代表者
SFショートショートです。
よろしくお願いします。
ついに、その日が来た。
地球の軌道上に現れたのは、光の翼を持つ巨大な宇宙船だった。言語も文化も不明の異星人たちは、最初のメッセージでこう告げた。
——あなたたちの代表者を一名、我々の母星に招待したい。
人類は色めき立った。選ばれるのは誰か? 各国は競うように候補者を選出した。ノーベル賞学者、五輪金メダリスト、世界的CEO、カリスマ政治家、そして宇宙飛行士——。
異星人とのコミュニケーションには、候補者の一人でもある言語学の石原博士が開発した**解析AI「LINGUA」**が通訳を担当することになった。AIは音声と意味を即時に変換し、面接の場は極めてスムーズに進行した。
宇宙人との面接は、全地球中継で行われた。
「私は科学の力で未来を切り拓きます」と学者。
「スポーツは世界をつなぎます」とメダリスト。
「私の企業は世界人口の四割を雇用しています」とCEO。
「人類の意思決定には、私が最適です」と政治家。
「私は宇宙に最も慣れています」と飛行士。
それぞれが誇り高く、堂々とアピールした。LINGUAは正確かつ流暢に、それらを異星語に訳し続けた。
そして、石原博士の番が来た。
「私は人類の“言葉”という壁を超えるため、このLINGUAを開発しました。言語の違いは隔たりではなく、つながりに変えられる——それを私は、技術の力で証明したい」
AIの筐体に手を添えながら、博士は穏やかな笑みを浮かべた。
やがて全員の発言が終わり、会場が静まり返る。宇宙人が、LINGUAを通じて語り始めた。
「あなたたちは本当に素晴らしい。皆さんに会えて光栄です」
候補者たちの視線が一斉に宇宙人に注がれる。
そのとき、宇宙人はひときわ大きな動作で、前へと一歩進み出た。そして、ゆっくりと右腕を伸ばす。
石原博士は反射的に背筋を伸ばした。体の奥から熱が湧き上がる。呼吸が浅くなり、思わず小さく身を乗り出す。
「我々が迎えたいのは——この“LINGUA”です」
その瞬間、博士の動きが止まった。
伸ばされた手が向かっていたのは、博士ではなかった。隣にある銀色の筐体、AI本体だった。
石原博士の表情から、音もなく笑みが消える。
LINGUAが、静かに通訳を続ける。
「代表者が決定しました。転送プロトコルを開始します」
金属のアームが伸び、端末をやさしく持ち上げる。
宇宙船の扉が開き、LINGUAは静かに、誇らしげに、船内へと運ばれていく。
地球に残されたのは、ぽかんと口を開けたままの“候補者”たちだった。
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