第11話 文化祭 後編 P.14
麗奈は昇降口の前で一人立ち尽くしていた。鞄を持って、次々と帰っていく生徒たちに目を向ける。昇降口に来る人たちは一人で立ち尽くしている麗奈を少し不思議そうな目で見ていた。別に変なことをしているわけではない。だが、実際自分は何をしているのだろうと思っている。
麗奈がここでこうしているのは理由があった。健斗を待っているのだ。
今日、本当に久しぶりに健斗と会話をした。いや、あれは会話とはいえないのかもしれない。健斗が言うことに麗奈はほとんど言葉を返せなかったからだ。だけど、それがきっかけだった。健斗と久しぶりに話せて、うれしかった。この気持ちに嘘をつくことはできない。もっと話したい。やっぱり、健斗を突き放すことは自分を追いつめているのと同じだった。あんな会話とも呼べないやりとりが、こんなにうれしいと感じるなんて……
―やっぱり、ちゃんと話そう。
麗奈はそう思った。どうしてあのとき、あのようなことを言ってしまったのか……そして麗奈が健斗に対してどうして冷たい態度をとるようになったのか、健斗にちゃんと話そうと思った。話したうえで、改めて健斗と結衣の仲を応援しようと思った。結局、麗奈があんなことを言ったのはやっぱりどこかで悔しかったからだ。意地を張って、あんなことを言ってしまったのだと思う。
あんなこと……いうつもりじゃなかった。そういおう。ちゃんと話すのがやっぱり一番だ。ヒロやマナ、結衣も何も言わないけど三人はきっと気づいている。麗奈と健斗が、今どうなっているのか。もしかすると、健斗がもう三人に話しているかもしれない。三人はひどい女だと思っているだろうか。実際、ひどい女だ。
「あれ?」
そのとき、声がした。その声のする方向を見ると、階段のところにマナとヒロがいた。二人は不思議そうな顔で麗奈のことを見ていた。
「麗奈ちゃん。まだ学校に残ってたの?」
マナが急いで駆け寄ってきた。それにつられてヒロも麗奈の傍に駆け寄ってくる。麗奈は苦笑いを浮かべて小さくうなずいた。
「う、うん……」
「練習が終わってから途端に姿が見えなくなったから、もう帰っちゃったのかと思ってた。何してるの?」
「ごめん……えっとね……えっと……」
「……もしかして、健斗のこと待ってるのか?」
ヒロの言葉にどきんと胸が高鳴った。健斗が以前言っていた通りだ。ヒロは本当にそういうところが鋭い。
「そうなの?」
マナがさらに訪ねてくる。麗奈はうんともすんとも言えず、困ったように顔を赤らめて下を俯いているだけだった。それを見た二人は大きくため息をついた後、クスっと笑った。
「……健斗なら、まだ教室にいるよ?まだかかるみたいだから、行ってみれば?」
「え……本当に?」
「嘘なんかつかないよ。本当の本当。なんか、後片付けしてるみたい。」
「そう……なんだ。」
自分から行くという考えには至らなかった。ここで待ってれば、絶対に健斗が通るから……一応下駄箱を確認して、健斗がまだ校内に残っているということはわかったし。でも、自分から行くのが気が引ける。嫌だとかそんなんじゃなく、勇気が持てないのだ。
「そういや、健斗、人手がほしいとかごねてたぜ?俺らは後片付けなんて面倒だから、健斗にぜーんぶ任せて帰ったんだけどな。」
ヒロの言葉にマナが「え!?」と不思議な顔をしたが、すぐにヒロの意図がわかって麗奈を見た。
「そ、そうなの。本当に、あいつはいちいち真面目よねー。後片付けなんて明日でいいのにー。」
なんだか棒読みだ。
「というわけで、健斗困ってるから麗奈ちゃん、待ってるなら手伝いにいってやりなよ。」
「え……でも……」
「今ごろ健斗嘆いているだろうなー。下校時間まで終わらねーって。だから……な?」
ヒロはそういって麗奈にウインクしてきた。ヒロと佐藤の意図が分かっている。そう、そうだ。手伝いに行ってやるだけなんだ。別に、そんな、話をしたいとか、そんなんじゃない……そう、そうだ……うん……
「じゃ、じゃあ、て、手伝ってこようかな。どうせ……待ってるなら……うん。」
自分にそう言い聞かせて、麗奈は階段の方へと向かう。
「二人とも、ありがとう。気を付けてね。また明日……。」
「おう、また――」
「じゃあ――」
二人が言い終わる前に、麗奈は自分でも気づかないくらいダッシュをしていた。気づけば階段を二段飛ばしで走っている。それを見たヒロとマナはふぅーっとため息をついて、また可笑しそうに笑った。
「まったく……素直じゃないんだから。」
「どっかのバカと似て、な?」
「フフ♪仲直りできるといいね?」
「そうだな。たぶん、大丈夫だろ。あの様子なら。」
「うん!じゃ、帰ろっか?」
「ホイホイ。」
そんなことを言って、ヒロとマナは下駄箱に向かって靴を履きかえた。
「ねぇ、帰りにコンビニで肉まん奢ってよ。」
「はぁ?」
「いいじゃーん。あんたの嘘に合わせてあげたお礼として。」
「なんでそうなんだよ!」
「いいから、いいから。」
麗奈は走って教室に向かっていた。廊下の先にある、自分の教室は確かにまだ明かりがついていた。誰かがいるのは間違いなく、それは二人の言っていたことが正しければ健斗だ。教室に近づいていくうちに歩き始めた。同時に、心拍数がかなり高まってくる。大きく深呼吸をする。大丈夫……落ち着いて……べ、別に手伝いにきただけなのだから。
麗奈は自分にそう言い聞かせながら。教室の前に立つ。教室はドアが開いた状態のままだった。すると、教室の中から何やら話し声が聞こえた。一人は健斗の声だ。もう一人は……結衣?麗奈は恐る恐る、教室内をのぞいてみた。すると、健斗と結衣が向かい合っている。健斗の顔は真っ赤だ。結衣ももじもじしている。なんだろう……何を話しているんだろう……?
「俺さ、早川のこと……」
「うん……」
「早川のこと、好きだったよ。」
その言葉を聞いたとき、どくんと胸が高鳴った。思わず、声が出そうになってぐっと飲み込んだ。
これは、もしかして……健斗が結衣に告白している。ついに、長年の思いを結衣に伝えている真っ最中だった。麗奈は思わず出そうになった声を必死で抑えた。しかし、それがあまりにも衝撃的過ぎて、不意に体がドアにあたってしまいガタンと大きな物音が立った。
胸がドキドキしすぎて、死にそうなくらいだった。自分の呼吸が激しく乱れているのがわかった。
そのときだった。
麗奈が次に目を開けたとき、健斗と目が合った。健斗は麗奈の顔を見ると、一気に顔がさらに赤くなった。驚きと、悲嘆の声を上げた。
「れ、れれれ麗奈!」
「え!?」
健斗がそういうと結衣もすぐに後ろを振り返った。そして、健斗と同じようにさらに顔を真っ赤にさせて驚きのあまり「麗奈ちゃん!」と叫んできた。
まずい……このままでは二人の邪魔になる。
麗奈は何も言わずに、教室から離れて走って行った。この場所にいると、非常にまずいととっさに体が動いたからだ。
走り去って行った麗奈を見て、健斗も結衣もひどく困惑していた。
「あ、あ、あ……れ、麗奈!ちょっと待てって!」
健斗は急いで麗奈のことを追いかけようとした。鞄を持って、麗奈をすぐに追いかけようとしたが、ドアの前で急ブレーキをかけた。そして結衣の方を振り向いた。
「は、早川!ごめん、戸締りよろしく!」
健斗は結衣の返事も聞かず、そのまま教室を出て行った。一人残された結衣はポカンと状況が飲み込めないような感じで立ち尽くしていた。
健斗は必死に目の前を走っていく麗奈を追いかけた。健斗の方が断然に足が速く、階段のところで麗奈の腕をつかんだ。
「麗奈!ちょっと待てって!」
激しく呼吸をしながら、麗奈の腕をしっかりとつかむ。麗奈はそれを頑張って解こうとするが、健斗がしっかりとつかんでいるために解くことができないでもがいていた。
「は、離してよ!」
「離したら逃げるだろ!」
「当然でしょ!あ、あんな場面に遭遇しちゃったんだもん!」
「だから、誤解だって!たぶん、お前は今ものすごい勘違いをしているから!」
いや、勘違いというか……近い勘違いをしているだろう。だけど、若干。本当にややこしいが、ちょっと違う。
「勘違いも何も……い、いいからとりあえずその手を離して!すごく痛い!」
「じゃ、じゃあ逃げないって約束するか?」
「に、逃げないから……」
麗奈の言葉を信じて、ゆっくりと手を離す。そこで健斗はさっきまで失っていた我を取り戻した。麗奈のつかんだところの腕の部分は赤く血色にそまっていた。そんなに強くつかんでいたとは思わなかった。
「わ、わりぃ……」
麗奈はつかまれたところの腕をさすりながら下を俯いていた。そして、震える声で健斗に行ってくる。
「駄目だよ……告白の途中でしょ?早く……戻らなきゃ……」
「だから、その……違うんだよ。告白じゃなくって……いや、告白だけど……でも、そうじゃなくって……」
全然うまい言い訳が思い浮かばなかった。あれを告白じゃないとは言えない。実際告白だ。だけど、そうじゃない。誰もが思い浮かべる告白とは違うタイプの告白で、だから、それを、うまく伝えたいのに…・…
しばらく沈黙が続いた。健斗の方は必死に言葉を探そうとしていた。だけど、麗奈は依然と下を俯いて、その表情を見せてくれない。すると、麗奈は大きく深呼吸をして、ようやく顔をあげてくれた。健斗をじっと見つめる。
「……よかったね。」
「え?」
麗奈はそういうと、とびっきりの笑顔を見せた。うれしそうににっこりと笑った。作り笑いとかじゃなく、本物の笑顔だった。
「ずっと、ずっと閉まってた思いをやっと言えて……よかったね。」
「え……えっと……うん……言えた……」
ん?
何か違うような気がする。いや、でも確かにずっと閉まってた思いを言えた。早川に、ずっとずっと伝えようとしていた思いを今さっき教室で伝えることができたのだ。だけど、やっぱり何か違う。
「……私ね、嬉しいよ。」
「うれしい……?」
どうして麗奈が嬉しいと思うのかわからなかった。だけど、麗奈は下を俯いて小さく笑っていた。頬をほんのりと赤く染めて……
「うん。健斗くんが、結衣ちゃんが……これでちゃんと幸せになれるんだもん。これでよかったんだ。二人は……きっと……幸せになれる。」
「幸せって……だから、俺は――」
「本当はね?」
健斗の言葉を遮って麗奈がさらに話を続けた。健斗はぐっと言葉を飲み込むと、麗奈はすぐに口を開いて話を続けた。
「本当は、ちょっと脈あるかなって思ってたんだ。」
「脈あるって……何が?」
「だから……その……健斗くんが、私のことを好きになってくれたんじゃないかって……ちょっと、期待したの。」
どきんと胸が高鳴った。麗奈は口元で笑みを浮かべながら、頬を赤く染めながらさらに話を続けた。
「私たち、いろいろあったから……その中で、健斗くんがもしかすると私のことを好きになってくれたんじゃないかって期待してた。ブレスレットをもらったときとか、すごくうれしかったし……私は健斗くんの中で誰よりも一番、特別なんだって……そう思ったんだ。」
「麗奈……」
「だからね、あの日……いっしょに帰った時、もう一度言おうと思ったの。健斗くんの気持ち、知りたかったの。」
ヒロの言ったとおりだ。だから、麗奈はあの日健斗に突然。もう何回目かわからない告白をしてきたのだ。
「でも……それはやっぱり違った。やっぱり、健斗くんの中では……結衣ちゃんが一番なんだよね。」
「そ、そんなの!」
「いいの!もうわかってることだから。だから、私決めたの。もう諦めようって。あきらめて、二人の仲を応援しようって。だって、私は二人には幸せになってほしいから。」
麗奈の言葉を否定したかった。だけど、言葉が出ない。麗奈が思っていることは違う。そういえばよかったのに、健斗は麗奈の話に聞き入っていた。
「色々ごめんね?健斗くんの言うとおり、ここ最近の私は変だったよ。すごく変だった。健斗くんに嫌われようと思ったんだ。健斗くんが私のことを嫌いになれば、健斗くんは私のことをかまわずに結衣ちゃんだけを見れるでしょ?私が、まだこの町に来る前みたいに。」
だから麗奈は、あの日あんなことを言ったのだ。もう自分にかまうな。自分の何を知っているのか。ほっといてほしいって。すべてが出まかせとは言えないが、麗奈はそんなことを思いに秘めていたからある日を境に健斗に対して冷たい態度をとるようになったのだ。すべては、健斗と早川のために。
「だけど、もうそんなことしなくてもいいよね。だって、もう……二人は……」
「ち、違うよ。俺は、その……そういうことじゃない。そうじゃないんだ。」
「そうじゃないって……何が?」
麗奈が淡々とした口調で健斗に聞いてきた。健斗はドキドキして緊張しながら麗奈に言った。
「確かに、俺は早川のことが好きだった。お前も知っている通り、中学の時から高校まで。でも、それはつい最近までのことで……今は違うんだ。」
「今は……違う?」
「そうだよ。だって、俺は……お、お前の……お前のことが好きなんだから!」
健斗は思い切って今の気持ちを正直に伝えた。完全に勢いに乗せて言った言葉だ。それがどんな意味を持とうとも、自分の気持ちを今麗奈に伝えなければ二人の間は一生元通りにならないような気がした。だから、もうタイミングとかそんなんじゃない。この場で言ってしまおうと思ったのだ。
健斗の胸が最高潮に高鳴っていた。おそるおそる目を開けて、麗奈を見ると麗奈は驚いたような顔をしていた。しかし、そのあとふっと小さく笑った。
「それは違うよ……今、健斗くんは一時の感情に流されてるだけ……私に、同情してそういってくれてるんだよね。」
「ち、違う!俺は、本当に――」
「じゃあ、何?健斗くんは女の子なら誰でも告白とかしちゃうの?そうだったら、さすがに……幻滅だよ。」
「ち……なんでそうなるんだよ!俺は、そんなんじゃなくって……本当に、お前が――」
「もうやめて……」
「え?」
「もうやめてって言ってるの!!」
麗奈の怒声が階段に響き渡った。健斗はその勢いに押され、思わず口を閉じる。しばらく沈黙が続いた。すると、ポタ……ポタっと滴が落ちる音がした。麗奈を見ると、麗奈の目から涙の粒が零れ落ちていた。
「もう……やめてよ……これ以上……言わないで……」
「俺は……」
「もう……嫌なの……もう……これ以上……期待……させないでよ。」
麗奈の言葉に、何も言い返せなかった。麗奈は必死に涙を拭おうとして、目を何度も何度もぬぐった。でも、それが止まることはなかった。麗奈は何度も花をすすりながら、鞄を開けて何かを取り出した。
「……これ……」
麗奈が取り出したのは、健斗があげたブレスレットだった。いつの間にか、麗奈の腕からは取り外されていた。麗奈に持っていてほしいと思って、あげた大切なブレスレットだった。
「これ……返す……私じゃなくって……もっと、大切な人にあげて……おねがい……」
目から涙が零れ落ちているけれど、強い目で健斗を見つめていた。健斗は何も言い返せず、それをゆっくりと受け取った。それが健斗の手に収まると、麗奈はゆっくりと振り返って健斗に背を向けた。
「……明日からの……私たちは……ただの同居人同士……それ、だけだから……」
麗奈はそう冷たく言うと、ゆっくりと階段を下りて行った。その後ろ姿を健斗は見つめていた。麗奈が見えなくなった後も、健斗はその場に立ち尽くすことしかできなかった。どうしようもない孤独感と、偏頭痛が襲った。どうしてこうなってしまったのかもわからない。
気づいたら目から涙が流れていた。かっこ悪いから、それをぬぐった。でも、ぬぐってもぬぐってもそれが止まることがなかった。そして次第にそれは、声が出始めて……健斗はその場に座り込んで必死に涙を止めようとしながら泣いた。
麗奈も、階段を下りて下駄箱で靴を履きかえている間もずっと泣いていた。きっと人がいたら誰もが振り返るであろうと思われるくらい、わんわんと声をあげて泣いていた。
苦しくって、孤独に押しつぶされそうだった。
はい。こんな感じになりました。
いや……本当に苦しいですね。心苦しい。
余談ですが、これを執筆しているときMr.ChildrenのCANDYという曲を聞いていました。この曲を聴きながら執筆していたら、あまりにも状況があてはまり軽く泣きそうになりました。