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17.紺碧の海

 良太は首をひねった。

 昨今では「女学生が用意した物資」などとわざわざ銘打って大量に慰問袋を作っている場合もあるらしい。


 もしかしたら、誰かが良かれと思って気を利かせ、彼女に無理やり手紙を書くように仕向けたのかもしれない。


 それでいて、前半の文言は慰問文の定型のような形ではあるが、後半は莢子らしさがにじみ出ている文章とも言えた。


(……まあ、歌曲集を選んで送ってくるところは、いつでも楽天的な莢子らしくはある。)



 良太はひそかに微笑んだ。

 娯楽のない戦地において、このような品物に人気があるのもまた事実だ。

 日本の草花が生えていないこの異国の地にも、利用できそうな草は何かしらある筈だ。

 探してみるのもまた一興だろう…。




 そのとき、飛行学校の二期後輩である、同室の川村(かわむら)伍長が入ってきた。


「それは、ご家族からの小包でありますか?」


 川村伍長は、外見はゴツゴツしていて武骨に見えるが、その心遣いは案外優しく、良太のかわいい後輩でもあった。


「ああ、雑誌や歌曲集と一緒に、妹からの絵葉書が入っていた。」

 彼の目が突然輝いた。


「……!!唐津伍長殿には、妹さんが、いらっしゃるのですね……!……きっと、妹さんは、美人なんだろうなあ…。」


 どこか遠くの虹でも見ているような視線で沈黙した後、川村伍長は言葉を投げかけた。


「……あ、あの、つかぬことを伺いますが、今、い、い、妹さんの写真はお持ちでありますか?」


 その言葉はせいいっぱい平静を装っているようだが、肩が力んでいるのを隠しきれていなかった。

 その上、その眼の底には怪しげな炎がちらりと潜んでいる。


「……写真は持ってきていないな……。」


「………ああ、そうでしたか…。い、いやあ、残念です!唐津伍長殿の美しい妹さん…。は、拝見する機会を逃してしまったな!」


 なぜか背を向けアタフタする様子は、カラ元気なのが見え見えだ。

 良太は苦笑した。




 基本的に、戦地には看護婦以外の女性は居ない。

 兵はほとんどが若い男性だから、みんな女性的な何かに常に飢えているのだ。

『女学生からの慰問袋』という名目の物資に兵士の人気が集まるのも無理はなかった。




「馬鹿なことを言うな、美人なわけないだろう。俺の妹の写真なんかより、女優のブロマイドでも眺めた方がマシだぞ……。」


 良太は少し考えて、続けた。


「そうだ、今度家族にブロマイドを送ってもらうように頼んでみよう。貴様には好きな女優はいるか?」


「……はあ。女優のブロマイドなら、自分はもう家族から送ってもらっておりますので……。」


 みっしり詰まった頑強そうな川村伍長の身体が、なぜか急に一回り小さく見えるような気がした。




 彼はまだ飛行演習中の身で、艦の護衛や戦闘には参加していない。

 それでも、朝に元気で飛行場を飛び立って行ったとして、その日に無事に帰って来られるという保証はない。

 飛行機乗りの宿命とはいえ、ここでは誰もが明日をも知れぬ命だ。



 機材故障による事故も多発しているし、スコールの多い土地柄でもある。

 紺碧の海へ飛び去ったきり、二度と戻らない者も多い。

 そしていざ実際に戦闘に参加することになれば、奮戦むなしく撃墜されることもある。



 ほんのわずかな注意不足であっても命取りになるが、たとえ十分に注意していたとしても、いつ『その日』が自分や同僚に訪れてもおかしくはない。




 この地に来て一年近くになる良太は、尊敬する優秀な上官、先輩や同僚をこれまで何人も失っていた。

 自分を慕ってくれている後輩の川村を、無下に扱うことは気が咎める。




(……まあ、これも何かの縁かもしれないな……。)


「……では妹に、『川村伍長殿への慰問の手紙』を送るように伝えてみようか。実際にするかどうかは分からないが、できれば写真も添えるようにと書いておこう。」


「……ほ、本当でありますか……?」


 さぞや喜んでいるだろうと改めて川村伍長の表情を見ると、果たして彼の目は希望に輝き、ジャガイモのようなその顔は紅潮していた。




 顔も知らない自分の妹から手紙がもらえるかもしれないと思っただけで、そこまで興奮するものなのだろうか。

 良太にはよく分からなかった。


(……小包に幼馴染の女性からの絵葉書も入っていた、なんてこと言ったら、嫉妬されて面倒なことになるかもしれないな…。)


 莢子からの手紙を受け取ったことは固く漏らさないでおくことに決めた。




 お守りくらいの大きさのマスコットのようなものは、誰が縫ったのか、手紙には書かれていない。

 黒っぽい布で作られグニャリとした鳥のように見えるが定かではなかった。

 和裁の巧みな母の手によるものにしては、縫い目が粗雑で稚拙な出来だ。

 冬子か莢子が縫ったのかもしれなかった。


 手紙に説明がないため詳細が分からないまま、良太はそれを飛行服の内ポケットの奥底にしまいこんだ。


 持っておくことに意味があるのか不明だったが、もし紛失したりすればなんだか悪い気がする。

 そのため良太は飛行服を替えるたび、それをポケットに入れておくのは忘れなかった。





 その後も家族からの小包には、時折莢子からの絵葉書や物資が混じっていた。

 良太はさして深く考えることもなく、淡々と莢子にも礼状を書き送った。


 名も知らぬ愛らしい花を見つけるたびに、良太はそれを押し花にしておき、家族への手紙や莢子への礼状に添えていた。







 南方の戦地で同じ作戦に従事していた川村伍長は、その後負傷して入院した。

 彼は回復と同時に隊を転属し、自分と時を前後して、本土へと戻った。




 あの会話から約一年半が経過し、自分も彼も当時とは別の隊に所属しているが、同じく本土防衛作戦への参加を命じられている。


 そして彼が、本土上空でのB29邀撃(ようげき)任務において、若い命をはかなく散らしたと聞いたのは、つい先日のことだった……。






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