第11話 文化祭 後編 P.15
次の日、授業が終わった放課後は同じように文化祭の準備だった。本格的になってきて、外では校門に飾るためのデコレーションや看板を作っている。今日はクラスの実行委員も含めて学校全体に関する仕事を任されていた。そういうことで、健斗も早川もその仕事に取り掛かっていた。早川は看板に色紙で作った華を付けたりする仕事をしていた。その横には北村がいて、二人とも楽しそうにおしゃべりなんかしていた。健斗は当日の実行委員の本部のテントを立てる仕事をしていたが、健斗の気分はひどく落ち込んでいた。さすがに、昨日のことがあって体操のお兄さんみたいなテンションではいられない。
早川とはなんとなく気まずくって、今日は一言も話していない。だが、正直健斗にとってそれは二の次だった。
――あれって……やっぱり振られたってこと……なのかな。
昨日、麗奈に思い切って自分の気持ちを言った。言ったつもりだった。しかし、麗奈の最後に言った言葉は……
――……明日からの……私たちは……ただの、同居人……それだけだから……
麗奈の言葉が頭の中に響いて、さらに憂鬱になった。ちゃんと自分の正直の気持ちを伝えたはずなのに、どうしてか健斗の気持ちはモヤモヤしていた。
早川にもちゃんと自分の気持ちを伝えれた。麗奈にだって……なのに、どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。たとえ結果がどうであれ、健斗の望んでいた自分の気持ちを伝えれたはずなのに。もしかしたら、麗奈とは前よりももっとひどい関係になってしまったような気持ちがする。
「……どうすればいいんだろう……俺……」
「よー!山中じゃん。」
そんな健斗に遠くから声をかけてきたのは、山下だった。制服を相変わらず着崩して健斗を見つけると、ニコニコと笑いながら健斗の方に歩いてきた。
「おーっす!お疲れい!相変わらず張り切ってんなー?」
「……そう……見えるのは……お前が幸せなやつだからだよ。」
「え……幸せ?うん……まぁ、幸せっちゃ幸せだよ。」
「そりゃよかったな……」
「なんだよー。テンション低いなー?女にでも振られたか?」
そういわれた瞬間、健斗の胸がずきんと痛んだ。それを察した山下はさすがにぎょっと驚いた顔をした。
「え、まさか図星?振られたの?」
「う、うるせーな!声でけぇんだよ!」
「うっそー!お前、告ったの?誰に、誰に?」
「ちょ、お前……みんな見てるって!」
健斗と山下のやり取りにほかの委員の人たちがチラチラ見ていた。健斗はその視線を気にして、山下に「ちょっと来い!」と慌てて連れて行きながら、急いでその場を離れた。
「で、誰に告ったの?」
学校の外通路で飲み物を飲みながら山下にストレートにそう聞かれた。健斗はパックのアップルジュースを飲みながら、沈黙を続けた。
「なんだよー、教えてくれたっていいじゃん。」
「お、お前には関係ないだろ?」
「うわー、そういう冷たいこと言うんだ。つれないなー。同じ部活仲間だっていうのによ。」
「そういうこと言っても、俺は口を開かないからな。」
「じゃあ、待って。俺、当てるから。」
「は?」
山下はそういうとうーん……としばらく考え込んだ。ない頭をフル活用して一丁前に考え込んでいるらしい。どうせわかるわけない。健斗はそんなことを思って、再びパックを口にした。
「わかった。大森だろ?大森麗奈。」
その名前を口にされたとき、健斗は思い切って口に含んでいたアップルジュースを吹き飛ばした。健斗の口から放出されたアップルジュースは漫画のごとく勢いよく噴射して、下へと落ちていく。それがたまたま下を歩いていた人に降りかかって、「うわ!つめたッ!雨か?」と言って上を見上げようとした。健斗と山下は慌ててその人たちに見えないように座り込んだ。
「きたねーな。何吹いてんだよ。」
「な、ななな、なんでお前……」
「あ、当たったの?やっぱりなー。だと思った。」
「だからなんで……」
「だって音楽のとき話したじゃん。お前、あんとき否定してたけど。」
そういいながらにやにやして健斗のことを見つめていた。この憎たらしいにやにやした顔を殴りまくって記憶をなくしてやろうかと本気で考えた。憤る心を沈めて、健斗は大きく深呼吸した。
「あー、そうだよそうだよ!お前の言うとおり、俺は麗奈に振られたんだよ。これで気が済んだか?」
「いや、まだ。」
「まだなんかあんの!?」
「そりゃーお前さ、いろいろあんじゃん?どういう風に告って、どういう風に振られたのかとかさ?そこんとこ?」
「うるせー!!お前はお気楽かもしんないけど、俺にとっちゃ深刻な問題なんだよ。これ以上突っ込んでくるな!!」
「そんな固いこと言わずにさー?ってかさ、お前らって同居してんだっけ?うわー、それは気まずいな。うん。気まずい。なんでよりによって同居人を好きになるかな。」
「この……」
健斗が本気でぶん殴ってやろうかと思ったそのときだった。
「でっかい声で何話してんの?」
「うわぁ!!」
健斗たちの上方から声がした。健斗は驚いて立ち上がって後ろを振り向いて上を見ると、ヒロが窓から顔を出して健斗たちを見下ろしていた。そうだ。この通路の真上は健斗の教室がある廊下だった。大きな声で話していたみたいで、ヒロに見つかったのだ。そして、この横にいる余計な存在は……
「おー!真中じゃん。聞けよ、こいつさー……」
「うわぁぁぁぁ!!!」
「大森麗奈に振られたんで、メソメソしてたんだよ。笑えるだろー?」
この馬鹿、本当に言いやがった。山下の言葉を聞いて、ヒロの顔がみるみる変わっていく。とぼけた顔から驚いた顔に変化した。
「振られた?健斗が……麗奈ちゃんに?」
「そうらしいぜ。今、なぐさめてたとこー。」
「どこがだよ……」
「ちょ、ちょっと待ってて。そっち行くから!」
ヒロはそういって慌てた様子で窓から顔を引いて走って行った。そして、ものの十秒もかからないうちに健斗と山下がいる外通路のところにやってきた。確か、教室からここまで来るのに普通に走っても一分はかかるはずなんだけど……ヒロは大きく呼吸を乱しながら、健斗を見て言ってきた。
「んで、振られたって……お前、告ったの?」
「う……」
「っていうか、なんで今、告白するんだよ。もっと良いタイミングあんじゃん。後夜祭とかさ。」
「ちょっとお前黙ってろ。」
ヒロが山下にそういうと、山下はうっと呻いて口を閉ざした。ヒロは真剣な顔をして健斗を見てくる。その視線が痛い。どうせなら、さっきの山下のテンションでからんでくる方がまだましだった。
「で、告ったのか?いつ?」
「えっと……昨日……お前らが帰った後……」
「帰った後って……あんときか。で、振られたの?」
「振られた……と思う……」
「“と思う”?」
「その……えっとさ……ちょ、やめね?この感じ、なんかすごく話しにくい。」
「だって、お前!!」
「何々?どうしちゃったのよ、真中ちゃん?」
空気の読めない山下はヒロの肩に手を置きながらそういってくる。ヒロは少し落ち着いて、口を閉ざす。健斗も口を開かない。山下だけ、今の状況が飲み込めていない状態だった。ヒロは大きく深呼吸した。そして、ゆっくりと座りこんだ。
「まぁ、とりあえず何があったのか話せよ。昨日俺らが帰った後ってことは、お前が一人で後片付けしていくって言ったときってことだよな。」
「まぁ、それからちょっと経ってからなんだけど……」
「あのあと、俺ら麗奈ちゃんと会ったんだ。」
「え!?い、いつ?」
「だから、お前が俺らに先帰っててって言ったあと。昇降口で麗奈ちゃんが一人で立ってたんだ。なんか……お前を待ってたみたいで。」
健斗は言葉を失った。俺を待ってた……?なんで、どうしてだ?
「それで、俺ら言ったんだよ。健斗なら後片付けをしてるから、教室に行ってみなって。それで、まぁ行ったわけだけど……」
「それで……あの場面を遭遇したってわけか……マジかよ……」
なんというタイミングで教室に来たのだ。とことんわけがわからなくなる。偶然が偶然を呼んでつくり上げられた最悪なバッドタイミングだったというわけだ。
「んで、どういうわけで告白したわけ?しかも、振られるって。」
「うん……実は……」
健斗はとりあえずヒロに話してみようと思った。別に結果が変わるわけではないけれど、とりあえず今の健斗と麗奈の関係を改善する策が見つかるかもしれないと思ったからだ。一人、余計なやつがいるけれど……健斗はお構いなしいに二人に昨日合ったことを話してみた。