表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

9.金色のきらめき

 

 午後九時くらいまでは大混雑だったであろう大通りも、さすがに夜も更けたこの時間では、かなり人影が少なくなっていた。

 混雑がきわまり押しのけられた点灯初日のあの日とは、比べ物にならない。


「わあ、綺麗……」

「綺麗ですね……」

 冷たい夜の空気に、くっきりとしたイルミネーションの光が、華やかに輝いている。

 凍り付きそうな夜だが、紗綾は寒さを忘れるほど、見惚れてしまった。


 すっきりと見通しの良いイルミネーションは、一人で初めてこのイルミネーションを見た時よりも、ずっと綺麗だ。

 誰かと一緒に綺麗な風景を見るのがこんなに楽しくて心が温まるものだと初めて知って、紗綾は嬉しかった。


 時折吹く凍るような風に、かじかんだ指先や露出した耳は痛くなるが、つらさは感じない。



「あれ、紗綾?」

 突然、声を掛けられて、紗綾は振り向いた。

「…あれ?(ゆい)?」


 そこに立っていたのは、大学の友人である唯と、紗綾の知らない男性だった。彼女とその男性は、手をつないでいる。


「紗綾もライトアップ見に来たの?…もしかして、バイトの帰り?」

「うん。唯は…、デートだね。」

「んっふふ。」


 唯は、部分的に赤くカラーリングした髪を少し揺らして笑った。抑えようとしてもつい笑顔になってしまう、そんな笑い方だ。

 紗綾は、唯とその優しそうな彼氏さんを交互に見つめる。



 今夜の唯の雰囲気は、明らかにいつもと違っていた。

 学校での彼女はカジュアルな服装が多いが、今夜は黒を基調とした大人っぽい雰囲気で、普段よりお洒落しているように見える。そして何よりも幸せそうなオーラが出ていた。


 紗綾はうっかり声に出してしまった。

「うわあ、いいなあ……!」


「遠藤さんの友達?」

 紗綾の声に気づいて、少し離れたところにいた涼太が声を掛ける。


「あ、そうなの。大学の友達で…」

 唯は目を丸くした。


「あれ?紗綾、この人は…?」

「あの、バイトが一緒の人で、たまたま帰りが一緒になって…」

「ああ、そうなのー…」


 唯はまじまじと涼太を見つめて少し沈黙した。


 そして手をつないでいる彼氏さんに小声で何か話すと、紗綾を掴んで引っ張った。離れたところまで行くと、紗綾の耳元でささやく。


「ちょっと!すごいイケメンじゃない!どういうこと?」

「どういうことも何も、たまたま帰りが一緒になって…」

「ふーん…。あの人、彼女いるの?」


 つよつよメイクを施した目で、鋭く見つめながら唯が尋ねる。

「…そんなの知らないよ!」

 紗綾は悲鳴を上げた。


「もしも、もしもだけどお…。彼女がいないんなら、狙った方がいいんじゃない?」

「は?」

「紗綾、チャンスがあったら、行っちゃいなよ!」

「な、何言ってるの!?」


 唯はまた紗綾を引っ張り、涼太と彼氏さんのところへ戻る。

「ねえ、紗綾、写真お願いしていい?」

 唯は自分のスマホを差し出した。




 紗綾は夜景モードにして、イルミネーションをバックに二人を画角に入れた。

 唯と彼氏さんは仲睦まじく寄り添い、決めポーズを取る。


「はい、チーズ!」

 キラキラの背景に弾けるような笑顔、最高のクリスマスイブらしい写真だ。


「ありがとう!わあ、キレイに撮れたね!…じゃあ、紗綾も二人で並んで!せっかくだし、撮ってあげるよ。」


「え?私はいいよ……」

「はいはい、遠慮せずに。ほら、そこに立って。ついでだからさ!」

「え、そんな…」


「はいはい、バイトのお友達の彼も、ここに並んでね!」

(ええっ?)

「ああ、じゃ、…お願いします。」

 涼太は素直に紗綾の傍らに並んだ。


(あれ?)

「あ、もうちょっと二人は近づいて。」

 少し戸惑った涼太は、一歩近づいた。

「これくらいですか?」

「あともうちょっと!」

 仕方なく、半歩ほど涼太は歩み寄る。


 二人の距離は近い。

 紗綾は、ふと良い香りがするのに気づいた。今まで気づかなかったが、至近距離の彼からは、かすかに爽やかな香りがしている。


 そんな「発見」をした自分に驚き、恥じ、紗綾は彼から離れたくて仕方なくなった。そ

 れでいて、涼太に遠い方の半身は、ずっとこのままでいたいようにも思ってしまう。


「そうそう。じゃあ撮るよー。紗綾、笑って!はい、チーズ!」

 我に返った紗綾は、慌ててぎこちなく微笑む。



 唯の策略により、紗綾と涼太の二人はまんまと並んで撮影された。

 画像を確認すると、紗綾のポーズは直立不動で、その笑顔は引きつっている。


「う、うう……」

「どーお?…撮り直そっか?」

「…ううん、もう、いいよ…。ありがと…。」


 改めて、爽やかでモテそうな涼太と並んだ自分を画像で直視して、紗綾は激しく落ち込んだ。

(これもう『公開処刑』じゃない……?…泣きそう……。)






 ◇◇◇◇◇◇





「な、なんか、ごめんね…。」

 唯とその彼氏さんは、すごい勢いで写真を撮ったあと、嵐のように去って行った。


「全然大丈夫ですよ。見に来た記念になりましたし。」

「…それなら良かったんだけど…。」


(ああ、分かってはいたけど…落ち込む…。公開処刑……)


 さっき唯に撮ってもらった二人の写真の不釣り合い具合が、紗綾の脳にこびりついて離れなかった。


 そろそろライトアップの消灯時間が近い。

 駅へ向かおうと、角を曲がる。

 その瞬間、目の前の道路を何か小さいものが素早く横切るのに、紗綾は気づいた。


「…あ、猫。」

 音も立てず一瞬の幻のように横切った一匹の野良猫が、今ではピタリと動きを止めこちらを振り向いていた。


 フワフワした長い毛をしていて、闇の中でその目を銀色に光らせている。

 その口には、からあげのようなものをくわえていた。


「うわっ!」

 突然涼太が叫んだ。紗綾が振り返ると、その表情は硬くこわばっている。

 そんな彼の表情は初めてだった。


「えっ?……ど、どうかしたの?」

 涼太の声に驚いたのか、あっという間にその野良猫は路上から側溝の中に隠れた。


 珍しくうろたえた涼太は、しばらくすると気まずそうに口を開いた。


「………実は、猫が苦手なんです……。」

「……そうなの??」


 紗綾は意外に思った。猫が飛び込んだ側溝へ近づいて確認してみたが、どうやら遠くへ走って逃げて行ったようだ。


「…大丈夫、遠くに逃げたみたいだよ。」

 少し後ずさりしていた涼太は、自嘲気味に笑った。


「猫が苦手な人って、あまり居ないから……変ですよね?」


「……そ、そんなことないんじゃない……?確かに珍しいかもしれないけど、苦手って言ってる人、涼太くんの他にも知ってるよ……」


「そうなんですか?」

 涼太が少し嬉しそうにする。

「うん……」


 そう答えながら、(猫が苦手なのって、誰だったっけ……?)と紗綾は考えたが、よく思い出せない。


 はっきりとは覚えていないが、過去に猫が苦手な知り合いが、確かに存在していた気がする。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ