表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

10.夜更けの雪色

(完璧に見える涼太くんが、猫が苦手…。意外…。)


 それを知って、紗綾はなんとなく以前よりも涼太に親近感を感じた。そして少し気になっていたことを、話してみたくなった。


 手袋にくるまれた指を、一瞬ギュッと握りしめる。


 以前の紗綾なら、そんなことを持ちかける勇気はなかったかもしれない。

 しかし今日は、帰るついでとは言え、イルミネーションにも誘ってもらえたのだ。


 『一緒にイルミネーションを見てもいい』と思ってもらえる間柄なら、きっと、ダメとは言われないだろう。

 たとえ、二人で写った写真が、激しく不釣り合いに見えたとしても……。



「……あの、涼太くん……」

 時折吹く風はまだ強い。紗綾は髪を押さえた。

「はい?」


「あの、私、敬語で話してないし、……だから、涼太くんも、普通の話し方にしない?」


 涼太は嬉しそうに視線を合わせた。

「いいんですか?」

「……う、うん、全然…いいよ。」


 涼太はくしゃっと笑った。目元が思いがけず、人懐こくなった。


(よ、良かった…。こんなに嬉しそうな表情をしてもらえるなんて…。まるでワンコみたいな笑顔だなあ……か、かわいい!!)


「遠藤さんは、まだあまり話してなかったから、馴れ馴れしくしちゃいけないかと思ってました。……そういえば……」


(他の人には敬語じゃないのに私にだけ敬語だから、疎外感を感じていた、なんて、絶対に言えない…!)


 紗綾のテンションは一方的にぶち上がっている。


「そういえば、遠藤さんって、前に会ったことって、あるのかな?なんか見覚えがある気がする。」


 紗綾は息が止まりそうになった。思わず呼吸が乱れ、咳こんでしまう。

「ゲフッ!ゲホゲホッ…」


(どうしよう!!さっき食べた干し芋が戻ってきそう……万が一、こんな素敵な男性の前で、ひどい醜態をさらしたら……)


「ゲホゲホッ…」

(もう、もう、生きていけない!!人としての、尊厳を失う!!)


 恐怖にさいなまれながら必死の努力をした末に、紗綾の尊厳はかろうじて守られた。


「大丈夫?」

「う、うん…。」


(……こちらは夢で、あなたと同じ顔の男性に何度も会ってます、なんて気持ち悪い事、言えるわけ、ないよ!!)


 スウ、ハア…。スウ、ハア…。

 紗綾は呼吸をなんとか整え、なるべくナチュラルを装って答える。


「……え、えーっと。も、もしかしたら、どこか学校とかで、一緒だった事があるのかもしれない…よね?」


 お互いに、今まで通っていた学校を挙げてみたが、同じ学校だったり近隣の学校であった様子はない。


「うーん、どこかで見たことあると思ったけど、違ったか…。うーん、遠藤さんが誰かに似てるのかもしれないなあ……。」


 涼太は遠くの方を見つめてしばらく考えこんでいた。


「あ、そうだ、モモコに似てるのかも。」

「……モモコ??」

 なにやらスマホで画像を探し始めた涼太を見て、紗綾は急に怖くなった。


(モモコって、誰?……ひょっとして、彼女だったりする??……そ、そりゃ彼女くらいいるよね?……でも、ちょっと待って、心の準備が必要かも……)


 紗綾の鼓動は早くなる。

「あった。……これ。」


 怯えている紗綾の目の前に、容赦なく差し出された彼のスマホには、シーズー犬の満面の笑顔が映し出されていた。


「ウチのモモコ。もうけっこうお婆ちゃんの高齢犬なんだけど、可愛いんだ。」

「!!!!!……?????」


 紗綾の顔色は最初に青くなり、その後しばらくして赤くなった。


(ええっ!!これって、どう答えるのが正解?分からない、分からない!……けど、泣きそう…あ、いや、と、とにかくなんて答えたらいいの…!?)


 咄嗟のことで、紗綾は一言も言葉を発することができない。

 恐怖、驚愕、落胆、そんなものが入り混じった紗綾の表情は、さぞかし妙なものだったのだろう。


 無言のリアクションだったのにも関わらず、涼太はさすがに気配を察したらしい。


「……あっ!もしかして、気に障った?」

 紗綾はなんとか取り繕った。


「……ううん、そんなこと、ないよ。私、友達にもよくワンコに似てるって言われるから、アハハ…」


 我ながら、あまり上手く取り繕えなかったような気がする。案の定、しまった、という表情で涼太は謝った。


「なんか、ごめん……」


 しょんぼりした涼太を見るに見かねて、紗綾はフォローに入った。


「謝らないでよ、可愛いワンちゃんだね…」

 なおも涼太は神妙な表情を変えない。


「……ああ、本当、ごめん。」

 涼太は少し沈黙し、しばらく考えた後、口を開いた。


「うーん、そうだ。お詫びに、今度何かご飯とか、お茶とか、奢らせてくれる?」

「……え?いいの??」


 暗い雲間から満月が覗いたかのように、紗綾はあっという間に笑顔になった。


 食べ物に関する事なら、だいたい心底嬉しくなるのだ。

「うん、もちろん。何がいい?」


 紗綾は割合食い意地が張っている方かもしれない、と自分では思っている。

「えっと、えっと……何がいいかな……??」


 食べてみたいもの、行ってみたいお店は、実はけっこう沢山ある。


 友達の間で話題になっているお店にも行ってみたいし、SNSで流行りのスイーツにも興味がある。


 気になってはいるがまだ行けていないお店は、いつだってリストに積み重なっている。

 いざどれにしようか考えても、すぐには決められそうになかった。


「……じゃあ、ちょっとゆっくり考えてもいい??どのお店がいいか、また連絡するね!」

「了解!」


 そのとき、一段と風が強く、冷たくなった。

 凍える寒さに思わず身をすくめた紗綾は、その風に何かが混じっているのに気が付いた。


 小さな雪の粒が、ところどころに見える。そう思った矢先に、大量の雪の粒が空から吹き付けてきた。


「…あれ、雪…?」

「えっ?本当だ……。」

 あたりはあっという間に吹雪になった。


 粉雪は容赦なく、人にも街路樹にも吹き付ける。

 わずかに街に残っていた、クリスマスの浮かれたムードが消し飛んでいくようだ。


「遠藤さん、早く屋根のあるとこ行こう!」

「うん!」

 先ほどから強い風が吹いていたのは、雪の降る前触れだったのかもしれない。


 二人の髪にもコートにも、粉雪がついて真っ白に覆われていく。あまりの寒さに、紗綾の耳はちぎれそうに痛い。


 慌てて駅の出口に駆けこんだ二人は、屋根の下で雪を払った。

「すごい雪だね…」

 紗綾の指先は、手袋をしていても、かじかんでいた。


「遠藤さん、まだたくさん髪についてるよ。」

「…ほ、ほんと?」

 涼太に笑いを含んだ目で優しく見つめられると、時が止まったような感覚になってしまう。


 せっかく頑張って自然な感じを装っていたのに、また挙動不審になりそうだ。



 紗綾は駅の改札口で、涼太と別れた。

 二人とも髪にわずかに残った雪が溶け始めて、少し濡れている。

「ここまで送ってくれて、ありがとう!」


 笑顔で手を振り合って、背を向け、紗綾はホームへの階段を下り始めた。

 今夜はたくさんの出来事があって、全体的に……特に後半は、夢を見ているようだった。



 遅い時間なので駅の乗降客はかなり少ない。


 この階段には常に風が吹き抜けているが、人が少ないせいかいつもより風が強く感じる。

 暖房の混じった、生暖かい向かい風の空気に吹かれて階段を下っていると、少しずつ冷静になった。


(……あれ?……これって、もしかして、…デートの約束だったりする…??)


(……ううん、違う違う、そんなわけないよね……。え、でも…こういうの、初めて、かも…。)




 ◇◇◇◇◇◇




 帰宅した紗綾は、わずかに濡れた髪もそのままに、リビングに入ると叫んだ。

「ただいま!!」


「お帰り!あら~、濡れちゃって、寒かったでしょ?雪が降ってるもんね、紗綾大丈夫かなって、心配したわよ~。一応、チキン焼いてあるし、ケーキも予約したの買ってあるわ~、食べるでしょ?」


「うん、食べる!ていうか、お母さん!!お願いがあるんだけど!!」

「ん?なに??」


「今度、着物着せてほしい!!!」

「………ええええ!?ど、どうしたの!?」





 音もなく降り続ける雪は、積もるほどではないが止みそうもない。


 深夜の遠藤家を窺っていた人影が、泥雪混じりの路面を引き返して行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ