第11話 文化祭 後編 P.11
あ~、もう!
また更新するまでに長い間開けてしまいました。申し訳ない!
なかなか執筆を進める時間がなく、ちょこちょこっと執筆している作者です。
感想をくれた方、どうもありがとうございました!ちゃんと今度、返事します!
それでは、どうぞ!
ヒロイン役が麗奈に決まり、それから思いの他、殿様役、幼馴染役、exc……という感じでほかの役も順調に決まっていった。健斗は先ほど早川に言われたとおり、裏方に回った。今まで、文化祭のとき裏方しかやったことがなかったからそれはそれでいいと思った。そうなのだが……
「可笑しくないっ?ねぇ、おかしいよね!?」
「何がおかしいんだよ。」
そんな健斗に猛抗議してきたのはヒロだった。ヒロは泣きそうな表情で、健斗に必死になって訴えてくる。
「おかしいだろ!なんで、俺は“飛脚”の役なんだよ!つーか、飛脚って何?いる?そんなの、いるか?」
「仕方ないだろ。見た目からして、みんながお前を推薦したんだから。光栄に思えよな。」
「うるせー!!見た目とかいうな!!うぅ……だから、坊主は嫌だったんだ……」
ヒロが泣いている姿を見て、健斗は面倒くさそうにため息を吐きながら窓の外を見ていた。するとだった。そこに日村がやってきた。
「あ、あの……真中くん……ごめんね。私が作った台本のせいで……」
「あ、いや、日村のせいじゃないよ。こいつがどうしようもないアホだから、自業自得なんだって。」
健斗が笑ってそういうと、日村はしゅんっと顔を下に向けた。日村は、いつもこんな感じの子だ。高校で初めて知ってあまり話したこととかはないのだが、いつも大人しくおどおどしていて、なんというか他人にすごく気を使うような子なのだ。しかし、それでいて成績は実に優秀。テストの成績も常に学年順位トップにいる。実はすごいやつなのだが……周りからの評価は、どうも「勉強だけが取り柄の根暗女」とどこかの男子が噂をしているのを聞いたことがある。悪い奴ではないんだが……
今、クラスでは文化祭に向けた準備が進められていた。健斗のクラスでは、配役も決めたことから日村監修の元、さっそく劇の稽古に入ることとなった。
「まだ衣装とかはそろってないけど、とりあえず、最初から台詞を通してみたいと思います。麗奈ちゃんも大丈夫かな?」
「う、うううううん……」
とりあえず、最初のうちは委員である早川が仕切っていた。麗奈は台本を手に持ちながら、ゆっくりとうなずいた。どうやら、少し緊張をしているらしい。確かに、これまでの麗奈を考えてみると好きは好きだけど、実際に自分がやるとなると苦手分野に入りそうだ。
「じゃあ、こっからは日村さんに仕切ってもらうね?日村さん、お願いしていいかな?」
「あ……はい……」
日村は台本の原作者であり、演劇部でもある。だが、その演劇部と言っても日村が実際に役をこなすわけではないらしい。今回のように、演劇の台本を作成するということだけに専念していると日村が話してくれた。
「日村に仕切れると思う?」
健斗といっしょにダンボールで装飾を作っている寛太が健斗にそういってきた。健斗は寛太の言葉を聞いて、返答しづらいといった表情をした。
「さぁな。まぁ、早川もいるし……なんとかなるだろ。」
健斗はそういって、また劇の特訓をしている方を見た。どうやら、これから本格的に劇の特訓が始まるらしい。
「えっと、じゃあ……その……ナレーターから入ってください。」
「はい。えっと……時は江戸時代。神乃町という城下町に……それはそれは美しいと評判の娘さんがいました。えっと……娘さんは――」
「カァッッッッッットォォォォォ!!!!!」
ものすごい声量に健斗だけではなく、クラス中の人が度肝を抜いた。その声の主は、あの大人しくて気の弱い日村だった。今、健斗が見ている日村は普段のそれとは違っていた。
「ナレーターに感情がこもっていない!そんな棒読みでナレーターが務まるかぁ!それに、言葉と言葉の間が長い!“えっと”とか使うな!」
「は、はいぃぃ!!」
「いい?ナレーションは物語のオープニングを決める重要な場面よ?出だしが良いか悪いかで、流れが決まる!ただ教科書を音読するだけなんて思ったら大間違いなんだからねっ!!」
「ご、ごめんなさい……」
「わかったら、もう一度!3、2、……アァックション!!」
「と、時は江戸時代。神乃町という城下町に、そ、それはそれは美しい――」
「カァァッッット!!いちいち、噛むなー!!そんなたどたどしい読み方でオープニングになると思ったら大間違いよ!!」
「ひ、ひぃ!!」
目の前の光景に健斗は唖然とするしかなかった。健斗だけではない、健斗の隣にいる寛太も……そして、劇の特訓をしている麗奈も、早川もみんながあまりの豹変ぶりに言葉を失っていた。普段の日村から考えたら、想像がつかないような姿だった。というか、本日二度目の固有結界……なんてところでスイッチが入っているんだろう。
「あ、あれ……日村……なんだよな……」
「あ、あぁ……」
「な、何かが憑りついたとしか思えん……」
本当に何かが憑りついたとしか思えなかった。だが、あれがなんというか……プロ意識というやつなのだろうか。ともあれ、あれだけスパルタにやってくれるし、日村がいれば劇の方は大丈夫だろう。
みんながそれについていければの話だが……
しばらくたって、健斗は仕事の休憩という意味で自動販売機の方へ向かっていた。ちょっと飲み物でも飲んで気分を紛らわそうと思った。まさか、日村があんなにスパルタだとは思ってもみなかった。後半、早川も麗奈もちょっと疲れていた顔をしていた。あの感じが二時間続けば誰だってそうだろう。
自動販売機の前に立ち、小銭を入れて缶コーヒーを買った。やはり疲れをとるには缶コーヒーが一番だとおもった。ついでに何人かの分も買っておこう。それから千円札を取り出して、自動販売機の中に入れて、缶コーヒーを買おうと思ったその時だった。
「山中くん。」
後ろから声をかけられた。健斗はすかさず後ろを振り向くとそこには、
「あれ?北村。」
そこには北村がいた。北村は笑って健斗のことを見ていた。そしてゆっくりと健斗の方に近づいてきた。
「久しぶり……ってほどでもないけど。元気してた?」
「あぁ、まぁ、それなりに。」
「今日部活は?山中くんがこんな時間まで校舎にのこってるって珍しいね。」
「あー、今日から文化祭の準備期間が始まったから。今までクラスの出し物の準備をしてたんだ。俺、委員だし、いろいろ仕事があってさ。いまちょっと休憩。」
「そうなんだ。うちといっしょだね。」
「北村もそうなんだ。」
「うん。うちもクラスの実行委員会。」
「北村が委員やるなんて珍しいな。」
「それ、山中くんがいう?」
そんな風に会話を交わして、北村が「自販機使っていい?」と聞いてきた。健斗はもちろんうなずいて、すぐに千円札を取り出して北村のために自販機を開ける。北村は「ありがとう。」と健斗に言うと、財布から小銭を取り出してそれを自販機に入れる。北村はオレンジジュースのボタンを押した。
「ねぇ、ちょっと話しない?」
「え……」
「あ、すぐにクラスの方に戻んなきゃなんないなら……別にいいけど。」
健斗は少し考えた。別にすぐに戻んなきゃならないというわけではない。クラスの方には早川もいるし、正直今クラスに戻るのは日村のことを考えると遠慮しておきたい。そういうわけで、健斗は了承した。
とりあえず、健斗と北村は互いに飲み物を持ったまま階段のあたりに腰を掛けた。外はちょっと寒いから、こうして中で話す方が健斗的にはありがたかった。
「なんかさ、山中くんとは中学に入ってからあんまり話さなくなっちゃったね。」
北村が笑いながらそういってきた。そう考えると、健斗も同じ考えだった。北村円とは、小学校からずっと今まで学校はいっしょだった。それは寛太やヒロのように貴重な存在なのだが、北村とは幼馴染と言えるほど親しい関係ではない。もちろん、普通に話すことは話すが……それは小学生まで、中学に上がると北村とクラスが同じになることはなかった。奇跡的な確率で、それは避けられていた。
「そうだな。小学校からずっといっしょなのに、こんな風に話す機会なかったもんな。」
「お互いクラス全然違ったもんね。ある意味奇跡だよ。」
「言えてる。話しても廊下ですれ違ったりするくらいだったな。今まで。」
「そうだよ。知ってる?山中くん、急に態度が冷たくなったんだもん。たまに目を合わせてくれなかったときもあったでしょ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。結構ショックなんだよ、そういうの。」
「う……ご、ごめん。」
健斗が申し訳なさそうに謝ると、何がおかしかったのか北村はプッと吹き出して笑った。
「やだ、そんなマジになって謝らないでよ。冗談だってば。」
「あ、うん。ごめん。」
「ほら、また謝った。あはは♪」
北村はおかしそうに声を立てて笑った。健斗はそれを見ながら、照れくさそうに笑う。
「北村は変わらないな。」
「そう?結構変わったよ。もう小学生のころとは違うんだから。」
健斗からしたら、北村は小学校の時から性格は何も変わっていない。こんな風に声を立てて笑うとこっちまでつられて笑ってしまう。普段はちょっと大人しめだが、元気で明るい子だ。性格はそのままだけど、身体だけ大人になっている。顔つきも昔の幼さは見えにくくなってるし、結構胸も……と、何を考えているんだろう。
「山中くんは、少し変わったね。」
「え、そう?」
「うん。小学生の時みたいに、やんちゃじゃなくなったでしょ?ずいぶん、大人っぽくなっちゃて。」
「何言ってんだよ。俺も別に特に変わってねぇよ。」
「そうかな。でも……うん。変わってないところもあるよね。たとえば……サッカーとか。」
北村にそういわれて、健斗は微笑んだ。すると、佐藤も健斗のことを見て微笑み返す。
「サッカー、また始めたんだね。」
「……あぁ。」
「よかった。サッカーをやってない山中くんなんて、やっぱり山中くんらしくなかったもの。うち、ちょっと気になってたんだ。」
「……翔のこととか?」
健斗がそういうと、北村は少し黙って手に持った缶ジュースをいじっていた。
「……うん。まぁ、そんなとこかな。」
健斗にとって、それは少し意外だった。北村も、健斗のことをちゃんと気遣ってくれていたのだ。
「うん、ごめん。確かに、ここ最近までは正直そのこと引きずってた。でも、もう大丈夫。」
「そうみたいだね。最近の山中くんを見てたら、わかるよ。」
「ほんと?それなら結構うれしいかも。俺、自分の知らないところでまたウジウジしてるんじゃないかって思ってたからさ。」
「あー……確かにそういうところあるかもね。フフッ、なぁんだ。そういうところはまだ変わってないんだ?」
「えぇ!俺ってそんなに昔からそういうところあった?」
「あったよー。例えばほら、友達の消しゴムをなくしちゃって、それをずっとその子に言えないで一人で放課後までずっと残って教室とか廊下とか探してたこととか。」
「え?そんなことあったっけ?」
「あったよ。」
北村は健斗の顔を覗き込むような形で、小さく笑みを浮かべながら言った。
「山中くんが知らないようなところ、うちはちゃぁーんと知ってるんだから。」
その言いぐさに健斗はドキッと胸を高鳴らせた。なんだか、ちょっと恥ずかしくって健斗は頬を赤らめた。
「バ、バァカ!何言ってんだよ、お前。」
「あはは。照れ屋さんなのも相変わらずだね。」
「お前なぁ、俺のことからかってるだろ?」
「さぁ、どうかなー?」
クスクスと楽しそうに笑う北村を見ながら、健斗は怪訝そうな顔を浮かべた。絶対からかってやがる。
「そ、そういえば、北村は今吹奏楽部なんだよな。」
「え、あ、うん。そうだけど……」
健斗はじっと北村のことを見つめた。すると北村はほんのちょっとだけ頬を赤らめて、「な、何?」と聞いてきた。
「いや、お前、確か絵がすごく上手だったじゃん。図工の時いっつも先生に褒められてたしさ。中学の時も、美術部じゃなかったっけ?高校では辞めちゃったの?」
健斗がそういうと、北村はとても意外そうな顔をしていた。健斗はその表情の意図はよくわからなかったが、何かに驚いていることは間違いない。
「べ、別に……中学のときも吹奏楽部だったし、美術は中学まででいいかなーって。」
「えー!もったいなくね?小学校でも、中学校でも絵のコンクールでいっつも表彰されてたじゃん。すっげーなぁって思ってたし、いつもお前の絵見たときマジでうまいって思ったぞ。あれ、そういえば、七夕祭りにもさ、お前の絵飾られてたじゃん。」
すると、北村は健斗から視線を逸らした。そしてほんのりと頬を赤らめて健斗に聞こえないように「見ててくれてたんだ。」とつぶやいた。本当に、健斗に聞こえないようにつぶやいた。
「え、何?」
「な、なんでもない。いいでしょ。かけもちなんて、中途半端のやつがやるやつなんだ!なんでしょ。」
「え……何のこと?」
健斗がそういうと、北村は大きく目を見開いた。
「ひっどーい!自分で言ったことを忘れるなんて。」
「忘れる?誰が?」
「山中くんに決まってるでしょ?」
「俺が?俺が何を言ったって?」
健斗が再度そう聞くと、北村はあきれるようにため息を吐いた。
「もういい。なんでもないもん。」
北村はそういってちょっと拗ねるようなしぐさを見せた。健斗は何の事だかよくわからなかったが、とりあえずその話は置いておくことにした。
「絵が嫌いになったとか?」
「誰が?」
「北村が。」
「うち?絵……ううん。嫌いじゃないよ。嫌いになんかなれるはずないもん。」
「じゃあ、また書かないの?」
健斗がそう聞くと、北村はしばらく黙り込んだ。健斗は何かまずいことを聞いてしまったかな、と思ったが健斗が切り返す前に北村が健斗のことを見て言ってきた。
「書こうかな……って思ってる。」
「思ってる?」
「うん……でも、うん……それはね……えっと……」
どうやら何か言いたそうなのだが、それを渋っているようだった。健斗は何の事だかよくわからなかったが、チラチラと幾度か見てくる北村をじっと見つめて次の言葉を待っていた。
「ねぇ……誰にも言わないって約束してくれる?」
「約束?」
「恥ずかしいし、まだ完全に決めたってわけでもないし、ただちょっと最近思ってるっていうか、だから……」
「わ、わかったわかった。誰にも言わないから。」
「本当に?早川さんとか、真中くんとか、あと麗奈ちゃんにも絶対内緒だよ?」
「う、うん。約束する。言わない。誰にも。」
健斗がそういうと、北村は満足したのかすぅっと小さく深呼吸した。そして頬を赤らめて下を俯きながら、恥ずかしそうにモジモジしながら言った。
「うちね……その……卒業したら……」
「うん。」
「卒業したら……その……東京の美大に行こうかなって考えてるの。」
「美大?」
「う、うん。あー!言っちゃった……お母さんにもまだ話してないのに……」
北村は後悔するように顔を真っ赤にして、そうつぶやいた。でも聞いた健斗は感心しながら微笑んでいった。
「へー、すげーじゃん、美大。良い目標だと思うよ。」
「本当に?わ、笑わない?」
「なんで?いいじゃん。むしろ、絵が好きなら絶対行くべきだよ。」
「そんな、好きなだけじゃだめだよ。やっぱ才能とかないと……」
「あるじゃん才能。実際絵、めちゃくちゃうまいんだから。」
「私くらいの人なんかいっぱいいるよ。受けるって言ったって合格する確率なんてほとんどゼロに近いもん。」
「まぁ、確かにそうかもしれないけどさ……美大に行って、やりたいこととかあるのか?」
「やりたいというか、なりたいことならある。」
「へぇ、何に?」
健斗が聞くと、北村はまたしばらく黙り込んだ。答えをしばらく渋っていたが、それを口に出した。
「イラストレーター……」
「へぇ。かっこいいな。それ。」
「変じゃないかな?」
「そんなことないって。むしろ、かっこいいよ。そっか、イラストレーターか。」
健斗がそういうと、北村も羞恥心が徐々に薄れていったのか笑顔を取り戻し始めた。
「うちね、見たものを自分の中で想像して描いていくのがすごく好きなの。なんていうのかな、自分の中の感情とか感動とかを絵に生かしたいなーって。たとえば、小説の表紙とか飾る絵を手掛けてみたいなーって。」
「へぇー。」
「本当はね、普通にそっち系の専門学校に通うのが無難かなって思ったの。でも、うちの親は普通の大学に進学させる気満々でね。大学に行くんだったら、うちは美大に行きたいって思うようになったんだ。」
「そっか。確かにその辺は難しい問題だよな。」
「でしょ?でも、まだあくまで空想の中の世界。美大にしろ、専門学校にしろ、普通の大学よりも倍近くの授業料だし……何しろ、絵を生業にする仕事でしょ?うちの親は反対するにきまってるよ。」
確かにそういう職業というのは、腕と才能が認められなくてはやっていけない職業のような気がする。ミュージシャンのように、芸術家というのは一般と違ってシビアな世界だ。普通の親なら、まず反対するだろう。
「でも、北村のやりたいことがそれなら、それを叶えるために頑張ってみる価値があると俺は思うけどな。」
「言葉ではわかってるよ。でも……普通に考えたら、もう自分のわがままで生きていくばかりじゃだめなのかなって思う。だから、これは夢というよりもうちの絵空事なんだ。……もう、だから言いたくなかったのに。」
北村は可笑しそうに笑いながらそういった。夢じゃない。ただの空想なのだ。それは、北村が自身で描く絵空事でしかない。端から実現する気はないのかもしれない。
「絵空事って……頭の中に絵を描くことだろ?」
「え?」
「頭の中で、なりたい自分とかあってほしい未来を空想して絵にするんだろ?それを、現実不可能なんて誰にも決められないし、俺はそんなことないって思う。絵空事だって、一生懸命描けば現実になるかもしれないんだぜ?」
「そう……かな……」
「うん。最初から無理だ!なんて思ってたら、それは絵空事ですらないよ。気持ちが本当なら、それに向かって何かとやってみるってのも悪くないんじゃない?……って俺は、思うけど……」
まぁ、こんなこと将来やりたいこともまともに決まってない健斗が言っても何の説得力も持たないだろう。その分、北村は立派だ。そして、これは……麗奈にも同じようなことを言える。麗奈も、いつの日か言っていた医学部に行きたいって。医学を学んで、母親と同じ病気を持った人の命を救いたいと言っていた。無理だなんて思っていたら、夢でもない空想でもない。それは、ただの言葉なのである。気持ちが本当なら、無理なんて言葉、出ないはずなのだ。麗奈がそうだったように。麗奈は、一度もそれを無理だという言葉を口にしていなかった。それは、本気で医学部に行きたいから。母親と同じ病気で苦しんでいる人の命を救いたいと本気で思っているから。健斗は、そんな気がした。それを、北村に伝えたかった。
健斗の言葉を聞いて、北村はうれしそうに口元で笑みを浮かべて「うん、そうだね……」とつぶやいた。健斗の言いたいことが伝わったのか、定かではないが、少なからず思いは届いたはずだ。
「そのとおりかもしれないね……」
「え、あ、いや。っていうか、ごめん。なんか説教臭くなっちゃって……」
「ううん。すごく励まされた。今まで話せなかったことを話せたからかな?前よりも、余裕ができた気がする。」
「そっか。それならよかったけどな。」
「うん。ありがとう。」
すると、北村はゆっくりと立ち上がって健斗はそれを見上げた。心なしか、さっきより北村はうれしそうな顔をしていた。
「うち、もう行くね。そろそろ戻らないと。」
「そっか。俺も、そろそろ行くよ。」
「ごめんね、引き留めたのはうちなのに。でも、楽しかったよ。」
「全然。俺も、久しぶりに北村と話せてよかったよ。」
二人はそんなことを言い合ってクスクスと笑いあった。
「ねぇ、あのね……」
すると、北村は少し恥ずかしそうにつぶやいた。
「うちのクラスね、喫茶店やるんだ。よかったら、来てくれる?」
「あ、うん。行くよ。絶対行く。」
健斗が微笑んでそういうと、北村はさっきよりもさらにうれしそうな顔をした。そしてくるっと踵を返して、職員室がある廊下の方へと歩き出した。健斗のもとから数歩歩いたところで、また健斗の方を振り返った。
「絶対、だよ!」
そういって北村は健斗が言い返す前に、また前を向いて走り去っていた。残された健斗は走り去っていく北村の後姿を見つめていた。こんな形で北村と話す機会ができるとは思ってもみなかったけど、久しぶりにちゃんと話せてすごく良かった。心がなんとなく晴れやかな気分になった。
「……俺も戻るか。」
健斗はそう一人でつぶやくと、階段を上って行った。みんなの分に飲み物を買おうと思っていたはずなのだが、健斗はそんなことすっかり忘れてしまっていた。
初めて、北村円が健斗といっぱいかかわるシーンを描きました。
ちょっと珍しいというか、今までない場面でした。
もっと円はどんどん登場させていこうかなと思います。
ところで、みなさんは円を見て「もしかして」と思いました?
ちょいちょい前から、そぶりを見せていますが……はたして……