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13.真紅の半襟

 

 今日の夢はあまりよく覚えていない。

 火事のようなものに巻き込まれて、かなり怖い思いをしたような気がする。


 しかし紗綾が目覚めた瞬間、その確固とした夢の形はあっという間に現実世界に溶け、雲散霧消した。


 なぜ怖かったのかという理由も、みるみる内に曖昧なものとへと色合いを変えていた。



(うーん、もしかしたら、疲れてるのかもしれない……。学校は休みだけど最近はバイトに詰めて入ってたしなあ……。)



 年明け早々、妙な夢を見てしまったが、たかが夢ごときであれこれ思い悩んでいる心の余裕はなかった。

 なんせ今日は母に着物を着せてもらう日なのだ。


(お母さんには着物だけじゃなく髪を結うのも手伝ってもらって、メイクはこの前練習したやり方でいつもより念入りにして……)


 やらなければならないことが山積みなのである。


(ああ、あんなこと、思いつかなきゃ良かった……面倒くさい……)


 紗綾は少し後悔した。寒くてなかなか布団から出たくないのはいつもの事だが、今日は一段と出たくない。


「紗綾、そろそろ起きて、支度しないと~~!」

 母の声が聞こえて、紗綾は観念した。





 せっかくのおせちとお雑煮だったが、ゆっくり味わう余裕はなかった。

 横で母が手ぐすねを引いて待ち構えていたからだ。

 紗綾が食べ終わると、さっそく身支度が始まった。


 着付けは、よく分からない肌着によく分からない補整用具を、いろいろと巻き付けられるところからスタートする。


「見て~、この半襟。可愛いでしょ??このアンティーク着物にピッタリよね……。」


『半襟』と呼ばれた布は、襦袢の襟元に縫い付けてあった。

 真紅の地色に、様々な愛らしい模様が白で描かれてある。

 その色はほのかに紗綾の顔や首の肌に反射し、明るく血色良く見せていた。


「この着物は袖が長いでしょ?合う襦袢がなかったから、振袖用の襦袢をちょっと縫い留めて、工夫してみたわ~。ほら、ピッタリ!私ったら、さすがだわね~~」


 作業しながらおしゃべりの止まらない母に、訳の分からないままに衣装を幾重にも重ねられる。

 だんだんと紗綾の身体には着物の重量感が感じられる。




 腰にグルグルと巻きつけられた帯の柄は、大きな円を幾重にも並べたような形だ。


「これは七宝つなぎっていう柄なの。円が続いている柄だから、『ご縁が続くように』っていう縁起のいい模様よ~~」


 円の内側には様々な花や文様が敷き詰められ、金色の糸が使われてキラキラしている。



「……へえ、そうなんだ。駄洒落みたいだね。……じゃあ、この着物の模様にはなにか意味あるの?蔓とか豆の莢の絵が描いてあるけど…。」


「うーーん、これはあんまり見たことない柄だから、よく分からない。お店の人も、珍しい柄なんですよ、って言ってたけどねえ~~。」


 母は一息つくと、帯を端を持ち上げた。

「……いよいしょっ!えい!」


 気合を入れて帯を締められたその瞬間、紗綾は息が止まりそうになった。


「あっ、苦しい!あんまり締め付けないで!」


「苦しい?じゃあちょっと緩めにしておくわね~。でもあんまり緩いと下がってくるし~……」


 ギュッ!またもや帯を締め上げられる。

「いやあっ!苦しい!」

 紗綾は悲鳴を上げた。


「あら、ごめんごめん。…ちょっと緩めとくわね~~。この帯はアンティークとまでは行かないけど、まあまあ古いものだから、調和すると思うのよ~~。」


「ふうん…。とにかく苦しいのは止めて…。」


「はいは~い。結び方は、とりあえずオーソドックスな『ふくら雀』にしておくわ~。」


『ふくら雀』が出来上がったらしい。


「もっと変わった結び方だって、やろうと思えば出来るのよ~。」


 母に謎のアピールをされても、紗綾にはよく分からなかった。


 そんなこんなで出来上がった着物姿は、以前試したときより、はるかに可愛いかった。




「まあ…。か・わ・い・い~!!」

 この前にも増して、母は張り切って写真を撮る。


「おお…。こりゃすごい。」

 普段は存在感の薄い父も、今日は写真を撮っている。


「礼装の帯に、可愛い半襟…。我ながら小物も完っ璧なコーディネートだわ。お婆ちゃんや親戚にも、この写真送らないと…。なんせ、お正月だしね~~。」


 パシャパシャ。


「今度は後ろ向いて!」

 パシャパシャ。


「はあ…。」

 紗綾はため息をついた。

(いつまで続くんだろ、これ…。)


「ふーーーん。お姉ちゃん、けっこう似合ってるかもね……。」


 妹の紬がつぶやく。

 彼女は遅めに起床し、スマホを触りながらテーブルに並べられたままのおせちをつついていた。


 高校二年生の紬はクールな性格で、紗綾と同じく、着物なんて面倒くさいと言いがちだ。

 その紬がそんな風に褒めるのは、珍しいことだった。


「……そうかな……。だったらいいんだけど……。」

 妹に褒められて、紗綾は少し照れくさくなった。


「お姉ちゃん、着物でおめかしして、お友達と初詣に行くんですって~。いいわよね、若いって。こういう着物が似合うんだもの~。」


「……ふーん。…私も今度、着てみようかな…。」

 小さな声でボソッとつぶやいた紬の独り言を、母は聞き逃さなかった。


「まあーーーー!!!えっ、えっ、着物着る?紬も着るの?じゃあ、明日早速この着物、着せてあげるわね?」


 母は紬の肩を掴んで揺さぶっている。

「……や、やめて、……別に、…明日、じゃなくても、…いい…」


 テンションの上がった母の耳に、そんな妹の小声は入る余地はなかった。



「大変大変!!お正月から忙しいわーーーー!!」


「ほーん、紬も着るのか…。いい正月だなあ…。」

 紗綾の父が地味につぶやいた。




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