一発では(都市伝説に近い怪しげな概念であるところの)ストッピングパワーに欠ける。
そんな拳銃弾で脅威の〝OFFスイッチ〟を押す方法は二つ。
一つは、胴体の十数センチの範囲に五発前後ヒットさせて急激な大量出血ひいては脳の酸欠を引き起こす。
もう一つを説明するにあたり、アキラは悪い例の実体験を披歴する。
「ぼくが――」と一瞬言いよどむ。「9ミリでエクサリオ兵を撃ったとき、三人中二人は、一発か二発食らわせても止まる様子がなくて、そのまま襲ってきました。まるで弾が当たっていないみたいに。一番の原因は、ぼくのショットプレイスメントがクソだったこと」
「ショット何?」
「すみません、弾を当てる場所のことです。この点を突き詰めると、どんな銃でどんな弾を使っても、最大のストッピングパワーは、ショットプレイスメントです。『射撃ガイド』にも書いてありましたけど――」
推奨されているショットプレイスメントは三ヶ所。
致命的なT:眉と鼻筋を結ぶTの字。
質量中心:両乳首と首の付け根を結ぶ三角形の中。
骨盤エリア:ベルトから下の下腹部。
狩猟や対捕食動物の自衛においても、ショットプレイスメントの比重はとてつもなく大きい。
「その辺の細かい話は飛ばしてくれ。クロスボウやマスケットで慣れてる」
「狙う場所、同じなんですか?」
「ま、だいたい。基本は胸だよ。狩りの獲物、モンスター、敵兵――相手がなんであれ、心臓や動脈の大出血で殺す。肺に当たると即死とはいかないが、あっという間に行動不能になる。頭は、名人クラスでも〝いける〟って確信がなきゃ狙わない。不規則によく動くわ、的として小せえわで。大型の動物だと頭蓋を抜けねえことも多いし。下腹部を狙えってのは初めて聞いたが、理屈はわかるぜ」
「軍人さんには釈迦に説法でしたね」
「自分で自分をクビにした〝元〟軍人。シャカって?」
「いつか時間があるときに」
「ほいで? 地球のピストルの場合は?」
「ケヴさんがいま言ったのと一緒です。原則はセンターマス、質量中心。体の中の一番大きな的で、重要臓器が集まっているから。これもご存じでしょうけど、遠いと感じるターゲットには、一発ずつ丁寧に狙いをつけることに集中してください。そこがいい加減だと、マジ当たんないので。近いターゲットには……『射撃ガイド』にダブルタップやモザンビークドリルのこと、書いてあったでしょ?」
ケヴがくいくいと人さし指を動かす。「連続で二回とか三回撃てってやつな」
「繰り返しますが、二発、三発で止めずに、五発でも六発でも、なんなら一〇発でも、相手が動かなくなるまで撃ってください。ピストルで排除するには、オーバーキルで丁度いいです」
聞いた話を吟味する風にケヴが小刻みにうなずく。「連発ピストルっつっても、多数と正面からやり合うのは無謀くさいな。よお、ピストルの火力を強化したら、おまえの言う〝阻止力〟に違いはあんの?」
ある。
欧米の法執行機関が収集したデータによると、口径が小さいほど負傷率が死亡率を上回り、犯罪などで使用される頻度は少ないとはいえ、口径が大きいほど比率は逆転する。そこはゲームでも反映されていた。
とはいえ、程度問題だ。
拳銃弾は基本的に〝体のどこかに一発で決着〟を期待できない。銃弾が生体組織にもたらす実質的なダメージは予測不能で、撃たれた側の反応も予測不能、という問題もある。
38口径だろうが44マグだろうが、脅威を止める際にやることは同じ。
複数発の質量中心射撃。
「アンロックしたあとで一番デカい弾を使うのはどうなん?」とケヴ。
「あまりいい考えとは言えないです」
何事にもついてまわるトレードオフゆえに。ちっぽけなピストルで特に悩みどころのトレードオフは、ニュートンの第三法則、またの名を作用反作用の法則と密接に関わっている。
作用:弾がデカくて重くて発射薬たくさんなほど――
反作用:発砲時の反動が大きくなって扱いづらくなる。
現に、発射プラットフォームがなんであれ、射手が誰であれ(近所のクソガキ、そこらの中年主婦、ベテランSWAT隊員、オリンピックレベルの競技者を問わず)、反動が小さい低威力な弾薬を使ったときよりも、反動が大きい高威力な弾薬を使ったときのほうが、速射スピードはもとより、命中率とその精密さが悪化する。人によってはまともに撃つことすら困難になる。
拳銃版の大艦巨砲主義が光る分野は、狩猟や捕食動物への自衛くらいのもの。
戦闘シチュエーションでは、携行性においても、操作性においても、装弾数でも、再装填の手間でも、大艦巨砲主義は悪いほうに働く。
現代ピストル射撃哲学の土台もそこにある――「一撃必殺のキャラハン刑事を気取った挙句、リコイルのコントロールに苦労させられて一発一発の発砲に時間がかかったり、完全に的を外したりするよりか、たくさんの弾を速く正確に当てられるほうがいい」
というわけで、全般的に低反動弾薬が好まれる。
または、あまり低反動ではない弾薬を低反動で撃てるように工夫を凝らす。
「おまえがさっき言ってたやつか」
「です。いま話してて思ったんですけど、モンスターの体、解剖学的にはどうなんです? 心臓が幾つもあるとかじゃないですよね?」
「構造だけなら、二本脚は人間と、四本脚は野生動物と、大して変わんねえよ」
「〝構造だけなら〟?」
「買い物んときも軽く触れたが、連中はタフだ」
アキラは『怪物図鑑』を取り出して、遭遇率が高い種と、要注意の種をケヴに教えてもらう。
朗報:怪物は全部が全部、捕食型に非ず。二本脚はどれも雑食の捕食型だが、四本脚の九割近くを占めるのは草食の被捕食型。モンスターカントリー以降、鳥類以外の在来種はことごとく駆逐されて、怪物は独自の食物連鎖の輪の中にあるそうな。
悲報:被捕食型といえど怪物は怪物。研いだナイフのように気が荒く、ちょろちょろしている目障りな捕食野郎をとっちめてやるだとか、ここはおいらの芝生だぞとか、おまえの顔が気に入らねえとかの理由で攻撃してくる。産まれたての幼体なら慣れなくもないが、成長するに従い、飼い主との関係にヒビが入る。
アキラがとりわけ気になったのは、四本脚の〝灰毛〟。
姿形は異なれど、速くてデカくて強健という性質がヒグマやグリズリーを思わせる。心臓が潰れた状態で一五秒ないし三〇秒は全力で動けるというところも。頭を半分割られた状態で一メートル動けるところも。
「そうそう出くわさないが」とケヴ。「もし出くわしたら、このピストルで止められるか?」
「ポテンシャル的には」
アキラは地球の捕食動物について解説しながら、どれくらいのポテンシャルか説明する。
9ミリ・ルガー弾にできること:適切な弾薬を用いて完璧なショットプレイスメントを達成すれば、食物連鎖の頂点の一角を占めるグリズリーを射殺できる。
会社経営よりも狩猟に人生を注ぎ込んでいるバッファローボア社のオーナーもFAQで答えている――「変形しないモダンな拳銃弾を使ったとき、弾が熊の頭蓋骨を滑るという〝神話〟は完全なデタラメだよ。……マッシュルーム状に潰れない先端扁平の9ミリ弾なら、グリズリーも止められる。脳みそをぶち抜けばね」
自分を襲おうとしてる(そして驚くほど敏捷な)大型捕食動物の急所をぶち抜くのはアホほど難しいが、公になっているものであれ、なっていないものであれ、現実に、9ミリによる自衛成功例と射殺例はちょいちょいある。
一昔前にNRAが記事にした野外活動ガイドの御老人も至近距離で後者に成功している。
じゃあ誰にでも同じことができるのかというと、かなぁぁぁぁり怪しい。
この老ガイドは、万一に備えてバッファローボア社のHCFN弾を装填した拳銃を携行し、その万一が現実化したハイストレスかつハイプレッシャーな状況――ある日川辺で攻撃的なくまさんに――でクライアントの安全に配慮しつつ急所を狙い、六発で仕留めてのけた、スーパークールなメンタルとエイムの持ち主。ほかの者が9ミリ拳銃でグリズリーの射殺を試みたら、一〇人中九人は人肉ハンバーガーになるのが関の山だろう。
「二人がかりで何十発も食らわせるなら、どうだ?」ケヴが尋ねる。
「五〇メートル二秒台の猛スピードで突進してくる体重四〇〇キロ以上の意志強固なデカブツを、ぼくらに達する前に9ミリで撃ち殺すのは、一〇年に一度の幸運のレベルです。そもそも何発ヒットするか……。こっちが無傷のまま追い払えれば、大成功の部類」
「さっき言ってたショットガンなら?」
「適切な弾を使えば四、五発で止められるかも。二人で一〇発なら、かなり分があります。でも、五〇メートル二秒台の猛スピードで突進してくる体重四〇〇キロ以上の意志強固なデカブツに五発ないし一〇発ヒットさせるのは――」
言い切る前に、ケヴが片手でアキラの頭髪をくしゃくしゃとかき回す。
「じゃ、せいぜい出くわさないように祈ろうぜ」
二人は基本方針を打ち立てる。
(1)タフな個体や群れと出くわしたときは無理せず逃走。
(2)少数の群れや単独行動の小型モンスターでキル数を蓄積。
(3)ミッション達成やルート消化よりもアンロック優先。
(4)安全地帯に到達するためとあらば少々の無茶も致し方なし。
さらに、これらを加味したコロニー殲滅計画を数分で立案する。
「懸念材料は多々あるが」とケヴ。「これがあたしらに打てるベストの手だろう」
しかし、口にされて然るべき質問――〝『WWⅢ』とはなんぞや?〟〝アンロックやポイントは根本的にどういうことなのか?〟――を彼女は口にしない。その目つきからして、ケヴは何やらいろいろと勘繰っているようだが、アキラには気にしている余裕がない。あっさり死ぬんじゃないかと不安で不安でしょうがなくて。モンスターの夕飯コースを避けて通れなくなったときに銃口をくわえて引き金を引く勇気があるだろうかと深甚なる疑問を弄んでいるせいで。
ともあれ、ケヴが出発前に早めの晩餐を提案する。昼メシ抜きで腹ペコだ、と。
アキラは辞退する。昼以降に体験したことや、目下進行中の事態のせいで、食欲がまったくない。しかしケヴが断固として絶食を許さない。
「食べろ、新兵。真面目な話、いつへたばるかわからないやつは、信頼できない。最低限の体調管理すらできないやつに背中は任せられない。それでも食わないつもりなら、アルマ=クフに任命された子守りとしての職分を尽くして、母親みてえに優しく喉にねじ込んでやる」
「わかりました。食べます」
好奇心から戦闘糧食を選びかけるが、テクニカルデータによると、食べ物としては純然たる当座しのぎ。全般的に塩分過多でカロリー過多。微量栄養素や食物繊維が不足しがちで、長期間の摂取は倦怠感や肥満などの健康問題を誘発する恐れがあるらしい。〝特徴のない軍規格風味〟との皮肉っぽい但し書きまである。それはそれで気になるところだが、最後の晩餐かもしれないのに〝特徴のない軍規格風味〟を振る舞うのはいかがなものか。
缶詰も似たようなもので、フリーズドライ食品はピンキリ。アキラは後者に少し明るい。災害への備えに母親が評判の良い製品を注文しては、その段ボール箱を車庫にどーんと積んでいたからだ。新しい製品を買うたびにおこなった家族四人の試食会(またの名を手抜きの朝餉・昼餉・夕餉)をアキラは懐かしく思い出す。
「どうした?」ケヴがそっと尋ねる。「急に遠い目で泣きそうな顔されると、心配になるんだが?」
「ああ、いえ、なんでもないです。食べたいものの希望、ありますか?」
「家畜の餌みたいのじゃなけりゃなんでも。贅沢は言わねえよ」
雨宮家で一番評判の良かったフリーズドライ食品はニュートリエントサバイバル社の製品だが、ポイント的に現状では贅沢品。栄養面で一段落ちるものの、味が良くてリーズナブルなマウンテンハウス社の九食セットをアキラは選ぶ。器と使い捨ての食器と併せて携帯瞬間湯沸かしも買い、熱湯を注ぐだけの調理のあと、盛りつけて手渡す。
ケヴの目には幾ばくかの不信感と称賛がある。
「割とまともじゃん。あたしらの保存食とは全然ちげぇ。これ、なんて料理?」
「チキンフライドライスの野菜添え。この紙パックは野菜ジュース」
「チキンなんとか、美味いの?」
「個人的には好きな味です」
ケヴがスプーンですくったライスの匂いを嗅ぎ、口に運ぶ。最初の不信感はどこへやら、「美味い美味い」と満足げにむしゃむしゃやりだす。アキラは久方ぶりの地球の味を前にしても空腹を刺激されない。メニューに具沢山の稲荷寿司があれば、なんならスーパーで売られているゴミみたいなやつでも、話は違うが。そこで、自分にはプロテインバーのカートンを用意する。喉を通りそうにないのを我慢して――事実、呑み下すのに苦労しながら――なんとか一本完食する。違う時、違う場所であれば、この人工的な甘みに感動を覚えただろう。今はまるで味がしない。
「焼き菓子か?」
「栄養補助食品ってやつです」答えながら、紙箱の謳い文句を読む。「一二本で成人男性に必要な一日分の栄養とカロリーを取れるみたいですね。理論上は、これしか食べなくても健康に生きていけるっぽいです」
「かろりー?」
「生命維持に不可欠の食物または栄養素を消化・吸収したときに生じる熱量の単位」と文科省のガイドラインに沿った家庭科教育の成果を披露する。
「ネツリョーね。一本くれよ。おまえはあと三本食え」
「ケヴさん」
「一食四本の計算だろ? 食え」
アキラはブルーベリー風味とカカオ風味を水で無理やり流し込む。習慣的に歯ブラシになりそうな木はないかと辺りを見回して、自分を笑い、衛生キットを購入する。
歯磨きの前に、ゴミ処理問題の実験。
空のISトランクに食事のゴミを入れ、蓋を閉じる。ぱっ。問題なくアーセナルに収容。装備一覧表に〝汚れた包装と汚れた食器〟。オプションからデリートを選ぶ。〝このアイテムを削除しますか?〟との確認メッセージ。YESをタップ。カシャッ。削除成功。
五〇〇メートル制限で跡形もなく処理できることを思えば、少々迂遠な方法かもしれない。消えてしまうとはいえ、ゴミを放置したり埋めたりするのは、ポイ捨てや不法投棄のようで気が引ける。
削除されたゴミはどうなったんだろう? とアキラは訝しむ。マザーシップに転送されてリサイクル? それとも単に、ワルサー9ミリやMX2038のようにふわっと――
「これ」とケヴが電動歯ブラシを振り立てる。「使い方はわかったが……手本見せてくれよ」
振動する物体を口に入れるのは抵抗があるようだ。
アキラは手本を見せる。ケヴがそれを真似……深くうなずく。地球の食べ物に続いて地球式歯磨きもお気に召したご様子。アキラもSHOPの充実ぶりを素直に感謝する。地球時代から虫歯を恐れ、口内衛生に神経質なほど気を使っていた少年にしてみれば、黄ばんだ歯やガタガタの歯並びをたくさん見かける異世界生活は、もうそれだけでなかなかの恐怖体験だったのだ。ちなみに、ケヴの歯は輝かんばかり。
「ひひゅうはひはれへんな」電動歯ブラシをくわえたままケヴがもごもご言う。
アキラは歯磨き粉をペッとを吐き出す。「〝地球はイカれてんな〟?」
大口をあけて奥歯を磨きながらケヴがうなずく。
各自、ミネラルウォーターで贅沢に口をゆすぐ。
いつまでもここでぐずぐずしていられるのであれば、右の睾丸に鍵十字の刺青を彫ってもいい心境のアキラとは対照的に、ケヴが決然と御者台に上がる。
ガタゴト進みだしてから、一点心構えをしておけ、とケヴが言う。
「カセリナじゃ馬車の生還率は七割切ってる。デカくて目立つから狙われやすいし、馬がパニくって荷車ごとどっかに行っちまうこともある。二人どころか、一〇人、二〇人いても馬車を護れないことはままある。そして言うまでもなく、あたらしらが向かうのは孤立無援の奥地だ。だから、遅かれ早かれ馬車は失われるものとして覚悟しておくように」
「そのときは徒歩?」
「もちろん」
「野宿?」
「もちろん」
「この世の地獄で野宿?」
「いやマジな話、徒歩で野宿のが、なんぼか安全だ。なんせ目立たねえからな。いざってときの逃げ足がないのは困りもんだけど。それはともかく……」
「ともかく?」
「その、なんだ、奥の手もある」ケヴが歯切れ悪く言う。
「どんな?」
半ば振り向いた横顔に複雑そうな表情が浮かぶ。「あたしは元々……べージの加護を授かってる」
「べージ?」
「白い毛皮の……日本語で言うと……羊か? 羊みたいな神」
羊みたいな神はともかく、このお姉さん、魔法もしくは不思議な力を使えると。
「どんな加護なんです?」
「本来は、家畜なんかと心を通わせられる加護だ。他人よりすこーし動物と仲良くなれる程度のモンだけど」
「ケヴさんのは本来の加護じゃない?」
小さなうなずき。「誰にも話したことないんだが……あたしのは、四本脚の化けモンでも手懐けられる。四つ脚モンスターならどれでもいけるわけじゃねえし、強力な個体はムリだし、成功率もあんま高くない。でも手頃そうなやつなら一〇体に一体は成功する。で、ペットみたくなる。笑えるだろ? 笑っていいぜ」
「いや……本気で言ってますよね? ペットになったあとは?」
「異変を教えてくれたり、一緒に戦ってくれたり、そいつの同族を追っ払ってくれたり」
アキラは指をパチンと鳴らす。「たくさんペットにして四つ脚軍団を――」
「そいつぁ無理。試した。ペットは一度に一体だ。時間がねえから細かい経緯は割愛するが、人間より鋭敏な感覚を持つ四つ脚ペットは言わば、歩く鳴子だ。こっちの負担がぐっと減る。心理面がとにかくデカいよ。四六時中警戒して緊張続きだと体にも悪影響が出るからな」
「じゃあ……なるべく可愛いのをペットにしましょうか」
「生憎とモンスターカントリーに可愛いのはいねえよ」
馬車は何事もなくお目当て草原に着く。
なかなかいい場所だ、とアキラは思う。先の地点よりも開けており、視界を遮る立木や丘は少なく、森林線は一キロの彼方。そして動くものは何もない。もし何かが近づいてきたら即座にわかるだろう。
SHOPで目星を付けておいたIDPAターゲット(ダンボール製の上半身型)の一〇〇枚セットと、木製の簡素で安い設置台と、標的紙を留めるホッチキスを買い、特大棺桶サイズのISトランク(LL)で出し、馬車から少し離れ場所に三つ設置する。ほんの一時間前に比べて風がだいぶ穏やかになっており、標的が吹き倒されてしまうことはなさそうだ。
「一番遠いので四〇メートルくらいか?」望遠鏡で警戒に余念がないケヴが尋ねる。
「三〇メートル。手前のは二〇メートルと一〇メートル」
「そんな正確にわかんねえだろ?」
「ぼく、数メートル単位で目測できますから」
「マジか。数メートル単位?」
「だいたいですし、ちゃんと測ったことはないですけど。でもこれだけ近いと、感覚では一メートルもズレてないですよ。誤差は数十センチじゃないですか、たぶん」
「マジか」ケヴが繰り返す。「地球人は誰でもできんの?」
「できないみたいです、友達の話では。レアだって言ってました」
「先天的な特技か。なんにしろ、周辺に異常なし。始めろ」
プレスチェック――スライドをほんの少し引いて薬室に実包が装填されているか目視確認――してから、アキラはTP9を構える。そこらの森に潜んでいるかもしれない怪物のことを努めて頭から振り払い、拳銃に、正しい両手グリップに、集中する。
一〇メートル標的、二〇メートル標的、三〇メートル標的、と数発ずつ撃っては確認に行く。三〇メートル標的で一発外したのを除けば、すべて胴体に穴。
ドットサイト。マジであるのとないのとでは大違い。まさかこんなに当たるとは。
それに、正しい両手グリップ。これも大違い。ワルサーを撃ったときのように銃が暴れない。
実を言えば、TP9を撃った多くの者がその反動を否定的な形容詞で語るのだが 比較対象の経験が無きに等しいアキラはちっともそうと気づかない。
四〇発ごとにAPC、ウッズマン、HCFN、と切り替える。APCよりも弾頭が重いウッズマンとHCFNは――後者は倍ある――明白に反動が強まる。が、APCよりも銃口初速が遅いせいか、〝跳ねる〟感じが幾分弱まって〝押される〟感じが強まる。そして反動が僅かに遅くやってくる。アキラの体感的に、遅くて重い弾のほうがコントロールしやすい。
立て続けに弾倉を空にしていくうちに、スライドがどんどん熱を持ち始める。
おっと、火傷防止にグローブが要る。
最初のグローブは大失敗。厚ぼったくて拳銃を握った感触が良ろしくない。しかもスライドストップレバーのような細かい操作が難しく、ポーチから予備弾倉をすぱっと抜けず、その弾倉を銃把に挿す際にもたつく。薄手のグローブを捜して、タッチスクリーン操作可能とあるSKDのピッグを試す。大当たり。諸々の操作感が素手に近い。
熱を持ち過ぎないように射撃のペースを少し落として一二〇発を撃ち尽くす。
TP9はどの弾も上手く扱って動作不良ゼロ。ジャムる気配すらない。弾と自分の相性も良好。
ダンプポーチの空弾倉をISトランクにあけるアキラに、ケヴが問う。
「塩梅は?」
「三つとも問題なし。弾、買い足しましょう」
メインで使うAPCを三〇〇発。デカブツ用のウッズマンとHCFNを各六〇発。
標的紙の交換後、見張り交代。
リクエストに応えて標的は二五メートル、五〇メートル、七五メートルに設置し直す。
ビッググローブを嵌めたケヴが撃ち始める。
二五メートル標的に向けてあっという間に最初の弾倉を空にする。
次は五〇メートル標的に向けて弾倉を空にする。
標的に近づいて成果を確認したケヴの口元にニヒルな笑み。
「外すほうが難しいな、地球のピストル」
このお姉さんめっちゃ射撃うまいんですけど、と一緒に見に行ったアキラは舌を巻く。
「撃っててヘンな感じ、しませんでした?」
「アホほど撃ちやすいってことしかわかんね」ケヴが興奮気味にまくしたてる。「あとイヤプロだっけ? 話し声はフツーに聞こえんのに、銃声だけ小さい。デカい音ってわかるのに、デカくない。布を濡らした耳栓とはぜんぜんちげぇ。地球はマジでイカれてんな、ほんと」
「お気に召して何より。ケヴさん、APC以外の弾を使うとき、着弾がドットのどれくらい下にズレるか、チェックして」
「あいよ」
アキラは周囲三六〇度に視線を走らせる。
パンパン撃ちまくっているが……森林線や草原に不審な影は見当たらず。もうしばらく練習できそうだ。
そこで、ブレイザー社の五〇発入りFMJを八箱、追加で購入する。
「使って」と四箱を差し出す。「練習用の弾です」
「倹約は? 大きな買い物ってやつにポイント、足りんの?」
「安い弾だし、予算の範囲内。銃をいったんアバターに装備して、ドットサイトのゼロをこの弾に合わせてください。ブレイザー以外を撃つときは、APCのゼロ」
ケヴが射撃練習を一五分ほどで切り上げる。まあまあ感じをつかめたし悠長にしてられねえ、と。
アキラも一五分をリミットに急いで行う。
膝射姿勢で拳銃を安定させて、五〇メートル標的に命中弾を送り込めるか試してから――慣れればそう難しくない――七五メートル標的を狙う。全弾命中とはいかないが、当たることは当たる。
ドットサイトをAPC弾用のセッティングに戻し、標的を新しいものに交換して、着弾落差テストに進む。射撃地点に置いた空の木箱は簡易ベンチレストだ。膝射姿勢で木箱を支えにし、二〇発毎に弾を替え、標的を新しいものに換える。軽くて速いAPC弾用の五〇メートル・ゼロで撃っても、重くて遅いウッズマンおよびHCFNは、APC弾とだいたい同じ高さに着弾している。
七五メートル標的でも試す。
各二〇発中、命中は四割弱。
APC弾はこの距離でもドロップなし。とてもフラットな弾道だ。ほかの二つの弾は明白にドロップする。巻き尺を買い、各標的を並べて弾痕の高さのズレを測る。ウッズマンのドロップの平均値は約一〇センチ。一番重いHCFNは約一五センチ。かなり大雑把な計測――マスターレベルとは程遠い腕前、上下左右に大きく広がったグループ、小さすぎるサンプルサイズ――だが、データはデータだ。
ケヴの標的紙に穿たれた着弾落差も計測する。グループは小さくまとまっているが――この人ほんと初心者かよ?――ドロップは似たようなもの。
アキラはざっと計算する。七五メートルにおける二MOAドットは直径四・四センチ。となると、ウッズマンは当てたい場所よりもドット二つ上にホールド。HCFNはドット三つ上。真っすぐ狙って質量中心の下端または腹部の上のほうにヒット程度の誤差、とも言える。実戦でこんな距離を撃つ気はさらさらないが、状況によっては撃たなければいけなくなるかもしれない。
テスト結果をケヴと共有してから、ブレイザーに切り替えて練習を続ける。
立射で五〇メートル。半分も命中しなくなる。膝射。初弾命中。片手。一〇メートルで命中が覚束なくなる。両手。命中。速く撃つ。ミスが増える。ゆっくり撃つ。ヒットが増える。
残り時間を『ピストル射撃ガイド』で推奨されている各ドリルにあてる。
モザンビークドリル――胸に二発、頭に一発。
VTAC1‐5ドリル――左の標的に一発、中央に二発、右に三発、中央に戻って四発、左に五発。
大統領閣下ドリル――複数標的に素早く各二発、素早くリロード、また素早く各二発。
指標射撃ドリル――〝視線を向けた先に銃口は向き、銃口を向けた先に銃弾は飛ぶ〟との手と目の協調作用を利用し、アイアンサイトやドットサイトは使わず、手を伸ばせば届くほど超至近距離の標的の質量中心を見据えて腰だめで二発。
並行して、なるべく標的から目を離さない再装填ドリル。
日々の練習で筋肉に定着させなければならない技術、ふたたび。
こんな付け焼刃とも言えない付け焼刃じゃとても……ふたたび。
でもま、この銃と正しい両手グリップはよく当たる。そこが救いだ。『ピストル射撃ガイド』に載っていた拳銃の信頼性をはかる〝拷問テスト〟(合格ラインは最低限の整備で二〇〇〇発、動作不良ゼロ)には遠く及ばないが、二四〇発中、人為的・機械的な不具合ゼロ。そこも救いだ。
TP9――というか、典型的なストライカーファイア・ピストル――に瑕疵があるとすれば、親指で操作する外部安全装置皆無ときて、引き金を引いちゃいけないときも引けてしまうトリガーセイフティしかないこと。大袈裟でもなんでもなく、人さし指が最大の安全装置。
アキラは自分の人さし指の使い方に不信感がある。弾倉交換時やスライドを引くときに、人さし指が何度かトリガーガード内に入っていたのだ。引き金に触れていたことすらあった。二度は自分で気づき、一度はたまたまこっちを見ていたケヴに指摘された。
冗談抜きに、暴発事故をやらかしかねない。
急いでホルスターに抜き挿しするときとか。
かといって、〝チュートリアル〟で思いつくままそうしていた薬室を空にしておく携行方法、イスラエル・キャリーは、『ピストル射撃ガイド』では非推奨。拳銃を使うのは緊急時で、〇コンマ一秒の行動に生死がかかっている中、スライドを引く1アクションは無意味な足枷、抜いて即座に撃てるストライカーファイア・ピストルの強味を殺す、というのがその理由。そうした操作や操作ミスが原因で自衛に失敗するケースはとても多いとも書いてある。正しい指の使い方を鍛錬せよ。
アキラはSHOPで文房具を見繕う。
油性ペンの太いほうで汗ばんだ前腕の内側にデカデカと書く――PTFD。
嫌でも目につく。
ケヴの目にもつく。
「〝PTFD〟って?」
「プロパー・トリガー・フィンガー・ディサプリン」
「意味は?」
「安全ルールを守ったトリガーフィンガーの使い方、みたいな。ぼくなりの暴発事故防止対策」
「賢いな。その筆記具、ちょっと見せろよ」
穴だらけの標的を片付けたあと、二人は使った分の弾薬を補充し、各弾倉をフルロードし、拳銃をコンディション1(薬室に実包、フルロード弾倉挿入、ストライカーを起こした状態、安全装置ON)にする。この銃の安全装置はもちろん、引いちゃいけないときも引けてしまうトリガーセイフティ。TP9のマニュアルは、トリガーセイフティごと引き金を目いっぱい引かない限り内部安全装置が常にONの発射機構のため、トリガーガード内に入りこむ異物や人さし指に気をつけておけばオーケーだと請け合っている。
忌々しいこの人さし指……
「診断ってやつ、やっとこうぜ」超絶優秀なケヴが、自動メンテナンス機能の一つを提案する。
なんて頼りになるお姉さん。こっちはそんな機能、完全に失念していたというのに。
診断には六〇秒を要すとあるため、交互に行う。
アキラは拳銃と弾倉をアーセナルに仕舞い、自動メンテナンス画面にドラッグ&ドロップして、メニューから〝ダイアグノーシス〟を選ぶ。
円形の工程進捗ゲージがきっかり六〇秒で埋まる。
診断結果は簡素な断面図。
上の図は全パーツ青色――摩耗なし。
下の図は銃腔と薬室周りがほんのり薄い青色――正常な使用にまったく差し支えのない微量の汚れ。
褒めてやるよ、くそ宇宙人、とアキラは大気圏外に語りかける。このオリ要素はマジ便利。
アキラがPTFDを意識して拳銃をホルスターに挿してから、ケヴも診断にかける。
診断結果は同じく青とほんのり薄い青。
今後の行動やコロニー殲滅作戦に際して、リハーサルなし、ぶっつけ本番の埋め合わせに、二人はお互いの役割を確認し、行動手順を確認し、取り決めたキーワードとハンドシグナルを確認し、すべてを再確認し、各ポーチを使いやすいように再配置する。
APC弾倉は戦闘ベルトの左正面から背中寄りに五個、右正面に二個。催涙手榴弾は右腰に二個。発煙手榴弾は右の背中寄りと左ショルダーストラップに各一個。背骨の位置にダンプポーチ。ウッズマンとHCFN弾倉各一個のポーチは、取り違え防止に、チェストホルスターのウェビング。
予備弾倉だけで約三・五キロ。手榴弾を足すと五キロ弱。軽いとは言えないが、ハーネスと腹部に重量が分散されて、体感では数字ほど重く感じない。ケヴの助言も大きい――「左右の釣り合いを考えろ。重さが釣り合ってねえと動きづらいし、すぐ疲れるぞ」
アキラは射撃練習の跡を見やる。そこかしこで陽光を反射する大量の空薬莢。集めている暇などない。こればかりは500m制限で消えるに任せよう。
ケヴが練習の締めに、買い足した発煙手榴弾を投げる。
白煙がもうもうと立ち昇り、風に押し流されてゆく。
「じゃ……用意はいいな?」
「ええ」と心の用意ができていないままアキラは応じる。
六時一〇分。
日の入りまで三時間弱。
馬車がガタゴト進みだす。
相変わらずのどかだ。
鳥しかいない。
けれども、草原の北端まで進んで、東西の森が小川のほうへせり出しているボトルネックのような箇所に差し掛かったとたん、偽りの平穏が破れる。
左後方の森、距離三五〇、とアキラは上擦った声で注意喚起する。
「ゴブリンぽいのが九……訂正、一三。駆け足で接近中」
ケヴが体を捻ってそっちを見やる。そして妙に平坦な声音で言う。「間違いねえ。ゴブリンだ。コロニーの見回りかもな。ほかは?」
「なし。あいつらだけ」
「プランAでいくぞ」
プランAは、人間並みの足の速さの二本脚、かつ比較的少数への対抗策だ。
第一段階、一応の安全を確認済みの往路へ馬車を方向転換。
第二段階、射程内に入ったモンスターを迎撃。
第三段階、残党に囲まれる前にハラスの脚を活かして充分に引き離したのち停車。
第四段階、追いついてきた残党の無力化または撤退まで移動と迎撃を反復。
ケヴは馬車の操縦と周辺警戒を担い、主にアキラが攻撃を受け持つ。
利点:照準を乱す揺れのない安定した状態で迎え撃つことができる。難点:ルーティンを繰り返すほどハラスが疲れてしまう。加えて、タイミングを一つ誤れば大惨事。
ケヴが馬車を素早くUターンさせる中、アキラは小さな怪物たちを観察する。というか、目が離せない。挿絵を凌ぐ化け物ぶりだ。猫背で、極端な猪首で、悪相で、妙に頭部が大きくて……
そして『図鑑』の解説やケヴの証言どおり、猪突猛進。
脇目もふらずに馬車の横っ腹に近づきつつある。各々、棍棒や包丁っぽい得物を手にしている。衣類や防具の類を何も身につけていないものだから、見たくもないちんちんぶらぶらソーセージが見える。色気のイの字もない鬼婆風の垂れた乳房もぶらぶら揺れている。
野原を小走りに渡る小柄な緑色の怪物たち。
淡い夕空の下の醜い悪鬼たち。
この日味わった中でもダントツの非現実感にアキラは襲われる。化け物の実在という予備知識がなかったら、これを現実のこととして受け止められたかどうか……
ともかく、片膝をつき、荷台の側板を支えにして拳銃を構える。標的が射程内に入るの待ちながら、正しい両手グリップを意識的に作る。銃把の可能な限り高い位置を握り、サポートハンドは下方四五度の角度でファイアリングハンドに被せる。親指同士は上下に重ねず、前後にずらし、前に伸ばして脱力させ、フレームに添える。そうしながら、トリガーフィンガーを除くすべての指と両手のあいだに大きな隙間を作らないようにする。肝心なのは、引き金を滑らかに引く柔軟性をトリガーフィンガーにもたせること。そのため、拳銃をしっかり保持するための力は主にサポートハンドでもって、ファイアリングハンド越しに加える。
ピストル射撃の基礎はライフルと同じだ。
NPOA、呼吸と引き金のコントロール、ファロースルー。
しかし当たるのか? さっきの練習じゃ割と当たったけど、〝チュートリアル〟の二の舞になるんじゃ?
ハンドガンはマジ当てるのムズイとの実体験に囚われているアキラは、可能な限り引きつけたくなる。拳銃にとっての遠距離、二五メートルまで。なんなら自衛シチュエーションが頻発する六メートル以内に。しかし自分たちのほうへ突っ走ってくる怪物を目の前にしてみると……
あんなのゼッタイ近づけたくない。
「東のほうは?」背を向けている対岸が気になってアキラは尋ねる。
「異常なし」辺りに目を光らせているケヴが言う。「あのくそチビどもを除き、全方位問題なしだ。おまえのタイミングでやれ」
「二人でやりましょう。ぼくは右から左。ケヴさんは左から右。ぼくが一〇発撃ったら始めて」
言葉を交わすうちに、心がすっと凪ぐ。最早お馴染みの感覚。殺るか殺られるかの状況では、怖がっている暇がない。感情が遠のき、常時とは異なる精神状態に突入する。純粋意識とでも呼ぶべきものが高まり、無で満たされる。やはりぼくはイカれ始めているのかもしれない。
窓の中で小さく揺れ動くドットが、右端のゴブリンの胸に重なる瞬間を見計らう。
直線的に突っ込んでくるので、射的の的さながら。
あとは射距離五〇メートルで、この本番で、命中させられるかどうか。
銃口が跳ねて、鈍い発射炎が一瞬、視野で瞬く。
ドットサイトの〝窓〟に標的が戻る。
初弾がヒットしたのかミスったのか、よくわからない。
ターゲットを含む一三体が突然の銃声に立ちすくんだだけ。
アキラは引き金を引き続ける。
パン、パン……パン、パン……と一体につき二発ずつ。
一三体が突進を再開し――
――次々と脱落していく。
アキラの想定よりもあっけなく。
ゴブリンの体が子供並みに小さいせいかもしれない。側板でサポートした膝射姿勢とドットサイトと正しい両手グリップがショットプレイスメントを向上させているおかげかもしれない。七七グレインAPC弾がテクニカルデータどおりのおぞましい銃創を作り上げているからかもしれない。
三発中二発は外しているくさいが、倒れることは倒れている。
ケヴの銃声が重なりだして、倒れる数が増える。
不意に白い痛みが爆発し――あっづ!――アキラは不随意に引き金を引いてしまう。荷台のどこかに跳ね返った熱い空薬莢が足の甲に着地したせいだ。反射的に振り落とす。なんでぼくは靴を買わなかっ――スライドが開放ポジションでロックされる。マガジンキャッチを押して、するっと抜けた弾倉が足元に落ちるに任せる。
腰の弾薬ポーチをまさぐりながらつい怒鳴る。「リローディン!」
ゴブリンに銃撃を加えるケヴの姿を視野の隅で捉えながら――手が焦って手間取りながら――アキラは新しい弾倉を挿してスライドストップレバーを下げる。
一〇メートル以内に迫った最後の小人が倒れ、銃声がやむ。点々と転がっている怪物を眺め渡す。数体を除いてまだ動いている。耳障りな声も上げている。が、まともに立てないようだ。
ケヴが御者台から降りる。
脚本にない行動だ。
「ケヴさん?」
「止めを刺せ! 死んだフリして後ろから襲ってくる!」
「でもケヴさ――」
「いいから始末しろ! 安全確保が先だ!」
ケヴが速足で前進し、草地を這う一番近いゴブリンの頭を撃ち抜く。オレンジがかった斜めの陽射しの中、ピンクミストならぬ紫の霧がぱっと散る。
御者不在でハラスを放っておくのはためらわれるが、野原をずんずんゆくケヴを援護しないわけにもいかず、アキラは拳銃を手に荷台から飛び降りる。
安全確保――彼女の言は一理ある。ただ、体を起こそうとしていようと倒れたままでいようと、息のある個体はすべからく金色の瞳に狂的な光をたぎらせて二人の人間を睨みつけている。諦念とは対極の怒り、死に体であっても何をしてくるかわからない怒りだ。
現に一体が跳ね起きて、アキラに飛びかかろうとする。最初からそっちに銃口を向けていなかったら、石のナイフで腰をえぐられていただろう。
「この馬鹿、迂闊に近づくな!」ケヴの叱責が飛ぶ。「距離を取れ!」
「りょ、かい」と声を喉に詰まらせる。
ヤバいヤバいヤバい。完璧かつ完全に殺さなきゃ。道義とか倫理とか怪物愛護団体の抗議の電話とかロビー活動とかヘイトメールとか知ったことか。
二人は頭を撃って回る。
念のために、すでに死んでいると思われる個体にも撃ち込む。
一体残らずピクリともしなくなる。
背後の路上でハラスが落ち着かなげに身じろぎしている。
「ケヴさん……馬車に戻りましょう」
しかしケヴの次の行動がまたもやアキラを驚かせる。
死体を蹴っ飛ばしたのだ。
そして森林線に向けて怒声を上げだす。
「ホォォォォォォウ! ボケナスども、いるなら出て来い! お仲間はくたばったぞ! 皆殺しだ! ざまぁみやがれ!」
潜在的な残党をおびき寄せるための演出、とは様子が違う。クールなお姉さんは最早クールに見えず、青筋を立ててキレ散らかしている。西部劇の無法者みたく空に向けてパンパン撃ち、裏返りそうな声でわめき、ワンフレーズごとに一歩、森に近づいていく。
「ケヴさん?」
「聞こえてるか!? ここに来てあたしを殺ってみろ、ちんぽしゃぶりのクソ馬鹿ども! かかってこい! てめぇら薄汚ねえくそチビ全員まとめて――」
「ケヴさん! ケヴ!」
一度は肘をつかむ手を振り払い、またつかまれると、ケヴがようやく足を止める。アキラはとばっちりで殴られるんじゃないかと冷や冷やする。幸い、拳骨は飛んでこない。
肩が上下するほどの荒い呼吸の合間に、ケヴが言葉を絞り出す。
「あいつらには、貸しがある」
「〝貸し〟? なんの?」
ケヴが再度、アキラの手を振り払って飛び出そうとする。しかし先ほどのような勢いはなく、簡単に止まる。ケヴが憎々しげに森を見据えながら、ぺっと唾を吐く。
「面白くもねえ昔話だ」
続きなし。それ以上話す気はなさそうだ。
けれども、アキラが腕を引いて馬車のほうへ促そうとしたとき、ケヴが言葉を継ぐ。
「二度めのカセリナ遠征で、くそチビに部下が三人さらわれた。一人だけ……辛うじて生きてた。体のあちこちを食われてたよ。エジは、あのお人好しの田舎娘は、情けの一撃を望んだ。終わらせてやる以外にできることなんてなかった」
なんとまあ……
ケヴが目をつむり、ふぅー、と大きく息をつく。
アキラの手の下で、ワイヤーのように張り詰めていた筋肉が弛緩する。怒らせていた肩が下がり、息遣いが落ち着く。瞼が上がる。それから、一本調子気味にケヴが続ける。
「自分じゃとっくに乗り越えたつもりでいたんだ。実際、さっきくそチビを見るまでは……でもまあ、そうでもなかったらしい」
「あの、亡くなった方はサロ帝国軍の部下、ですか?」
「意外か?」とアキラに目を向ける。「あたしは反帝国の工作員だが、サロ人を根絶やしにしろと吠える過激派じゃない。敵性国家の全住人を〝人非人〟と看做す世間知らずでもない。帝国軍の同僚や部下の中には、そいつのために命を投げ出しても惜しくない本物の友人もいる。ゆうても、裏切り前提の友情だったし、現に裏切っていたわけだが。なんであれ……みっともないとこ見せたな」
ケヴが硬い微笑を投げる。
「約束するよ。二度と自分を見失わない。つーわけで、手、離してくんないかな?」
アキラは手を離す。
「えと……もしそうしたくなったら、話くらいは聞きますよ」
「あんがとよ。にしても地球のピストル、聞いてたより全然いけんじゃん」
「ええ、まあ、なんとかなりましたね」
馬車へ戻る道すがら、アキラは自分に強いて射殺体を検分する。特に、背中の射出孔がよく見えるうつ伏せのゴブリンを。比較対照の教材には事欠かない。体が薄いせいか、貫通銃創だらけだ。アキラの意図を察したケヴも検分に加わる。
被弾距離四五メートルの射出孔は、緑色の肌と紫色の血に紛れて見分けがつきにくい程度。しかし馬車に近づくほど大きくなり、被弾距離二〇メートルのゴブリンの背には、人さし指がすっぽり入る穴。その縁には大小の骨片。別の個体の射出孔からは、ちょっぴり顔を覗かせているてらてらした内臓。
「軟組織の空洞化、エグイな」先刻の自失など欠片も残っていない面持ちでケヴがコメントする。「弾の直径の倍くらいあんぞ」
「そういう弾ですし」畜生、胃がひっくり返りそうだ。
銃創だけでも充分にグロいというのに、臭いも良くない。何週間も風呂に入っていない人というか、腋臭のきつい人というか、そんな感じの鼻に厳しい臭いがする。
「テクニカルデータに載ってた弾道ジェルってやつのテスト結果、アレよりヒデェじゃん」
「弾道ジェルは――」せり上がってきた苦い胃液を飲み下す。「生体組織の密度と弾性を完全に再現してるわけじゃないですから。特にG9のFTMは、ジェルだとダメージが大人しめ。逆にほかの弾は、ジェルだとダメージが派手になりがちなんだとか。そもそもの話、怪物には参考程度ですよ。アレは人間を想定したテストだし」
「そういうもんか。エグイことに変わりはねえけど」
そして交換時に落とした空弾倉の損傷チェックや再装填やキル数の確認といった雑事の中、アキラは靴の購入をすっかり忘れてしまう。荷台に散乱する空薬莢の掃除までしたにも関わらず。
アバターの足元にあるキルレイシオ欄には――
TOTAL 6:0
PISTOL 6
KNIFE 0
けっ。被デスの〝0〟に皮肉が効いてるじゃん。そこが〝1〟になったとき、本人は永遠に目にする機会がないってのに……
ポイント欄も六キル分――1キル二五ポイント――しっかり増えている。
荷台に腰を落ち着けながら、アキラは今一度、一三体のほうへ目をやる。小型の二本脚は止められた。もうちょい大柄な連中はどうなんだ?
願い事には注意しろ、おまえはそいつを手に入れるぜ、とは古くからある警句だが、疑問には注意しろ、おまえは答えを手に入れるぜ、もあって然るべき。
一分も進まないうちに、対岸の森林線に新手がぬっと現れる。
四本脚。
『怪物図鑑』の一枚がアキラの脳裏に浮かぶ。
「〝黒毛〟?」
「だな」
アキラの目と脳みそは正確な相対距離を弾きだすも、対象の正確なサイズまでは弾きだしてくれない。黒毛の平均的な体長と体重は中型の黒熊と似たようなものらしいが……心理的影響のせいなのか、実際にそうなのか、ずいぶんデカく見える。
黒毛が辺りを見回し、やおら、のんびりと向かってくる。
「人間を完全に舐め腐ってるな、ありゃ。過去の経験かなんかで楽な獲物とでも学んだんだろう」
「ペットにできません?」
「黒毛で成功したことは一度もねえし、今もできる気がしねえ。特徴、憶えてるか?」
緊張で早口になる。「生息数が割と多いプレデター型四本脚、獰猛、瞬足。ハラスに乗った見回りの人がハイペースで何キロも追いかけられたっていう体験談多数」
「よって、この馬車じゃ逃げられねえ。迎え撃つぞ」
アキラは思わずTP9に目を落とす。遠い豆粒大の黒毛と比べても、拳銃がとてつもなくちっぽけで頼りなく見える。ケヴが励ますように言う。
「アレはまだ対処しやすい部類だ。一〇名前後のクロスボウで止められる。貫通力の高い弾が取説どおりの代物なら止められるよ」
ケヴがTP9からAPC弾の弾倉を抜き、薬室の一発を排出する。アキラもそうして、チェストホルスターの弾薬ポーチをまさぐる。銃把に挿す前に中の実包を見る。弾頭を覆う赤い合成被甲――HCFN。バッファローボア製アウトドアーズマンの双生児と言ってもいい高硬度鋳造先端扁平弾。
残り二〇〇メートル前後で、犬の小走りくらいに黒毛の足が速まる。
ハラスが不安げに鼻をぶるぶる鳴らす。ぶるぶる鳴らせる鼻を持たないアキラは、プレスチェックで拳銃の装填状態を神経質に確かめる。
「わかってると思うが」とケヴ。「銃声がガンガン響いた直後に、あの野郎はやって来た。簡単にビビるタマじゃない」
「威嚇射撃なし。止められなかったときは?」
「川から少し奥の浅い窪地、あそこまで来たら馬車を出す。その時点であいつの考えを変えさせるくらいの手傷を負わせていれば、執拗に追い回されることはねえよ」
「痛いのを嫌がって途中で逃げたり……?」
「五分五分かな。甘い期待はすんなよ、地球人。死ぬ気で殺せ」
黒毛の速度が増す。今や足先が鼻より前に出ている。走るというより、もふもふスーパーマンよろしく宙を飛んでいる。フルスピードだ。
そのタイミング、八〇メートル足らずで二人は撃ち始める。
対捕食動物もショットプレイスメントは原則、質量中心。
ささやかならざる問題は、突撃状態にある捕食動物の質量中心/胸部なんて狙えやしないこと。見えるのは大きな頭部と、逞しい肩と、太い前脚のみ。
消去法でアキラは頭部を狙う。
五発後に、まったく手応えがないのを見て取って狙いを肩に変える。上手くすれば、胸郭の上部から侵入した銃弾が体の奥深くの重要器官を……
まるで催眠術にでもかかったかのように、みるみる近づいてくる黒毛と、反動のたびに消えたり現れたりするドットと、引き金を引くこと以外の事象が、アキラの意識から消え去る。どこか遠くで内なる声が発砲回数をカウントし続ける。八、九、一〇、一一。
最低でも数発はヒットしているはずなのに、着弾で毛皮がぱっと弾けるのを何度か目にしているのに、怯む様子がない。
フルスピードのまま窪地に達する。
ぜんっぜん効いてないんじゃ? との疑いがよぎった刹那、黒毛が急停止して、くるっと来た道を戻りだす。よたよたと。
そして、どさりと地面に沈む。
このとき初めて、どれくらい接近されていたのかをアキラは認識する。
二〇メートルもない。
PDAを見、感情のこもらない声で言う。「キルレイシオ」
「キルレ――ああ」ケヴがPDAを叩く。「一、増えてる。おまえも?」
アキラは首を横に振る。
「二人で殺ったのに?」
「キル判定は厳密に、致命傷を与えたプレイヤーか、ラストアタックを取ったプレイヤー」
「プレイヤーとは?」
「詳しいことは今度」
ケヴが御者台の背後をごそごそする。「今の二つ、もうちょい厳密に」
「同一ターゲットを二人で撃って、ぼくはチェストショット、ケヴさんはヘッドショット、ケヴさんのキル。あるいは、ぼくが先にチェストショット、まだ動いてるターゲットにケヴさんがもう一発チェストショット、そいつが出血死したら、ケヴさんのキル」
「なんだかまるで遊びの決め事だな」とかぶりを振り、太矢を一本、抜き出す。「キル毎のポイントといい、競技化した兵隊ごっこみたいだ」
鋭いね、お姉さん。
「ほかに化けモンは?」
「ナーダ」
「何って?」
「ナーダ。何もない。無。ゼロ」
「ほいじゃ」ナイフを使って矢柄から矢尻を取り外す。「今後の対応の参考に、検死といこう」
ハラスの逃亡防止に木製の車輪止めを後輪に噛ませてから、二人は深く落ちくぼんでいる小川をひょいと飛び越える。
動いている黒毛はとても大きく見えたが、死んだ黒毛はそれほど大きく見えない。そうとは知らずに遠目に見ただけなら、打ち捨てられた山積みの黒い毛布か何かだと思っただろう。
そして、四本脚も臭い。
ハラスの獣臭をかぐわしく思えるくらい、臭う。なんというか、生臭い。
アキラが見張りに立つ横で、十数か所の体毛の濡れている箇所、射入孔に、ケヴが矢柄を挿し入れては抜くのを繰り返す。
「頭に結構当たってますね」
「ああ。頭蓋も抜いてる。でも脳みそのサイズは――」ケヴが握りこぶしを作る。「こんなもん。目と目の間を綺麗に撃ち抜くか、真横から耳の穴に命中させない限り、即死とはいかねえ」
「頭は狙わないほうがいい?」
「いや、たとえ脳みそを外しても、頭部の大怪我は化けモンにも致命的だ。さっきのこいつみたく、動かなくなるまで時間はかかるが。体の傷も深いのと浅いのがあるな」
「骨に当たって?」
「ああ。骨格を抜いた弾は浅いところにある。二発、関節で止まってる」アキラを振り仰ぐ。「ピストルの火力を上げる話だが、どれくらいの威力になる?」
「イメージ的には、もっと貫通力が高くて倍くらいの射程がある9ミリ。軟組織の破壊という意味での威力はあんまり変わりません。9ミリよりも少し大きな穴が開く程度」
「期待したほどじゃないが、悪くなさそうだな」矢柄で黒毛を示す。「こいつをもうちょい遠くで止められると考えていいか?」
「当てるべき場所に当てれば、おそらく」
ジュリエット1への道中、さらに二度、小人種に遭遇する。
手長ゴブと樽野郎。
ケヴが呼ぶところの手長ゴブ、小人(中)の身体的特徴は、長い両腕と、小人(小)よりも頭一つ高い背丈。頭一つ高いと言っても、まだチビの部類だ。大きなもので一六〇センチほどしかない。体格も貧相で、胴体に数発食らうと倒れる。たとえ立ち上がっても動きが鈍くなる。
さらに頭一つ高い樽野郎こと小人(大)は、ひと味違う。ビア樽じみた胴回りと一日中ベンチプレスをしているかのような逞しい肩を持つ、手長ゴブのビルドアップ版。分類学上は〝小人〟なのかもしれないが、実質的には小粒な中型二本脚。アキラにしても、自分より五センチほど背が高くて二〇キロかそこら重い相手を〝小人〟と看做すのは無理がある。
その優れたフィジカルのせいか、生命力が半端なく高いのか、樽野郎の好ましからざる行動を止めるには手長ゴブの軽く倍の銃弾を費やす。
黒毛ほどではないにしても、冷や汗が滲むくらい、タフだ。
充分に離れた位置で止めを刺してから、三体の樽野郎を調べる。
ごく初歩的な事柄が、ここでも立証される。
脅威を速やかに〝停止〟させるには、何を置いても、ショットプレイスメントが鍵。
ケヴの言い方だと――「二本脚もこのサイズになると、当てりゃいいってもんじゃねえな」
一度倒れたあとほとんど動かなかった個体には、銃創が七つ。うち二つは胸部中央に穿たれており、その途方もない出血量から、心臓もしくは大動脈を傷つけたのは明らか。
しぶとく動き続けた二体の胴体にも、複数のヒット。ただし、どれも正中線を外れて輪郭に寄っている。間違いなくそのせいで、一度倒れたあとすぐさま立ち上がり、倒れる前と同じ勢いで再突撃してきた。止めを刺すまでギャアギャア騒ぐ元気すらあった。
もし樽野郎がたくさん現れたら、ジョン・ウィックばりの射撃術がないと対処できないだろう。
ジョン・ウィックばりの射撃術なんて持ち合わせていないアキラは、酷く不安になる。
「あの……こいつら怪物ランキングでいうと、弱者の部類、なんですよね?」
「そうさ」と、前言どおりに激発の徴候を微塵も見せずケヴが応じる。
「で、弱者は弱者と協力し合う」
「あくまで同族同士でな。化けモンでもわかる根本的な力学だよ。数は力なり」
「コロニー内の大中小の比率、どれくらいなんです?」
「樽野郎の割合が気になる?」
「そりゃもう」
「わりぃけど、当てになる目安なんかねえよ。見るまでわからん」
「地域ごとの傾向とか……?」
首振り。「小人種は頻繁に移動する。流入と流出が激しい。コロニーひとつ取っても増えたり減ったり、場所を変えたり分裂したりほかと合わさったりで、規模や構成がコロコロ変わる。確度の高い最新情報が翌日にはゴミなんてこともざらだ。たとえきっちり宿題を済ませておいても、こればっかりは読めねえよ」
アキラは前向きに考えようとする。
危なげなく、とはいかないまでも、今のところ、なんとかなっている。ジュリエット1まで残り二キロ弱。この調子であと一ダースちょい狩れば、二人とも二〇キルに届く。そしたら、強化した拳銃で推定四〇匹の群れに臨める。道中のエンカ率次第では、強化した拳銃プラス散弾銃で臨める。
状況はそんなに悪くない。
しかし物欲センサーにキャッチされる。
怪物を一匹も見かけず、たまに動きがあっても、無害な鳥ばかり。
偽りの平穏が戻ってくる。
そして最初のときのように、唐突に平穏が破れる。
ジュリエット1まで半キロの地点に達したとき、湖畔の森から各種ゴブリンの混成集団がわっと押し寄せてきて、アキラの目には千の軍勢に映る。ケヴが三〇ないし四〇と見積もる。
「プランB!」ケヴが怒鳴る。
プランBは、足の速い相手または短時間の停車さえ命取りになりかねない比較的多数への対抗策だ。
作戦は単純明快、走る馬車の上から追いかけてくるモンスターにひたすら銃弾を浴びせる。
言うは易く行うは難し。
縦揺れ(未舗装路ほどではないにしろ、二世紀に渡る整備不良で石畳はそれなりにガタガタ)と横揺れ(敷石が剥がれている箇所や穴ぼこを避けようとケヴが馬車を左右に振る)という不安定きわまりない状態で人体大のターゲットを狙うのは曲芸撃ちに等しい。
かといって揺れを度外視できるほど引きつけると、ゴブリン大中小が昂奮した猿みたいに物を投げてくる。
木の槍や石のナイフが再三掠めてアキラは肝を冷やし、御者台で姿勢を低くしたケヴが悪態らしき怒声を複数の言語で吐き散らかす。
というわけで、安全な距離を保ちながらの射撃は五発に一発命中しているかどうかも怪しく、相手のペースに合わせたスローモーション気味の〝馬車チェイス〟はいつ終わるとも知れず、砦ルートの十字路まで戻ってしまいそうな気配が濃厚で……
「ガスアウト!」
と告げてアキラが催涙手榴弾をゆるく投じたのは、ケヴに速度を上げさせて、群れとの距離が開いたとき。立ち昇った白煙が南西寄りの弱い風に煽られて、渦巻きながら街道脇の小川に流れ落ちる。ガスの広さと厚みを増すべく、リュックから出したもう一発を風上に投じる。広さと厚みを増したCSガスの渦に、ゴブリン大中小がもろに突っ込む。
興味深い死活問題:果たしてモンスターに増強CSガスは効くのか?
答え:てき面に効く。
ゴブリン大中小は一群となって白煙を突っ切ろうとするも、その途中で足が鈍り、絵に描いたような右往左往を演じだす。ギャアギャア騒いで目を擦り、内臓を吐き出しそうな勢いでゲホゲホ咳き込み、ガスから逃れようと無暗に駆け、転び、四つん這いで苦悶の叫びを上げる。
数体が小川に転落。
大混乱。
「停めて!」
馬車が停まりきらないうちにアキラは荷台から飛び降りる。「おい! 何してる!?」と怒鳴るケヴに、「大丈夫!」と返す。群れから五〇メートルの距離まで一息に走り、呼吸を整えて、催涙ガスに苛まれているゴブリン大中小を片っ端から撃つ。引き返してきた馬車がアキラの背後で横向きに停車し、ケヴの銃撃が加わわる。
「野原と左正面はあたしがやる。川の連中と右正面に集中しろ」
アキラはそうしようとする。
しかし多すぎる脅威を前にしたプレッシャーとアドレナリンが手を震わせる。
殲滅の好機だというのに、ショットプレイスメントどころか、命中弾を送り込むことすらままならない。
アキラは拳銃をホルスターに挿す。事前練習したとおりに、リュックサックから取り出したガスマスクを顔面に押し当て、ヘッドハーネスを後頭部に引き下ろし、ストラップをきつく引き絞る。口元の排出バルブに手を当てて勢いよく息を吐く。呼気が正しく漏れ出る。左頬に装着してある吸入バルブを手で塞いで息を吸う。気密されている証にガスマスクが凹む。
大胆かつ危険なことをしようとしている自覚はある。しかしそれ以上に〝こうするのがベスト〟との確信に突き動かされている。
路肩から近づきます、とこもった大声で伝えて9ミリを抜く。
やめろ馬鹿、とすかさずケヴが反対する。
「でもそうしないと弾が当たらない!」
「おい!」
アキラは小川に面した狭いスロープを駆け下り、路面が目の高さになる位置で、CSガス地帯とその周辺でふらふらしている群れに走り寄る。マスクの中で自分の荒い呼吸が響く。川に転落した連中――必死に目を洗っている――を射殺し、路上の脅威に銃口を振り向ける。
射距離が半分になったことで、命中率がぐんと上がる。
それでもヒットは五分五分といったところ。CSガスにもだえるゴブリン大中小は体の正面をさらして突っ立っているわけではなく、初心者ガンスリンガーにはちょっと厳しい標的だ。むしろ視野不良と呼吸困難を押して銃声に向かってくる個体のほうが対処は楽。
イヤプロがピピピと鳴る。何か重要な通知かもしれないが、確かめている余裕がない。ゴブリンの中にも切れ者がいると見え、倒れゆく仲間と銃声との因果関係を結び付けたその樽野郎が今まさに、瀕死の手長ゴブを盾のように掲げて突っ込んできている。
APC弾が肉の盾を貫通し、その陰にいる樽野郎に紫の血を浴びせる。が、貫通弾は運動エネルギーをかなり失っているらしく、樽野郎の足が鈍る様子も、止まる様子もない。
アキラは肉の盾に隠れていない部分、下腹部にドットを下げる。腰痛持ちならお馴染みのように、骨盤やその関連部位を損傷すると、二足歩行動物はまともに立てなくなるか、まともに歩けなくなる。肉盾を取り落としたゴブリン大は、まともに立てなくなる。なんとか片足で体を支えるも、まともに歩けなくなる。しかも股関節から血がどばどば出ている。〝いける〟と確信したアキラは頭を撃ち抜く。
無傷のターゲットはまだまだいて、徐々に戦意を回復しつつある。
混乱を長引かせるべく、リュックから出した催涙手榴弾を投擲する。自分の傍に転がしてセイフティゾーンを作りたいところだが、マニュアルによると、長時間または大量のCS物質に素肌が露出すると熱傷や炎症を引き起こす。足はもちろん、腕や首筋もまったく保護されていな――
またもや空薬莢が原因の白い痛みが足で爆発し、またもや不随意に引き金を引く。その暴発で自分の足指を吹き飛ばしかけたアキラはショックでフリーズする。意識が再起動。靴! カンッペキに忘れてた。
ケヴも催涙手榴弾を投げ込む。
三〇秒足らずで噴出が止まり、白煙がみるみる晴れ――
アキラは片手を高く挙げてケヴの注意を引き、肘から先を上下に振る。撃ち方やめ! 『チーム行動の手引』に載っていたハンドシグナルだ。
満足に動ける小人は一体も見当たらない。
キルレイシオを確認したのち、アキラはガスマスクを脱ぎながら馬車に駆け戻る。
「おまえ、さっきの行動は――」
「説教はあと。いま何キル?」
その質問でケヴが了解し、車輪止めを手に御者台を降りる。
「あー……一六。おまえは?」
「二七。援護します」
援護するあいだ、アキラは再装填時に落とした空弾倉の回収を諦める。どこもかしこも草ぼうぼうで、難易度ヘルの『ウォーリーを探せ』よりも骨が折れそうだ。
一体はすでに死んでいたらしく、五体めでケヴが二〇キルに達する。すると撃つのをやめて、合理的な提案を持ちかける。提案を容れたアキラはケヴの援護の下、一人で、残党をゴブリン用の天国へ送り込む。
しかしショットガン開放には少し届かず。
「何キル?」
「四二」
「もうちょいじゃん。でだ、気づいてるか?」
「何を?」
「マップ見てみろ。たったいま三八匹始末したが、コロニーは赤だ」
リアルタイム戦術マップに目を落とす。
確かに赤いままだ。
湖畔の森は今、街道まで伸びる薄い木立の陰になっているが、アキラはついそっちのほうを見やる。
「巡視隊の人たちの情報よりも多い?」
「明らかにな。コロニーとの距離からして、道中で遭遇したゴブも十中八九、お仲間だ。この三八匹を含めてトータル六一。ほいで三割になったら黄色表示ってことは――」
「最低でも残り二七匹」とアキラは引き取る。
「最低でも」ケヴが含みを持たせて繰り返す。
「とりあえず……少し戻りましょう。コロニーから近すぎます」
荷台に落ち着くなりアキラは受信トレイを確認する。
ピストル関連全開放の通知と、アンロックボーナス二〇〇〇ポイントの通知。
周囲に目を配りながら、買えるものが増えたSHOPで拳銃の火力向上セットアップを組む。
基本線:デルタだかグリーンベレーだかの人が考案した、競技銃と任務銃のパフォーマンスを併せ持つローランドスペシャル。〝ピストルONLY部屋〟で天然痘が青ざめるほどの猛威を振るい、何より、現実世界の射手が絶賛のパフォーマンスとくれば、やらない手はない。
ただし口径は、本来の9ミリではなく、ジョークマップで定番の〝熊薬〟でいく。ユーザーアンフレンドリーな反動が心配ではあるけれど……理論上は、その反動を半分以下にカットできる。
パワフルな弾薬で撃ちやすさを追求する問題点。
ポイントが重い。
ボーナスの二〇〇〇ポイントがすっかり消し飛ぶ。
でも今後しばらくのあいだ、コレが主武装になる。
戦闘を楽にしてくれる射程も要る。
ポイントをつぎ込む価値は、ある。
街道を半キロほど戻った時点でケヴが馬車を停める。
「もういいだろ。異常は?」
「ナーダ」
「よし。ピストルの火力、上げようぜ」
「じゃあまず、カートリッジのリスト」
ピストル口径リストは今や、すべて明るい表示だ。
「下のほうの10ミリAUTOをタップ」
前回と同じく、弾薬は様子見に少量を買う。
G9の一四五グレイン・ウッズマンを四〇発。アンダーウッドの二二〇グレイン・ハイテクコーテドHCFNを四〇発。
10ミリ弾は9ミリ弾よりも大きい分、お高い。一発平均、二・二ポイント。
練習用にブレイザーとAACの一八〇グレインFMJも加える。
「対人用の弾は? デカい孔を開けるほう」
「今回はなし。テクニカルデータを信じるなら、10ミリのAPCとウッズマンは空洞化のサイズが大して変わりません。ほんの数ミリの差です。試し撃ちして問題がなければ、一メートル以上刺さるウッズマンをメイン。穴が小さい代わりに三割増しで深く刺さるHCFNをデカブツ用の保険」
「りょ。ほいじゃ次は、ピストル本体だな?」
10ミリ拳銃のメーカーリストは、9ミリに比べると遥かに短い。
ただし、銃器に興味がない人でも耳にしたことがあるような有名どころが名を連ねている。
「グロックをタップ」
ぶっちゃけ、グロックはアキラの好みではない。あの玩具みたいなフォルムがどうも……。しかしローランドスペシャルは徹底的に改造したグロック拳銃。
製品リストに、フルパワー弾薬を安全に撃てる第三世代以降のグロック10ミリが並ぶ。
セットアップに適うのは、G20かG40。
発射弾頭の運動エネルギーを僅かでも底上げすべく、銃身は長いほうがベター。
ロングスライドのG40MOSをチョイス。
弾倉を選ぶ際にケヴが尋ねる。
「いろいろ種類があるけど……五〇発入るドラムマガジンってどうなん?」
「それ、違うメーカーのやつですよね? ナシで。他所のメーカーのマグは、特に安いやつは、すぐ壊れるとかジャムるとか、いろいろ問題が多くて。練習用ならいいんですけど、本番には信頼性が高い純正品。特にグロックのマグはジャム知らずで有名です」
「おっけ。数は?」
「一五個。それと、マグのリストからB&Tを選んで、30RDマグエクステンションを……とりま一個」
「それは何?」
「マグを長くして弾数を増やすアクセサリー。全部のマグにつけたいんですけどちょっとポイントが」
サブカテゴリーに戻り、マズルデバイス、ピストル用コンプと進めて、KKMの製品リストを出す。
「KKMコンプ、スラッシュ、KKMマッチバレルのコンボGen2を選択」
KKMの調整器とステンレス製競技用銃身は、ローランドスペシャルの竜骨とでも言うべきアイテム。少々お高くとも、外せない。実在するネジ留め式コンプ――反動で徐々に緩む――ではなしに、ゲーム独自の保持ピン式コンプ――ピンが挿さっている限り緩まない――を選んだため、ポイントがさらに重い。
アキラはここで捻りを加えて、G40に対応したシャーシステム改装キットに進む。
リストに並ぶブランドは三つ。
架空メーカーが二つ。実在メーカーが一つ。
架空メーカーは用無し。
とういうわけで、B&T社のUSW改装キットGモデルをショッピングカートへ。
そして最後に、マイクロドットに張り込む。
USWシャーシのインターフェイスと合致しているエイムポイント製アクロP2をチョイス。爆心地のど真ん中から無傷で出てくるんじゃないかというほど堅牢で、深い川にドボンしても浸水なしで、〝窓〟の色調の歪みは小さく、雨に濡れても〝窓〟が曇らず、周辺光の具合でドットが薄れることもない、クローズド型のハイエンド中のハイエンド。
お財布には優しくないが、命を預ける主武装の照準装置にはピッタリ。
改変版ローランドスペシャル、完成。
本来のローランドスペシャルはマグウェルやスライドも換装するが、アキラはそこまで凝る気になれないし、ポイントにも余裕がない。弾薬抜きで、このセットアップに二六〇〇ポイントも費やしている。上等な自動小銃が買える値段だ。
カツカツの懐具合では、購入決定ボタンを叩く指にためらいが生まれる値段とも言える。
失敗が許されない値段でもある。
9ミリのこのセットアップはゲームですこぶる優秀だったけれど10ミリでは試したことすらない、という点も喉の小骨のように引っかかっている。もしも撃ちにくかったら……
「三〇秒だけ待ってもらえます?」
と断りを入れて、アキラはつい先ほど試算したばかりの反動を再試算する。
まず求めるのは、反動速度。
この銃とこの弾の組み合わせだとリコイルはどんくらいだ? とゲーム時代に腐るほどやったので、公式は空で言える。
{(弾頭重量x銃口初速+発射薬の量x銃口初速x拳銃の常数1・5)/(常数7000x火器重量)}2
一四五グレイン・ウッズマンのテクニカルデータによると、銃口初速はおよそ四四〇メートル。公式で使うヤード法の表記では一四五〇FPS(フィート/秒)。何インチ銃身の初速なのかは不明だが、おそらく、10ミリ口径で一般的な五インチまたは六インチ銃身。七インチ近い競技用銃身で撃つからといって一〇〇も二〇〇も増えるはずがないので、テクニカルデータの銃口初速を採用しておく。
火器重量は各テクニカルデータの合算で出せる。ヤード法の表記は単位がパウンドだったりオンスだったりとバラつきがあるため、いったんメートル法の表記で足し算する。G40が空弾倉込みで約一〇〇〇グラム。USWシャーシが約四一〇グラム。アクロP2が六一グラム。コンプは記載がないものの、似たサイズの製品と比較してみるに、二五グラム前後。銃身が〇・七五インチ長くなる分はたぶん三〇グラムかそこら。
計一・五三キロ。
変換用の定数二・二〇五をかけて、約三・四パウンド。
謎なのが、発射薬の量。テクニカルデータにはそこまで細かい記載がない。調べるネット環境もない。
なので、射撃が趣味のリカルドに教わったやり方でいく。拳銃弾の場合、薬莢の容量を二で割った数値がおよその発射薬の量。10ミリAUTOの薬莢容量は二四・一グレイン。よって、発射薬の量は一二グレインと仮定する。正確じゃないけど近似値は得られる、とはリカルドの言。
これらの数値を公式に入れてぱぱっと暗算。
反動速度は九八・六FPS。
次に必要な計算は、火器重量、割る常数六四・三四。
解は〇・〇五二八。
先の反動速度をかけて、反動は五・二フットパウンド。
この時点で、シャーシ未装着のG40で同じ弾を撃った反動の、四割減。
さらに、コンプによる低減。
KKMが保証する反動カット率(テスト弾薬不明)は七割以上。発射圧が高ければ高いほどカット率が上がるコンプの性質上、フルパワー弾薬なら、メーカー保証のパフォーマンスを引き出せるかも……
常識的に、物事の見通しは〝最上〟よりも低く設定すべし。
さしあたり五〇パーセントで計算する。
最終解答、二・六フットパウンド。重さ一キロ強の物体を三〇センチ動かす仕事量、と言い換えてもピンとこないが、アキラが基準にしているフルサイズ9ミリ拳銃の反動よりだいぶ小さい。
二二〇グレインHCFN弾のほうは三・八フットパウンド。
軽量級の弾を撃った9ミリ拳銃とほぼ同等。
となると、このセットアップの反動はとても撃ちやすい部類に入る。
少々大雑把な計算上は。
リスク管理の精神に則り、アキラは言う。
「ケヴさんはまだ買わないで」
「なんで?」
「まずぼくだけ買って、二人で試し撃ちして、問題なければ――」
「慎重なのは結構だが」ケヴが辺りを見る。「急げよ」
「チョッパヤで」アキラは購入決定ボタンを叩く。
G40をアバターに装備させ、競技用銃身に換装し、アクセサリーをすべて装着する。〝箱から出してすぐ〟使えるとの文言を信じて、現物をISトランクで出す。時間のかかるフィールドストリップは後回しだ。
手に取った改変版ローランドスペシャルが〝ピストルONLY部屋〟にまつわる記憶を呼び起こして、切ないほどの郷愁をアキラに覚えさせる。〝モノホンで実戦やらきゃいけないなんて極めつけのクソだ〟とのイラ立ちも覚えるが、人生は疾うにままならなくなっている。アキラは改変版ローランドスペシャルを点検する。スライドを半ば覆うシャーシが後部から突き出ており、その後端には簡素な折り畳み式ストック、側面には内部のスライドと連結された小型チャージングハンドル、上面にはマイクロドット。長さ三・五センチのコンプが銃口にくっ付いているのもあって、グロックの面影はほとんどない。
TP9よりもずっしりしている。それに、銃把が少し太い。
各マニュアルにざっと目を通したアキラは、新しいことを覚える必要はなさげ、とほっとする。基本操作はTP9と一緒。大きな相違点であるチャージングハンドルは視覚的に間違いっこない。
とりあえず、OEMリコイルスプリングのままで試し撃ちといく。
中の実包を確認してから――平らな弾頭中央にスパイクがあるウッズマン――三〇連のデカい棒マグを銃把に挿す。ミニサイズのチャージングハンドルを引いて初弾を装填し、ストックを肩に当て、両手グリップを作る。さ、どうなるだろう? 撃ちやすいセットアップのはずだけれど、所詮、計算は計算にすぎない。しかも初心者向けじゃないフルパワー10ミリ弾とくる。
超新星爆発を受け止める気構えでアキラは引き金を引く。
拍子抜けもいいところ。予想の一〇倍、軽い。力んだせいで銃弾は明後日の方向へ飛んでいったが。
無駄な力を抜いて、もう一度撃つ。
二五メートル標的のど真ん中に命中。
おお……ヤバくね?
この〝ヤバくね?〟を翻訳すると――手だけで撃つ9ミリ拳銃よりもコントロールが容易だし、シャーシのおかげでドットサイトが前後にガチャガチャ動かずアクロP2の小ぶりな〝窓〟でもよく見えるし、射撃の基本を忘れなければ狙った場所に簡単に当たる。
粗もある。引き金だ。
悪名高いストライカーファイア・トリガーの中でもワルサーとケンイクのそれは例外的に秀逸で、グロックのそれはむしろ平均的であることを知らないアキラは、不良品をつかまされたのではないかと訝しむ。なんだか軋む感触があるし、ちょっと重いし、ストライカーがリリースされる寸前の抵抗が鈍い。
でもシステム全体は、最の高。
射距離五〇メートルで複数標的に素早く一発ずつ命中させろと言われたら、できる。余裕で。近距離標的に全自動火器並みの速さで一〇発叩き込めと言われたら、できる。余裕で。
アキラはコンプ装着時の要チェック事項に注意を向けて、排出された空薬莢を目で追う。
チェック事項その一、薬莢の排出距離。
『SNAFU』で学んだ理想的な排出距離:一・八メートルから二・五メートル。この範囲への薬莢の落下は、排莢と給弾が確実に行われるスライド速度を示す。
『SNAFU』で学んだ実用一辺倒の排出距離:〇・五メートルから一メートル以上。完璧なセットアップではないものの、排莢・給弾不良の心配は概ね無用。
ウッズマンの排出距離が一メートルを優に超えている点と、一発ごとにG40がきちんとサイクルしている点にアキラは満足する。
チェック事項その二、弾倉が空になったときのスライドのポジション。
三〇発後にスライドが開放ポジションでロックされると、残り一〇発は、弾倉に一発だけこめては撃つのを繰り返す。一〇発ともきちんと開放ポジションでロック。アキラはこの結果にも満足する。
HCFN弾に切り替える。
問題なし。
さらにブレイザーのFMJ弾に切り替える。
二発めで〝バン!〟も〝カチッ!〟もないデッドトリガー。
デッドトリガーの示唆する不具合:排莢失敗。
タップ・ラック・バンを行い、改めて二発めを撃つ。
三発めで、またもやデッドトリガー。
薬室に居座ったままの空薬莢を手動排出してから、スライドの動きが見えるように低く構えて引き金を引く。バン! スライドはまったく動かず。AACのFMJ弾に切り替えても結果は変わらず。
ああ、9ミリ版も同じだったっけ、とアキラは思いだす。KKMコンプGen2は増設された排出口のおかげでパフォーマンスが向上している代償に、どんな弾も上手く扱うとはいかないのだ。低発射圧のターゲット弾を撃つときはリコイルスプリングの要チューニング。
KKMのマニュアルが推奨するターゲット弾用の三つの重さのリコイルスプリングの中から、一五パウンドのものをSHOPで見繕い、それに換装したG40をISトランクで出す。
今度はスライドが動く。が、空薬莢がほとんど真下にポロポロこぼれ落ちている様子に危惧を抱いたとたん、ジャム。スライドが空薬莢を噛むストーブパイプ。さらに一パウンド軽いリコイルスプリングに換装すると、排出距離はかなり短いが、不具合なしで作動するようになる。
試しにストックを畳んでみる。手で受け止める反動は9ミリよりも軽く、撃ちやすい。ストック未使用では命中率がガクッと下がるけれど。
練習用弾薬九〇発後、アキラはシャーシ付きG40をケヴに手渡す。
操作方法を教わったあとでケヴが尋ねる。「こいつも五〇メートル・ゼロ?」
「七五メートル・ゼロ。ストックを使ったときの、B&Tが保証する射程。実際、面白いほど当たります。一〇〇メートルでも楽に。その距離だと横風にちょっと流されますけど」
「9ミリの倍の射程なら、二〇〇メートルでもいけんの?」
「ぼくは試してませんけど、ドロップと風を補正すれば、たぶん五分五分以上で」
数発後にケヴが言う。「このコンプとやら。火薬のデカい火が真上に出て邪魔だぞ」
「練習用の弾ですから。低閃光発射薬のウッズマンとHCFNのほうは、まったく気にならないですよ」
ケヴの要望に応えて、射距離一二五メートルと一五〇メートルに標的を設置する。着弾確認に何度も足を運ぶのは手間だし危険だしで、新しく買った超安物の半ば使い捨て鋼鉄標的だ。弾が当たれば音でわかる。
遠いな、とアキラは思う。穏やかな横風でさえミスを誘発する距離。そして膨大なデータ収集と経験則を土台になされる風の補正は、射手を最も悩ませる難問。
しかし一つだけ、即効性の高いやり方がある。
アキラはスイス軍が発明したS4G(第四世代狙撃術)をケヴに伝授する。本来は自動小銃で行うメソッドなのだが、拳銃で一〇〇メートル以上を狙うのは遠距離狙撃のようなもの。応用して悪い理由はない。現にゲーム時代のアキラは、9ミリの改変版ローランドにS4Gを応用して高いキル数を上げた。
オリジナルのS4Gと同様、シャーシ付き拳銃応用型もシンプルの一言に尽きる。
まず射程の判定。判断基準は二つ。一〇〇メートル以内なら近距離。超えるなら遠距離。
次に風の判定。これも判断基準は二つ。木の葉や草をかさかさ揺れ動かす程度なら弱い風。周辺環境にそれ以上の影響を及ぼす風はすべて強い風。
最後に風向き。細かい角度は無視して、大雑把に右から吹いているか、左から吹いているか。
実践にあたっては――
近距離は質量中心のど真ん中を狙う。遠距離は首ないし顔面の高さを狙う。近距離の風は補正せず質量中心のど真ん中を狙う。遠距離の弱い風は胴体の輪郭線を狙う。遠距離の強い風は胴体半分外を狙う(つまり風の中へ撃つ)。
A:胴体に初弾命中。そのまま脅威を無力化するまで撃ち続ける。
B:初弾ミスもしくは四肢に当たるなどの悪いヒット。何も変更を加えずに、そのまま続けて五発撃つ。
Bの背景理論:ミスもしくは悪いヒットの原因は、距離や風の読み間違いかもしれないし、マークスマンシップの乱れに求められるかもしれないし、紛れ込んでいた悪い弾のせいかもしれない。いずれにせよ、忙しい戦闘中に原因を探っている時間などなく、続けて五発撃つことで、人的・機械的な命中精度の内包するごく自然な変動とその統計的偏向が、悪くない確率で最初のミスを帳消しにする。
机上の空論っぽく聞こえるが、S4G訓練を受けたスイス軍の平凡な射手は射距離六〇〇メートルで限られた露出時間の人体大標的を撃ち抜けるようになる。たったの一日で。
ゲーム時代のアキラにもできた。
この世の地獄に佇むケヴも拳銃応用版で同じことをしてのける。
パン! ミス。パンパンパンパンパン! カン、カン、カン、と三発ヒット。
撃ちごたえも、単純明快な風の補正も、感想は訊くまでもない。
お姉さんの顔がすべてを語っている。
途中で一度交代してもらい、アキラ自身もこの世の地獄で同じことができるのを認める。S4Gシステムで射撃したときとしなかったときとでは、命中率に明白な差。このシステムは弾薬消費量を激増させるのが玉に瑕だが、遠距離の命中率上昇と引き換えならば、受け入れられる瑕だ。
G40のリコイルスプリングを元に戻して、HCFNの弾倉と一緒にふたたびケヴに手渡す。六〇発後に今度はウッズマンの弾倉。
「ちょっと待って。的、交換してきます」
「なんで?」
「やっすい鉄をFTMで撃つとすぐ穴を開けてダメにしちゃうから」
ウッズマン四五発後にケヴが言う。
「買うぞ」
「どうぞ。自分のでも二〇〇発くらい試し撃ちして問題ないか確認してください」
「おまえので問題ナシってわかったろ?」
「このセットアップに問題がないってわかっただけです。銃はまったく同じものでも個体差があるんですよ。特にKKMの銃身は、加工不良か何かでたまーにジャムりまくるときがあります」
「へーえ。二〇〇発?」
「最低でも」
アキラは自分のG40をフィールドストリップにかける前に、コンプを固定している保持ピンの具合を見る。三〇〇発以上撃って一ミリも浮き上がっていない。よし。
ケヴが自分のG40を撃ち始める。




